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マイバイブルは『異世界召喚物語』 作者:ポモドーロ

第二章 カレイドスコープ

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牢獄と楽園3

「もう元の生活に戻るの面倒かも」
 たぶん二週間は過ぎたと思う。この『お仕置き部屋』の窓の外の景色が正確なら、夜は十五回目だ。
 僕は暖炉を焚き、蝋燭に火を灯し、ソファーに置かれたクッションに埋まりながら、魔道書を開き、紅茶をすする生活を満喫していた。
 一ヶ月は籠っていてもいいと言われた(ような気がする?)ので、ギリギリまで籠ろうと考えていた。
 僕には『牢獄』はパラダイスだった。そこは魔法でなんでも叶う世界へと変貌していたのだ。
 ほしいものは望めばすべて手に入る。とは言っても、ばれて、あとで姉さんに殺されるようなまねは断じてしなかった。エッチな小説とか、エッチな春画とか、エッチな裸の…… とか。
 僕はこの所、一日の大半を魔道書を読みふけって過ごしていた。姉さんの所蔵なのか、アシャン老の所蔵なのかは知らないが、ここにはなんでもあった。僕の望む回答が思うだけで現れた。数万冊の本のなかから、必要な情報が探すことなく取り出せたのである。
 魔法陣の一覧が載っている本を探すとそれは当たり前のように現れる。各種魔法陣を見比べていると各所に類似性や共通項があることに気付く。
 魔法陣の構造とは? 過去からの贈り物である魔法陣は、不変ではなく、人の手によって改変できるのではないか? 
 疑問が湧くと本棚のなかの一冊が自分を手に取れと催促するように薄ら光り出す。
 取り出した本には魔法陣の構成や法則性、配置による応用、使える文言や、文法の解析、術式をいかにコンパクトに収めるかなど、この世界の誰も知らないような知識が事細かに記述されている。
 僕の知識欲は絶好調だった。
 一心不乱に本を読み漁り、知識をことごとく吸収していった。疑問が疑問を呼び、そのすべてに回答が示された。
『魔弾』について。僕のような症例に関する改善策。
 姉さんに聞くまでもなく、回答が示された。
『まず症状に関する説明。術者の常識的な認識に起因する不具合である。本来、物理法則の枠に捕らわれないにも関わらず、常識的な発想をしてしまい、無意識に法則に当てはめようとして起こる不具合。例、空気抵抗があると考えて飛距離を無意識に制限してしまう』
『解決方法。思い込みをなくす。またはさらなる思い込みの上書き』
 兄たちの傍若無人ぶりのせいだろう、僕は自分ぐらいは常識的な人間でありたいと常々思っていた。心の底でも願っていたのだろう。だから枠をはめたかったのかもしれない。だからありもしない空気抵抗で僕の『魔弾』は失速していたのだろう。
 単純すぎる理由だった。思い込まぬようにと念じながら思い込んでいたというわけだ。
 次からは大丈夫だろうか? 
 その疑問の答えはサイドテーブルの上にあった。それは一本のステッキだった。卓の上に無造作に転がっていたが、さっきまでなかったものだ。
 僕はそれを見てすぐに『銃』だとわかった。マイバイブルで勇者たちの会話に出てくる異世界の武器の名前だ。『火薬』というもので爆発を起こして鉛の弾を弾きだす仕組みの遠距離殺傷兵器だ。
 でもこの世界では未だに『火薬』は発明も発見もされていない。
 勇者たちが同じような成分の物質で試しても『化学変化』というやつを起こせなかったという記述もあった。実際、自分で検証しようにも硫黄以外の成分は文中、有耶無耶にされていてわからないのだ。
 一瞬『火薬』に関する本が出てこないかなと、本棚を見つめたが反応はなかった。この世界には本当にないのかもしれない。代用品があったとしても、勇者の言うところの『火薬』とは違うのだろう。と思いつつ代用品のレシピでも出てこないかなと棚を見るもやはり反応はなかった。
 この世界の誰もまだ知らない知識だからだろうか? 本当に存在しないのだろうか? 本棚の知識の源泉がなんなのかわからない以上、これ以上の詮索は無意味だと思われた。
 卓の上の銃は魔法使いの使う片手用のステッキほど短くはないが杖ほどは長くないといった長さの筒で、銃口には照星(フロントサイト)、底部には照門(リアサイト)があった。知らない人が見たらなんだかわからないに違いなかった。今僕の手のなかには銃の構造解説をした本が収まっている。さすがに異世界の知識ではなくこの世界でいうところの『雷砲』と呼ばれる銃についての解説だが。魔法効率が悪くて現代ではボツになった知識だとされている。この装置、鉛玉は元より『魔弾』をセットして打ち出すこともできるとあった。以前の自分なら首を捻っただろうが、今の僕には理解できた。魔法が作用するのは物質だけではないと。魔素の固まりである『魔弾』もまた魔力の干渉を十分受けうるのだと。筒の根元には魔石が埋め込まれた木製の握りが付いていた。
 説明書を読みながら、自分なりのデザインがほしいと思ったら、本棚からカタログが現れた。僕はそこで消音効果のある魔法陣が刻まれた丁字形の木製グリップの付いたものを選んだ。異世界の『銃』のように弾倉もトリガーもない。ごてごてした部品のないシンプルな杖の形だ。
 それは卓の上に完成した形で置かれてあった。いつの間に顕現したのだろう? さらにその横にメモ書きが置かれていた。追加の取説だった。魔力の込め方、発動の仕方など『イメージはこうする』というアバウトな具体例が記るされてあった。
 僕は取説を読み、使用方法の確認などを済ませると、窓の外に向かって試射を試みた。
 残念ながらこの世界では百発百中だった。狙った的は外さないどころか外れない。まったく訓練にならなかったので戻ってからやることにした。
 万事が万事、このような有様だった。まさになんでもありの空間だった。僕自身がもっと賢ければ「この世の真理とは?」なんて哲学的な質問をしていたかも知れないが、目の前に置かれた菓子には抗いがたく、終始、魔法知識の探求に終わった。
 また来られる保証はないが、また来たくなったら姉さんを拝み倒せばいいだろう。
 便利すぎる空間だったが僕はそれから数日後、予定を早めて帰還することにした。
 さすがの僕も人恋しくなってしまったのだ。というより、そういう感情を思い起こしてしまったのだ。菓子の味にも飽きてしまったということかな。
 僕は立ち上がると扉の呼び鈴を鳴らした。
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