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ジャガイモ
作:成無己


 田舎。夏。
 あまりの暑さに爆発してしまったかのような緑。作物も雑草も大地を覆わんばかりに大きく育つ。彼らにとっては雨も日差しも全てが栄養。
 緑の中で農家は働く。日差しを栄養にすることはできないが、時折顔を上げては意味もなく太陽を見上げる。
 懐かしいような、毎年の夏の風景。ただ違うのは、田舎の村は銃を持った兵士達に囲まれていた。



 むせ返るような土の匂い、農夫が一人作業をしていた。
 長袖長ズボンの作業着と麦藁帽子、夏の日差しと吸血虫から身を守るための完全装備。それでも屈んで下を見るとできる隙間、(うなじ)の肌は容赦なく日差しに焼かれて赤くなる。
 五十年ほど前、初めてここに立ったとき、子どもの彼は土の匂いが大嫌いだった。
 何年かが経ちこの匂いをなんとも思わなくなった頃、彼はこれを自分の仕事にすることを決めた。
 何十年かが経ち、土の匂いが自分に染み込んでいると気がついたとき、村、畑を国の兵士が取り囲んだ。それでも仕事の邪魔をされることはない。彼は夏の日差しに逆らって、今日も畑で仕事に励む。
 両手で緑色の茎をしっかり握り、力いっぱい引っこ抜く。それは知らない人から見れば、ただ大きくなりすぎた雑草。土がはじけ現れたのは中、小ゴロゴロしたジャガイモ。ジャガイモでもなんでも、野菜は収穫を早めに行う。敢えて大きくならないようにして、大味にならないようにする。だから大きなものは無い。一緒に飛び出してきた虫達が迷惑そうに走り回る。
 今取れたジャガイモをバケツに入れる。それでちょうど一杯になった。
 汗を拭きつつ立ち上がる。しばらく座っていたため腰が痛い。それを伸ばすようにして、彼は自分の畑を見渡す。ジャガイモ、きゅうり、なすにトマト。夏の日差しを跳ね返すほど立派に育った野菜。農家としてこんなにうれしいことはない。
 ジャガイモで一杯になったバケツを軽トラックまで持って行き、荷台に乗せる。これで一杯になったバケツは三つ。今日の収穫終わり。
 トラックを走らせ、農道を行く。スピードはゆっくりだが激しく揺れる。荷台のジャガイモも踊っているのがわかる。
 農道の出口に男が二人立っていた。
 迷彩服の上からでもわかるがっちりした体格、その身の丈と同じくらい大きな銃。どこから見ても軍人。垂直に落ちてくる日光に負けることなく、その背筋はまっすぐ伸びている。
 いつものことだった。
 トラックが通り過ぎると同時に敬礼をする二人。その顔はやつれていた。
 速度を緩めず進める。何も考えていないつもりだった、が、すぐに車を止めてしまう。農夫は大きなため息をついた。
 彼は車を降りて、荷台からジャガイモの入ったバケツを持ち出す。それを立ってる軍人二人のところに持って行き、間に置いた。軍人は二人ともただ前を見ているだけで、決して目を合わせようとしない。
「ごくろうさん。これ、皆で食っとくれ」
 そう言って立ち去る。軍人は再び敬礼をしたが、彼には見えていなかった。
 トラックに乗り、再び走らせる。それを確認したからかはわからないが、二人の軍人が一礼した。深い深い一礼、頭はまだ上がらない。
 ジャガイモに落ちる雫、それが汗なのか涙なのかはわからない。 
 
 

 広いだけの庭は三分の一が家庭菜園。あとは何もないため駐車場としている。
 家に帰ると農夫のものではない車が止まっていた。田舎風景には到底溶け込まない派手な赤いスポーツカー。
 今日も来たのかと彼は思った。
 トラックからジャガイモを降ろし家に運ぶ。すると赤い車からいつもの男が降りてきた。地味なスーツに眼鏡という格好。太陽に会ったことのないような白い肌。農夫とは親と子どもほど年が離れているはずが、ずいぶん老けて見える。律儀なことにこの炎天下、車の中で待っていたらしい。エンジンもかけずに。
「おつかれさまです」
 そう言って頭を下げる政治家。せっかく来てくださったのに追い返すわけにも行かない。とりあえず家の中に招き入れた。

