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2-5
 能村姉弟は二人とも都合があるらしく、珍しく私は一人だった。


「んー。どうしようかな」


 第十二異界研のロッカールームでSWの服装に着替えながら呟く。


「久しぶりに高レベル世界行ってみようかな」


 学校の制服を脱いで、アンダーウェアとスカートをはく。腰にアンダーマントを巻いて、その上にオーバーコートを羽織る。さらにそのコートの上から腕貫きをつけて、ブーツに足を通す。

 あとは手榴弾や簡易救急キットなどをコートの内側に潜り込ませる。

 で、ロッカーの扉の内側についた姿見で服装を確認。

 ちょっと崩れていた襟元を直す。

 ……ん、ばっちり。

 満足したところで、ロッカーを閉じる。と、ロッカーの中身はそのまま地下に運ばれ、そこに収納される。

 さてと……んじゃ、行こうかな。

 ロッカールームを出ると、SW達が集う広間と呼ばれる広い部屋に出る。私は広間を横切って、ぽつりと異質な雰囲気を纏う真っ赤な扉――この扉の奥に《門》がある――の横に設置されているモニターに近寄った。

 このモニターは自分の目的にあった世界を教えてくれると言う優れものだ。

 とりあえず、環境情報から目的地を決めることにした。

 とりあえず気温は普通なところがいいな……それで、地面は普通に土とか岩で。酸素は地球と同レベル。恒星はあった方がいい。敵の強さは……うん、これくらい。

 手早く入力すると、いくつもの候補がモニターにずらりと並んだ。

 んー。ランダム選択、と。

 その選択をすると、次の瞬間一つのロットナンバーがモニターに浮かぶ。

 000000000031085、か。よし、じゃあこれで申請。

 数秒の後、承認という文字が現れ、モニターの下のスリットから小さなカードが出てくる。

 それを受け取って、私は赤い扉に入った。

 最初に目につくのは、機械。

 そこそこの広さの部屋の半分程度が何かしらの機械で埋め尽くされ、その真ん中にはアーチ状の装置。あれが《門》だ。


「カードを提示してください」
「お願いします」


 傍らに控えていた役人の女性にカードを渡すと、その人はそのまま《門》にカードを挿入した。

 途端、アーチの内側の空間が歪む。


「どうぞ」
「それじゃ、いってきます」


 事務的な女性に小さく挨拶を済ませてから、私は淀むことのない動きで《門》の中に飛び込んだ。

 身体中を覆う違和感。

 視界が極彩に染まり、しかし眩しさは感じないという矛盾に吐き気すら覚えかけた。

 それを我慢すれば、一瞬で《門》を通り過ぎる。

 頬を風が撫でた。

 ふ、と。溜息をついたのも束の間。

 私は目の前の絶景に息を呑んだ。


「う、わ……!」


 樹だ。

 森が、私を囲んでいた。

 だがただの森ではない。

 目測だが、最低でも太さが都市のビルほども、高さにおいては見上げても葉っぱがまともに見えないくらいに遠い。

 そんな木々が、ずらっと視界の果てまで並んでいる。さらにその木々の間に覗く地面はきらきらと、まるで星の輝きを湛えたかのように輝いている。土の中になにか、細かい宝石のようなものが入っているのだろう。

