挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
マイバイブルは『異世界召喚物語』 作者:ポモドーロ

第二章 カレイドスコープ

21/1057

魔女と王女と獣人と2

 最後に見たときから髪がずいぶん伸びているが、この妙なプレッシャーは姉さん以外には考えられない。王宮魔導士の紺と赤のローブを着て、大きな魔石を付けた杖を振り回している。
「あなたが街の門番と揉めたからではなくて? 制止を振り切って無理矢理出ていかずとも、肩書きを出せば問題なかったでしょうに。とりなすこちらの身にもなってほしいわねぇ」
 姉の後ろから剣士風の女性が現れた。なんと言うかこちらは高貴なオーラがダダ漏れしていた。見るからに大貴族の彼女は王国の紋章入りのプレート装備にマント姿で腰には宝石をあしらった長剣を携えていた。近衛騎士団の鎧だ。髪は巻き毛で金髪碧眼、姉さんと遜色のない女性に会ったのは母さん以外初めてだ。
「よく来てくださいました。ご覧の通りの有様で、馬が全滅して往生しておりました」
 護衛の男が姉に近づいて、握手を求めた。
「被害に遭われた方は?」
「あの少年のおかげで負傷者は数名で済みました。冒険者のようですが、なかなか良い腕をしております」
 やばい。目が合ってしまった。姉さんの目は一瞬大きく見開かれたが、すぐに平静に戻った。
「盗賊の半数は劣勢になったと判断したのか逃げ出しまして」
 護衛の男が逃げた盗賊の轍の跡を目で追った。
 やがて後続が到着し、隊長同士の話し合いが始まった。
 護衛のあの男が一行の警護を預かる傭兵団のリーダーだった。名のある人物のようで、駆けつけた衛兵隊長の方が気まずそうにしていた。
 傷の手当ての終わった護衛たちは立ち上がり動き出した。馬を差し替え、折れた引き棒の修理などを率先して行っている。衛兵の一部は隊列を組み直すと、馬の足跡を頼りに追跡を開始した。
 あぶれた姉ともうひとりの美女はというと……
「しばらく会わなかったら、姉の顔も見忘れたか? それとも姉の美貌に惚れ直したか?」
 女丈夫とはかくの如し。
「なんでここに? 大人しく首都の王宮にいるはずじゃなかったの?」
「どこぞの愚弟が珍しく手紙を送りつけてきてな。寂しいと書いてあったので、会いに来てやったんだ」
 僕は自分が姉に手紙を出したことを思い出した。手紙には『『魔弾』の制御がうまくいかないから助言がほしい』とだけ書いたはずだ。
 姉さんは両手を広げる。僕は慌てて姉さんの胸に飛び込んで、背中を抱きしめた。この挨拶をやらないと後々面倒なことになるのだ、いろいろと、昔から。
「まあ、この子があなたのお気に入りの弟さん? 想像していたより可愛いわね。紹介してくださらないかしら?」
 姉さんの横にいた女性がにこにこしながら僕の横に立った。
「彼女が誰だか知ってるわよね」
 姉さんはさも当たり前のように、投げ遣りに言った。生まれてこの方田舎暮らしで、こんなに美しい女性に会ったことはない。仮に会ったとしたら絶対に忘れないだろう。姉さんが悪魔なら彼女はまさに天使、いや女神だ。
 姉さんの知り合いにいただろうか。僕は考えを必死に巡らしながら、彼女のマントの裏地の紫色を見て呆然となった。あの高貴な色を使えるのは……
「まさか!」
 姉がにやりと笑った。
「あんたが大好きだった――」
「そこの娘、近う寄れ」
 突然、豚商人の口からよからぬ台詞が吐かれた。
 僕の頭のなかは真っ白になった。
 だぁああああッ、何姉さんの言葉を遮ってんだよ、あの豚商人! 姉さんが自慢げにふんぞり返っている一番肝心なところで何してくれちゃってんだよ! 馬車のなかに引っ込んでろよ! 何調子こいて降りてきてんだッ! 死にたいのかッ! 首をはねられたいのかッ! 頭を吹き飛ばされたいのかッ! 馬車に戻れぇえええッ、馬車に戻って三千回神に祈れぇえええ! お願いだから出てこないでーっ!!
「聞こえんかったか? そこの娘。近う寄れと言っておるのだ、さっさと来んか!」
 どちらの美女を指した言葉かは知らないが、当然姉たちは無視を決め込み、会話を続けようとした。
 だが、そこに、僕の足元に金貨が二枚投げ込まれてしまった。
「お前はもう行ってよいぞ。世話になったな、それは礼じゃ」
