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多大に拙い作品ですが、よかったら読んでください
1-1
 待ち合わせ場所についた私は周囲を見回してみた。

 全体的に無機質な空間だった。二十五メートル四方程度の部屋には真ん中に小さな噴水と、その周囲に観葉植物らしい緑があるだけで、それ以外には何の飾り気もない。

 ただし、無機質な理由はそれだけではない。いや、こちらの理由の方が大きいのだろう。

 そこにいる人々だ。

 ある人は腰に皮の鞘に収められた剣を下げている。ある人は重厚な鎧に身を包んでいる。ある人は背中に自身の丈と同じ長さに腕ほどの太さがある棍棒を背負っている。ある人は全身を鱗で包まれるような服を着込んでいる。

 まるでファンタジーの世界で旅をする冒険者達のようだ、と思う。その現実からの乖離が、私の感じる無機質の正体なのだ。

 そして私のこの感想は、あながち間違ったものでもない。

 彼らは、あるいは少数ではあるが彼女らは、現実にファンタジーの世界へと旅立つのだ。

 異次元世界、という言葉がある。ここ十五年程度で世界中に普及した概念だ。その意味は、そのまま「次元の異なる世界」となる。

 ――世界は一つではない。

 様々な次元にそれぞれの進化体系や物理法則、元素などを内包した世界が存在するのだ。その数は不明。言い換えてみれば無限。

 十五年前、それはマギ――魔力と呼ばれる元素の存在する世界――の次元漂着者から明かされた真実だ。

 以来、この世界――地球の名からとってアースと呼称されるようになった――は異次元世界への干渉を試み、遂に十一年前にそれを成功させた。

 それからだ。異次元の優れた資源や華麗な収集品を求めて、人々が世界を股にかけるようになったのは。

 もちろんそれは無制限に行われることではない。異次元には様々な危険が潜んでいるのだから。

 異次元に旅立てるのは、特定のライセンスを所持する者だけだ。

 その人々は総じてSW、つまりストレイワーカーと呼称される。行く先の分からない労働者、だ。ある種の侮蔑が交えられたこれは、ライセンス制度が始まってすぐに報道機関が勝手に使いだした名称だったろうか。今では公的にもSWと呼ばれるほど、この呼び方は浸透してしまっている。

 ちなみに、SWのライセンスを手に入れるのはそう難しいことではない。

 まず最初に、契約書にサインをする。これは端的に言えば、死んでも文句を言わない、という感じのものだ。そもそもSWになろうという時点でその人はかなり重度の馬鹿なわけで、そこで改心してSWになるのを諦めるような賢い人間はほとんどいない。

 あとは簡単な研修だ。次元世界についての知識を約一ヶ月で詰め込まれる。これは正直、居眠り半分で講義を聞いてもテストには受かる。

 三つ目。これは、自動車免許で言うところの仮免のようなものである。

 基礎テストに合格した人は、その後さらに一ヶ月の間実地、つまり異次元世界での審査が行われる。当然、単独ではない。政府が無作為に優秀なSWの中から選抜した者を審査官としてパートナーに充てられる。

 何を隠そう、私がこの仮免状態だったりする。今は、パートナーになってもらうSWとの待ち合わせの最中なのだ。

 異次元世界に旅立つ《門》の手前に用意された待ち合い室のような空間である。

 状況を整理して、急に落ち付かなくなってきた。

 ついに私は異次元世界に行くんだ。そう考えると、なんだか身体の熱が上がったような、下がったような不思議な気分になる。

 ……そろそろ、時間よね。

 壁に備え付けられている巨大な時計を見上げる。

 うん。ジャスト午後四時。間違いない。約束の時間だ。昨夜に連絡のメールを一〇回以上見直して、文章全部を暗記するほど熟読したから絶対だ。

 相手の人はどこだろ……目印は黒いコートだって書いてあったけど……。

 確認してみるが、視界の中にそれらしい人物は見当たらない。

 うーん。

 どうしたのかしら?


「あんたが天利(あまり)悠希(ゆき)か?」


 背後から声。

 ああ、やっと来た。


「……え?」


 振り返って、私はその姿を見つける。そしてすぐに間の抜けた声がこぼれた。

 そこに、見覚えのある顔があったからだ。


「……なんだと?」


 向こうも眼を僅かに見開いて、私の顔を凝視する。


「貴方……あれ、ど、どういうこと?」


 困惑した。どういう状況なのか呑みこむことが出来ない。

 だって、彼がこんなところにいるなんておかしい。

 青滝(せいろう)高等学校一年B組。席は左から三列目の一番前の席――つまり、私の横の席に座っている男子生徒。

 嶋搗(しまつき)臣護(しんご)が、いた。


「お前、どうしてこんなところにいる?」


 嶋搗の言葉は、そのまま私のものでもあった。


「そ、そっちこそ……」
「俺は仮免の審査官に……待て。お前の名前って、天利悠希っていうのか?」
「そうだけど、え、まさか知らなかったの?」


 二か月も隣同士の席だったのに?


「……知ってたらこんなふざけた仕事、違約金払ってでも断ってた」


 呆然とした様子で、嶋搗は口の端をひきつらせた。


「なんの悪い夢だ、これは。お前、何考えてるんだよ。普通高校生がSWになんてなろうなんて思うか? 馬鹿じゃねえの?」
「はあ!?」


 いきなりの罵倒と、困惑のせいもあって私はすぐに頭に血が上った。


「あんたこそどうしてSWなんてやってるのよ。っていうか、もうSWやってるってことは、あんた高校入学と同時にライセンス取りにいったの!?」
「悪いか?」
「な――、」


 人のことをそれで馬鹿とか言っておいて、自分はまるで当然のことみたいに……!