 《門》はとある巨木の根と根の小さな隙間に隠されるように設置されていた。外敵に《門》が破壊されないように考慮されてのことだ。

 根の隙間を出て、地面に降りてみる。

 まるで砂浜のように柔らかな感触。

 しゃがんで、地面に触れてみるとぴりっと僅かに痺れるような感触。

 これ……雷砂鉄だ。

 雷砂鉄というのは雷鉄鋼と呼ばれる、常に雷を纏う金属の原材料で、これ自体も僅かな電気を放つと言うものだ。

 へえ、こんなところにあったんだ……。

 道理で輝くわけだ。なんせ、雷だもん。

 綺麗だし、佑子と春花のおみやげに持って帰ろう。

 決めて、腰のベルトに引っ掛けてあったペットボトル大の筒を取り、その中に砂を無造作に収める。ベルトに戻すと、ズシルとした感触。

 今回は収集目的で来たわけじゃないけど、思わぬ収穫ね。

 鼻歌交じりに立ち上がって、足取りも軽く歩き出す。

 ここの危険度は最高ランクだから、すぐに敵に出会えるだろう。ここ最近、ぬるま湯に浸かってたから、錆び落とししておかなくっちゃ。

 偶には本気出さなきゃね。

 ――ん。言ってる傍から……、


「きたわねっ!」


 ゴーストをダガーにして、右後ろに投擲。空中で何かを捉え、そのまま巨木の幹にそれを磔にした。

 狼……というのがアースの生き物で表現するには一番的確だろう。

 小柄だが、真っ赤で、複眼の瞳を持ち、尾は本。牙はサーベルタイガーを彷彿とさせる長さで、極め付けに脚の関節が六つほどある。 

 そんな狼の頭を正確にダガーが貫いていた。

 ダガーを霧状にして、体内に戻す。どさりと死骸が落ちた。


「んー、八十点」


 自分の腕をそう評価して、両腕を大きく広げる。その動作に合わせて、八本のナイフを投擲した。

 それぞれが空中を行き交う影を捉える。

 ……いや、一頭だけ、ミスった?

 視線を巡らせる。

 私の周囲に、深紅の狼が八頭、その死骸が新しく七つ転がっていた。

 生きている八頭のうち、他よりも一回り大きいリーダーらしい一頭の口には私の投げたダガーが咥えられている。

 ダガーが噛み砕かれた。

 っと、回収回収。

 意識しただけで、私が放ったダガーは全て霧になって私の身体に戻ってくる。

 と――咆哮。

 ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!

 狼達が、一斉に私に跳びかかってきた。

 ……でも、残念。



 私の本領は、他でもない。



 肉弾戦に、あるんだよね。



 ゴーストの機能を起動させる。

 身体中の筋肉繊維を、ゴーストが補強していく。さらに、拳や膝などの打撃に使う部位がゴーストで出来た甲殻に守られる。

 よし。

 私は飛びかかってきたうちの一頭に向かって飛び出した。

 その私の姿はまさに弾丸。

 狼は反応するまもなく喉元の私に掴まれて、そのまま背後の樹に叩きつける。

 ごきり、と頸椎の砕ける鈍い手ごたえ。

 さらに、その身体を後ろに投げる。と、私の背中に跳びかかって来た三頭をまとめて弾きとばす。

 空中を翻るようにしてその三頭の頭を順番に踏みつぶしていく。

 ……ちょっとグロい。

 まあ慣れたけどさ。でも……佑子や春花みたいな一般人には見られたくもない光景だ。こんなの、百年どころか千や万年の恋だって一瞬で冷める代物だ。

 回し蹴りでさらに一頭、頭蓋を砕く。

 で、横に跳んでリーダー狼の牙を回避してから、それと連携して攻撃してきた狼の牙を裏拳でへし折り、空中でくるくる回る牙をキャッチ、そのままそれを眉間に突き立てる。

 で、肉の塊になりはてたそれをリーダーの口の中に蹴り込んだ。

 リーダーはそれに怯んだものの、一瞬でその亡骸を噛みつぶす。大量の血液が肉と一緒にリーダーの口から吐き出される。

 すごく顎の力。ありゃ、噛まれたら人間なんてひとたまりもないね。

 油断できない相手だ……。

 じり、と。私とリーダーが相対する。

 先に動いたのは――私。

 バックステップでリーダーとの距離をとると、そのまま高く飛んで樹の幹に足の裏をつける。さらにそこから幹を強く蹴って、別の樹の幹の跳び移る。それを繰り返すうちに、私のいる高度はどんどんと高みに登っていく。

