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第9章 - 2 『使者』との決着、ミントの想い
 純白の空間に、紅のマーブル模様が追加されている。
 紅はどこまでも生に満ちており、死で溢れていた。
 今、二人の影が重なり合っている。
 ひとりは、地面に白刃を振り下ろした体勢で、
 もうひとりは、相手の胸に凶刃を突き立てた体勢で。
 前者はゲイル、
 後者は天真だ。
 天真の穂先は、ゲイルの左胸を貫通していた。
 人間を動かすためのエンジンがある部位だ。
 対するゲイルの斧刃は、天真の服を裂いただけで、地面に向かって思い切り振り下ろされていた。

「……ヒャ……ハハ……。俺様の……負け、かよ……」

 ゴフッ、とゲイルは吐血する。
 咳とともに吐き出された血塊は、地面を紅に染め上げる速度を上昇させた。
 ゲイルは天真に視線をやる。焦点がぼんやりと定まっていない様子で。

「……おめぇのような……ぬるま湯に浸かっていたやつに……」

 だらしなく犬歯を見せて、苦々しく笑うゲイル。
 笑いは、そんなところでするものではないだろう、と思いながら、

「悦に入るために手段を選ばないおまえは、怠惰に浸かり過ぎていたようだがな」

 と、言い捨てた。

「……ヒャッハ……。容赦ねぇな……、おま、え…………」

 その言葉を最期に、ゲイルの瞳から生気が消えた。瞳孔が開き、口を力なく開かせて。
 スッと天真は、槍をゲイルから引き抜いた。
 その際、一瞬勢いよく血が噴き出、服を染めるが気にしない。もともと自分の血で汚れていたのだから、今更汚れようと大差変わらないからだ。
 支えをなくしたゲイルは、重力に逆らうことなく、床に伏した。
 彼はもう、動くことはない……。


――◆――◆――


 先へ続く通路。
 そこに、立っている者と、倒れている者がいた。
 緋睡とアルフォート。
 緋睡は息を荒くしながらも、自身の敵の姿を見る。
 彼女の視線の先には、胸に風穴を開けたアルフォートの仰向けて倒れている姿があった。

「……ち……くしょ……。きみ……なん、かに……負ける……なん、て……」

 途切れ途切れの台詞は、自身の敗北など認めないとばかりの嫌悪憎悪に満ちていた。

「……ぼ、くが……勝つはず……だった、のに……。ぼくの……ほうが……じつ、りょく、は……うえ……なの、に……」

 絶命が近いというのに、言葉を連ねることを止めないアルフォート。それはまるで呪詛のようだ。
 ……否、呪詛なのだろう。
 その台詞が、口調が相手に対する憎しみで充足しているのなら、それは紛れもなく、相手を呪う(げん)()だ。
 そんな死に際の敵に、緋睡は言い放つ。

「これが現実です」

 ただそれだけ。しかし、静めるには十分すぎるほどの言霊を持った台詞だ。
 目の前のあらゆる物事が、たとえどれだけ信じ難いことだとしても、起きた以上は現実なのだ。
 自分より格下の相手が、自分を負かすことも、立派な現実だ。

「……みと……ない。……ぼく、は……ぜ……たいに……みとめ……な…………」

 そこで言葉は途切れた。
 アルフォートが事切れたのだ。
 紅の絨毯の上で、ただひとり……。


――◆――◆――


 自分に生まれた意味なんてない。
 だから今回、翼たちに殺してもらおうと思って、戦場(ここ)にいる。
 だがミントは、できなかった。
 生への執着が、心のどこかで存在していたのだ。
 だからミントは、抵抗した。攻撃という手段を用いて。
 ただ、翼に死なれては困るので、ミントはかすり傷、擦り傷程度、あるいは致命傷にならないような攻撃ばかりを出していた。
 しかしそれでも、力だけは本気を出していた。
 翼に本気になってもらって、殺してもらうために、そうした。
 だけど彼は、一度も攻撃しようとはしなかった。
 しなかったどころか、彼は私にこう言った。


