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 私が身を包んでいるのは、DC(デイジークロー)社製の黒いオーバーコートに、白いアンダーウェアとそれに合わせた同色の短めのスカート。腰からはピースマーク社の黒いアンダーマントが靡き、脚は膝までが同社製の黒皮のブーツに覆われている。腕もやはりピースマークの黒い布製の腕貫に包まれていて、腕貫きはそのままグローブの役目も果たしている。

 そのどれもが特殊繊維が編み込まれていたり、竜の皮で作られていたりと圧倒的な耐久度を持つものだ。

 総額はだいたい二百五十万くらいかな。

 まあ、SWの服装としてはそこそこな値段だし、それに見合った防御力も持ち合わせている。

 だってのに……、


「どこがおかしいって言うのよ」


 自分の格好を見下ろしながら、私は横を歩く能村隼斗(のむらはやと)の言葉に首を傾げた。

 すると、隼斗は呆れたように肩をすくめて溜息をつく。


「いや、服の性能とかじゃなくて、俺が言いたいのはどうして黒と白のモノトーンで装備を統一してるのかって言ってるんだよ。普通に黒一色か白一色でよくないか?」


 そう言う隼斗の服装は、赤銅一色。ロングコートもズボンも肩当てや手甲、果てには肩にぶら下げた機関銃までもがその色で統一されている。

 ……私としては、赤銅一色なあんたも大分おかしいと思うけど。というか、絶対に私のほうが常識的な色合いでしょ。

 ちなみに、私の装備が白黒な理由は単純だ。


「黒は父さんが好きな色で、白は母さんが好きな色なの。だからこうなった」
「なんだそれ……」
「あら、いいじゃない。佳耶(かや)がそれだけ両親のことが大好きってことよ。いいことよ、家族仲が円満ってことは」


 そう言って、私の頭を撫でたのは隼斗とは私を挟んで歩いていた能村雀芽(すずめ)。名前から分かる通り隼斗とは家族で、双子の姉だ。

 そんな雀芽の服装は……多分私達三人の中で一番目立つ。

 大体の服装は隼斗と同じで、違うのはズボンの代わりにスカートとロングソックスをはいていることと、機関銃を肩からぶら下げていないことだろう。ちなみに、もちろん服の色は普通に暗色系で統一されていて、赤銅一色とか気持ち悪い感じではない。

 ここまでは、いたって平凡な格好だ。ただ、雀芽の場合は目立つ理由が別のところにある。

 腰のベルトから下がる剣はいい。それはまあ、SWなら何ら不思議なものではない。

 ただ、肝心なのは雀芽の左腕。

 そこに特注品の、彼女の身体をまるまる覆い隠せてしまうほどの大きさの巨大な盾が装着されているのだ。

 浮遊合金で出来ていて、普段はこのサイズでも強度が低い代わりに大した重さはないが――大した重さではないと言っても、身体強化剤を呑んでない状態じゃ持ち上げるだけでも精一杯なんだけど――いざという時には強度と重量を十倍に出来るという優れものではある。そしてかなり高級品。これだけで四百万くらいする。

 これが、嫌でも周囲の目を引く。今は辺りに人の姿がないからいいものの、ここが異界研の広場だったりすると、一緒にいるだけで周りから注がれる視線にちょっと落ち着かなくなる。


「ちょっと、頭撫でないでってば」


 頭の上に置かれた雀芽の手を振り払った。


「いいじゃない。佳耶の頭の高さって、丁度撫でやすいのよ」
「チビだからな」
「チビって言うな!」


 足元にあった小石を思いきり隼斗に向かって蹴り上げる。すると、そのまま小石は隼斗の鼻頭に命中。


「ぐ、ぉおおおおおお!」
「人のことを悪く言うからバチが当たるのよ!」
「ば、バチっつうか、単に身長が低いことの八つ当たりを俺にしてるだけだろ……」
「うっさい!」


 再度石を蹴り上げる。今度は眉間に命中。


「うぉおおおおおおおお! 石の、石の尖った部分が当たった!」
「うるさいわね、大げさよ」
「眉間から血が流れてるんですけど、それでも大げさですかねえ!?」
「ええ。SWたるもの、身体に風穴があいてから弱音を吐きなさい」
「それはもう死んでしまう直前では!?」


 私をチビ扱いしたんだから死んでも文句は言えないわよ?


「言えるよ! 盛大に文句言えるよそれ! お前をチビ扱いしたらイコール死ってどんな理不尽だよ」
「またチビって言ったわね!」


 もういい加減私の優しさも限界よ。

 隼斗の脛を蹴りつける。なお、私のブーツの底は金属で出来てる。なのでこれで蹴られるとかなり痛い。


「うごぉおおおおおおおお!」
「うるさいわね」


 脛を押さえて悶絶する隼斗の頭頂部に巨大な盾が振り下ろされた。ボゴン、と、何か凄く嫌な音がした。

 相変わらず雀芽のツッコミは激しいわね。出会って一ヶ月だけど、日に日にツッコミのキレが良くなってるわ。恐ろしい。


「……きゅう」


 あ、死んだ。


「死んでねえよ!」
「蘇るの早いじゃない」
「もう慣れたよ! 慣れたくもなかったけど一日一回くらいあんなもんでド突かれてりゃ石頭にもなりますですともさ!」


 語尾が微妙におかしいわよ。


「よかったわね。これからはヘルメットいらずよ」
「よろしかねえよ、このチビ」
「――あはは。もうゴーストで切り裂いてやるわ……っ」


 私が右手の指を鉤爪のように曲げると、慌てて隼斗が後ずさった。


「ほ、ほんのジョークだろうが。やめろよ!」
「なら撤回しなさい。私はチビじゃないと」
「ああ、分かったよ! 身長百五十センチ以下のお前はぜんっぜんチビじゃね――ゲびァっ」