 無理です、農夫が言った。目の前で政治家が頭を下げている。
「こんな時代だからの、悪いが自分達の食う分を減らしてまで出荷するわけにもいかない。わしらは体が資本じゃからの。だからと言って畑を広げるわけにもいかない、これ以上は手に余ってしまう」
 もう何度言ったかわからないセリフは言い訳ではなく本当のこと。それを相手もわかってはいるのだろう頭を下げたまま、そうですか……、と呟いた。
 外はもう黒い。虫々の声は高いものに変わり、風が涼しい。
 この国から食べ物がなくなって何年経っただろうか。もちろん一日で急に変わったわけではない。それはいつか来る、いつか来ると言われていた。そしてやって来た。
 国は配給制に変わり、それまでのお金持ちと貧乏人という構図が崩れた。
 代わりにできたのが農業、漁業などの第一次産業とそれ以外。つまりは自給できる人達と、そうでない人たち。
 当初は畑が襲撃され、作物を根こそぎ持っていかれた。すると政府が保護例を直ぐに出し、畑を兵士が囲むようになった。兵士が侵入者を撃つのを、農夫は何度も見たことがある。
 決して多くはないこの国の兵士、それが派遣され問題がないほど第一産業を職としている人は数が減っている。そんなことは国の誰もが知っていて、心配され、議論されてきたのに結局答えは出なかった。その間にも食料は減り続けた。
 そして今、政治家が農夫に頭を下げに来るようになった。なんとか出荷量を増やしてくれと。
 結局、何の収穫も得られないまま今日も政治家は帰って行った。ジャガイモでも持って行くかい?と農夫が聞いたが断った。
「今度は動ける格好で来ますので、少しお手伝いさせてください」
 そう、本気なのか冗談なのかわからないことを言った。彼と長く話したことはないが、きっと本気なのだろうと農夫は思う。人手は常に足りていない。素人でも子供でも、きっと猫の手よりは役に立つだろう。

 
 政治家の車が走り去る音で、虫たちの大合唱が邪魔される。それも一時で、機嫌を害されることなく再び合唱は続いた。
 農夫は縁側に座り、それを聞きながらトマトを(かじ)る。自らの畑で取れたもの、酸味はやや強いが肉厚で、懐かしい味がする。これを懐かしいと思うようになったのは最近のこと。
 トマトを食べ終わった頃、遠い闇のなかで乾いた音が二つ聞こえた。
 ぱん、ぱん。
 畑の方だった。兵士は二十四時間体制で畑を守ってくれる。
 威嚇なのか本気なのか、誰かに当たったのか、死んだのか。
 ここにいても何もわからず、見に行こうとも思わない。音がしたということは事がもう既に終わったということ。確かなのは明日畑に行っても何も変わりはないということ。
 必死だ。
 農夫は家庭菜園に向かった。右手には昼間取ってきたジャガイモが一つ。
 手で穴を掘りジャガイモを落とした。土をかけて、それで終わり。全部で十分ほどの作業。時期は少し遅いが、一ヶ月もすれば食べられる大きさに育つはず。
 農夫に政治のことはわからない。子供のような理論だが、今いる国民一人一人にジャガイモ一個を植えさせればそれなりの量が取れるのではないかと思う。
 そんなことになったら一番損をするのは間違いなく農夫たちだが、きっとそんなことは起らないので思わず笑ってしまう。
 明日も早くから畑に出なければならないため、農夫は家に戻っていった。
 少しして、家の電気が消えた。

 
 三日経った朝、農夫はいつものように畑に出かける。
 家庭菜園の前を通ると、少し前に植えたジャガイモから芽が出ていた。
 
  
 


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