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マイバイブルは『異世界召喚物語』 作者:ポモドーロ

第二章 カレイドスコープ

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魔女と王女と獣人と4

 見慣れない少女が食堂の長テーブルの隅にいた。上座のヴァレンティーナ様の横で小さくなって料理が小皿に分けられるのを大人しく待っていた。少女は視線が合った僕にこくりと頷いた。
 み、耳がある! 
 王女様の妹だからてっきり年上だと思っていましたとか、大人しそうで可愛らしいとか、もうそれどころではなくなっていた。少女の頭の上にあるのは紛れもなく獣人の耳だった。先端が白く、茶色い三角のふさふさした耳がこちらを警戒してぴくりと二本立っている。獣人は珍しくないが、この地方で見かけることは余りない。僕自身こんなにまじかで見たのは初めてだ。
ヴァレンティーナ様の幼い頃のブロマイドを想像していたせいか衝撃は隠せない。王家に獣人とは…… スキャンダルもいいところだ。
 でもこのちまっこい存在はとても可愛い。抱きしめたくなるくらい可愛らしい。そういえばマイバイブルの勇者も「獣耳は可愛い」と豪語していたな。
 とりあえず殿下の前だ、平静を装わなければ。猫耳とはいえ、王族となれば失礼があってはならない。
 初見の三人の護衛も含めて、屋敷にいる全員が揃っていた。
 僕と姉さんが左側に、エンリエッタさんたちが給仕を兼ねながら右側に座っている。エンリエッタさんの部下は全員女性でこちらは間違いなく僕より年上だった。なぜか思い思いの格好をしている。
「なぜ隊長だけがメイド服なの?」と小声で姉さんに尋ねたら「彼女の趣味だ。強制じゃない」と答えが返ってきた。この王女にしてこの部下ということで納得しておいた。
「では、いただきましょう」
 王女様の音頭で全員が食事を始めた。
「食事をしながらでいい。エルネスト、彼女がリオナだ。お前の四つ年下になる。リオナ、これがわたしの弟のエルネストだ。呼びずらかったらエルでもネストでもなんでもいいぞ」
 猫耳少女が改めて頷いて、上目目線で僕を観察している。
 髪はストレートで耳と同じ茶色をしているが艶がなくあちこち跳ねていた。寝癖が夕方になっても直らないようだが本人は気にした様子がない。鏡を見る習慣がないのか、おねむだったのか。ヴァレンティーナ様の方が却って気にして時折手櫛を引いている。それを耳を後ろに倒して心地よさげにしているのだから、見ていて微笑ましい。
 なんか僕もモフモフしたいかも。そういえばしっぽは? しっぽは当然あるんだろうな。よからぬことに想いを馳せていると周囲の視線が僕に集まっていた。僕が彼女をどう判断しているのか気になっている様子だった。
「初めまして、リオナ…… 様?」
「リオナでよいです。主様」
「え?」
 なんだ? 主様?
 僕は姉さんの顔を見て、それからヴァレンティーナ様を見た。
「あんたにはまだ話してなかったんだけど、そのなんだ、お前の嫁だ」
 姉はあっさりぶちまけた。
「はぁあ?」
 スプーンを落としたまま僕は固まってしまった。
「これは決定事項よ。異論は認められない」
 ヴァレンティーナ様の語気も強い。
 僕は周囲をぐるりと見渡したが、誰も異論を挟む者はいなかった。皆、粛々とパンを摘んでいる。
「失礼ながら――」
 僕が言いかけたところで言葉を遮られた。
「急がねばならんのだ!」
 殿下の口調は今までが嘘のように真剣だった。酔っていたときは別人だった。その視線は強く、有無を言わせぬものがあった。
 為政者の風格…… 姉さんより上手かも……
「あんたはもう引き返せないのよ」
 姉さんも真顔だ。
「君はもう見てしまった」
「何か問題でも?」
 もうわかっているが、わかりたくない。
「彼女はわたしの紛れもない妹で、見て通りの亜人だ」
 あってはならない事態だというのはわかりますよ、わかりますけどね。