 上から武器を投げまくって仕留めよう。

 そう考えてのことだったが……、


「な――!?」


 まさか、リーダーが私と同じように、しかし私以上の跳躍力で向かってくるとは思いもしなかった。

 なんて脚力。私も人のこと言えないけど。

 空中で、リーダーの牙を拳でうけとめる。

 堅い……! 空中で安定した威力はないとはいえ、私の拳で砕けないなんて。

 リーダーの鼻先に踵を落とす――けど、これもたいした効果は確認できない。鼻は弱点ではないらしい。

 仕方ないので、そのままリーダーを足場に、私は更に上に跳んだ。反動でリーダーが地面に墜ちる。そのまま墜落死しちゃえ。

 と考えている私の視線の先で……リーダーは地面に着地した。

 って、嘘!?

 あの高さで着地?

 ……関節が八つもあると、着地の衝撃を大層殺せるらしい。

 うーん。どのくらいの高さからなら無事じゃ済まなくなるんだろう?

 呑気に考えてる暇はなかった。

 またリーダーが私に追いついてくる。

 気付けば、私はあっという間に木々の枝の目前まで迫っていた。高さは……うん、二百メートルは絶対にあるね。

 落ちたら死んでしまう。

 枝に着地する。太い枝は道路一本分ほど広さを持っていた。

 そして正面に、リーダーが下りた。

 ……なんていうか、あれね。

 燃えて来たわっ!

 口の端をつりあげる。

 久しぶりに身体が熱を持つ。これよ、これがSWの醍醐味よ!

 強敵との戦い!


