第1章 - 3 闇夜の襲撃者
授業とは戦いである。情報と誘惑の二つに立ち向かわなければならないのだから……、というのは翼の自論だ。
教卓の前に教師が立ち、科目に合った情報を延々と時間内ギリギリまで垂れ流す……。翼の耳は左から右へと迫り来る情報を受け流す作業をしながら、睡魔の誘惑を抗っていた。立派な戦いだ。
たいていの生徒は誘惑によって負けることになる。睡魔の蜜よりも甘くてとろりとした誘惑に抗えず、机に伏すのである。
午前中の授業だからまだ屍となった人数は少ない。だが午後になると、春の穏やかな陽気と昼食を食べたことによる満腹感で、午前よりも屍が増えることだろう。
時間が経つにつれ、翼も誘惑に負けてしまい、眠っていた。ただし、姿勢を正し、視線の先に教科書の見開きがあるようにだ。教師に眠っているのを悟られないようにするためだろうが、器用である。頭を上下に微動させているさまは、どこか綱渡りをしているやじろべえを思わせる。
やがて授業終了のチャイムが鳴った。なお、先ほどは四時間目だったので、このチャイムで昼休みということになる。
途端、屍と化していた者たちが一斉にむくりと起き上がる。その様子は、終始起きていた者たちにとっては、見ていてやや滑稽に映っていた。
教師は次回の授業内容を予告すると、そそくさと教室から退場する。聞いている生徒が皆無だったためだ。
「昼休みか……」
チャイム音で目を覚ました翼は、あくびをひとつして弁当を机の上に置く。
「あいかわらずだな、おまえは」
先ほどの大欠伸を見ていたのか、そんな感想を漏らした少年がいた。
「あぁ……、葉か」
「葉か、じゃないぞ。寝てただろう、おまえ」
青色の髪に怜悧な容姿をした制服姿の少年――樹成葉は、顔を片手で隠して照れるようなしぐさをした。
「まったく、友人として俺は恥ずかしい」
「オーバーだなぁ。葉が恥ずかしがることなんてないじゃないか」
葉は容姿にそぐい、生真面目な性格をしている。その上、正義感が強く勉学もできるため人望に厚く、翼も頼りにしている友人なのだが、やや堅物で、融通が利かないところがあるのが玉に瑕だった。
「まったく……。そう言うがな、いずれにしろ、居眠り癖はなおしていたほうがいいぞ」
「そうだよ、ツバサ君。そのうち先生に目をつけられちゃうよ」
二人の会話に割り込み、葉の意見に賛同したのは、茶髪の少女だ。快活そうで可愛らしい容姿、前髪にアホ毛を立っていた。
「人のこと言える立場か? 凛子。おまえも授業中寝ているだろうが」
あれ? そうだったかな〜、ととぼけてみせる凛子。だが、明らかに目線はあさっての方向を向いている。ちなみに凛子は中学一年から、葉は高校に入学してから翼と友達となっていた。
「ねぇ、昼食食べないの?」
先ほどから弁当をスタンバイしている翼が二人に尋ねる。
何か言いたそうな様子の葉だったが、割り切ったのか、そそくさと自分の席のイスを引っ張ってきて、翼の机の横に着く。ついでに周りにある手短な机を翼の机につける。凛子も同様の行為をし席に着くと、翼たちの昼食タイムは始まった。
「そういえばさ、ここ最近、学校の裏山に人魂が出てくるって噂、知ってる?」
ある程度昼食を食べたとき、凛子がそんな話題を提示してきた。
裏山に人魂が出るなんて噂を聞いたのは初めてだった。学校には七不思議が定番としてあるものなのだが、この学校もその例に漏れていない。七不思議の内容は怖いものから可笑しなものまで多種多様なのだが、その中にも、人魂が出るなんてものは確かなかったはずだ。
「おまえは相変わらずそんなのが好きだな」
「そんなのとは何よ、ヨウ君。UFOよ、UFO。言い換えれば未確認飛行物体だよ。面白いじゃない」
馬鹿にされたと感じたのか、凛子がムキになり始めた。
「くだらん。人魂なんてプラズマだプラズマ。もしくはスキンヘッドのおっさんの頭が月光を反射しただけだろう」
「ブゥーッ! 夢のない子供ッ! ヨウ君みたいな人が、子供の夢をぶち壊し放題するのよッ! 環境破壊も深刻だけど、夢破壊も同等よッ! リアリストは夢を壊すことを快感に感じているに違いないよッ! うんッ! 絶対にッ!」
「……誰もそこまで言っとらんぞ」
どんどん話を肥大化し、もはや本題が何だったのかが曖昧になりつつあった。
翼は昼食を食べ終わり、葉と凛子のやりとりを対岸の火事のように思いながら観客と化していた。とばっちりは極力受けたくない。
「いいえッ、絶対にそうだよッ! リアリストが子供やロマンチストを根絶やしにして没個性社会の礎を気づいているに違いないよッ!」
「あのな……。論点がずれていることに気づいているか? おまえ」
「話を誤魔化さないでよッ! ヨウ君」
「いや、別に誤魔化したつもりはないが……」
というより、他人の話を聞いていないようである。
「いい? ヨウ君。この世に無意味なものはなくって、万物はすべて何らかの意味を持って生まれてきているんだよ。そして人の思想は星の数ほどあって、すべてを理解するには永遠という時間を費やしても足りないくらい…………って、何の話をしてたんだっけ? わたし」
