彼女の憂鬱とその根源
「好きです!」
「嫌いです」
何なんだ何なんだ何なんだ!
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
私の名前は春日井奈々。
皆にクールと思われているらしい、ごく普通の一般女子高校生である。
今の場面は…ありていに言えば、私が告白されそれを斬って捨てた場面だ。
しかしこのやりとり…数えただけでも20回は越えている。しかも全部同じ人で、だ。おまけにほぼ毎日。
しかも相手は学校では知らずと言われている奴だ。
色素が薄く、淡い茶色めいた髪の毛。透き通ったような白い肌とその身体、そして容姿は天使のように愛らしく美しい。さらに性格はおとなしめで優しいとの評判だ。
だから通称『天使くん』と名付けられ、私たち2年や3年の間では爆発的に人気を集めているらしい。
そんな奴が、どうして私に毎回毎回アタックし続けているのか。
そもそも、知り合いも少なく静かにこっそりと学校生活を送っていたこの私になのか。
そして、どうして私はこんなにも毎回手酷く振ってしまうのか。
私だって振るのは嫌なんだ。
毎回言われるのは公衆の面前でだし、終わったあとは人々の視線(特に女子の)が本当に痛いし。
でも、ちゃんとしたワケがあるのだ。
コトは、私と奴が同じ図書委員になった時から始まったのかもしれない。
私と彼が同じカウンター当番に当たった最初の仕事日。
当初、彼は傍から見ても、ものすごーーーーーーーーくわかりやすいほど挙動不審だった。
入学したての1年生、ワケも分からぬまま当番に回されたのだろう。(ここの委員会は一部の犠牲者がローテーションで当番になることで全員やらずに済むのだ。一番仕事多いしな。)しかも隣に上級生がいるのこの状態。緊張しているのも無理はない思ったが、図書委員のスペシャリストとしての誇りをかけて、彼に徹底的な指導をしようとあの手この手で彼に接しようとした。というのは建前で。
私自身彼に興味を持っていたのでちょうどよい機会だと思ったのが事実。
私は可愛いものが大好きだ。愛読書は少女小説。趣味は編み物や料理など。沢山のウサギやクマのぬいぐるみに囲われて寝るのが大好きなくらい可愛らしいものには目がない。(何故かクールな印象を持たれているらしいし、それを否定するのも自分の趣味を明かすのも恥ずかしいため、秘密にしているが。)
そんな私が、『天使くん』と同じ仕事に就いてしまった。
これはもう神が私と彼が仲良くなれと言っているとしか思えない。と言うわけで行動を起こしたのだ。
実際見てみると噂に違わず可愛らしい容姿をしているのに驚き、隣に座っている女の私が惨めに思ったものだ。
しかし、段々と打ち解けてきてくれたのか少しずつ話し出してくれた天使くん。
普段あまり喋らない私だが、必死に話しかけた努力が報われたような気がしたものだ。
それに、いつのまにか下の名前で呼ぶようになってくれた。
可愛らしい顔から自分の名前が呼ばれる度に恍惚感を味わったものだ。
そんなささやかな幸福が終わったのはあの日。
非番だった私はいつものように人気のない夕方の図書室を利用して自宅から持ってきた少女小説を読みふけっていた。
クールな印象を持たれている以上、そのイメージを崩すのも気が引けるし何よりこの趣味を誰にも知られたくない以上、この時間帯は最高だった。だったのに。
そのとき、私は非常に盛り上がっていた。
様々な邪魔に阻まれつつも、ようやく結ばれようとしているヒロインと青年の場面。
その盛り上がっている場面を読んでいるときに事件が起きた。いきなり後ろから、
「なーなせーんぱいっ」
と静寂な図書館に場違いな高い声が響き渡り、彼の、天使くんの顔がにゅっと出てきたのだ。
私は驚いた。それはもう驚いた。
とっさに奇声とともに彼の顔面に読んでいた小説を投げつけてしまい、気づいたときは後の祭り。
誰もいないと高を括っていたのがいけなかった。カバーもつけていないピンクの物体が彼の手元に。よりによってタイトルが『シンデレラのようなラヴ・ストーリー』。恥ずかしい。誰だって見ればすぐにわかるような少女小説のタイトル。
彼は唖然としていた。驚愕に近いような表情だった。あぁ、泣き出しそうな顔をして。
まさか…クールなイメージな先輩がこんな少女趣味があったとは思わなかったのだろう。
その後、彼は必死に謝っていたが、謝りたかったのはこちらの方だ。
繊細な彼の心を傷つけてしまった。
それなのに彼は優しかった。私の趣味に対して何一つ聞かずに去ってくれた。
あぁ、天使くん、君は本物の天使くんだったのだね…と、その事件の翌日、もっと言えば登校するまで思っていたのだが。
彼に会った途端、告白された。白いレース柄のピンクの封筒付きで。
……………は?
