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4-11
「……アースとは、どんな世界なのですか?」
「え……?」


 唐突な問いに、思わず首を傾げた。


「いきなりなに?」


 アースのことを知りたがるなんて。

 一体どうしたのだろう。


「いえ……ただ、イェスはアースに詳しそうなので聞いてみただけですけれど」
「……ふうん」


 そうは見えないけれどね。

 なんだろう。なんだかシオンの様子がおかしい。

 ……インドラを使ってから、だよね。

 なにか心境の変化でもあったのだろうか。


「私だってそんな詳しいわけじゃない。それでいいなら、教えるけれど?」


 実際私がアースで知っていることなんて多くない。

 発展途上国は厳しい環境であるということと、あとはSW関係だろうか。SW関係はおじいちゃんがよく話してくれた。


「その前に、シオンはどのくらいのことを知っているの?」
「アースでは科学と呼ばれる学問が発達しているということと、多数の国家が存在すること。あとは、異次元世界の探索を多く行っているということくらいです」


 ほとんど何も知らないってことか。

 この様子じゃ、科学っていうものがどんなものかも正確には理解していないに違いない。

 今のマギからして見れば、アースの科学力は神の奇跡みたいなものだろうしね。そりゃ理解なんてしきれない。


「それじゃ、科学についてから。これは簡単だよ。さっき私が使った医療器具や、他にも空を飛ぶ飛行機って乗り物や、火もおこさずに使える灯りのことを科学っていうんだ」
「空を……? それにどうやって火をおこさずに灯りを?」
「うん。そういうのがアースじゃ常識的にあるよ。ただ、発展途上国って呼ばれる、まだまだ発展していない国なんかじゃそういうのは普及していないけれどね。やっぱりアースにも格差はあるから」


 とはいえ、その格差もアースならばいつかなくすことが出来るだろう。

 今のアースの科学力の進化は凄い。異次元世界からの資源の回収なんかで、これまでの数倍もの速度でアースは先進している。

 既に恒久的な発電機も開発されたというし――まだまだ実用段階ではないらしいが――電気の値段が無償になって発展途上国に供給される日も遠くはないだろう。電気があれば、それだけで人間は大きく進歩出来る。

 そうやって異次元世界からの技術力を取り入れる度に、確実にアースは豊かになり、発展途上国も少なくなっていくはずだ。

 前に歩み出せること。それがアースとマギの大きな違いだ。

 その辺りも、シオンに教える。

 すると、こう尋ねてきた。


「……アースの人々は、幸せな生活を送れているのですか?」
「どうかな」
「え……?」


 私の答えが意外だったのか、シオンが間抜けな声をもらす。


「豊かには豊かなりの苦悩って、あるみたいだよ。私にもよくわからないけれど」
「そう、なんですか?」
「うん。まあでも、飢餓で死ぬなんてことはないだろうけどさ。マギと違って」


 言うと、シオンの表情が少し苦いものになった。

 しかし、言い返してはこない。

 あれ。てっきり反発するかと思ったんだけど……。

 ――これは、いい傾向、なのかな?


「もちろん、アースも馬鹿なところはあるけれどね」
「え……?」
「アースは国が沢山あるでしょ? そうするとね、色々問題が生まれるんだよ」


 国が複数あるというのは、つまり縄張りがいくつもあるということ。

 縄張り意識は、常に問題を引き起こす。

 それは人種差別だったり、宗教問題だったり、あるいはテロだったりと、いろいろだ。


「だったら、国を一つにすればいいのでは?」
「ことはそう簡単じゃないんだよね」


 マギでは統一国家が当然だから分からないだろうけど、アースじゃ統一国家なんて考えられない。


「それに、国がいくつもあるのは悪い事ばかりじゃないしね。例えばある一国が人民を虐げたら周りの国がそれを批判するし、災害が起きたら他国からの支援も要請できる。そういう協力関係は、統一国家じゃ出来ないことだよね。まあ、一長一短ってやつだね」
「……そうなんですか」


 にしても、本当にどうしたんだろう。

 こんな真剣にアースの話を聞くなんて、これは本当にシオンなのだろうか。

 天使に擬態能力とかがあるわけじゃなく?

