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1-10
 突如、嶋搗が脚を止めた。


「な……あんたなにを!」
「行け!」
「――っ!」


 それだけで、彼のしようとしていることが分かった。

 嶋搗のことは、私は良く知っている。

 守銭奴で、人でなしで、SW歴一年の割に異次元世界に詳しくて、強くて。

 そして……身内にはなんだかんだ言いながら甘い。

 だから足止め、だ。


「馬鹿、逃げなさいよ!」
「そしたら三人ともお陀仏だ!」


 嶋搗は、自分に敵の意識を向けて、私達を逃がすつもりなのだ。 


「だ、だったら私が……私、なにもできないし!」
「邪魔だ!」


 アイが飛び出そうとするのを、嶋搗の怒号が阻む。


「おまえなんかが壁になったって十秒も持たないんだよ! 天利だって一分持つかどうかだ!」


 剣を構え、腰を低くする。


「天利!」
「……なに?」
「分かるな?」


 ――分かる。

 嶋搗の行動は、正しい。人を生かそうという努力において、今の彼以上に正しく愚かな馬鹿はいない。

 ……そんなの、自己中心なSWとしては全然間違ってるけど。

 そして私は、自己中心なSWとして間違えることを、求められてはいない。生き残ることを、求められている。

 だったら、私がとるべき行動は――、


「行くわよ!」


 アイの手を引いた。


「悠希!」
「いいから!」


 奥歯が砕けるんじゃないかっていうくらいに、硬く噛みしめる。

 分かってるわよ、嶋搗。


「あいつは、帰ったら、って言ったのよ!」


 帰れたら、じゃない。


「帰ったら、よ! あいつは、帰るつもりなの!」


 それはアイに言い聞かせるというよりも、むしろ私自身へ向けたものだった。


「だから、私達はさっさと逃げて、後から嶋搗が追い付いてくるのを待つしかないの!」


 ええ、ええ。

 分かってるわよ、嶋搗。

 帰ったら、二千万ね?

 上等!



 格好つけすぎたな。

 足止め開始数十秒で俺は、こんなことするんじゃなかったと後悔した。

 剣を振るう。しかし、小さな羽虫は刃をいとも簡単にかいくぐり、俺の肌を刺してくる。

 コートはところどころが繊維を溶かされて破れ、その下のアンダージャケットにも穴があいている。そこから覗く肌からは、血が緩く流れ出していた。

 今はとにかく、その露出した部位に羽虫がくっつかないように動くこと。それだけに神経をすり減らしていた。もし羽虫が服の内側に入ってきたら、その時点で俺はお終いだ。

 身体をわざと激しく動かしながら、剣を縦横無尽に振るう。

 激しい痛みが柄を握る手を襲う。

 手の皮膚は、酷いことになっていた。

 群れに何度も剣を振るっているせいで、その柄を握る手はすれ違いざまに何体も羽虫によって表面を攻撃され、溶かされている。ぐしゃぐしゃの皮膚と血液に隠れているが、水かなにかで灌げば筋肉どころか骨だって見えるかもしれない。唯一の救いは、攻撃された箇所の血管が溶けて塞がり、流血がさほど多くはないことか。

 それでもまだ、俺は剣を振るう。

 俺が油断のならない敵だと主張するために。この先に羽虫を通さない為に。

 子の群れの向こうでは、マザーが飛んでいる。

 マザーがこないのは、俺はそれほどの相手ではない、という認識だからか。

 ……いいさ。


「なら、こっちから行ってやろうか!」


 大きく一歩を踏み込む。

 頬の肉を削がれても、羽虫が眼にだけは当たらないようにして、剣を水平に構える。

 飛び込んでマザーの下腹を裂く。

 だが――その傷の周囲が崩れ落ちたかと思うと、すぐに黒い肉が盛り上がって回復してしまった。

 子の群れが俺の身体を打つ。腕で顔だけはガードしたものの、痛みと衝撃で、俺は後ろに跳ばざるを得なかった。

 すると、コートの下に違和感。

 ――しまった。

 即座にコートを脱ぎ棄てる。どちらにしろ、ほとんど使い物にならなくなっていたものだ。

 捨てたコートの中から何体かの羽虫が出てくる。

 ……あともう少し遅かったら、アンダージャケットの中まで入り込まれてたな。

 考えると腹の底で怖気が沸騰した。

 もしそうなったら、あとは俺の体内に連中が入り込んで、好き放題に内臓を溶かし、そこから次の羽虫が増殖していくだけだろう。

 そんなことになってたまるか!

