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マイバイブルは『異世界召喚物語』 作者:ポモドーロ

第二章 カレイドスコープ

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牢獄と楽園2

 僕は宙に浮いたまま、本棚の本をとりたいと思った。そう考えて早数時間が過ぎようとしていた。
 なぜ自分の身体なのに身体をひねることも叶わないのか?
 ここで何をやるべきなのか?
 その答えを知るためにまずしなければならないこととはなんなのか?
 姉さんはどうやってここから脱出し、何を得たのか?
 無数の疑問が湧いてくるなか、唯一動く頭をフル回転して、おぼろげながら回答を見出そうとしていた。
 それはこの空間がなんなのかという問いに答を見つけることから始まった。
 そもそも今の僕は僕ではない。自分の身体に干渉できないのだからこれは僕ではない。
 だとすると今見えているこれはなんなのか? 
 それは夢に近いもの。
 自分の望んだストーリーにならない世界。誰かに追われて必死に逃げようとしているのに泥沼にはまったように足が重かったり、わかっているのに同じ場所をひたすらループしてみたり、挙げ句に地の底まで落下して肝を冷やしたり、今の僕はまさにそれだ。
 これは意識の牢獄。
『牢獄』とは、相手の意志を術者の設定した世界に放り込むスキルだ。しかも質の悪いことに実体を巻き込んでいると考えられる。この空間世界は存在する。どこかで僕の抜け殻がいびきをかいて転がっていたりはしない。これは精神攻撃ではない。いくらやんちゃな子供でも、親がそれを許すはずがない。
 僕の身体に溢れるこの感覚……
 外側から見れば、この空間そのものが魔力の生み出した事象『牢獄』に見えるはずだ。魔力という名の筆で描かれたキャンバスの絵。火の玉(ファイアーボール)の火玉そのもの。土の壁(アースウォール)の土壁そのものに。だがこのスキルのユニークな点は、相手の存在を事象のなかにまるごと飲み込むということ。
 実体のままではなく同じ魔力で生み出された一つの事象として。
 絵のなかに、火玉のなかに、土壁のなかに相手を同質の形質に変位させて閉じ込める。絵の具の顔料として、炎のかけらとして、土の一粒として。
 同質に混じり合った世界。
 故に脱出することは不可能。
 では、僕の今の形質とは何か? 
 この肌に感じる感覚はどこかで経験した覚えがある。つい最近…… そうだ、浄化魔法だ!
 シスター、メアリー・コルセットに魔法をかけてもらったときの感覚。全身を巡る温かい魔力の残滓。
 空間を構成しているのは魔力だ。四角い部屋のなかに満たされた魔力の海に僕は溶けて同化している。
 だとしたら僕は個としてもはや存在しないのか? 妖精のように実体の定まらぬ存在になってしまったのか? 違う気がする。僕はいまだに僕のままだ。
 では何が同化を妨げているのか?
 幼い姉さんにはあって、他の兄弟にはないもの?
『魔弾』の才能なら兄たちが上だ。それは間違いない。だから姉さんは亜流に流れたのだ。姉さんにあって兄たちになかったもの。魔力の才能? それは本末転倒だ。姉さんが魔法を手に入れたのはこの後のことだ。
『異世界召喚物語』
 僕の頭のなかにふと思い浮かんだのはそれだった。異世界人の持つ論理性? 科学というものがもつ考察と実証のプロセス? 姉さんにあって兄たちにないもの。
 姉さんは『異世界召喚物語』を幼い僕によく読み聞かせしてくれた。
 姉さんはここで何をしたか?
 あの呼び鈴に触れるには、この空間と同化しなければならない。この空間は魔力そのもので構成されている。では魔力に干渉するためにはどうすればいい?
 魔力と同化する? ダメだ、話がループしている。
 冷静になるんだ。落ち着いて考えるんだ。
 僕はすでにこの世界のなかにいる。
 つまり、同化は済んでいるということだ。
 問題は、干渉できないことだ。
 干渉する…… 影響を与える…… 魔法を使う?
 急に目の前が開けた気がした。
 僕が閉じ込められたのはなぜか? 
 姉さんがこのなかで得たものは何だったか?
 なぜ魔力と同化した状況が必要であるのか?
 そうだ、今の僕は魔法が使える状態にあるんだ。現実でできなかったことができる環境にいるんだ。いるはずなんだ。
 でなければ姉さんがこのシチュエーションをセッティングする意味がない!
 僕は呼吸を整えると目を閉じ念じた。
『僕の手のなかにこい!』
 昔教えてもらった魔法の基本レッスン。ものに干渉する。蝋燭の炎を揺らす。桶の水を波立たせる。風を起こす。土に穴を開ける。
『来い、来い、来い、来い!』
「そうじゃないわよ。思い描くのよ。そうなったらいいなって。魔法陣を使えば常に一定の結果は望めるけど、変化は望めないわ。ほら、がんばって」
 幼い頃の姉さんの声が聞こえた。
 そうだ。気張っても何も変わらない。姉さんに何度溜息をつかせたことか。
 肩の力を抜いて、そこの棚から落ちて僕の掌に収まるように願う。それが必然のように。そうなるのが当然だと言わんばかりに。さあ、落ちてこい。
 本がカタッと鳴った気がした。それと同時に一瞬ではあったが僕はこの空間に干渉することに成功した。わずかだが身体の向きを変えることに成功したのだった。
 まさか身体の向きを変えるだけで一話分使うことになろうとは……(汗 
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