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マイバイブルは『異世界召喚物語』 作者:ポモドーロ

第一章 マイバイブルは『異世界召喚物語』

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閑話 あるギルド職員の憂鬱

 よく晴れた日の朝だった。
 事務所の庇先には緑の山々が真っ青な空のなかに悠然とそびえていた。雲にかかる稜線の谷間にわずかに残っていた雪も今日にはすべて溶けてしまいそうな日差しであった。
 そろそろエルーダ名物、真っ赤な高山キスゲが咲き誇る季節だ。
 山の傾斜を滑り降りてきた風はまだ肌寒かったが、眠気の残った頭には心地よかった。
 紅茶の香りが運ばれてくる。
「おはようございます。店長」
「おはようマリー」
 鳥たちの声が森のなかにこだまする。
「今日も何事もなければよいが」
 冒険者ギルドエルーダ出張所の職員リカルドは麓のアルガス支部の次期ギルドマスター候補であった。現在はマスター不在のこの出張所に所長として出向の身である。
 窓口のマリアとは古い知り合いで、かつて共にパーティーギルド『銀花の紋章団』の中核として共に戦った仲間であった。たまたまこの僻地で再会したが、今では彼女とのゆったりした朝の一時もまんざら悪くないと感じ始めていた。
 朝の喧噪が村のなかから聞こえてくる。
 彼女の入れてくれた紅茶の香りを楽しみながら近道の坂道を見下ろすと、外套にくるまり登ってくる職員たちの姿が木々の隙間から垣間見られた。
 だいぶ薄着の者も増えてきたな。
「そういえば、あの日もこんな朝だったな」


 大きな伸びをしたとき、その電信は入ってきた。
 リカルドはこんなに朝早くに何事かと思い、紅茶をテーブルに置いた。
 ギルドには魔法電信という技術が存在した。
 石版(タブレツト)に文字を書くともう一つの石版にも文字が現れるという対の石版を利用した伝達方法である。対同士でしか通信ができないため、通話先の数だけ石版が必要になる。
 とはいえ、そもそも高価な魔道具である。末端の出張所にはアルガス支部からの一回線分の石版しかなかった。
 中央のギルド本部から周辺の大都市の支部へ、支部からさらに小さな町村の出張所へとつながれたネットワークはギルドのみならず、市民生活にとっても大切な通信手段になっていた。もちろん安価な郵便配達がスタンダードな手段ではあるが。
 リカルドをはじめ、周りにいた職員たちが石版をのぞき込んだ。

『よしなに。』

 文面はそれだけだった。宛名も差出人の名前もない。
 だが、それが誰から送られてきたものか、ギルド職員なら誰もが知っていた。王宮筆頭魔導師補佐官レジーナ・ヴィオネッティーその人からであると。そしてそれがギルド宛てに送られてきたものであると。文面の意味が『弟をよろしく』という意味であるということも。

ヴィオネッティー伯爵家は、その軍事的性質上、王家とは深いつながりのある家柄だった。代々、有力諸公の娘が挙って嫁ぐほどその関係は深く、強力なものだった。
 なぜ地方の一領主がこうも厚遇されるのか、蚊帳の外の貴族や庶民にはあずかり知らぬことであったが、知る者は知っていた。
 息子たちの破天荒な噂が噂だけではないことを知っているギルド職員にとって、その末っ子が冒険者デビューするというニュースはそれだけで大ニュースだった。
 しかもその情報の発信元が『ヴァンデルフの魔女』と呼ばれる当代随一の魔法使いのその姉だというのだから、災害級のドラゴンの子供が現れたような騒ぎになるのも無理からぬことである。現にヴィオネッティー家の嫡子アンドレアはわずか十歳にして災害認定されている。
 ギルド職員は皆思った。
「うちには来てくれるなよ」と。
 末っ子はほかの兄弟と違って情報が特に少ないので、なおさら職員は疑心暗鬼になっていた。万が一死なせるようなことになったらどんな報復が待っているかという心配より、周辺の町が、ひいては自分たちがどんな被害を被るかという心配の方が先だった。
 どんな少年なのか? あの長女のお気に入りだというのだからただ者ではないはずだ。貴族の子弟というだけでもやっかいなのに頼むからうちには来てくれるな。
 悲痛な叫びが国中のギルドにこだまする。
 どこのギルド職員も戦々恐々として仕事に身が入らない始末だった。
「いったいどこのギルドにやってくるのか? どこのギルドが貧乏くじを引くのか?」