 恐怖が、身体の動きを加速させた。

 だが、そろそろ限界だ。

 三分は、足止めをしたろうか。体感時間としては一時間くらいは剣を振ってた気分なんだが。

 これなら十分だろう。

 そろそろ、俺も逃げさせてもらうかな。

 剣を振るいながら、一歩、また一歩と後ろに下がる。

 いつ、どこから逃げ出す……?

 失血と痛覚で朦朧とする視界で、その隙を見極める。

 今、だ……――っ!?

 後ろを向いて走りだそうとした俺の目の前に、巨大な影が落ちた。

 蜘蛛……。


「馬鹿、な……!」


 この……このタイミングでか!

 死神の鎌が、首筋にそえられた。

 だが、俺はこのまま首をやるほど優しくはないぞ!

 突き出された蜘蛛の肢を避ける――上へ。

 地面を蹴って、俺は蜘蛛の胴体の上に立った。そのまま足元を斬りつけて、地面に降りた。背後で蜘蛛の倒れる音。

 よし……。

 その時――左肩に衝撃。


「……な、に?」


 視線を上げる。

 さらに蜘蛛が、いた。

 その背後では、新たな蜘蛛が次々のビルの上から飛び降りてきている。

 肩に、蜘蛛の肢が突き刺さっている。

 痛みより、喪失感が先にやってきた。

 爆ぜるような動きで、蜘蛛の肢を斬り落とす。

 肢の先端を引き抜くと、一緒に溶かされた肉が地面に零れた。

 脳を直接突かれたような痛みが体中を暴れ狂う。

 く……この怪我は、ヤバいぞ……!

 救護キットは脱ぎ捨てたコートの中だし、止血も出来ない。

 それ以前に、こんな怪我を抱えたままじゃ、満足に戦うことも出来ない。

 前には無数の蜘蛛。後ろには無数の羽虫とそのマザー。

 ……ここまで、か。

 いくらなんでも、もう無理だった。

 剣を握る手から、力が抜ける。

 そういえば……あの二人は上手く逃げただろうか。

 約束の二千万は……まあ、高い墓でも作ってくれればいい。天利なら、そのくらいの洒落はきかせるだろう。その墓に俺の骨は用意できないだろうけどな。

 ……最初に異次元世界を目の当たりにした時のことが、脳裏をよぎった。

 それは、三年前ことだ。

 自由。

 ルールのない、常識のない、倫理のない、誰にも縛られることのない世界。

 隣では、あのくそじじいが歯をむき出して笑っていた。


 ――悪くないじゃろう?

 ――ああ、悪くない。


 あれから、随分と好き勝手に生きて来た。

 なんていうか……そうだな。

 それなりに、楽しかったよ。

 この一年は特にそうだ。なんだかんだあったが、天利といると暇なんてなく楽しめた。面倒事も、言い合いも、危険も……全部ひっくるめて。

 決して満足したわけじゃないが……まあ、


「悪く、なかったさ」


 声にもならない声。

 口元に、自然と笑みが浮かんだ。



「ここで終わりかよ、シーマン。そんなの、つまんねーぜ?」



 雷迅が、蜘蛛の合間を縫った。

 それにすれ違った蜘蛛が、次々に崩れ落ちる。

 ……これは、まさか――。


「これまでが悪くなかったってんなら、それは結構。なら、この先はもっと悪くない生き方が出来るんじゃねーの? その可能性を諦めるのは、間抜けだぜ」
「……皆見、か?」
「おいおい。こんな派手な男をシーマンは俺以外に知ってるのかい?」
「どうして、お前がここに……」


 救援にしては、早すぎる。それに周囲に気配を感じないということは、駆けつけてきたのは皆見だけだ。救援が一人のわけがない。


「んー。ああ、ちょっとお役人の方々がぐずってるたから、勝手に来ちまったよ。止められたけど、そこはなゆーか、シーマンがこの世界から逃がしてやったSW達と協力して、俺一人だけはまかり通った」


 それ……まさか勝手に《門》を開いてこっちまで来たのか!?


