ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
1-8
 厄介な……!

 羽音を背中に感じながら、俺達は全力で疾走していた。

 今回ばかりは前を天利とアイが走る形になっている。それが何故かといえば……、


「こ……の!」


 走りながら、無理矢理に後ろに剣を振るう。寸のところに迫っていた羽虫が何匹か地面に落ちた。

 ああ、ちくしょう。全然あたらない。

 前衛一人ってのは、過剰労働だろう……!

 あんまりにも無理な姿勢で剣を振るっていたので、肩の関節が痛みを訴えてくる。無視して、また一振り。


「天利、もう少し早く走れないか!」
「悪いけど、これが限界……!」


 この三人の中で一番足が遅いのは天利だ。遅いと言っても、強化剤を飲んでいるおかげで普通の人間が走る平均速度くらいなのだが。

 レールガンを抱えているせいで足が遅くなるのは仕方がないのではあるが、こんな時ばかりは恨みごとの一つも言ってやりたい。

 かといって、捨てるにはあまりにも惜しい戦力要因なので、その選択肢はとりたくはなかった。


「仕方ない!」


 こうなると……一つ目の奥の手を使うしかないか。

 俺は懐から、一本の棒を取り出した。大きさはシャープペン程度。

 その棒を、剣の柄尻にあるスロットに差し込む。


「ちょっとした見世物だ!」


 途端、剣の刀身が銀の発光を始めた。


「嶋搗……?」


 怪訝そうに天利が俺を見た。

 ……天利にもこれは初お披露目だったな。


「臣護……それ、まさか」


 魔術師には、やっぱり分かるよな。

 そう。これは……魔力。

 あの棒には魔力が装填されており、この剣は今、その装填されていた魔力を刀身へと移し替えている状態なのだ。これならば、世界に魔力がなくても問題はない。

 魔導水銀。それがこの剣の材質だが、その名の通り、この特殊金属には振動で固形化する以外の特性がある。

 それが、魔力の伝導性能。

 減衰はほぼなく、九十九パーセントの魔力をカートリッジなどから通すことが出来る。

 魔力を通す目的としては、この剣の強度が大きく上昇するということが一番だろう。

 だが、俺の目的はそれとは違う。


「お前ら、せいぜい驚けよ」


 後ろを振り返って、剣を正眼に構えた。

 ……一振り。それだけで決めなくちゃならない。


「これをやるのは……一年ぶりだったかな」


 どれだけ久しぶりでも、失敗はありえない。この技は身体に染み付いている。他でもない、今のような死の淵で磨いてきたものだからこそ。

 剣を振り上げ、そして……下ろす。

 ――世界が、断たれた。

 全ての動きが一瞬だけ停止して、


「俺にこれを使わせたんだ。満足したろう?」


 俺が剣を鞘に納め、その柄尻から棒が抜け落ちた。同時。一直線に、道路が破壊される。その長大なクレーターに、羽虫の金属生命体が砕かれて粉々になって沈んだ。


「ま、じゅつ……?」
「そうだ」


 呆然としたアイの言葉に頷く。その隣には、アイ異常に呆然としている天利。


「加速した魔力を斬撃にのせて撃ち出すだけの単純な魔術だよ。一本八十九万もする特注の大容量カートリッジをまるまる一本分を使うせいで、斬撃というより轢殺みたいになってるけどな」
「は、はちじゅ……!?」
「ああ……」


 そう、アイが驚くのも無理はない。八十九万、八十九万もするのだ。


「分かるか、八十九万だぞ。何度でも繰り返すが、八十九万。このたったの一撃の為に、俺の懐から八十九万もの大金が別れを告げたわけだ。しかもただの八十九万じゃない。いや、ただの八十九万っていう表現も意味不明だが」


 そこまで一息に言って、さらに舌を回す。


「特注品だから材料の高密度魔充銀を自分で用意しなきゃならないんだ。高密度の魔充銀なんて、十メートル級の竜三匹倒してようやく集まるもんなんだからな? もしそうでなく、材料まで買うことになったら、これ一本の単価は二千万は下らない。よく聞け、二千万だ! その上再利用不可なんだぞ! やってられるか!」


 そりゃ命の危機だから仕方なく使ってしまったわけだが、惜しいと感じるのは絶対的に仕方のないことだろう。

 二千万だからな?

 SWの俺でも入りの悪い時は一月にそんだけ稼げないぞ!

 後見人の叔父なんて一年かけたってそんだけ稼げないぞ!


