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ストレイ・ワーカー 作者:新殿 翔
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1-6

「……どうにか、振り切ったか」


 あれから二十分以上駆けずり回って、逃げ込んだアパートらしい建物の一室で俺達はようやく一息をつくことが出来た。


「っ、わ、私……これ以上、走ったら、酸欠で、死ぬわよ……」


 天利が荒い息で部屋の隅にレールガンを置いた。

 そりゃまあ、そんな重いものを抱えてたら、体力の消費も激しいだろうよ。かといって貴重な武器を捨てられるわけもないけど。

 加えて、どうやら身体強化剤が切れてきたらしい。徐々に身体の感覚が鈍くなっていく。

 懐から小さなケースを取り出し、その中から錠剤を一つ、水もなしにそれを呑みこむ。


「お前も飲んでおけよ」
「はいはい」


 だるそうにしながらも、天利はジャケットの胸ポケットから取り出した強化剤を飲み込む。


「そっちはどうだ。持ってるか?」


 部屋の真ん中にハの字に座り込んで、俯いているアイにケースを差し出した。

 ……反応がない。


「――ったく」


 俺はケースから一錠取り出してから、視線で天利に合図を送る。

 ――え、私も手伝わされるの?

 ――当然だ。

 みたいな感じの意思疎通。

 一年の付き合いの成果だな。嬉しくもなんともないけど。

 いかにも面倒臭そうな顔で、天利が後からアイの顔を両手で掴んで上げさせた。


「むがっ……!」


 その口に俺は錠剤をねじ込む。

 吐き出そうとする素振りを見せたので、すぐさま口を押さえた。


「素直に飲みこめ。毒じゃない」


 ……未だに副作用があるかどうか分かってない薬品だけどな。


「ん、ぐ……」


 喉が動いたのを見て、俺と天利は手を放した。


「けほ、けほっ……!」
「やれやれ、これだから魔術師って連中は。なんで強化剤なんて便利なもんを使わないんだ?」
「安全性の保証がないからじゃない。かといって、これを飲むリスクとこれを飲まないで異次元世界に出るリスクとじゃ、私的に後者の方は大きいと思うんだけど」
「同感」


 頷きながら、部屋の中を軽く調べてみる。

 ……これは、水道、か?

 それらしいものを見つけた。だが、ひねったりして水を出す部分がない。

 どうすればいいんだろうな。考え込む俺に、天利がなにかに気付いた。


「足元」
「ん……?」


 言われて、初めて自分の足元にペダルのようなものがあるのに気付いた。

 これか?

 踏んでみると、案の定、蛇口から透明な液体が流れ出す。


「水ならいいんだけどな」


 懐から、今度は簡易検査キットを取り出す。その中の体温計のような形の機器を流れ出す液体で濡らす。

 ……数秒後、小さなモニターに表示が現れた。


「飲料可能な水らしいぞ」
「いただきます」


 一瞬で押しのけられた。

 おい……。

 文句を言う前に、天利は直接口を蛇口の近くにもっていって、勢いよく咽喉を鳴らし始めた。


「っ、ぷは。美味いわね、この水。普通にミネラルウォーターみたい」
「ふうん?」


 天利が満足したようなので、次に俺も水を手で掬って飲んでみる。

 ……なんだろう。飲み方が男女逆な気がする。


「まあ、アースの水道水よりかは美味いな。お前も飲んだらどうだ?」
「……」


 アイは、さっきからずっと青い顔で口を閉じている。

 ……なんなんだよ、こいつ。

 俺は深い溜息を吐いてから、アイの正面に座り込んだ。


「どうしたんだ?」


 普段ならこんなやつに構ったりはしない。だが、この状況ではせめて一人で飲み食いくらい出来る程度には立ち直って貰わなきゃこっちが困る。

 というか、こいつはどうしてこんなことになってるんだ。

 思い返すと……あの《門》が叩き潰される直前からだな。あの時なにかに困惑し出してから、現在進行形で状態が悪化している。


「……私のせいだ」
「ん?」


 しばらくして、アイがぽつりと囁くように呟いた。


「二人を、帰れなくした」
「そうだな。お前のせいだ」
「ちょっと、そんな厳しい言い方ないじゃない。もう少し気を遣ったら?」


 即答すると、天利がアイを庇うように言った。


「お前、俺にそんな繊細な気遣いが出来るとでも?」
「申し訳ありません、天地がひっくりかえっても無理な話でした。私が悪かったです、本当に馬鹿なこと言ってしまいました」