「お前、そんなことしたら……!」
「ああ。罰金と再研修は確定だな。まったく、シーマンは迷惑をかけてくれるぜ」


 それで済めば恩の字だろうが。下手したら、ライセンスの永久剥奪だってありえるぞ!

 ――くそ。


「この馬鹿め。おせっかいなんだよ」


 口の端で浮かぶ笑みを噛み殺す。


「ええっ、それちょい酷くね!?」


 オーバリアクションで落ちこみながらも、皆見が懐から小さなスプレー缶を取り出した。


「血止めだ。鎮痛効果もあるから、使っとけよ」
「サンキュ」


 ありがたく使わせてもらおう。

 スプレーを浴びるように全身の傷口に吹き付ける。痛みがあっという間に消え、流れ出す血がその勢いを治めた。


「ついでにこれもだ」


 次いで投げられたのは一粒の錠剤。身体強化剤だな。

 錠剤を飲みこんで、スプレーを投げ返す。

 受け取ったそれを懐に戻すと、皆見は二本の刀を構えた。

 さてと……俺も、もう立ち上がらなくちゃならない。

 皆見にここまでされて膝をついたままじゃ、駄目だろう。いろいろと。

 こいつがそれだけの覚悟で来てくれた。なら、俺はその覚悟に、生きて帰ることで報いようじゃないか。

 そうして、賠償とかしなくちゃいけない。皆見の違反について、ライセンスの永久剥奪だけは避ける様に上に抗議するのと、罰金の肩替り。それと、再研修に浪費させられる一ヶ月の間に稼げたはず分の収入の支払い。

 ……全部合わせて、千五百万は軽く超えるか。

 やれやれだ。

 ゆっくりと立ち上がる。痛覚と一緒に他の感覚もほとんど消えてしまったが、それでも膝が悲鳴をあげ、限界を打って得てくるのは分かった。

 ……我が脚ながら情けないことだ。そんな弱音を吐いたって、容赦なく酷使してやるぞ。

 たどたどしい右手で剣を握る。そして、それをどうにか持ち上げ、構えた。


「やれんのか、シーマン。そんな傷でさ」
「舐めるな。このくらい、ちょっとしたハンデくらいのものだろうが」
「おーおー。言うね。さっすがシーマン」
「――ただ、一つだけ進言しておいていいか?」
「うん?」


 周囲を見回す。

 皆見という新手の出現に警戒して、こちらの様子をうかがっていた金属生命体達は、そろそろ痺れをきらし今にも動き出そうとしていた。

 数は……なんかさっきより増えてる。いつの間に増えやがったんだ。


「これは、戦うより逃げる方が賢いんじゃないのか?」
「……そりゃそうだ」


 いくら俺達でも、たった二人じゃ分が悪い。


「じゃあ――、」
「――逃げっか!」


 脱兎のごとく、俺達は駆けだした。

 邪魔な蜘蛛を斬り払う。

 なんだか、さっきよりもずっと敵が簡単に切れるような気がした。



「アマリンとアイアイがこの先の公園っぽい広場に逃げ込んだのをシーマンのとこに行く途中で見えたぜ」


 その皆見の発言で、俺達の進行方向は決定した。


「にしても、どうしてアイアイはアースに転移しないんだ? そうすりゃ、こっちの状況も分かって対応しやすくなるのに」


 どうやら皆見は魔力に対して感覚が鈍いらしい。ここが普通に魔力元素のある世界だと思い込んで、夜になると魔力元素が消えることには気付いていないようだ。


「その辺り、いろいろと事情があるんだよ。今は、この世界の夜に魔力が消えるとだけ理解しておけ」
「そうなのか? また、風変わりな現象だことで。この世界って面白いな」