『僕たちには、ミントが必要なんだよ!』


 ……必要?
 こんな私が?
 今まで、騙し続けていたというのに、目の前の少年は自分のことが必要だと言ってくれている。
 その前に、彼は自分にこう言ってくれた。


『意味ならあるじゃないか! 僕たちの仲間だって意味が!』


 こんな私に、彼は生きる意味を提示してくれた。
 こんな……裏切り者の私に……、

「どうして……」

 気づけばミントは、言葉を言っていた。
 涙でぐずぐずになった声で。
 情けない、と彼女は思う。
 翼たちと敵になる(こうなる)ことを知った上で、自分は(こっち)にいるのに……。
 死ぬために、(こっち)にいるのに……。
 思えば思うほど、ミントは瞳から水を流す。

「どうして……私なんかに構うの?」
「仲間だからだよ」

 至極当然だ、とばかりに翼は言ってみせた。

「それ以外に理由はないよ。だって、それ以上に大切な理由がないからね」

 翼の口調は、どこまでも優しくて、

「ミント。君が昔、『ゴスペル』の人間だったとしても関係ないよ。少なくとも僕はそう思っている」

 思い遣りがあって、

「だってミント。君が本当に『ゴスペル』の人間だとしたら、対峙している僕のことを排除するだろうし、泣く必要なんてないのだから」

 恵み深くて、

「君は泣いている。悩んで、悩んで、悩み続けて……。僕たちと『ゴスペル』の間で、君は泣いている」

 温厚で、

「だけど、もう悩まなくてもいいんだよ。だって――」

 温良で、

「――ミントには、僕たちがついているんだから」

 親切だ。
 ガランと、右手から大剣が滑り落ちた。
 肩が小刻みに揺れている。
 息がひくついて、するのが辛い。
 ミントは両手で、顔を覆った。
 涙を止めるために。
 とめどなく溢れてくる水を止めるために。
 やがて身体が前のめりに崩れようとしたとき、何かが当たった。
 暖かくて、どこか安心させるものに。
 両の肩に、そっと何かが乗せられる。
 ミントはそれを払おうとしなかった。心にあった(わだかま)りが、浄化されていくように思えたから。

「……翼……」

 自分の両肩に優しい手を乗せ、自分の涙で服を濡らさせてもらっている少年に、ミントは言った。

「ありがとう……」

 感謝の言葉を。


――◆――◆――


 暗く、モニターの光だけが闇を照らすここは管制室だ。
 そこには二つの人影があった。――タブリスとヴァルファムルクだ。
 二人は、先ほどからモニターを見ていた。
 モニターには、この兵器の内部の様子だけでなく、外の景色も映し出されており、クィーンズの様子が今どうなっているのか、しかと確認することができる。
 二人はそれを使って、翼たちの戦いを観戦していた。
 ふぅ、とタブリスは一息ついた。
 ちょうど今さっき、すべての戦いが終わったところなのだ。

「まさかゲイルとアルフォートがやられちゃうとはねぇ。これはちょっと誤算かなぁ」

 と言いながら、顎を思案するように撫でるタブリス。
 ヴァルファムルクはそんな彼には気にせず、気持ちが先の戦いへと先行していた。
 ――次はわたしの番か。
 先ほどまでの戦いを観戦して、ヴァルファムルクは翼たちが、だいぶ成長していることを悟っていた。
 初めて彼らと対峙したのは四月二日。そして今日は四月十四日。
 約二週間程だが、それは彼らを急成長させるには十分すぎるほどの時間だったようだ。
 たった二週間、されど二週間。
 約二週間前までは、赤子の手を捻るように圧勝できていただろうが、どうも今回はそうはいかないようだ。
 ――さすが、と思うべきか。
 気づけば、口元が緩んでいることに、ヴァルファムルクは気づいた。
 どうやら己の身体もそう感じているらしい。
 久しぶりに骨のある相手と戦えそうな期待に、ヴァルファムルクは静かな鼓舞を覚えていた。

「さて、残る『使者アンゲリオン』はキミだけだ。頼むよ」

 モニターから振り向き、タブリスはヴァルファムルクに指示を出した。
 戦いに行け、と。

「御意」

 それだけ答え、ヴァルファムルクは足元に幾何学模様の描かれた円陣を展開し、その場から姿を消した。
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