 懇切丁寧に謝られた。

 ……いくらなんでも、そこまで俺を人でなし扱いすることはないだろう。


「まあ、別に私達が帰れなくなったことでアイがそれほど責任を感じることはないわよ。私達、特に気にしてないから」


 俺は少し頭にきてるぞ、とは言えない。この場面でそれを言ったらきっと撃ち抜かれる。


「でも……」
「だって、こうやって生きてるもの」
「え……?」


 驚いたようにアイが顔を上げる。


「生き、てる……? でも、だから何なの? 生きてるだけで、こんな世界に取り残されて……」
「救援が来るまで頑張ってみようかなって思える」


 自信に満ちた声で、天利がレールガンに手を置いた。俺もいつのまにか自分でも気付かないうちに、腰の筒鞘に指先で触れていた。


「大体ね、こんな足の引っ張り合い一つで揉めてたら、今ごろ私と嶋搗なんて十回はお互い殺し殺されてるわ」


 多分、その殺し殺されってやつなら、俺は殺す立場の方が圧倒的に多くなるだろう。天利は今はともかく、SWになって数ヶ月の間は洒落にならないくらいに足手まといだったからな。仮免期間中だけでも、憶えている限り七回はこいつのせいで死にかけた。


「SWではね、そういうミスをした人もされた人も、そのことを後に引っ張らない、っていう暗黙の了解があるのよ」
「その暗黙の了解に数え切れないほど助けられたお前が偉そうに言うな」
「うっさい」


 軽く俺を睨んで、天利はアイの肩を軽く二度叩いた。


「ま、そういうわけだから、救援が来るまで頑張りましょ」
「でも救援なんて、来るの……?」
「さあ?」
「さあ、って……」


 こともなげに肩をすくめられて、一度は立ち直りかけたアイの表情がまた沈む。


「ああ、そんな落ち込まないで。大丈夫よ、政府とかはもしかしたらそういう救援部隊は組んでくれないかもしれないけどね、そうなってもSWが独自に動くてくれるはずよ」
「……どうして?」
「これでも私はね、SWのアイドルなのよ。私がここにいる限り、皆は私を助けにきてくれる」


 笑んで言う天利の発言に、俺は思わず苦笑を浮かべた。

 アイドル……ね。また自意識過剰なことで。

 だがアイドル云々を抜いて言えば、天利の言うことはあながち的外れでもない。

 天利は撃滅少女なんていう渾名がつけられるくらいに有名なSWだ。そのレールガンによる後方支援は、多くのSWに頼られてきた。戦友という意味での交友関係で、俺よりも天利はずっと広いものを持っている。

 そんな天利が危機にあると知れば、こんな世界にでも飛び込んでくる物好きがSWには何人かいるのだ。

 まあ、その中にはあわよくば天利にいいところを見せてその注目を得ようという輩も、あるいはいるかも、ということまでは否定しない。贔屓目で見て、天利の容姿はテレビのCMなんかに出演しているアイドルくらいのものを備えている。大切なのでもう一度言うが、贔屓目で見て、だ。贔屓目を抜きに、ではない。


「なんか失礼なこと考えてない?」
「困ったことに心当たりがあるな」
「あるんだ……」


 げんなりした顔で、天利はしかし追及はしてこなかった。これまでの経験で、聞いてもろくなことがないと分かっているのだろう。


「とにかく……だから、皆が助けにくるまで耐えなきゃ」
「……強いんだ、貴方は」
「天利悠希よ」
「え?」
「私の名前。好きに呼んで」
「……じゃあ、悠希」
「ん」
「ごめんね」
「いいわ」


 これでこの問題は解決、ってとこかな。

 ……天利がいて助かった。この世界にきて何度目か、そう思うのは。

 もし俺だけだったら、ここでアイを立ち直らせるのは不可能だったろう。自分でも、それくらい口が悪くて下手だという自覚はある。


「その、あの……」
「どうした?」


 すると、アイが俺を見て何かを言おうとして、しかしすぐに口を閉じてしまう。


「名前、名前」


 天利が声に出さずに口を動かした。

 ――ああ。


「嶋搗臣護だ。嶋搗様でいい」
「あほか!」


 っ、と。


「おいおい、天利。レールガンのフルスイングは当たったら死ねるって知らないのか?」
「困ったことに知ってるわ」
「そうかい」


 殺人未遂で訴えてやろうか、こいつ。


「……臣護で、いい?」


 おずおずとアイがそう窺ってきた。


「気安いやつだな、お前」
「ご、ごめん。じゃあ、シーマンで」
「……どこでその渾名を知った」
「あの派手な人が言ってたでしょ?」


 そうか。それか。うん、帰ったらやっぱり皆見の俺の呼び方を正しいものに強制――もとい、矯正させよう


「いい。臣護で」


 シーマンなんて人面魚と同じ名前でこれ以上呼ばれるのも癪なので俺がそう言うと、アイが嬉しそうな顔を浮かべた。


「……うん、臣護」


 ブゥン!