 その風変わりな現象のせいでこっちは散々痛い目ばかりみて、面白がってる場合じゃないんだがな。


「あれ、でもこの街が明るいのって魔力の光変換じゃねえの?」
「そこにも諸事情あったんだ。気にするな」
「ふうん?」


 皆見の先導で道を進む。

 俺達は天利のような重装備ではないので移動速度もそれなりで、徐々にではあるが金属生命体との距離は離れている。撒くことが出来ればいいんだが。

 もしこれで撒けなかったら、もう逃げるのは諦めた方がいいかもしれない。このままじゃ、追い詰められて、追い詰められて、行き詰ったところを狩り殺されるのは目に見えている。

 迎え撃って、どうにか連中を退けられれば一番なんだが……無理だろうか。


「ああ、あれあれ。あの公園だよ」
「あれか……」


 樹木に囲まれるように、大きな広場がコンクリートジャングルの真ん中に存在していた。

 ……広い、ということは不意打ちを受ける可能性は激減するが、その代わりに囲まれる可能性が激増するということでもある。

 ここに逃げ込むことが吉と出るか凶と出るか……。

 広場に入ると、開けた視界の中に天利とアイの姿を見つけた。


「嶋搗! ――に、皆見!?」
「よーう、アマリン。それとアイアイ」
「な、なんで派手な人がここに!?」
「その話は後だ!」


 のんびりしてる状況じゃないだろう、今は!


「そ、そうね……ってあんたその傷なによ!?」
「ゾンビ!?」


 何気にアイが酷いことを言ったな。


「お前、身体張って足止めをしてやった俺をゾンビとは、いい度胸だよな……」
「……ごめん」
「でもまあ、シーマンの今の格好を見たらゾンビじゃないかと疑う気持ちもわからなくはないな」


 皆見が苦笑いを浮かべながら言う。反論できない。


「……とりあえず、この傷についても後だ後。気になることは全部後回しにして、敵に注意しろ。蜘蛛はともかく、羽虫の方は空からだって来るかもしれないんだからな」
「え、ええ……」
「天利は空、俺と皆見でそれ以外を警戒するぞ」


 それ以上は何も言わずとも、非戦闘員であるアイを囲うようにSW三人が布陣する。


「皆、ごめんね。足引っ張って……」


 申し訳なさそうなアイに、天利と皆見が軽く笑った。


「ここまで来たら、もう見捨てたりしないわよ」
「女の子一人護れねーほど、オレは男止めてねーのよ」


 SWの言葉とは思えないな。

 俺は、そんな甘いことは言わない。


「アイ。一つだけ言っておく」
「なっ、なに?」


 俺の真剣な声に、アイの身体が強張った。


「――期待している」
「……へ?」
「……ん?」
「……お?」


 三人が三人とも世にも奇妙な表情をしやがった。


「なんだ、その顔」
「いやいや、シーマン、なんか悪いもの食ったか? ていうか血、流し過ぎた?」
「重症ね……もう助からないかも」


 奇妙な表情の次は危篤患者を見るような気の毒そうな眼だよ。


「臣護が私に期待って……それ、足手まといにならないうちに死ねって言うの!?」
「ああ……」
「なるほど。そういうこと」


 しかも、そこで納得するわけか。

 こいつら、俺のことをなんだと思ってるんだ?

 帰ったら一度、ゆっくり話す必要があるかもしれない。

 俺はちゃんと理由があってアイに期待してるんだ。


「アイ。お前は自分で気付いているかどうか知らないが、お前の気配察知能力は、俺や天利よりもずっと高いんじゃないか?」
「……?」


 アイ自身、何を言われたのか理解できない様子だ。


「天利はどうだ、気付いたか?」
「なにに?」
「二度だ。一度目は羽虫のマザー、二度目はその後の蜘蛛の不意打ち。アイは二度、俺達が気付かなかった金属生命体を見つけている。それは、はたして偶然か?」
「……違うの?」
「そうかもしれない」
「え、そこで否定しないんだ……?」