「あ、その……うん、その、それがとっても高いのは分かった。分かったから、顔近い、近いよ」


 どうやら熱くなりすぎたらしく、俺はアイの肩まで掴んでいた。


「ああ……悪い」
「なんていうか、お金のことになると性格変わるね」
「そうか?」
「……自覚ないの?」


 それほど変わっているだろうか。確かに、ちょっと熱くなったが……。


「百四十度は変わってるよ……」
「そんな馬鹿な」


 誇張も甚だしい。こんな時に冗談なんて言うなよ。


「本当だよ……あれ、悠希? どうかした?」


 と、アイが天利の顔を覗き込んだ。そういえば、なんかさっきから黙り込んでるな。

 何か考え事か?


「……ま、ま、ま……」


 ま……?


「魔術って、何よ――!」
「魔力を運用して行使出来るものに決まってるだろう」
「そういう意味じゃない!」
「ぐふ……っ」


 何故だか知らないが、鳩尾にレールガンの銃身が叩きこまれた。でかい一撃の後で気が緩んでいたのか、思いきりいいのが入る。

 く、ぉ……痛みのあまり、呼吸が……!


「て、てめ……なにを……!」
「魔術が使えるなんて……そんな話、私聞いてないわよ!?」
「言って……ないし」
「言えよ!」


 天利がレールガンを振りかぶる。

 や、やめ……今はそれ避けられないぞ!


「悠希、それやったら臣護が死んじゃう!」
「どういうことなのよ――!」



「それで?」
「それで、とは?」


 倉庫のような建物の中の広い空間。私達はそこに駆けこむと同時に、腰を落とした。

 空になったカートリッジを寂しげに手先で回す嶋搗の背中は、どこか落ち込んでいるようにも見えた。

 ……シュールね。


「どうしてあんたが、魔術なんてものを使えるのよ」
「使えるから」
「……真面目に答えなさいよ」
「真面目に答えてるさ」


 溜息をついて、嶋搗は空カートリッジを懐に収めようとして、ふと思い直したように動きを止めた。そこから何度か迷うようにカートリッジを何度も手の中で振り、いきなり肩を一回落として、瓦礫の向こうに名残惜しさ全開でそれを投げ捨てた。

 ……だから、シュールだってば。嶋搗ってほんとに守銭奴よね。


「言っておくけど、魔力の加速なんて魔術は、マラソンで走るのに適した呼吸を覚えるのと同じくらいに初歩の初歩のものだぞ。無魔力世界のアースで生まれた人間だって、ちょっとした偶然にでも雀の涙くらいの才能があれば使えるようになる。なあ、アイ?」
「え……あ、うん。そうだね。確かにアースの人はマギの人より魔術師の資質保有が遥かに低いけど、三千人に一人くらいなら初歩魔術くらいは使えるようになれるよ」
「というわけだ」


 三千人に一人。つまり、それが嶋搗ってわけ?

 確かに、それならば納得出来なくもない。のだが――、


「でも、あれだけの魔力を一瞬であれだけ加速するなんて……そんなの――」
「納得してくれたか?」
「あんた、何か隠してない?」
「気のせいだ」


 いや、アイの言葉遮ってたし、気のせいじゃないでしょ。


「あのねえ……」


 ……これでも、一年来の付き合いじゃない。それで隠し事だなんて……。

 私としては……なんていうか、相棒とか、そんな感じなんだけどなあ。


「私のこと、信用できないの?」
「……まあ、信用してなくもないかもしれないかもしれないが」
「どっちだよ」


 いつになく曖昧ね。ものをずかずか言う嶋搗らしくもない。


「あ、もしかして私がいるからかな? 少し外そうか?」
「そういうわけでもない。まあ、それもあるが……それは一番の理由じゃないな」


 立ち上がろうとするアイに軽く首を振って、彼は顎に手をあてた。


「ちょっとマズい話なんだ。この話が広まったら、俺はSWのライセンスを剥奪されたうえ、間違いなく刑務所行きになる」
「な……あんた何やったのよ、それ」


 殺人? 強盗? 詐欺か何か?