ようやく凛子は正気に戻ったらしい。論点がずれにずれて軌道修正がきかないほどに暴走したため、時すでに遅しという状態だが。
やっと終わった、と胸を撫で下ろす翼と葉。
だけど、確かに気になる話だった。
現れたのは最近だという話だ。誰かが唐突に法螺を吹いて、それが広まったと考えるべきか、それとも別の要因と考えるべきかは実際に確かめない限りはわからない。
「凛子、その人魂って誰か見た人いるの?」
参考程度に翼は凛子に訊いた。葉との言い争いで話の論点がずれにずれていたため、凛子はしばらく考えるそぶりを見せた。人魂って何だっけ? とばかりに。
もともと話を振ったのはそちらなのだから覚えていてほしいなぁ、と翼は凛子の物忘れの早さに呆れる。葉も同じようで、ハァと短い溜息を吐いていた。
やがて凛子は思い出したように、ああ、と声を上げる。
「うん。実際に見た人がいるみたいだよ」
「誰だ? そいつは」
ぶっきら棒に葉は質問をする。その物言いは、初めから答えなんぞ期待していないみたいだ。
すると凛子は、躊躇うことなく葉の質問に答える。
「わたし」
「……はい?」
「は?」
翼と葉は、先ほど聞いた言葉を理解できずにいた。はて、聞き違いでもしたか、とばかりに。
友人の男子二人のそんなリアクションにむっと来た凛子。
なので今度は、人差し指を自分に向けてもう一度同じ言葉を言う。
「わ・た・し」
丁寧に、一文字一文字区切って。
「……凛子。いくら人魂の存在を証明したいからといって、嘘はいかんと思うぞぐふぅッ」
呟く葉に、凛子は鳩尾に情け容赦ない裏拳を叩き込んだ。
手加減なしかつ突然の攻撃に、葉はその場でしゃがみこみ、腹を押えてピクピクと悶え苦しむさまを見せる。
同情するなぁ、と翼は哀れな友人に心の中で合掌をした。
「凛子。もしよかったら、見たときのことをもっと詳しいことを話してくれないかな?」
悶絶している友人を一時的に尻目に置き、翼は自分のことを優先させることにした。
「そうだね〜。だいたい夜の十時くらいだったかなぁ。バイトの帰りで学校近くを通ったときにね、裏山が光っているのが見えたんだよ。裏山には明かりなんてついていないはずだしおかしいなぁ〜って思って裏山に行くと……出たんだよ。なんか人魂の中心に何かあるような感じだったけど……間違いないよッ。あれは人魂ッ。UFOッ。未確認飛行物体だよッ」
後半になると熱が入りはじめ、凛子はやや興奮気味だった。彼女が手短にあった翼の机をドンと叩いたため、周囲の生徒の視線が集中するのを翼は感じた。
このままだとさらにヒートアップしそうだったので翼は、ありがとうと謝礼を言い、この話題は閉めることにした。
直後、午後からの授業を開始を知らせるチャイムが教室のスピーカーから流れた。
――◆――◆――
暑すぎずかつ寒すぎないちょうどいい気温で、教室内の睡魔が生徒たちに牙を向いていた中、翼は四時間目と五時間目を過ごした。午前中も寝ていた翼は無論、午後の授業で起きているはずもなく、授業内容なんぞ脳の片隅にも残っていない。
「翼、帰るぞ」
「ツバサ君、帰ろうよ」
五時間目の授業の用意をカバンに詰め込んでいると、葉と凛子がやってきた。凛子も授業中寝ているのに、帰り準備だけは授業中常に起きている葉と並ぶくらいに速い。
カバンの中に荷物を全部詰め終えると、翼は行こうかと言って二人と一緒に教室を後にした。
高校を出、初めのうちは、三人は他愛もない世間話で花を咲かせながら帰路に着いていたのだが、凛子はバイトがあるということで途中で別れ、今は葉と二人で下校している状態だ。
「それでおまえ、凛子の話を信じてるのか?」
ここは中心街。
人混みの中に紛れながら翼と葉は帰宅しているのだが、その際に葉が尋ねてきた質問だ。
何を? と訊かなくてもわかる。例の人魂のことだということが。
「う〜ん……。まあ、半分半分っていったところかなぁ〜」
「なるほど。つまりは興味半分疑惑半分ということか?」
「まあ、そんなところ」
口先ではこう言っているものの、少し……どころかかなり気になっていた。
ただの気のせいならそれはそれでいいのだが、もし凛子の言っていたことが本当だとしたら見過ごすわけにはいかない。
もしかしたら、ソーサリー・クリスタルが関連している可能性だってあり、何らかの危害が周囲に及ぶことだってあり得る。
「まあ、おまえがそうだとしても俺は信じないがな。人魂なんて非現実的な物、俺は認めん」
非現実的な物は存在するかはわからないが、非現実的な者なら葉の隣にいることを、葉は知らない。
へぇ、とだけ相槌を打っておく翼。
気づくと、住宅地までやってきていた。
学生の帰り時刻ということもあってか、行き交う人の数が登校の時より増えているものの、中心街程に人が密集しているわけではなく、点々といる程度のため、帰宅するのに苦はない。
やがて、とあるT字路までやって来ると、
「じゃあな、翼。また明日」
「うん。また明日〜」
二人は別れの挨拶を交わして、互いに背を向けて正反対の方角へと進んでいった。
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