「頭おかしいんじゃない!?」
「いきなりなんだ、お前」


 いきなりはそっちでしょうが!

 学校じゃ滅多に口を開かないから知らなかったけど、こいつとんでもなく嫌なやつね。


「なんであんたみたいのが審査官なのよ!」
「知るか。こっちが聞きたい」


 頭が痛くなってきた。

 折角期待してた門出だって言うのに、こんなことって……。


「くそ。今すぐ帰りたい」
「なら帰ればいいじゃない」
「そうはいくか。ここまできて契約すっぽかしたなんてことになったら、違約金が通常の二十倍だぞ、二十倍。つまり八百万だ」
「八百万!?」


 その金額の大きさに思わず叫んでしまった。周囲の視線が集まって、すぐに散る。


「そうだ。だから俺は簡単にはお前をほっぽり出すわけにもいかないんだよ」


 苦々しげに言って、ふと嶋搗が私の格好を見て眉間に皺を寄せた。


「……にしてもお前、なんだその格好」
「え……?」


 言われて、自分の身体を見下ろしてみる。

 強化繊維のジャケットとロングパンツに黒革のブーツ、それに脇に下げたボウガン。別に、それといって不可解な点はない。仮免期間にレンタル出来る装備なんだから、変であるはずがないのだ。

 それを指して、嶋搗は何を疑問に感じたのだろう?


「自殺志願者か何か、その装備は」
「何言ってるの? 正式に教導所で貸し出してる装備よ?」
「だから、それが自殺志願者かと言っている」


 呆れたように溜息を吐いてから、嶋搗は自分のコートをつまんでみせた。肩と腰の部分には金属板がつけられている。


「これは防刃、防弾はもちろん、熱や寒さへの対策なんかも万全の特殊な繊維を編み込んだコートだ。強度は糸一本分で象一頭持ち上げたって平気っていうとんでもない代物で、値段はコートだけで五十七万、肩当てと腰当てを合わせれば七十五万もする」
「な、ななじゅ……!」


 なによ、そのとんでもない価格。ぼったくりじゃないの?


「それに引き換えお前のジャケットはだいたい五万の普通の強化繊維を少し織り込んだだけの布切れ。それ一着で牛一頭持ち上げるのもやっとの言わばゴミだ」
「ご、ゴミ……?」
「そうだ。お前は今ゴミを着込んでいる。分かるな、ゴミだぞ? そのボウガンだって笑い物だな。そんなんじゃ、俺のコートに百発撃ったって貫通出来ない」


 そう言われると、なんだか周りからちょっとおかしな物を見るような目でちらちらと覗き見られているような気がしてきた。

 もしかして、私って今とんでもなく恥ずかしい状況? え、これゴミを着てるの?


「で、でも教導所で――」
「レンタルの装備なんて普通は使わないだろう。そんなの何年も昔の装備だぞ? 多少値が張ってもまともなものを買え」


 いっそ感心したと言わんばかりの答え。

 う……なら、今からでも、


「ちなみに軍資金はいくらだ?」
「……百万くらいなら、なんとか」
「ふざけているんだな。そうなんだろう?」


 ちょっと待ってよ。こんだけ用意してるのにどうしてふざけてるなんて言われなくちゃいけないの。高校生に百万用意出来るだけでも十分でしょうが。


「これだけあれば装備一式くらい揃えられるでしょ?」
「SWの装備品の平均額は五百万だぞ」
「な……」


 あっさりと言われた衝撃の事実に、正に私は開いた口がふさがらなくなった。


「嘘、じゃないの……?」
「嘘だったらいいのにな」


 本当にそうよね!

 や、やばい。どうしよう。五百万なんて大金、私持ってないわよ。


「その……この装備じゃ絶対に無理?」
「絶対にとは言わないが、まあ死んでも俺を祟るなよ? 葬式には出てやるから」


 言外に無理と断言されたようなものだった。


「どうしよう……」


 いきなり目の前を閉ざされて真っ暗になった。

 折角ここまで来たのに……ここで終わり?

 いくらなんでも無謀に挑んで死ぬなんて嫌だし……でも、やっぱり諦めたくない。

 もう私には、やりたいことがこのくらいしかないのだから。


「……一月、か」


 ふと、嶋搗がそう呟いた。


「それなら……そうだな。そのくらい稼げるか」


 いきなり一人で頷いたりしだして、どうしたんだろう。もしかして、私をどっかの異次元世界に放り捨てる算段でも立ててるのかもしれない。

 ……いや、いくら嫌な奴でもそこまで人でなしじゃないわよね?


「仕方ない」


 再度、今度はさっきよりも大きな溜息を吐いて、嶋搗は私を睨むように見た。


「お前、これから一ヶ月で一千万稼ぐぞ」
「――……は?」


 いま、嶋搗はなんて言った?

 ――イッセンマン?


「いやいやいや、ちょっといきなりなに?」
「だから、ノルマだ。一千万稼げたら、俺は審査に満点をつけてやる。審査会もそれなら文句はないだろう」
「だから、いきなりなんなのよ、それは」


 一千万なんて、しかも会話の前後の繋がりがおかしい。私の装備が役に立たないって話じゃなかったの?


「物わかりの悪いやつだな」


 これで分かったらその人はエスパーじゃないかしらね。


「つまりだな、この聖人君子よりも慈悲深い俺がお前に一千万を貸してやるから、一ヵ月後にそれを返せって言ってるんだよ。今回は初心者サービスとして利子はなしでいい」


 ……は?


「――……はぁあああああああああああああああ!?」
「よし。そうと決まったら装備を買いに行くぞ。遠距離装備でいいんだろう?」


 私の絶叫など無視して、さっさと嶋搗は歩き出してしまう。

 え、どういうこと、これって……。


 いろいろおかしくない――!?


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