「行くわよ、ワンころ!」


 右手を前に突き出す。

 と、赤い液体がじわりと滲み、徐々に一つの形を作り出す。

 大鎌だ。

 人一人の胴体を容易く切断できそうなほどの、半月を描いた巨大な大鎌。

 っ……と。

 頭がくらりとする。

 そりゃ、血液の代替品が六割もなくなれば、脳に酸素がいかなくなって、支障が現れて不思議はない。

 でも……逆にそれがいい。

 思考が淀み、恐怖が掠れる。感情が薄れる。

 生きるために余計なものが削がれ、自分の身体がただひたすらに戦うという行為にのみ特化していくのを感じる。

 ゴーストの開発者曰く、私のこの状態は無我の境地とか、そういうものらしい。

 普通は精神統一とかで至るべきものらしいが、私はそれを自分の思考回路に欠陥を与えることで疑似的に再現する。

 とはいえ、この状態を長引かせることは出来ない。

 三分。

 どこぞの巨人ヒーローのように、私はこの状態で三分しか戦うことが出来ない。

 それ以上戦闘を継続すると、脳に後遺症が出かねないのだ。

 しかももう一つ欠点。

 この状態の私って……敵味方の判別が出来なくなる。

 能村姉弟にはこれをバーサーカーと呼ばれた。無我の境地の方が私としては格好よくて好き。

 ぐっ、と。身体を屈ませる。

 そしてそこから、ばねのように思いきり跳び出した。

 恐怖というブレーキが壊れた私は、リーダーの懐に潜り込むという行動に躊躇いを見せない。

 途中、爪が振るわれたけれど、それは左手の甲で弾く。

 そして、大鎌を右腕一本で薙ぐ。

 リーダーはそれをバク転するような動きで回避して、しかも大鎌の刃の上に着地した。

 そのままリーダーが鎌の柄を走って私に向かってくる。

 だから私は大鎌を反転させた。リーダーが空中で足場を失う。さらに、その頭部に大鎌の柄尻が叩きつけられた。

 ギャウ、と一声ないて、リーダーは私から距離を取った。

 けど……駄目。私はそれを許さない。

 私から離れようとするリーダーに同スピードで迫る。結果、距離は一ミリも離れない。

 走りながら、大鎌を下から切り上げる。大枝の表面が砕け、木片が散る。

 凶刃を前に、リーダーは枝を蹴って高く跳んだ。

 空中に逃げるなんて、馬鹿ね……。

 身体を大きく捻って、大鎌を構え……そして、ブン投げる。

 大鎌はそのまま高速回転して、空中で身動き出来ないリーダーを狙う。

 が……驚いたことにリーダーが大鎌の動きを見切り、刃ではなく柄を噛み受け止めた。


「……ふぅん」


 大鎌を霧状にして一旦手元に戻した後、再度結晶化させる。

 ただし今度は大鎌じゃない。

 チェーンソー、である。正確には、刃がチェーンソーの大剣だ。

 ぶっちゃけ、趣味武器だ。でも、刃の回転する震動は、私の血を熱くする。それだけでも使う意義はあるだろう。

 戦いは、根性!

 酷い頭痛を根性で押さえつけて、チェーンソーを刺突の構えで落ちてくるリーダーを待ちうける。

 そして、地面にリーダーの脚が触れた瞬間――全身を使って突き出す。

 さながら、銃弾。私の身体が一直線にリーダーの顔面に向かう。

 が、それを喰らうほどリーダーも甘くはない。

 横に跳んで私の攻撃を回避。そこから私に牙をむいてきた。

 脚を包むゴーストを変化させて、スパイクを作り出す。そしてそれで思いきり枝を踏みしめる。慣性の勢いを殺しながら、私は身体を屈めた。

 前髪をリーダーの鋭い牙が掠める。

 あと一歩間違えたら首から上が消えていた。その現実に寸分も意識を乱すことはなく、冷静にチェーンソーをリーダーの下腹に振るう。

 リーダーが身体を捻るが、回避しきれない。皮一枚が回転刃に抉りとられる。

 キャイン!

 悲鳴を聞きながら、返す刃でもう一度。

 今度は、リーダーも回避しきった。

 ……っつぅ……!

 ヤバ……そろそろ限界だ。

 決めよ。

 大剣を霧に戻す。そして、再形成。

 ――握りこぶし大の球体。

 それを掴む。


「いや、この私相手にここまで持つ相手は久しぶりだったよ」


 独白する。

 口元には、笑み。


「次は、私の全力だよ」


 無造作に、球体を放る。

 リーダーがそれに対して身を屈め……、


「バーン」


 崩れ落ちた。

 身体中を、紅蓮の魔弾に貫かれて。

 球体が炸裂したのだ。

 高密度の散弾。

 よほどの堅さがない限り、この攻撃は防げない。

 私の必殺技の一つだ。

 恐らくこれを使われた相手は、痛みを認識する間もなく命を断たれるだろう。


「お疲れ様。おやすみ」


 崩れたリーダーに歩み寄る。

 当然のように息はない。

 開いたままだった目を、そっと閉じる。そして、小さなナイフを作って、その牙の先端をちょっとだけ分けてもらった。


「これはお守りにしとくよ」


 これは、私なりの最大の弔いだ。

 全力を出して戦い合った相手の一部をお守りにする。

 ……そしていつか、私が死んだ時はこれを頼りにあっちの世界で会って、もう一度戦うんだ。あなたを殺して私はここまで強くなれたよ、って。あなたの死は私の糧になったのであって、決して無為じゃなかったよ、って。