 そんな二度で偶然かどうか分かるわけないだろうが。

 ただ、もしそれが偶然だったとしても、俺の言いたいことは変わらない。


「偶然だったとしても、なら俺はまた、アイにその偶然を要求するだけだ」
「無茶苦茶なこと言うわね、それ」


 無茶苦茶でいいさ。

 こんな状況で、論理的な理屈にどれほどの価値があるものか。今欲しいのは、無茶苦茶でもいいから使える猫の手だ。


「だからアイ、俺達が見つけ損ねた敵も、お前だけは絶対に見つけ損なうな。いいな?」
「う――うん!」
「いい返事だ」


 アイに、皆見に、天利。

 なかなかどうして、背中を安心して預けられる面子だよ。

 これなら……大丈夫だ。

 きっと、戦える。



 最初に襲って来たのは、予想通りと言うべきか、空からの羽虫の一群だった。


「天利!」
「ええ!」


 雷の弾丸が、黒い靄を貫く。

 レールガンの弾丸は、そこに加えられる膨大なエネルギーによって正負の荷電粒子が混濁し、その姿を物質第四の形状と称されるプラズマへと変貌させる。

 プラズマは超高温で何匹もの羽虫を蒸発させて、空へと消えた。

 しかし、落とし損ねた羽虫の数は少なくない。

 やっぱり的が小さいから、避けられやすいわね。

 舌打ちを零したところで、嶋搗と皆見の刀剣が振るわれた。

 二種三条の軌跡が羽虫を叩き落とすが、それでもなお、羽虫は全滅ではない。

 ――ふ。

 けど、それで私達に届くなんて思わないでよね!

 私は、残った羽虫に止めの一撃を見舞った。

 トリガーを引いたのではない。

 レールガン本体を、思いっきり振るったのだ。打撃面が大きいので、小さかろうが空を飛んでいようが、命中率は弾や刀剣よりずっと命中率は高い!

 インパクトした羽虫が空に打ち上げられ、ぼろぼろとクズ鉄になって地面に落ちた。

 かろうじてその攻撃を避けた数匹の羽虫は嶋搗と皆見に切断される。


「ホームラン……お前、野球選手目指したらどうだ?」
「目指せ世界、ってやつだな」
「馬鹿言ってないで、次来るわよ」


 構えなおしたレールガンの銃口から電火が散る。その先には、羽虫の第二陣。

 学習した、ということなのだろう。その一撃を、羽虫の軍勢は二つに分かれて回避した。そのまま左右から挟撃するように迫って来る。


「けど、甘いぜ」


 にやり、と。

 皆見の口の端が歪んだ。


「起爆!」


 その命令で、二ヶ所の地面から火柱が上がった。それぞれの羽虫の群れはそれにのみこまれ、それ以上こちらに飛翔してくることはない。


「音声認識タイプの小型爆弾だ」


 刀を一本地面に立てて、皆見はコートのポケットに手をつっこんだ。

 取り出したのは、飴玉かと見間違えるような黒いガラス質の球体。

 ああ、八雲製のか。カタログに誤爆に関しての責任は負いかねますって危険臭ぷんぷんの注意書きがあったら購入を見送ってたけど、いいなこれ。


「お前、いつの間に仕掛けたんだよ」
「さっきちょっと転がしといたのさ」


 言いながら皆見は爆弾の表面にある小さな突起を押しこんで、それを空に放り投げた。


「起爆!」


 羽虫の第三陣に接近した爆弾が爆発し、羽虫を蹴散らす。


「難点は、勝手に爆発する確率が一時間につき一パーセント近くもあるってことだな。普段は持ち歩かねえけど、今回は持ってきて正解だったな」


 ――ってことは、もしあの爆弾を百時間持ち歩いたら、ほぼ確実に一度は持ち主は爆死しちゃうわけか。しかも複数持ってた場合、その危険は倍々になっていく、と。

 やっぱり、買うのはやめよう。四六時中ずっとポケッチの中身に戦々恐々をしなくちゃいけないなら、私はそんなものはいらない。

 武器は、安全に使えることこそが一番重要な価値なのよ?