 咄嗟に頭を下げると、そこを髪を掠めてレールガンのフルスイングが通り抜けた。


「……何故にまた振る」
「分かんないけど、なんかアイが臣護って呼んだら、イラッとした」
「はあ……?」


 意味がわからん。

 俺が苛立つならともかく、なんで俺の名前のことで天利が苛立って、しかもレールガンを振るってくるんだ。


「とにかく、危ないから次からそれやるときは事前に教えろ。そしたら三メートルくらい離れるから」
「避けないでよ」
「だから当たると死ぬって」


 時々こいつの頭の中身を検分してみたくなる。


「事前に教えるとかじゃなくて、最初からそういうことをしないでもらった方がいいんじゃ……」


 なにかアイが言った気もするが、よく聞き取れなかった。


「さて……じゃ、立ち直ってもらったところで早速だが、アイにはしてもらいたいことがある」
「なに?」
「ちょっと単独転移でアースまで行って、俺達がここにいることを報せてきてくれ」


 単独転移とは魔術の一つで、その名の通り、魔術師が単独で異次元世界へと転移するための魔術だ。

 政務魔術師なら、この魔術は使えるはずだ。

 欲を言えば集団転移を使用して欲しいところだが、そんな高等魔術が使えるのは王宮魔術師の、その中でもさらに突出した円卓賢人くらいだろう。

 ちなみに、初めてアースに来たマギの魔術師も当然、この単独転移という魔術で漂着したわけだが。漂着、と言うのも、それはその魔術師がアースからマギに帰還することが出来なかったからである。

 何故その魔術師がアースから単独転移を使用しなかったのか。答えは簡単だ。

 アースには、魔力元素が存在しない。

 魔力なくして、魔術は発動しない。自然、アースから出られなくなった魔術師は漂着者と呼ばれるようになったわけだ。

 今でこそ機械による異次元転移が可能になったが、それ以前のマギでは、多くの異次元探検者が行方不明――漂着者となっていたらしい。

 閑話休題。


「頼んだぞ」
「ごめん、出来ない」


 ……ふー。

 よし。


「頼んだぞ」
「もう一回言うけど……転移出来ないよ?」


 ――……はあ?


「お前、何言ってるんだよ。まさか単独転移も出来ないのに政務魔術師になったってのか? 裏金か? コネか? あるいは色仕掛けでもしたのか!」
「ち、違うよ! い、色仕掛けなんて……馬鹿じゃないの!?」


 顔を赤くして否定しながら、アイは地面をばんばんと叩いた。


「分かんないかなっ! ほら、この空気!」
「空気がどうかしたの?」
「おかしいと思わない?」


 空気が?

 別に……事前調査でも危険な物質なんかは含まれてないって話だったし……。

 俺自身、変なものは感じられない。

 ……ん? 今、なにか小さなしこりのようなものが思考の端を掠めた。


「ああ、もう。魔術師じゃないから分からないのかな。この異常」


 なんだ、この違和感。


「この世界、魔力元素がないんだよ」
「なんだって?」


 何を馬鹿な。それだって事前調査でちゃんと――なに?。

 俺は魔術師の感知能力には遠く及ばずとも、魔力元素の感知が出来る。

 魔力の流れに耳を澄ませた。

 ……馬鹿な。

 嘘でも冗談でもない。アイの言うことが事実なのだと、俺自身が確認してしまった。

 空気中に、魔力元素がない。


「どういうことだ? 事前調査じゃ、魔力元素はちゃんと……」
「うん。あったはず。私はちゃんとそういう報告を受け取ってるから、間違いない」


 なら、なんで……あ。

 琥珀の空が沈んでいく中で、空気が変化していく雰囲気を感じたのを、思い出した。

 あの時は、気温や明暗が変化したせいで、空気が変わったのだと考えていた。だが、本当にそうだったろうか?

 もしかしたら、琥珀の空と一緒に魔力の流れも消えていたんじゃないのか?