この時点で私の頭脳はめまぐるしく回り始めた。(自慢だが私は頭がいい方だ)
昨日の事件、そして今日の彼の行動…。
天使くん、私に対してクールなイメージを持っている→昨日、私の少女趣味を発見する→そして今、告白とピンクの封筒。→しかも公衆の面前。
そして一つの結果に行き着いた。
つまり。つまり、だ。
彼は私のクールなイメージを逆手にとって、昨日の少女趣味をからかいにきたのかっ!!
だからわざわざ公衆の面前で、しかもぴ、ピンクの封筒付きで告白したのかっ。
この瞬間、彼の天使像が破壊され、ついでに私の彼に対する優しい感情も崩壊した。
そして、植えつけられたのは憎悪。
許せない。乙女の夢を踏みにじったその行為、断じて許せん。
そして、牽制の意味として取ってもらえるよう封筒を真っ二つに破り捨て、「嫌いです」と応えた。
奴の行動は許しがたかったが、これでもうこんなことはしないだろうと思っていた。のに。
次の日、ピンク一面の花束を抱えながら告白された。
また次の日、某少女漫画のヒーローの台詞を引用したようなやたら恥ずかしい台詞で告白された。
またまた次の日、ピンクのクリームで『LOVE』とかかれた1ホールのチョコレートケーキを贈られた。
またまたまた次の日、下駄箱にどピンクの封筒が入っていた。薄く香水がついている。差出人は奴。内容は「すきです」
またまたまたまた…疲れた。
とにかく、終わりと思っていたのが、何故か、毎日、告白されるようになってしまった。
こんなに粘着質な奴だとは思わず、からかいの為だけに手の込んだマネをと最初のうちはそれら全てを一瞬で粉砕し続けていたのだが。
最近になって(ようやく)疑問に思い始めた。
毎回手の込んだ贈り物と共に20数回も告白し続けるだなんて、純情な少年そのものじゃないのか。
最初の告白こそからかいだと判断して切り捨てたが、あれこそが間違いだったのでは、と思うようになってきたのだ。そして、彼のあの真剣な瞳。
返事を返すたびに彼の表情が傷ついたように見えるのにも、それを見て少し傷ついている自分の心にも気が付き始めた。彼に会う度に高鳴る鼓動も。
しかし、解せない。
もし彼の告白が本気だとしても、何のとりえも無い私にどんな魅力があるのだろう。
彼は、目が可笑しいのかもしれない。
私よりもお似合いの子が他にいるのではないか。
そうだ。
彼の申し出の真偽は定かではないが、せめて誤った道に進まぬためにも、ここは断固として固辞しようではないか!
そう考えたとき、胸が締め付けられた気がしたが、なに、胸ではなく腹が痛いのだ。昨日の夕飯があたったのだと考えなおし、これからも続くであろう彼の告白を断り続けようと決意した。彼には悪いが。
それに。
私は恋というものがわからない。
なったことがないから、わからないと言うしかないのだが。
だから、本当に彼が私を好いているのかどうかもわからない。
だが、もう少し、こうして近くで接してみれば、恋というものがわかるかもしれない。彼が本気の恋をしていると、わかるかもしれない。
彼には悪いが、もう少し、この状態を続けてみたいなと思っているのだ。
だから、今日も彼を振る。
これで終わりにしてくれという気持ちと、また明日来て欲しいという気持ち。
矛盾している、この感情。
一体どっちが本当の気持ちなのやら。
……それにしても、どうして毎度毎度プレゼントされるものが私好みなのだろう。
これはアレか、あの事件の嫌がらせなのか?それとも、彼の趣味なのだろうか…。
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