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 ――弟が、嬲り殺された。





 私が育ったのは、いまだに電気すら満足に通わない、レンガ造りの町だった。

 食料も満足に得られずに、飲み水といえば濁った川の水。

 一部の富裕層を除いて、ほとんどの人達は生活に貧窮していた。

 国の内戦のせいで、海外からの物資援助もまともに届かない。

 だから……誰もが生きるのが必死で……。

 ――親は子を捨てた。

 子供は弱者だ。

 まともな仕事をすることも出来なければ、何の知恵も技術も持たない。

 そんな荷物は、この町では捨てるのが当然だった。

 街角に置き去りにされた子供に帰る家は無い。

 大きな町ではなかった。だから、自分の足で自分の家に戻ることは出来るだろう。

 けれどそうすると……ものを投げられて追い出される。

 お前は自分の子ではない、と。

 そんな言葉とともに投げつけられた瓶の破片が眼に入って失明する子供もいた。

 この町で捨てられた子供に……親などいない。

 子供達はお互いに身を寄せ合い、町の隅で、寝るときに皆で一緒に身体の上にかけるボロボロの布一枚を宝物に生きていた。

 食べ物は、時々地面を這う爬虫類や虫。運のいい時は、ネズミを捕まえられる時もあった。

 そんな、汚物の中で暮らすような生活。

 私と弟も、そんな子供だった。

 母は少し前に餓死した。私と弟に自分の分の食料を分け与えたせいで。

 その後私達はすぐに父に捨てられた。父には母のような自己犠牲をするつもりは欠片もなかったのだ。

 それでも、私達は一生懸命生き抜いた。

 仲間が朝起きると隣で眠るように死んでいるのが当然の日々。

 空腹はまるで呼吸をするのと同じくらいに当然の感覚だった。

 飢餓だけではない。

 病気も、子供にとっては命取りだった。

 単なる腹痛が、いつのまにか臓腑を燃やされるような痛みに代わり、そのまま死ぬ。

 かすり傷から菌が入って化膿し、そのまま高熱を出して死ぬ。

 死は、まるで隣人だった。

 隣人に微笑みかけられると、それは死を意味する。

 そんな理不尽。

 死んだ子供の身体は、そのまま町の外に捨てた。

 近くに置いておけば病気の温床になるし、地面に埋めるにしても、子供の身体一つ埋める穴を掘る気力は誰にもなかった。

 新しい死体を捨てに行くたびに、前に捨てた子供の死体の腐った光景を見ることになる。

 悪夢のような現実が、私達の全てだった。

 そんなある日。

 弟を始めとする仲間の一部が飢えに耐えきれずに、大人を襲った。食料を奪う為に。

 けれど子供は無力だ。

 大人に抵抗するために数を揃えても……餓死寸前の子供の力は、大人の片腕にも劣る。

 弟達は、地面へと叩きつけられ、何度も何度も蹴られた。

 襲った大人にだけではない。

 周囲の大人が一斉に、まるで肉に群がるハイエナのように子供達を蹴った。何度も、何度も。

 そうやってこの現実への不満を解消していたのだ。

 その暴行で、弟を始めとする六人の子供が殺された。

 全身痣だらけて、骨が何カ所も折れ、内臓だってきっと破裂して、苦しみという苦しみの末に、殺された。

 弟の死体は、私が一人で死体置き場に捨てた。

 その身体は軽くて、軽すぎて、あまりにも軽々しく持ち上げられて、投げ捨てられた。

 その日、子供達は変わった。

 力の意味を知ったのだ。力を持つ者こそが生き残るのだと。

 町の近くに転がっていた軍人の死体から、ライフルを手に入れた。ナイフを手に入れた。

 武器は、食糧などよりもよほど手に入りやすいものだった。

 弱者が捨てられるしかないなら……強くなればいい。

 幼稚な発想。

 だが……だからこそ、常軌を逸していた。

 弟が死んでから数えて二日後の夜。

 私達の町は、燃えあがった。

 子供達が町中の燃えそうなものへ手当たり次第に火を付けたのだ。

 それと同時に、殺し合いが始まる。

 私達はまず自分達を捨てた親を殺した。寝ているところに押し入り、出鱈目にライフルを放った。

 そうして、次からは目についた大人を殺して回る。

 弾が切れたなら、今度はナイフで身体をめった刺しにした。

 沢山の大人が死んだ。

 それと同じくらいに、沢山の子供が返り討ちにされた。

 悲鳴と絶叫が喧しいくらいに町を包み込む。

 炎と血の臭いが鼻を麻痺させた。

 大人と子供。

 強者と弱者。

 それは……国の縮図だった。

 小さな内戦。

 弱者が今の立ち位置を覆そうとがむしゃらに取った、実力による抵抗。

 なんで醜い世界だろうか。

 その世界の中を、懸命に私達は駆け抜けた。血を浴びて、血を吐いて。


 ――そうして、私達の町は滅びた。


 一夜明けてそこに残ったのは無尽蔵にも思える死体の山と、寒気がするくらいの感情の残滓。

 生き残ったのは、ごく僅か。

 子供は恐らく、私以外は全員死んだ。

 十数名だけとなった大人の生き残りは、近くの町へと逃げて行った。

 だから私はたった一人。

 一人で、生まれ育った、苦痛と怨嗟に満ち溢れた町の残骸を見つめる。

 傍らには、既に腐敗の始まった弟の死体。

 死体のたまり場で、死体の中に私はいた。

 このまま、私も朽ち果てるのだろうか。

 それも悪くない。

 緊張と飢餓と疲労が限界に達して、私は地面に身体を倒した。

 その時だ。


「どんな世界でも、貧困する国は混沌とし、そしてむごいものだ」


 足音。

 私はその足音がした方向に視線を向ける力すらない。 

 しわがれた声だけが聞こえた。


「さて……ところでお嬢ちゃん。この残酷な現実の中で死んでいくのと、新しい世界に足を踏み出すの。どちらがいいか、選んでみんか?」


 この日、私は一人の老人と出会った。

 異なる世界で深淵と呼ばれる、一人の老人に。



イェス編開始。


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