「いや。それが言えないんだろうが」
「……あ、そっか」


 確かにこれは、信用とか以前に、口に出すのさえ憚られる問題みたいね。

 特に、アイは政務魔術師。犯罪行為の告白なんて、捕まりたくない人間はしない。

 それを考えると、無理に聞き出したりは出来ない、か。


「……」


 見ると、彼女は静かな顔で口を閉じていた。

 ……複雑ね。これ、アイがアースの機関とかに報告したら、嶋搗は徹底的に追及されるわよ。これだけの会話なら、嶋搗が白を切れば証拠不十分で不問になる可能性は高いけど。


「一つだけ、いいかな?」
「なんだ?」
「……それは、人を傷つけること?」


 嶋搗は考える間もなく返答した。


「俺の自己満足ではあったが、他人に迷惑をかけることではなかったな」


 それが嘘か真か。

 私は、本当だと思いたかった。


「そっ、か……」


 きっとそれはアイも一緒だ。


「なら、この話はお終いだね」


 一つアイが笑む。

 私も、これ以上は何も尋ねはしない。あの時、嶋搗が口にした言葉も……魔術を使うのが一年ぶりという、一年前に初めて異次元世界、ひいては魔術に初めて触れた筈の彼の矛盾した発言についても、これ以上はなにも追及しない。

 小さく、嶋搗は苦笑を零した。


「……なら、さっさと次の行動について決めるぞ」


 立ち上がって、彼は格子のついた小さな窓の外に視線を向ける。


「どうやらこの世界には、系統の違うマザーが最低でも二体いるらしい」
「系統?」
「蜘蛛みたいのと羽虫みたいの、そういう違いのことだ」
「ああ……って、じゃあまさか、」
「そうだ。あの二種類の金属生命体がこの近辺にいたってことは、蜘蛛のマザーだけじゃなく、羽虫のマザーもこの辺りにいる可能性が高い」


 私のレールガンを受けても倒れなかった巨大を思い浮かぶ。

 そんな……あんな化け物が、あれとは別にもう一体いるっていうの?


「あの、一ついいかな?」


 小さくアイが手を挙げた。


「なんだ?」
「マザーって、なに?」
「……お前も天利も、どうしてこうも常識ってものを知らないんだ?」


 嶋搗が溜息を吐く。

 ……私でもそれくらいは知ってたわよ。失礼ね。


「マザーってのは、最初の金属生命体だ。増殖におけるオリジナル、母親ってわけだな。細かくは判明していないが、マザーは全ての子からの情報を受信出来る、と言われている。加えて、マザーを倒すことで全ての子が活動を停止するのが確認済みだな」
「そうなの? だったら、私達も頑張ってマザーを倒せばいいのかな」


 いやいや、それが出来たら最初からやってるから。


「手持ちの武器じゃ難しい。俺の加速魔術だってマザーを倒せる可能性は低い。連中はちょっとでも電気信号の乱れていない欠片が残れば、そこからあっという間に再生するわけだから」


 噂だけど、以前にマザーを倒した時には生体火薬を相当量用意したらしい。使用後は小さな隕石が落ちたみたいになったって話だ。


「そっか……」
「大丈夫よ。別に倒さなくったって、逃げ切って見せるから」


 あからさまに残念そうにするアイに、少しでも元気になればと言葉をかける。


「うん……そうだね」
「ま、私達にまかせておきなさい」
「……お前ら、どっちが年上でどっちが年下か分からないよな」


 あ。そういえば、アイって私より二つ上なんだっけ。


「ごめん。年上甲斐がなくて……」
「だ、大丈夫よ。別に年上だから頑張らなくちゃいけないとか、そういうのは全くないんだから」


 ああ、もう。また落ちこんじゃったじゃない。

 嶋搗を睨むと、あいつは肩をすくめて私の視線を無視してくれた。殴りたい。


「話を戻すが……とりあえず、長くてもあと二時間と少し。下手に移動しないでここで待ってるぞ」
「え、ずっと移動しないつもり?」
「ああ。敵に移動能力の高い奴らがいるとなったら、下手に移動して見つかる危険は避けたい。蜘蛛のマザーもかなり離れた位置にいるし、それが最善だろう」
「ふうん……」


 私としては、それは助かる方針だ。

 なにせ、本当にレールガンってやつは重荷なのよ。いくら強化剤を飲んでるとはいっても、疲れは嫌でも溜まって来るし。もう動くのが辛いのなんの。


「見つからなければいいんだけどね」
「まったくだが、世の中そう上手くいくものかどうか」


 嫌なこと言わないでよ。


「あ、あの……」
「そういえば、あのカートリッジって何本残ってるの?」
「二本だな」


 嶋搗は懐からさっきと同じ棒を二本取り出した。


「それだけ?」
「ロッカーにまだ十本あるが、失くしたりした時のことを考えると、怖くて多くは持ち歩けない」
「情けないわね」


 そんなこと言ってないで、ちゃんと全部持っときなさいよ。そうすれば今も状況が違ってたかもしれないのに。

 すると、嶋搗の目の色が変わった。


「……いいか? 一本二千万なんだぞ、二千万。この棒きれ一本二千万。お前、それを失くしたら、俺は普通に泣くぞ。というか正直今でもさっきの一本分泣いておきたいんだ」
「あーはいはい。分かった分かった。私が悪かったわ」