「あと何個残ってるんだ?」
「――起爆!」


 爆弾が一つ、左から低空飛行で忍び寄って来た羽虫達を爆破する。


「これで残弾ゼロだ」
「……なら、次はどう防ぐ?」


 羽音が私達を囲んだ。

 まるで輪っかのように、羽虫の群れが整列している。

 ……見事に追い詰められてるわね。


「ありゃ、こりゃ……ガチンコ?」
「嫌な答えだ」
「けど、それしかないんじゃないの」


 まずは、私が撃ち出した。

 輪の一部が千切れ、整列していた羽虫が一斉にこちらに襲いかかって来る。


「アイ、自分の身は自分で守りなさい!」


 私は素早く懐から空気砲を二丁取り出して、アイに握らせた。


「こ、これって使うの難しいんじゃないの……!?」
「頑張って」
「ええ!?」


 私だって初心者にそれはどんな鬼畜だと思うんだけれど、ナイフ渡されるよりかはマシでしょうよ。

 アイには、どうにかそれで自分の身を守ってもらうしかない。

 ……ここからは、私も他人に回す気遣いなんてないのよ。気の毒だけど。

 肩から吊るすベルトと右手だけでレールガンを構え、空いた左手に左の腿に仕込んであった高熱のナイフを引き抜く。

 早速目の前に飛んでいた羽虫を斬り落とし、レールガンを放つ。片手撃ちのせいで衝撃を受け止めきれず、身体が大きくよろめいた。だが、どうにか踏ん張って倒れるのだけは防ぐ。


「やるじゃないか、天利!」


 言いながら、片手で剣を振り回す嶋搗が私に背中を合わせて来た。


「お互いをカバーしあうのは、初めてだな」
「そうね。まさかあんたと背中を合わせることになるなんて、夢にも見なかったわ」


 私が後方からレールガンを放ち、彼がその私を敵からカバーする。今まで、ずっとそうやってきて、これからもずっとそうしていくんだと思い込んでいた。


「けど……」


 今は、どちらが前衛でどちらが後衛という区切りはない。

 ただひたすらに敵を倒す。自分を、仲間を守るために。

 私は左手のナイフで手近の羽虫を斬り、右手でレールガンのトリガーを引く。嶋搗が背中を貸してくれたおかげで、反動にどうにか耐えることが出来た。

 奇妙な戦闘スタイルだ。古今東西、こんな重火器とナイフを左右の手にとって戦った人間がいただろうか。

 ……けど、悪くない。私はこれで、ちゃんと敵を倒せる。


「案外私もやるもんよね!」
「まったくだ」


 二人で嗤っていると、口の端を羽虫が掠めた。

 血の味が口の中に広がる。

 ふと自分の身体を見下ろすと、体中から血が流れ出していた。

 まあ……どんな傷も嶋搗と比べると軽く感じるわよね。なにせ、あいつは左肩に風穴まで開いてるわけだし。

 けど、一つだけ気になる。

 傷の跡が残らなければいいけど……。

 これでも私だって女子の端くれだ。母似の顔は嫌いだが、だからって顔を傷つけてほしいわけじゃない。そこらへんは、複雑な女心ってやつよ。

 帰ったら、シスターに大枚叩いてでも綺麗に治療してもらおう。あの人は人格こそ難有りだが、金さえ積めば確かな技術で傷を治してくれる人だから。


「シーマンとアマリンが仲いいのは分かったけどさ、実際どうなのよ。このままじゃ俺達、絶対に負けるぜ?」


 ぼろ布に変貌したコートを脱ぎ捨てながら、皆見がアイに集る羽虫を乱打した。

 あいつ……ああ見えて、なかなかいいやつじゃない。自分よりアイの羽虫を払うなんて。少し見なおした。人間、外見じゃ分からないわね。


「そうだな……やっぱり迎撃なんてせずに逃げ回ってればよかったかもしれない」
「今更そりゃないぜ。それに、どうせ逃げたって逃げ切れるもんじゃねえだろ。しつこいったらないな、こいつら」
「同感だ」