 もしくは実はさっきの怪我で私は死んでたとか?

 ……冗談。

 天使がシオンに入れ替わる隙も、私が死んでるなんて馬鹿な展開もあるわけない。

 やっぱりシオンになにか変化があったのだ。


「ねえ、シオン。さっきインドラ使ったときに、なにかあった?」
「……それは、」


 すぐに答えないところを見ると、やっぱりそういうことらしい。

 そして、シオンは教えてくれた。

 インドラを使った時に感じたことを。

 本当はアースが穢れているわけではないと理解してしまったことを。

 果たして魔術が本当に至高なのか、ほんの少しでも疑ってしまったことを。


「別に、僕はアースがマギより優れているなんて言うつもりはありません。それに、魔術だって間違いなく素晴らしいものです……けれど、それを過信している面も、確かにあったのかもしれない」
「……そっか」


 ちょっと驚く。

 まさかインドラ一つでここまで考えていたなんて……。 


「やっぱり、お姫様は見る目あるのかもね」


 シオンにも、自分自身ですら聞こえないくらい小さな声で呟く。

 私はシオンのことを、てっきりただの馬鹿なんじゃないかと思っていた。

 でも、違った。

 彼は、思考の材料さえあれば正しい答えを出せる人間だ。

 今までシオンが魔術を至高と思い込んでいたのは、彼をとりまく環境が、彼にそう思い込ませたから。

 本当のシオンは、きっと凄く賢い。


「ねえ、シオン」
「なんですか?」
「円卓賢人の前第四席が誰だか、知っている?」
「え……ええ。ヴェスカー=ケシュト=アルケイン。高速魔術戦の達人でしょう?」


 なぜいきなりそんなことを尋ねてくるのか理解できない、という顔のシオンに、私は続けて尋ねた。


「何でその人、円卓賢人じゃなくなったかは分かる?」
「とある任務で消息不明になった、としか」
「違うんだよね、それ。実際にはヴェスカー=ケシュト=アルケインは一族郎党を連れて、アースへ行ったんだよ」
「……な、それは、本当ですか!?」


 正真正銘の事実だ。

 マギは魔術師の最高位である円卓賢人の一人がアースに寝返っただなんて発覚しては威信が揺らぐと必死に秘匿しているらしいが。


「理由は、マギが停滞しているから。魔術にしがみついて、何の進歩もしようとしない。だからアルケイン家はアースへ亡命した。現在アルケイン家はアースにおける異次元世界と魔術の第一人者だよ」


 アースには魔術の才能を持った人間が少ない。が、皆無でもない。私のように。

 そういう人達にアルケイン家主導で魔術の教導が行われているというのは、アースではそれなりに有名な話だ。

 もちろんアルケイン家に関して一番有名なのは……彼らが興した企業だけどね。


「魔術と科学のハイブリット。それによる進化。アルケイン家はその理想を実現させるためにアースにいる。他にも、アースに可能性を見出している人は沢山いるよ。シオンが知らないだけで、ね」


 そう。

 おじいちゃんや……お姫様のように。


「……その人達は、マギがどうでもいいのでしょうか?」


 ぽつりと、シオンがこぼす。


「マギをそんな簡単に捨てられるなんて……」
「それは、違うよ」


 少なくともおじいちゃんとお姫様にマギを捨てるなんて気はない。


「その人達がアースに見出したのは……マギを救ってくれる可能性だから」
「マギを……?」
「そう」


 お姫様のやりかたは少し強引だけどね。

 そこはまあ……この調子ならシオンもいつか教えてもらえるだろう。


「……イェスは、こんな話を僕にして、どういうつもりなんですか?」
「別に? ただ単に話してみたかっただけだよ」


 肩をすくめる。


「ただ、そうだな……あえて言うのであれば、訊いてみたいんだ。シオンはさ、マギに随分と愛国心を持っているらしいけれど……どうすれば一番マギの為になると思う?」
「どういう、意味ですか?」
「シオンはそのまま盲目的に魔術至上主義者でいていいのか、って意味」