 丁度その時、アイはトラックで居眠りをこいていた。なら、魔力元素の変動に気付いていなかったとしても、そこに不思議はない。


「ちなみに、魔力がなくなったことに気付いたのはいつだ?」
「その、《門》の設置が終わって、やっと魔術で戦える、って思った時……かな。この世界に入った時には、ちゃんとあるのは感じたから」


 ……ああ、あの場面で困惑してた理由って、それだったんだな。納得した。

 そして、それなら時間的に矛盾はない。

 噛み合った。

 どれほど馬鹿らしくても、噛み合ったならそれが真実である確率は高い。突拍子のない現象でも、次元の違う世界ならば、そのあらゆる可能性は肯定されてしまうのだ。

 ――例えば


「夜にだけ魔力元素が消える世界、か」


 この場合、恐らくこの世界の光が魔力元素と全く同じ性質を備えていたのではないだろうか。

 ……畜光金属と組み合わせたら、かなり儲かりぞうだな。

 そんな俗なことを考えてしまったのは、SWの性かもしれない。

 だが困ったな。


「こうなると、アイは正真正銘の足手まといだ」
「う、う……」
「だから、せめてほんのちょっとでいいから婉曲に言いなさいってば……あんた、ほんっとにデリカシーの欠片もないわね」
「そうかい」


 デリカシーで生き残れるならいくらでも身につける努力をしてやるんだがな。生憎、それじゃ金属生命体を倒すことは出来ないんだ。

 さて……。

 この足手まとい一人抱えて、これからどうするか。

 とにかく、救援が来るまで――来ると信じて――どう行動するかだな。いつまでも同じところに留まってたんじゃ、見つかる可能性も出てくるし……。



 あれから、アイが本来の調子を取り戻すまでに時間はそうかからなかった。


「結局さ、悠希と臣護と、あとあの派手な人で何体くらい金属生命体を倒したのかな?」
「いちいち数えてなかったけど、千に届くか届かないかってところじゃない」
「わ、凄いねー」
「そうでもないわよ。第八異界研だけで見れば確かに私や嶋搗、それに皆見だってかなり上位のSWなんだろうけど、日本全土だけでも第一から十六までの異界研があるわけだし、人数にしてみれば三千人よ? その中には当然、私達より上のSWが何人もいるわ。世界規模ならなおさら、ね」
「へえ」


 まあ、それでも日本国内でならトップ三十に入る自信はあるけど。自意識過剰かしら?


「で、皆見って誰?」
「……あの派手な男よ」


 名前も覚えられないなんて、可哀そうなやつ。名前より外見が印象強すぎるのもあるんだろうけど。


「でも、そっか。そんなに強い人達がいるんじゃ、王宮の人達がアースを問題って言うのも納得だな」
「そうなの?」


 王宮、というのはマギの中心地だ。マギは世界統一国家で、民主制と君主制の入り混じったような体制をとっている。その世界の王様がいる孤島城塞、それが王宮と呼ばれる場所らしい。なんでも、東京都と同じくらいの大きさの島がまるまる魔術で武装しているとか。

 そんなところにいる人達が、アースを問題視しているなんて、初耳ね。


「うん。魔術っていうのは実は使用にいろいろ面倒なところがあってね。強力なものなら発動まで少し時間がかかっちゃったりするんだ。でもSWの使う、例えばそのレールガンなんてたったの数秒で凄い威力の攻撃が出来るでしょ? だからもし魔術師とSWが戦ったら、下手な魔術師はあっさり負けちゃうんだよ。もっとも、ある程度の域を超えた魔術師は、そんな常識には当てはまらないけど」


 そうなんだ。

 前に数回だけ魔術ってやつを見たことがあるけど、確かに発動まで時間がかかった割には私のレールガンより弱い攻撃しか出来てなかったわよね。見世物としては面白いだろうけど。


「でも、だったら魔術師もSWと同じ武器を使えばいいじゃない」


 デイジークローや八雲鉄工みたいなアース独自の企業ならともかく、マギ・アース社やマジシャンズテクノロジー社のようにマギに関連深い企業の技術ならマギにも少なからず伝わっている筈だ。それを利用すれば。武器の製造は難しいことではないだろう。


「駄目だよ。魔術師は――特に王宮に入るような魔術師は頭が固いから、そういう非魔術的なものを使うことに抵抗を感じるんだって。そのせいで直下の政務魔術師もそういうのを使わせてもらえない」
「馬鹿じゃないの?」