 こいつ、本当に金のことになるとうっさいわね。


「あ、あの……」
「でも、いいじゃない。二千万で命を繋げられるなら、安いもんよ」
「だからよく聞け。この一本で、お前のレールガンが二つ買えるんだぞ。レールガン二つ買ったってお釣りの来る棒ってなんだよ。おかしいだろ。は、お前のレールガン安くね?」


 ……そう言われると、なんか急に身近に感じるわね。あ、確かにそれ、二千万は高いかも。

 それと、言葉づかい変わってるわよ。あんたはそういうキャラじゃないでしょ。


「あ、あの……二人とも!」


 不意に、アイが叫んだ。


「ん?」
「どうかした、アイ?」
「あ、あの……その……あ、あ、あ、あれ……」


 アイの振るえる指先が、倉庫の奥を指し示す。

 その様子に、ただ事ではないと察した私と嶋搗が、ゆっくりと視線をそちらに向けた。

 そして、


「に、逃げろっ!」
「なんでこうなるのよ!」
「私は何度も言おうとしたのにい!」


 私達は倉庫を飛び出した。



 俺達が飛び出した倉庫が、吹き飛んだ。

 残骸を尾のように引いて空に舞い上がったのは、巨大な羽虫。その羽は、目測で十メートルはあろうかという胴とはあまりに見合わないアンバランスな大きさだった。

 なんで、なんでこんなところにマザーがいるんだよ!


「嶋搗、今が魔術の使いどころよ!」
「馬鹿が。そんな安直に使ったら、後でジリ貧になるんだよ!」
「今は後のことを気にしてる場合!?」


 ……後ろを見てみる。

 巨大な羽虫が、何百匹もの子を連れて俺達の後に迫って来た。


「気にしてる場合じゃない!」
「分かってくれて嬉しいわ!」


 カートリッジを取り出して、柄に射し込む。

 そして俺は後ろを振り返って、剣を鞘から抜き放った。

 さらば二千万――!

 斬撃が飛ぶ。

 小さな子の羽虫を枯れ葉のように砕き、マザーが両断された。

 ……静寂。

 地面に落ちたマザーを見つめる。


「……え、倒した?」


 希望の差した天利の声。

 しかし、現実は残酷だ。

 マザーが落ちた周囲の地面が黒く、粘液状に溶ける。

 その黒い沼から、何匹もの羽虫が現れた。

 マザーは二つに断たれた身体の断面から何本もの管のようなものが伸び、互いを絡め、ゆっくりと癒着を始めている。


「まあ、倒せるわけがないよな」


 置き土産として、手持ち最後の手榴弾をマザーにむけて投げつける。


「行くぞ」
「だ、だから……あんな近くに投げるな!」
「うわ……っ!」


 再び駆けだすと、背中に爆風。頬を手榴弾の破片らしいものが掠めた。


「……危なかった」
「危ないのはあんたよ!」


 なんだ。あの場面での最適の行動をとった俺にひどい良いようだな。


「それよりマザーが回復しないうちに遠くに行くぞ。マザーに不備がある状態なら、子の性能もちょっとは下がってるはずだ」


 事実、羽音は近くに聞こえない。

 おおよそ三百秒くらいは、逃亡側である俺達に有利な状態が続くだろう。

 とにかくその有利を最大限利用しなくちゃならない。

 ここで追いつかれたら、俺の二千万が浮かばれんだろう。

 鞘に剣を収め、カートリッジが地面に廃棄される。


「あ、あの、あのね、二人とも」
「なんだ、アイ!」


 ……なにか、嫌な予感がした。


「う、上――!」


 その泣きそうな声に、素早く構えた天利がレールガンを放った。

 ビルの表面に張り付いていたなにかが、半分ほど吹き飛ばされて俺達の目の前に落ちる。

 蜘蛛の金属生命体……!