 私は、一番マギの為になるのはお姫様の計画だと思っている。

 ……シオンには、出来ればそれに同意して欲しいと思った。


「それは……」


 少し考えて、シオンはかぶりを振った。


「分かりません。頭の中がいろいろなことで溢れかえっていて、何が正しくて何が間違っているのかなんて、分からない」
「――そう」


 ま、そうだろうね。

 これまで生きてきた世界の常識が揺らいでいるんだ。それで混乱するのは、当然のこと。

 まあ、いいよ。

 まだ少し時間はあるんだ。

 ……多分、もう私の役目は終わりだと思う。

 あとは、シオンが自分で自分の中の答えを見つけるしかない。

 だから私の残った仕事は一つ。

 ……私を子供扱いしたフェラインに謝らせる。



 こんな回りくどい手を使わなくても、案外簡単にあのシオンとかいうガキの考えは変えられたんじゃないのか。普通に説教をするとかで。

 少なくとも、わざわざ俺が出向くようなことではなかったろう。

 だというのに……まったく、演出過多だな。迷惑極まりない。

 ――俺は二人の会話を樹の上から見ていた。

 あまりにも俺のところにやってくるのが遅くて心配だから見に来てみれば……なんだか話が上手くまとまる方向に進んでいるみたいだ。

 それならそれでいいんだけどな。

 ……となると、後は俺が止めを刺せばいいわけだ。


「……まったく」


 溜息をついて、俺は二人の姿が消えるのを待った。

 そして、完全に二人が見えなくなってから、樹から下りる。

 そして、岩から飛び降りた。

 否。

 飛び出した。

 俺の身体が前方に加速される。

 そのまま、俺は大樹まで一直線に翔けた。

 空を飛ぶには飛行魔術を使うしかない?

 そんな常識を俺にあてはめられても困る。

 空を切る音が鼓膜を打つ。

 ふと、その中に女の悲鳴のような音が混じる。

 ……見れば、天使が俺の正面に浮かんでいた。

 一瞬ですれ違う。

 あっという間に大樹まで到達した俺は、大樹の幹に着地すると、そのまま重力に従って岩の上に下りた。


「武器の手入れでもして、待ってるか」


 遥か彼方では、天使の身体が真っ二つになって下空へと落ちて行った。



「まだ帰ってこぬ――か」
「まあ、あの世界の移動は些か面倒じゃからな。時間がかかるのも仕方ないじゃろう――と」
「そう――か…………む」


 しまった。

 これは……、


「ふ、これで決めるぞい――ほれ、あがりじゃ」


 言って、テーブルの上に爺が二枚の同じ数字の札を放る。


「くっ……もう一度だ」


 唯一手に残ったジョーカーを叩きつけて、妾はトランプを集め、シャッフルする。負けたらシャッフルするルールなのだ。


「いやいや、今ので何度目じゃと思ってる。ババ抜き三十連続とか地味に辛いぞ」
「黙れ。妾が勝つまでやる。爺が負ければいいだけの話だろうさ」
「ババ抜きにそこまで熱中することないじゃろうが……お主は子供か」


 ええい、黙れ。


「せめて他のゲームにせんか?」
「ババ抜きで勝たねば意味がないのだ」
「……変に頑固じゃなあ」


 シャッフルしたトランプを自分と爺に交互に配る。


「トランプ、アースから持ってくるんじゃなかった」
「早く始めるぞ。次こそ妾の勝ちだ」
「……ええい、こうなったら百連勝してやるぞい!」



お姫様トランプをする、の回でした。
……え、違う?

シオンの改心……なんか展開急になっちゃったなあ。


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