 率直な意見を口にする。


「プライドも大切だけど、それ以上に戦闘能力の向上は異次元世界に出るのに絶対必要なことよ。なのに……そんなの、子供がニンジンなんて食べたくないって好き嫌い言って皿の横にどけるのと一緒じゃない」
「厳しいね」
「当然のことを言ってるだけよ」


 なんていうか、情けない連中よね。出来ればそういうやつらには一生顔を合わせたくない。

 嶋搗風の溜息が零れた。


「アイはどうしてそんな面倒な仕事をやってるの?」


 私だったら三日で辞めるわね。いや、むしろ最初からなろうと思わない。


「ん、給料がいいんだ、政務魔術師は。私の家族ってちょっと貧乏で、その上人数が多いからさ、長女の私がちょっとでも家にお金を入れてあげたいな、って思って」


 なるほど。


「偉いのね」


 ……ちょっと、アイって私に似てるかも。


「そういえば聞いていい?」
「ん?」
「悠希はなんでSWになったの? マギと違って、アースじゃ異次元世界の探査って不名誉な仕事なんでしょ?」


 不名誉、か。まあ、他人から変な目で見られるのが不名誉というのならそうなのだろう。

 ま、どうせ暇だし、少し昔話でもしようかな。

 それに。こうやって口に出して過去の整理するのは、きっといつだって必要なことだ。


「……実は私も、SWになったのってお金がなかったのが一番の理由なのよ」
「そうなの?」
「ええ。と言っても、アイみたいな家族愛はナシだけど」


 思い出すのは、もう思い出すことも出来ない母親の顔。もう五年は顔を見てないものね、そりゃ思い出せないわ。


「私、六年前に父親を事故で亡くしてるのよ」
「え……」
「ああ、当時はそれなりに悲しかったけど、今はもう気にしてないから慰めとないらないわよ」


 まずいことを聞いてしまった、と分かりやすい顔を浮かべるアイに、私は出来るだけ気安い口調で言った。


「それでね、保険金なんかが母親に入ったんだけど、母親はそれを半分私に渡して、どっかに行っちゃったの」
「どっかに、って……」
「あれで容姿はいいからね。誰とも知れない男のところを転々としてるみたい」
「……」


 父さんが死ぬ前は、あの女もそれなりに母親をやっていた。どこか放任的ではあったが、少なくとも娘を堂々を見捨てて他所の男のところに行ったりはしなかった。

 だが父さんがいなくなった途端に……、まるで首輪が外れた犬みたいだと思う。

 吐き気がする。


「高校まではなんとか父さんの保険金で生きてこれたんだけど、入学金と学費で本格的に預金の残高が五桁になっちゃって。だからお金を稼ぐしかなかったのよ」
「……でも、SWでなくてもお金は稼げたんじゃないかな?」
「まあね。でも、アルバイトとか、する気になれなかったんだ」


 一度だけアルバイトの面接を受けたことはある。けれど、それきりだ。


「アルバイトじゃ、大きなお金が入らない。そうなったら生活を絞らなくちゃいけなかった。そういうのは漠然と嫌だったの」


 人間っていうのは、一度居座った水準以下の水準に耐えられなくなる生き物なのだ。


「それに、アルバイトをすることになったら、私の容姿を使うことになるでしょ?」


 面接でもそうだった。いかにも、この顔なら客引きに使える、みたいな面接官の顔。


「使ったら、いけないの?」
「私は、あの女に似てる自分の顔が大嫌い」


 想像以上に無感情な声が出た。びくりとアイの肩が震えた。


「この顔で客を引くなんて、そんなの……あの女のしてることと同じだ。私は、そんな下衆じゃない」
「そしたら飛行機のスチュワーデスなんかは全員が下衆になるな。知ってるか、スチュワーデスの採用には容姿が重要視されるって話だぞ」


 そこで初めて、ずっと黙っていた嶋搗が皮肉っぽい口を開いた。

 ……この話であげ足をとりにくるんだ。流石はデリカシー皆無の男。


「あくまで私の価値観で、それを他人にまで押し付けるつもりはないわよ」
「そうかい」


 またすぐに嶋搗は口を噤んでしまった。

 ……なにか考えごとかしら。


「で、そうやってこの先どうしようか悩んでる時に、街中で偶然SW募集のチラシを見つけたの。自衛隊員募集のチラシの横に張ってあったのをね。それでなんとなく、これでいいか、って思って、ライセンスを取りにいったわけ。ライセンス試験が学生割引の格安で受けられたのはラッキーだったわ」
「な、なんとなく? そんな理由で?」
「そんな理由よ。ま、本当はちょっと金を稼いだらやめるつもりだったんだけど、今じゃすっかりハマっちゃってるわよね」