 そして冒険者ギルド内で空前のトトカルチョが始まった。

 ヴィオネッティー家の領地は王都の遙か南に位置していた。領地から出ることは事前の情報からほぼ確実だったので、情報がデマであるという可能性も鑑みて(ギルドにとって、あってはならないことだが)所領のなかのギルドの倍率は、若干の猜疑心も含めて十八倍ほどになった。
 最低倍率だったのは近隣で一番大きな都市であるアルガスと次男と長女が住んでいる王都だった。次に多かったのが、親戚筋の所領で、母方の所領リーナルージュをはじめ三倍から五倍の倍率がついていた。それ以外は領地を中心に放射状に近いギルドから順に倍率が上がっていくのだが、例外があった。それは特殊な事情を持ついくつかのギルドだった。エルーダ出張所のように初心者お断りの上級者スポットである。それらは軒並み倍率が高かった。
 最も近い場所にあるにもかかわらず、当然のようにエルーダ出張所の倍率も最高倍率であった。というかそこにギルドがあることすら周知されていなかった。

 リカルドも当初、自分たちには関係ないことと高を括っていた。
 だが、よせばいいのに王都のギルド本部が、騒ぎを沈静化するために子息が新人登録したギルドに賞金という名の迷惑料、金貨五百枚を進呈すると宣言したのである。もちろん使い道に制限はない。
「もしやって来ても追い返すな! なんとしても引き留めるんだ。新人でもこなせるカリキュラムを今すぐ考えろ!」
 もちろん、リカルドはしっかり教育を施す気でいた。手抜きはされた方の命取りである。まだ見ぬ少年の門出だ。教えることは山ほどある。先達としてやるべきことはしてやらなければならない。それがギルド職員としての矜持でもある。
 まして相手はレジーナ・ヴィオネッティーの弟である。かつて同じギルド『銀花の紋章団』で共に戦った仲間の家族である。
「一月経って何も身についていなかったら、レジーナに何言われるかわかったもんじゃないわね」
 マリアが隣でつぶやいた。
「やっぱり、余所にやるか?」
「わたしはどんな子か見てみたいわね。レジーナ、弟ラブだったものね」
「一月会わなかったら禁断症状が出るとかよく騒いでたな。あれはいつの話だったかな?」
 かつての友を肴に昔話に花を咲かせた。


 数日後、やって来たのは意外なほど普通の少年だった。
 言葉は貴族と思えぬほど丁寧で控えめで、腰の低い少年だった。体付きはまだ戦う男のそれではなかったが、日ごろの努力はうかがえた。
 なるほどレジーナが心配するはずだ。
 髪や目の色に違いはあるが若い頃のレジーナにそっくりだった。彼女が男装するとこうなるのかと思えるほどよく似ていた。
 性格は長男アンドレアに似て飄々としているが、聡明さを表す好奇心旺盛な瞳や耳の裏をかく仕草はレジーナのものだ。行動が次男のエルマンに似なければこちらとしては問題ない。
 さて、どう料理してやろうか?

「あー、そこの君、あー、エルネスト・ヴィオネッティー君」

 リカルドは手揉みをしながら心細そうに掲示板を見つめている少年に近づいていった。


 ブラック企業と疑われるほど怪しかったギルドの裏側でした。主人公のあずかり知らないところで姉がすでに暗躍しています。
 本編にまだ書かれていない情報も少しだけ含んでいますが、本編で見つけたらにやりとしてくれればうれしいです。
 次から次章に入ります。狭苦しい迷宮から広々とした世界に移行します。
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