 ちょっと、待て。


「っ、アイ! お前、魔力の光変換は出来るな!」
「う、うん」


 ああ、ちくしょう。状況は最悪だ。

 もう一本のカートリッジを取り出す。

 ……全部で、六千万、か。

 高い冒険だ……。帰ったら、ちょっと泣くかもしれない。


「こうなったら、少しも魔力を無駄にするなよ!」
「え、えええ!?」


 俺は、取り出した最後のカートリッジを、


「う、く、くそ……っ!」


 ――圧し折った。

 膨大な量の魔力が、空に放たれる。


「こ、こんな量を全部って!?」


 そう泣きごとを口にしながらも、アイはそのらの魔力を掌握しにかかった。

 ……流石、政務魔術師。実力も折り紙つきってところか。まさか、本当にカートリッジ一本分の魔力を扱えるなんてな。実のところ、そこまでとは本気には考えていなかった。

 魔力が反転し、虚数的元素である魔力が、光子へと一時的に変換される。

 俺達を中心とした一キロが、光のプールに沈んだ。

 これで、一時間はこの明るさを維持できる……。

 思いながら、俺は視線を辺りに巡らせた。

 ……は。

 おいおい。こりゃ……本格的にマズいぞ?


「なによ、これ。嘘……でしょ?」


 レールガンを構えた天利が、その銃身を左右に振った。

 狙いがつけられないのだ。


「囲まれてたのか……!」


 周囲のビルの側面に張り付く、人ほどの大きさの蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛……。


「まさか、マザーが囮になったってのかよ……!」


 てっきり俺はマザーの姿が遠くにあるからと、油断していた。

 まさか、金属生命体にこれだけの知能があるなんて……これまで発見された金属生命体よりずっと高度なやつらなのか……!?


「嶋搗、どうするの?」
「お前、俺に訊けばいつも答えが出るなんて思ってるのか?」


 こんな状況を切り抜ける術なんて、俺にだって分かるわけがない。

 強いて言うならば……一つ。


「がむしゃらにやるしかないだろう!」
「ふざけんな――!」


 天利が絶叫した。

 これがおふざけなら俺だって小躍りしてるよ!