 歪んでいるかもしれないが、私なりの敬意の表し方だ。


「それじゃあね。楽しかったよ」


 牙をポケットにしまって、枝を飛び降りる。

 途中で何度か大樹の幹を蹴って落下速度を殺していく。

 そういえば、と。

 昔、隼斗に尋ねられたことがある。

 私は戦闘に滅多に散弾を使用しない。それは何故か、と。

 ……最初から、散弾を使えばリーダーを殺すのは楽だったろう。

 けど、それじゃあ楽しくないし……ね。

 どちらかが死ぬ殺し合いだ。なら、せめてどちらが死ぬにしても全力でぶつかって、すっきりした気持ちで逝きたい。そんな私の偽善の押しつけ。

 私が散弾を好まない理由はそれだけだ。

 うん……やっぱり、歪んでるよね。

 でも私ってSWだし、仕方ないよ。



「うーん」


 森の奥に進みながら、首を傾げる。

 さっきの狼以外、敵に遭遇しない。

 おかしいな……最高レベルの世界の筈なのに。危険な生き物がそこらじゅうにいなくちゃおかしい。

 少なくともこれまで私が行ったことのある高レベル世界では、超大型生物が群れで襲ってくるのだって茶飯事だった。

 あの狼ももちろん弱くは無かったけれど……。

 首を傾げながら、のんびり歩く。

 ま、とりあえず警戒しながら、今は新鮮な空気を味わおうかな。こんな綺麗な空気、久しぶりだし。

 そんなふうに考えながら、木々の間を歩く。


「そういえば、今の私の貯金って幾らなんだろ……」


 何気なく気になって、懐から携帯端末を取り出す。

 以前に預金を確認したのは……一年くらい前だったかな。ちょっと装備を買い変えた時。

 それからは全く確認していない。あんまり興味もないし。

 うーん。かなり荒稼ぎしたから、ちょっとは期待出来るよね。

 端末を操作して、預金残高を表示させる。

 えーっと、いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……じゅうまん……ひゃくまん……せんまん……お、億……?


「――……ぇー」


 ちょっと地面にしゃがみこんで、頭をかかえる。

 六億六千万……。これが、私の一年と数カ月の成果、らしい。

 ……なんだろう。

 なんか、悪いことした気分になって来た。

 だ、だって六億六千万だよ?

 豪邸とか買えちゃうよ?

 父さん、ごめんなさい。あなたの娘はあなたの年収の数倍の収入を得ています。

 ていうか私は馬鹿ですか。こんな大金持ってるのに一年気付かないとか。

 ――うーん。

 改めて思う。SWって、ハマればハマるほどオイシイ仕事だ。

 でも、こんな大金、一介の女子高生にどう仕えと?

 好きな洋服を買いあさっても全然オッケーでしょ。というか、店ごと買える。

 とりあえず、帰ったら父さんと母さんに何かプレゼントを買おう。そうしよう。

 旅行とかいいかもしれない。世界一周……は父さんの仕事の予定上無理としても、一週間くらい温泉旅館で骨休めさせてあげることは出来るだろう。

 帰ったらパソコンで人気の温泉調べよ。もちろん最高級。

 ……訂正。最高級のワンランク下にしよう。

 多分あの二人のことだから、最高級のところになんて行ったら逆に肩肘はっちゃう。我が両親ながら、ちょっと性格に慎ましいところがあるから。

 もうちょっと端末を操作してみる。

 調べたのは、私の基本収入。つまり、SWでの採集や調査などの報酬を抜いた、R・M社からの給与明細。

 ……げ、月収……千三百万?

 ――ちょ、待……R・M社さん私をどんだけ優遇してくれてるんですか。

 そりゃ私はR・M社で第三位だけど……だからって、これは軽く引く。

 やべー。SWやべー。ボロ儲けだ。

 死と隣り合わせの仕事とはいえ、桁が違い過ぎる。

 もう本気で豪邸建てようかとか思ったけど、やっぱりやめる。そんなところに住んでも広すぎて逆に不自由になるに決まってる。

 とりあえず……これは現状維持しておこう。なんか壮絶すぎて頭が痛くなってきた。自分のことなのに。


「……よしっ」


 気を取り直して、立ち上がる。


「かかってこいやー!」


 大声で、誰に向けるでもなく挑発を口にする。

 返事を期待したわけではない。

 なんていうか……意気込み?

 けれど――その言葉を口にした刹那。

 ぞわり、と。

 全身に鳥肌が立つ。

 これまで経験したどんな修羅場をも越える、普通の人間なら狂いながら逃げだすような威圧感。

 まるで重力が数倍に増したかのように錯覚する。

 これ……は……っ!?

 私は走り出した。威圧感のする方向に。


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