 ……けど、冗談じゃないわよ。

 ここらへんでなにかしないと……そろそろ私もヤバい。脚がふらついてきた。私がこれなんだから皆見も似たようなものだろう。アイにおいては、もっと危ないに違いない。

 嶋搗は、言葉にして言う必要もない。そもそもここに来た時点で満身創痍だぅたのだから。

 ……こうなったら、最終手段をとるしかないわよね。


「嶋搗。一つ、私に考えがあるわ」
「よし、やれ」


 返事まで、一瞬の時間もなかった。


「私のこと、そんな簡単に信じていいの?」
「お前のことだ。上手くやる」


 ……まったく。

 こんな時ばっかり、素直に信用してくれるのね。

 ずるいやつ。

 私はレールガンを肩から下ろし……そのまま、全力でそれを遠くに放り投げた。決死の場面だからだろうか、レールガンは私が思った以上に遠くまで転がった。

 あれだけ遠くなら、上手くいくわね。


「悠希!?」
「なにしてんだ、アマリン!」


 私のそんな行動に、驚愕が二つ。そこに、嶋搗の声はなかった。

 本当に信じてくれてるんだなあ……。

 左手から右手にナイフを持ち替えた。私はそれを――、


「皆、伏せて!」


 レールガンに投擲する!

 ナイフが火花と共に、レールガンの装甲を貫く。貫いたのは……動力部。

 レールガンの電量を全て補う動力だ。

 そこに直接攻撃なんて加えたら、どうなるか。

 甲高い、叫び声のような高音がレールガンから放たれた。動力部が暴走する音だ。

 膨大なエネルギーが溢れだす。

 直後。

 レールガンが内側から、破壊という炎を吐きだした。

 爆発と衝撃に、羽虫が吹き飛ばされた。

 そして、それだけではない。

 内臓されていた弾丸。レールガン本体の破片。それらが爆発と共に、周囲に撃ち出された。羽虫が次々に砕けていく。

 もちろん、それらの弾丸は羽虫だけではなく……私達にも襲いかかる。

 伏せているから受ける量は少ないが、それでも一発一発の威力は半端なものではない。肌に鉄の破片が潜り込む激痛。

 ……こんなの、羽虫に攻撃されるのよりずっとマシだ。

 そう歯を食いしばり、耐えた。

 ――静寂。

 顔を上げる。


「……ん」


 思った通り、羽虫の姿は綺麗に消えていた。弾丸に砕かれ、そうでなくても爆風によって遠くに弾かれたのだろう。

 これで少しは時間を稼げるかな。

 ゆっくりと、肺に溜まった熱い空気を吐き出す。

 ふと……手元に、小さな残骸が落ちていた。それがレールガンの破片なのだと、まだ冷めない熱が教えてくれた。

 ……ごめんね。ありがとう。さようなら。

 一年間共にあった相棒に、謝罪と感謝と……別れを告げる。

 その破片を拾ってポケットに押し込み、私はゆっくりと立ち上がった。


「っ……!」


 脚に潜り込んだ弾丸が動くだけで神経を引っ掻いた。

 ……これは、あの子からの最後の文句と思って、甘んじて受け取るしかないわね。


「いっ、ててて……アマリン、いきなりだな」


 背後で、皆見が身体を起こす。


「あ、あの、ありがとう……」


 皆見に抱え込まれていたらしいアイが涙目で彼に謝った。

 そっか……アイの服は特殊繊維でもなんでもないんだっけ。

 すっかり忘れていた。

 もし皆見がアイを守ってなかったら、今頃アイは大変なことになっていたかもしれない。


「私からも言っておくわ。アイを守ってくれてありがとう」
「どうってことねーな。帰ったら二人がオレとデートしてくれれりゃそれでいいよ。はっはっはっ、俺一人でこんな可愛い女の子二人も連れてたら、街中で野郎どもから嫉妬の視線向けられちゃうなあ」


 ……デート一回くらいなら、付き合ってもいいか。

 っていうか、それぞれとじゃなく、三人一緒にいくつもりなんだ……豪胆というか、馬鹿というか……。


「あ、そうだ。嶋搗は?」


 さっきから声が聞こえないな。

 その姿は、すぐに見つかった。

 私達に背を向けて、ビルの方を見ていた。


「なにしてるのよ、嶋搗」
「さっさと次どうするか決めよーぜ、シーマン」
「……あれ?」


 アイが首を傾げた。


「あれって……まさか、」


 その顔色があっというまに真っ青になる。


「次どうするか、そんなこと決める暇、ないみたいだぞ」


 嶋搗の掠れた声。

 地面が、揺れた。

 この振動は……まさか!