 飛びかかって来た蜘蛛を抜き放った剣で斬り落とす。


「こんな量、あんた一人で捌ききれるの!?」
「無理に決まってるだろうが!」
「でしょうね!」


 地団駄を踏んで――本当に地団駄を踏むやつなんて、初めて見た――天利はレールガンを肩からおろし、それをアイに押し付けた。


「使い方、分かるわよね! 適当に撃ってなさい。でも私達には中てないように!」
「あ……うん。でも、私がこれを使ったら、悠希はどうするの?」
「私は、これ!」


 嫌そうに、天利はジャケットに手をつっこんだ。

 引き抜いたのは、二丁の拳銃。

 ……それ、久しぶりに使うんだな。

 剣を振るいながら、俺は天利に同情した。出来れば、本人もあの銃は使いたくなかったろう。

 二体の蜘蛛が、天利を左右から挟撃する。だが、それに対して冷静に突き出されたそれぞれの銃口。

 パン。

 酷く乾いた音。銃弾を撃ち出したにしては、余りに軽い。

 それも当たり前のこと。何故なら、その銃から、弾丸なんて一発も撃ち出されていないのだから。

 飛びかかった蜘蛛の胴体に小さなヒビが入る。それだけで、その二体の蜘蛛は崩れ落ちた。

 空気砲。それがあの拳銃の正体である。

 高密度に圧縮した空気を発射する。それによって、普通の拳銃並み――いや、それ以上の威力の衝撃を敵に与えることが出来る。空気を装填するので、弾切れになることもない。

 これだけ聞けば、かなり優秀な武器に思えるだろう。

 だが、そうではない。この銃には、致命的な弱点がある。


「怖、怖っ、怖ぁっ!」


 次々に飛びかかって来る蜘蛛を、天利は弱音を連呼しながら撃ち落とす。どれもこれも、攻撃を受ける寸前のところでかろうじて倒せている――ように見える。

 だが実際には、寸前のところでかろうじて倒せているのではない。寸前のところを狙って倒しているのだ。

 この銃の射程距離は……最大で八十センチ。

 圧縮空気は銃口を離れてすぐにその威力を拡散させてしまう。それが、この銃の致命的な弱点。

 天利が怖い怖いと連呼するのも仕方がない。

 この銃は、敵を攻撃するために常に敵の攻撃を目の前に回避しなければならないのだ。

 普通の神経をしたやつなら、こんな銃は絶対に使わない。

 だが滅多に近距離戦闘なんて行わない天利は、無制限に撃てることと、極めて軽量という理由から、この銃を使っていた。

 それが、今回は良かった……のだろうか。

 大量の敵が相手なら、無限の弾丸は心強い。……射程距離が短すぎて素直に心強いと思えないから困りものなのだが。


「ほら、アイ! 撃って撃って!」
「え……ええと、セーフティを外して、トリガーを――ひゃう!」


 レールガンは見事にビルの壁面を吹き飛ばした。

 アイが発射の衝撃に尻もちをつく。


「ごめん、スタンドの出し方教えてなかった! そこのダイヤルを調節してから押し込めば、あとはある程度システムが地形に合わせて勝手にスタンドを展開するから! 展開解除はもう一度押し込むのよ!」
「う、うん!」


 今度はちゃんとスタンドを展開してから、アイはレールガンを放った。


「あ、あたったよ!」
「喜んでないで次!」


 ……なんだこの急造陣形。非常に不安が一杯だ。

 だが意外なことに、これがそれなりに上手くいく。アイの射撃技術に難はあるものの、センスは悪くないらしく、初心者にしてはなかなかの命中確率だ。それを俺と天利の二人がカバーするわけだが、天利は天利で俺の動きをよく知っているので、上手い具合に息が合う。

 これなら……どうにかなる、か?


「少しずつ退くぞ!」
「了解!」
「うん!」


 このままじゃ、羽虫にも追いつかれるし、最悪二体のマザーと相対することになる。そうなったら、ちょっと散歩に出かけるくらいの気安さで死ねる。


「天利、お前って手榴弾持ってるか!」
「あるわよ、二つ!」
「使えるか?」
「両手ふさがってて無理!」


 だろうな。必死に全身を使って敵の攻撃を回避しつつ攻撃する天利を横目に伺う。


「じゃあ、どこにしまってある?」
「ジャケットの内側、腰のあたり!」


 ……ああ、ちょっと膨らんでるあそこら辺か。

 俺は剣を振るうのを片手だけにして、もう片方の手を天利の腰に伸ばした。


「ちょ、なにしてるのよ、変態!」


 俺の指先がジャケットの内側に潜り込もうとスカートに触れて、天利が俺から離れた。


「お前の手榴弾を使うんだよ、こんな時に変態とか言ってる場合か!?」
「……最悪!」


 吐き捨てるような一言。俺だって望んでこんなことしてるわけじゃない。


「そうかい!」


 敵の攻撃の隙をついて、俺はまた天利のジャケットに手を伸ばした。今度は天利も目に見える抵抗はしない。


「ん……ぁ、くすぐったいわよ!」
「仕方ないだろうが!」


 よし、取った!

 俺は取りだした二つの手榴弾のピンを歯で引き抜いて、蜘蛛の包囲網の一角に投げた。


「体勢を崩すなよ!」


 注意を飛ばして、爆発の衝撃が俺の身体を打った。近くでの爆発だが、蜘蛛が壁になってくれて俺達への被害はない。


「よし、切り抜けるぞ! アイは俺のすぐ後ろを走れ!」


 敵の薄くなったその一角を、俺を戦闘に、アイ、天利と並んで駆け抜ける。俺が邪魔になる蜘蛛を斬り払い、脇からの攻撃は天利が撃ち落とす。

 そうして、目の前のビルに飛び込んだ。

 《門》を作り出す装置が壊された時と同じだ。ビルの中を通って、連中を撒く。

 狭いビルの奥に走ると、一枚のドアを見つけた。

 位置的に、これが裏口か。

 それを蹴り開ける。


「な……!」


 目の前に何体もの蜘蛛がいた。

 しまった……こんなところにも!?

 っ、入口も出口ももう通れない……こうなったら……!


「上しかない!」


 道を戻って、ビルの階段を駆け上る。


「ちょっと、この先はもう逃げ場がないわよ!」
「だからって逃げないわけにもいかないだろうが!」


 くそ……どうすれば……。

 思考を全力で回転させる。

 状況は極めて切羽詰まっている。いきなり新系統が現れたり、二体目のマザーには行き合ったり、マザーが囮になってたり、待ち伏せされたりと、不幸が盛大に手に手を取り合って俺達の命の灯っていうキャンプファイヤーを囲み踊り狂ってるせいだ。

 ……いや、待てよ?

 囮に、待ち伏せ……か。

 ――一つの閃きが脳裏をよぎった。


「いいか、良く聞けよ!」


 時間がない。

 俺は手短に、思いつきの内容を二人に説明した。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。