「わかったか? お前はもう王家の秘密に両足を突っ込んでいるんだ」
 巻き込んだんだのはそっちだろうがぁ! くそぉ、一蓮托生かよ。えぐいことしてくれるよ、まったく。
「なぜ僕なんです! もっと家柄のいい候補は他にもいたでしょ?」
「お前しかいなかった」
 嘘か誠か、そう言ったのは姉さんだった。
「年頃の近い者は多くあった。だが、亜人に偏見を持つ家柄がほとんどだ。我が国は亜人との対等な関係を築いてはいるが、それはあくまで庶民レベルでのこと。こと上流階級においてはどうしても古い因習が邪魔をする。因習を断ち切れるほど強固で、王家にも近く、それでいて貴族社会と距離を置ける存在。そして何より裏切らぬ者」
「歳が近くて、冒険者に成り立ての僕が適任だった?」
「腹違いとはいえ、可愛い妹なのだ。すでに母を失い、郷里に居場所もなくなった。これ以上ひとりにしたくないのだ。王家に悪意を持つ者がこの子の存在を知ればどうなるか。警戒する余り、この子の未来に影を差す者もいよう。わたしたちはいつまでもこの子のそばにはいられぬ。頼む。この通り」
 未来に影を差すとは、存在しなかったことにするということだろうか? 不慮の事故か、毒殺か。
 殿下が深々と頭を下げた。
 姉さんもいつになく真剣な顔つきで僕の服の袖を掴んで放さなかった。
「一緒に暮らすのは構いません。でもいきなり僕の妻というのはどうでしょう。将来彼女にも好きな人ができるかもしれないし」
「残念だが、そこは妥協してはやれん」
「今は発現していないが、この子も王家の血を引いている以上、持つ可能性があるのだ」
「ユニークスキル!」
 僕は息を飲んだ。
「王家のスキルはヴィオネッティー家同様、門外不出。相手は誰でもいいということにはならないのだ」
「第一子は王家に、第二子はヴィオネッティー家に。とりあえずそういうことにしておく」
「…… そんなの勝手すぎる」
「人知れず殺されるよりマシだろ!」
 姉さんが僕を見る。なるほどお互い様か。ここにいる全員がすでに秘密を共有している。僕のあずかり知らぬところでとうの昔に賽は投げられていたのだ。僕の返事次第でここにいる全員だけでなく、関わった他の全ての人たちが不幸を被ることになる。
「それにリオナも冒険者になりたがっていたから、丁度いいだろう」
 僕の肩の力が抜けたことにほっとした姉が早速軽口を叩いた。
「まだ十歳でしょ?」
「森での狩りならお前より上手だ」
「リオナは僕でいいのか?」
 リオナはこくりと頷いた。彼女にそもそも選択権がないことに思い至った僕は、馬鹿な質問をしたと思って口をつぐんだ。
「主様が許してくれたら嬉しいです」
 こういう出会いもあるのかな。
 目の前に国王がいたら、死刑覚悟で殴ってやるのに。
「僕のことはエルネストと呼び捨てでいい。呼びづらかったらエルでもネストでもなんでもいい。まだ頼りない駆け出しだけど、仲良くしよう」
 僕は手を差し伸べた。
 要は僕が強くなればいいのだ。兄たちのように、周りから何を言われようとも跳ね返せるぐらい強く。守ってやる。守ってやらなきゃ、絶対に。
 彼女はおそるおそる手を差し出した。
「じゃ、この話はここまでってことで。冷めないうちに食べちゃいましょ」
 僕たちが手を取りあうと、王女様が手打ちをして、食事を再開するように促した。
 軽ッ。急にノリが軽くなった。
「これで肩の荷が下りたわねぇ」
 もう過去形ですか?
「ここに来て正解だったわ。あなたの話を聞いたときはどうかと思ったけど。正直わたしが嫁ぎたいくらいよ」
「誰が紹介するか!」
「だってあなたのお兄さんたちってあれでしょ。人間離れしてるんだもん、当然末っ子も似たようなもんだと思うでしょ、普通」
 なんて言われようだ。
 リオナは姉さんたち怪物ふたりに挟まれながら、小さくなって肉を頬張っていた。
 僕の視線に気がつくと彼女は照れくさそうに笑った。
 まずは席順を替えた方がいいんじゃないだろうかと、僕は苦笑いした。
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