「マザーの到着だ」


 視線の先で、ビルが崩れる。

 その向こうから現れたのは、黒い巨影。

 蜘蛛の、マザー。

 その足元から、蜘蛛の子が湧きだした。


「う、上にもいるよ!」


 アイの指摘に、私は空を見上げた。

 そこに、子を引き連れた羽虫のマザー。


「マザーが二体……か」
「ううん……違うっ!」


 アイが絶叫した。


「皆、逃げて!」


 理由は分からないが、私達は同時に彼女の言葉に従った。

 本能が、喧しいくらいに警鐘を鳴らしている。

 なにかが――来る。

 逃げだす私達の背後で、地面が盛り上がった。

 地面が砕け、そこから黒い何かが伸びる。


「あれ――は……」


 世界を、呪った。

 こんなことがあっていいのかと、私は内心でこの世界を罵倒し尽くした。

 蛇。

 巨大な蛇の首が、地面から生えていたのだ。

 一目で、それが新たなマザーなのだと分かった。

 蛇のマザーの口から、どろりと黒いものが流れ出した。

 蛇の子だった。小さな蛇が地面を塗り潰す。


「ここにきて、三系統目の金属生命体!?」


 しかも、それぞれのマザーが顔を揃えているときた。

 もう、笑うことすら出来ない。

 こんなの、酷過ぎる。

 膝が折れた。


「生き残れるわけ、ないじゃない……っ」


 絶望。


「は……せっかく、デートできるとおもったんだかなあ」


 諦観。


「もう、どうしようもない、の?」


 恐怖。

 次々に、おわりの言葉が口から飛び出す。




 ただ一人を除いて。






「は――」


 嶋搗は、そこで堂々と佇んで三体のマザーを見上げていた。

 その瞳には、鋭い光。


「は、ははは……ははははははは!」


 狂ったような笑い声。

 そこに、狂気はなかった。あるとすれば、狂喜。

 嶋搗は正気で、狂ったような喜びに笑いをあげていた。


「お前達さ、諦めるのが早いんだよ!」
「しま……つき?」
「立ち上がれよ。お前達にはあれが見えないか?」


 腹を抱えながら嶋搗が指さしたのは、立ち並ぶビルの、その向こう。魔術の光の届かない地平だった。


「……え?」


 暗闇が、晴れていた。

 魔力の光が届かない地平が、明らんでいる。

 それはつまり……、


「この世界の夜明けはなんて早くて、なんて素晴らしいんだろうな!」


 軽やかな動きで、嶋搗は剣を掲げた。

 その刀身に、光が収束していく。

 光は、夜明けの魔力だ。

 そうか……嶋搗は、魔力があれば……。

 輝きを、彼は振るった。

 たったの一振り。それだけで、蜘蛛も、羽虫も、蛇も……全ての金属生命体の子が魔力の刃に薙ぎ払われ、さらにはその先にいる三体のマザーをも割断する。

 まるで桁違いだった。

 私も、アイも、皆見も、その剣に見入った。

 なんて、綺麗なんだろう。

 魔力の輝きは、カートリッジの時のように使い切ってそのまま消えたりはしない。空気中の全ての魔力が嶋搗の剣へと吸い込まれ、いつまでも輝きの軌跡を描く。

 だが……、


「まあ、こんなんじゃ死なないよな」


 割断されたマザー達が、すぐに切断面を再生させた。

 あの攻撃でも倒せない。

 それが、逆に恐怖になった。

 マザー達がこちらに近づいてくる。


「子じゃ敵わないと悟って、自分達が来るか……ふん」


 嶋搗が、私達を見た。


「一分。いけるな?」


 その強い声に私達はただ、疑うこともなく、彼の言葉に頷いた。


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