 隼斗の語尾が潰れたのは私の飛び膝蹴りが他でもない隼斗の顔面をブッ潰したからである。

 鼻血を盛大に噴出させながら、白眼の隼斗が地面に後ろ向きに倒れる。


「見事な一撃よ、佳耶。もうあれね、佳耶の飛び膝蹴りは世界へ羽ばたいてるわ」
「世界なんて眼中にないわ。今の私には、どこぞの馬鹿の顔面を潰すことだけしか見えてないもの」
「素敵っ。佳耶、今のあなたはいつにもまして輝いてるわ!」
「輝かねえよ!? 人の顔面を潰そうとしてる人間は絶対に輝かねえよ!?」
「蘇るなこの馬鹿」
「ふげっ」


 上半身を起こした隼斗の顔面を踏みつぶす。


「ちょ、おま……こんの、小学生がっ!」
「私は高校二年生だっ!」
「ぐべ、がべ、ごふ、きゃひ、ご、ごべんなざい」


 何度も何度も隼斗の顔面を踏みつける。

 そうよ、ええそうよ。そうよそうよそうよ!

 私の身長は低いわよ! そりゃもう低いわよ! 高校二年生にもなって子供料金で普通に電車に乗れるわよ!

 悪い!? 文句ある!?

 いいじゃない。ちっちゃい女の子でいいじゃない! 需要だってあるもん!


「その需要は危険だから求めない方が……」
「うるさいこの馬鹿! バーカ、バーカバーカ、滅茶苦茶バーカ!」


 隼斗を踏みつけるスピードが倍速くらいになる。

 ちょっと骨の軋む音が聞こえてきた。多分隼斗の鼻骨辺りが限界間近なのだろう。


「もう私めは何も口答えいたしませんので許して下さい麻述(あさのべ)佳耶様っ!」


 プライドを捨てて隼斗がそんなことを叫ぶので、仕方なく私はその顔面を踏みつけるのを止めて、最後に一度だけ鳩尾を蹴り挙げてから荒くなった息を整えた。


「うう……女怖ぇ」


 鼻血と涙を流しながら、地面に転がっていたせいで泥まみれになった隼斗は簡易救急キットからガーゼを取り出して鼻に詰め込む。


「まあ、今回は身体的特徴を馬鹿にした隼斗が悪いわよね。反省なさい?」
「うん、その通り」


 雀芽の言葉に大きく頷く。悪いのは全面的に隼斗だから、私は正義。


「雀芽、こんなやつ置いてさっさと行きましょ!」
「そうね。今日の獲物はただえさえ見つけにくいのだから、のんびりしていられないわね」
「ま、待ってくれ、ちょ、あ、キットひっくりかえしちまった! なあ、待ってくれよ! 俺が方向感覚ないの知ってるだろ? こんな森の中に置き去りにされたら……なあ、ちょっとだけ待っててくれよ!」


 歩き出した私達の背中にそんな今にも泣き出しそうな情けない声。いや、もう泣いてるんだっけ、顔踏まれて。

 まったく、私より一つ年上の癖して、そんな簡単に泣くなんて本当に男?


「男でも顔を何度も思いきり踏みつけられたら泣くさ!」


 そんな隼斗の声は無視して、私と雀芽は足元を覆う木の根に躓かないように気をつけて歩き続けた。

 場所は巨大な樹が密集した森。

 遠くからは不気味な音が聞こえてくる。

 鼻を刺激するのは薄くした硫黄のような臭い。

 ロットは000000000012184。

 異世界だ。



 異次元世界、という言葉がある。ここ十五年程度で世界中に普及した概念だ。その意味は、そのまま「次元の異なる世界」となる。

 ――世界は一つではない。

 様々な次元にそれぞれの進化体系や物理法則、元素などを内包した世界が存在するのだ。その数は不明。言い換えてみれば無限。

 十五年前、それはマギ――魔力と呼ばれる元素の存在する世界――の次元漂着者から明かされた真実だ。

 以来、この世界――地球の名からとってアースと呼称されるようになった――は異次元世界への干渉を試み、遂に十一年前にそれを成功させた。

 それからだ。異次元の優れた資源や華麗な収集品を求めて、人々が世界を股にかけるようになったのは。

 もちろんそれは無制限に行われることではない。異次元には様々な危険が潜んでいるのだから。

 異次元に旅立てるのは、特定のライセンスを所持する者だけ。

 その人々は総じてSW、つまりストレイ・ワーカーと呼称される。行く先の分からない労働者、という意味だ。ある種の侮蔑が交えられたこれは、ライセンス制度が始まってすぐに報道機関が勝手に使いだした名称だったろうか。今では公的にもSWと呼ばれるほど、この呼び方は浸透してしまっている。





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