 いやね、一年続けたらこれが楽しくて楽しくて。

 SWは、やめる人間は異次元世界に初めて出た直後か、大金を稼いだ直後か、死にかけた直後にやめていく。それがおおよそ三か月以内だ。それ以上SWを続けてるような人間は、SWでいることが楽しくなってしまった、それ以外の生き方を見失った常識外れに他ならない。


「そんなに、SWっていいものなの?」
「ええ」


 答えには少しの迷いもない。


「だって、これだけ自由な生き方ってないと思わない? 最も野蛮で、最も危険で……だからこそ、最も自由なのよ」


 それに、SWに女であることも、容姿が優れていることも関係ない。ただ強さ、それだけで評価されるのだ。


「社会性の代わりに自由を捨てるより、自由の代わりに社会性を捨てた。そういう私達を、人はこう呼ぶのよ? ――ストレイ・ワーカー。はぐれた活動屋、って」


 はぐれるの結構じゃない。

 群れで安全な柵の中に飼われるより、狼のいる森を進みたい。そうしなければ、野に咲く花を見ることも、大海原を望むことも、なにも得られやしないのだから。

 今は、この生き方こそが私に一番ふさわしいものだと断言出来る。


「そう、なんだ……でも、怖くないの? 私は、怖いよ。今、こんな世界に閉じ込められているのが。死んでしまいそうなくらいに、怖い」
「私も同じよ?」


 けど、その恐怖を押しとどめて乗り越えていける強さは、誰だって持っているはずだ。


「昔の人は地図もない世界で、どことも知れない土地を開拓していったわ。行く先がどんなものかも分からない海を越えて、山を越えて。そんな凄い人達の血を受け継ぐ私達が、どうしてそれと同じことが出来ない道理があるの?」


 アースも、マギだって最初はそうやって同じように世界を拓いて、ここまできたんだ。


「他人は馬鹿にするかもしれない。けれどね、私はこのSWって人種であることが愉快で、それで……誇りに思うわ」


 前に一度だけ、第八異界研宛てに一通の手紙が届いたことがある。

 差出人は、一人の女の子だった。

 彼女は不治の病ってやつに侵されていて、ずっと生きるのを諦めていたらしい。けれど異次元世界から発見された技術によって、彼女はその病を克服した。

 手紙は、その技術を最初に発見したSWの所属する第八異界研に感謝を示す内容だった。

 個人でなく異界研宛てだったのは、その技術発見をしたSWが誰なのか公開されないで、分からなかったからだろう。

 多くのSWはそれを大した感慨もなく見通しただけで、けれど私は、嬉しかった。

 私達の好奇心や楽しさが、誰かの救いになる。それは言い訳かもしれないけど、事実で。ああ、私はSWでいてよかったな、って。そう思えた。

 手紙の最後に綴られていた、将来は自分もSWになりたい、っていう一文には、誰もが微苦笑していたけれど。


「……やっぱり、悠希は強いんだね」
「そうかしら?」
「うん」


 強い、か。うん。いい響きだ。


「ありがと」


 素直に感謝して、私はアイの言葉を受け取った。

 その言葉を嘘にしないためにも、私はもっと強くなろう。

 きっと誰かに強いと言ってもらえたら、その分だけ私は強くなれるんだ。


「さて、と。話は終わったか?」


 不意に嶋搗が立ちあがった。


「どうかした?」
「そろそろ場所を移そう。連中、少しずつこっちに近づいてきてる」


 窓の外を見ると、マザーの巨大な影がビルの間に見えた。

 ……こっちに気付いてるわけじゃないんだろうけど、確かにこんな近くにいられたんじゃ精神衛生上よろしくないわね。


「分かったわ。アイ、貴方は嶋搗と私の間を常に歩きなさい。じゃないと、守れないからね」
「うん……。その前に、一つだけいい?」


 アイの視線は、嶋搗に。


「なんだ?」
「臣護はなんで、SWになったの?」
「――俺は、お前らと違う」


 表情を動かさず、嶋搗は部屋の扉に手をかけた。


「俺は最初から、自由が欲しくてSWになったんだ」


 剣の柄に手をかけて、少しだけ扉を開く。どうやら外に敵の姿はなかったらしく、嶋搗はそのまま扉を開放して、外に一歩を踏み出した。


「……まあ、そのうち気が向いたら、もう少し教えてやるよ」

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