 衛兵が止めに入ろうと駆け寄った瞬間、姉の殺気が最大値まで跳ね上がった。と同時に、僕は姉の視線を塞いだが、時すでに遅しだった。
 商人は殺気に気圧されて地面にしゃがみ込み、お漏らしを始めてしまったのだ。無数の蹄に蹂躙され泥だらけになった地面の上で、歯をガチガチ鳴らしながら震えていた。
「ま、まさかヴァレンティーナ王女殿下? お目にかかれて光栄です。どうしてこちらへ? 視察か何かですか?」
 僕は顔を引きつらせながら必死に話題をそらそうとした。馬鹿な商人にも聞こえるように大きな声で。
 王女様はウフッと笑うと姉さんに負けないほど冷たい視線を商人に向けた。
「き、貴様らぁあ、わしを誰だと、誰と知っての狼藉かァ! 無礼者め! お前たち、この女たちを今すぐ引っ捕らえよ!」
 馬鹿だとは思っていたが、ここまで馬鹿とは。せっかく教えてやったのにテンパって聞いてなかったのか? いくら大商人でも、貴族にそれを言っちゃ駄目だろ。まして一国の王女様相手に。そういやうちも一応貴族だったっけ。
 さすがの傭兵隊長も黙っていられなかったのか、雇い主を殴って、馬車のなかに引きずり込んだ。
「きさまっ! 何をするかッ。ただで済むと思うなよ! 傭兵風情が図に乗りよって!」
「馬鹿はお前だッ」
 馬車のなかで怒声が響いた。
 さすがの姉さんも愚かすぎる相手に怒る気も失せたようで、おかしな顔をしながら馬車を見つめている。姉さんのほうけた顔などなかなか見れるものではないなと思いながら、死人が出なくてよかったと僕はほっと胸を撫で下ろした。
 王女様が僕に顔を近づけて言った。
「彼女の殺気を受けても動けちゃうのね、弟君は。すごいわね」と。
 何を考えているんだろうか、この人は。ちなみにこの人はあの瞬間剣を抜いて切る気満々だった。僕が間に入るのが遅れたら、間違いなくあの商人の首は胴体から離れていたことだろう。
「姉さんは粗暴ですが、あれで根は優しい人ですから。それに、事後のことを考えると、あの商人の身に起こる不幸の方が忍ばれまして……」
「どういうことかしら?」
「あの盗賊たちはこの辺の輩じゃないみたいなんですよね。ということは何か目的があって越境してきたと思うんですよ。それもあれだけの大所帯を引き連れて。つまりそれだけの価値がある何かが……」
 僕は大商人の馬車を見つめた。
「検分が必要な気がしますけど」
「それは勘ぐり過ぎよ。弟君」
 どうやら彼女は中身を知っているようだ。ご禁制か、密輸品か…… もしかしてできレース?
「僕はついでか……」
「逆だ。あっちがついでだ。休暇願出したら、近衛師団の隊長に無理矢理頼まれたんだ。どうでもよかったんだが、手間が省けた」
 姉さんがつまらなそうに言った。
「じゃ、わたしたちは先にアルガスに帰るわね。『希望の雌鳥』という宿酒場で待ってるから、迎えにいらっしゃい」
 迎えに? 僕は首を捻った。
 ふたりは衛兵のひとりに引き上げる旨を伝えると、マントを翻し去ってしまった。
「ヴィオネッティーだと! あれがヴァンデルフの魔女だと言うのか! ということは隣にいたのは……」
 馬車のなかでは相変わらず、商人が騒いでいた。僕は迎えに来たバンズさんの馬車に乗ると、護衛の人たちに手を振ってその場をあとにした。
「早く街に着かないと、機嫌を損ねるので」
 というと誰も何も言わなかった。
 かつて不作のせいで首都の北にあるヴァンデルフ地方で百姓一揆が起きた。そのときたったひとりで騒動を鎮圧した魔法使いがレジーナ・ヴィオネッティーその人である。すべての住人を一瞬で凍りつかせ、無言で首謀者の凍りついた足を木槌で叩き折った人物。そして一言「このまま暖めたらどうなるかしら?」と炎を片手に脅し、暴動を一瞬で鎮め、首謀者の折れたはずの足を何ごともなかった様に元に戻した人物。結果的に地元の領主すらも恫喝する形になり、暴動を起こした者たちの言い分を叶え、事態を丸く収めた人物。恐怖と敬意を一瞬で手に入れた悪魔のような魔女。誰もが彼女の機嫌を損ねることの意味を知っている。もちろんほとんどが思い込みであるのだが。
 だから僕を引き止める者はいない。
 僕はバンズさんの馬車に揺られながら、アルガスの街を目指した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