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第1章 - 2 闇夜の襲撃者
 教室に入ったときには八時を経過していた。八時一五分までに登校完了しておけばいいので、教室内の人数はそれほどまでに多くはない。校舎も、早朝練習を行っている吹奏楽部の演奏が聞こえるくらいで、生徒同士の会話が聞こえてくることはない。
 翼は机に伏して、時間が来るまで寝ることを決めた。……のだが、残念ながら翼に休む時間なんぞ、与えられないようだった。

「はぁ――――はっはっはっはっはっ!! 我が親愛なる後輩、真道翼よ! お前が恋い焦がれてやまない絶対的存在、神藤天真様がやってきたぞ――――!!」

 五月蝿(うるさ)い先輩がやってきた。校内ということもあり、高校指定のセーラー服姿だ。
 廊下は走らない、という小学生でも守ろうとする学校の規則を豪快に破り、ドタドタと騒がしい音を立てながら天真が翼の教室にズカズカと入り込んできた。
 僅かにいた教室内の生徒は唖然。何事だ、とその顔に書いてある。鏡のような水面に巨石を投じたようなものだ。
 その巨石こと天真は、入ってくるや否や、机に伏し、今まさに寝ようとしている翼のもとまで歩んだ。
 ――僕の平穏は無しですか?
 ソーサリー・クリスタルを探してドンパチをしているわけでもないのに、普通の日常を少しは満喫させてほしいものである。

「……それで、何ですか? 先輩。要件は手短にお願いしますよ」

 多少棘のある口調をする翼だが、天真には効いていないようで、

「ふふふ……。翼よ、そんな口のきき方を先輩様にしてもいいのか? もしいいと言うのなら、おれはお前の嬉し恥ずかしの秘密をばらしてしまうぞ。――例えば、思春期の少年らしく、自室に大量のエロゲーを隠し持って――」
「ないからッ! なに捏造してるんですかッ!」
「隠すでない隠すでない、翼よ。おれとお前は互いの身体にあるほくろの数を熟知している仲ではないか」
「そんなわけないでしょうがあぁぁ――!!」

 腹の空気をすべて出さんばかりの翼の叫びは、教室内の空気を振動させる。
 叫んで身体の空気が枯渇した翼は、一度大きく深呼吸する。(たかぶ)った精神を鎮静化させるためにも必要な行為だ。

「……それで、何しに来たんですか? 先輩は」

 今度は棘を持たせずに、翼は再び尋ねた。もっとも、どこか疲れたような口調だったが。

「いやなに。ちょっとした注意報を知らせに来たんだ」

 注意報? と翼は首を傾げる。どちらかといえば、天真の奇行のほうを注意したいと思っていた。

「……翼よ、何かおれの悪口を考えたな?」
「い、いえッ! 別に!」

 鋭い。
冷汗が一筋、少年の首を伝った。

「それで先輩。注意報って、何ですか?」
 天真の疑惑の視線を浴びるのが辛かったので、翼は慌てて本題へと軌道修正させた。このままでは、ありもしない出来事をまた公言しかねない。
 天真は腑に落ちない様子だったが、時間もないことを知ったのか、ああわかった、と言って天真は教室の扉前まで移動した。そしてこっちへ来い、と手を招いてくる。どうやら教室にいる人たちに聞かれるとまずい情報のようだ。
 翼は席を立ち、招かれるまま天真に近づこうとすると、扉前から廊下へと出た。ついてこい、ということだろう。翼は言われるままにする。
 そのままついていくと、やがて屋上に到着した。地上よりも風当たりは強く、ときおり天真の長髪がさらさらと流れる。確かにここならば、邪魔が入ることはなさそうだ。

「それで先輩、話を聞かせてください」
「これを見ろ」

 説明するより見てもらったほうが早い、とばかりに天真はセーラー服の袖を捲り上げる。瞬間、翼は目を驚きで見開いた。
 そこから現れたのは包帯だ。二の腕を白い布が巻かれている。白い布はわずかに黒ずんでおり、出血していたことが窺えた。血が滲んでいることからして、傷を負ったのはつい最近だということも推測できる。
 しかしどういうことだ、と翼は疑問を抱く。昨日の夜、天真と出会った時はあっけからんとしていた。とてもではないが、怪我を負っているようには見えなかった。

「昨日、帰ろうとしていた時にな。襲撃に遭ったんだよ」
「襲撃? と言いますと、他の魔術師に、ですか?」

 そうだ、と天真は肯定した。
 しかし、この魔来町に住みこんでいる魔術師は、確か自分たちと天真くらいだ。だとすると、その魔術師はよそ者ということになる。

「どんな人だったの?」
「ああ。それが……金髪のツインテールをした女だった。歳は、やや幼い感じがしたが……多分、おれやお前と大差変わらんような気がするな」
「他に特徴は?」
「さあな」

 肩をくすめ、首を左右に振る天真。あまりに少ない特徴に、翼は肩を落とした。

「仕方がないだろう。絶界も張られることなく不意打ちを受けたのだからな」
「現実空間で?」

 それはまたずいぶんと大胆な襲撃者だな、と翼は驚く。自分の存在や戦闘があったことを知られないようにするために、絶界を展開するというのに。

「ただ、向こうも本気で()り合おうとは思ってなかったようでな。ソーサリー・クリスタルをおれから掠め取ったら、脱兎のごとく逃げ出したぞ」
「――って、盗られたんですか?」

 ああ、と別段隠そうとしない天真。
 自分が本来手に入れるはずだった目当ての物を先輩に横取りされた挙句、その先輩がまた別の人間に強奪されたという事実に、翼はショックを受けずにはいられない。横流しにされたも同然だった。

「酷いですよ先輩! 僕の物だったはずなのにッ!」
「何を言う? お前の物はおれの物ではないか」

 ここで俺様主義全開の天真に、翼はぐうの音も出なかった。いや、出す気になれなかった。
 自分のどこかで、半ばこのような展開になることを予察していて、初めから諦めていたような気がしたからだ。

「まあとにかく、これからソーサリー・クリスタルを探すときは、金髪のツインテールの女に注意したほうがいいぞ。以上だ」

 天真が用件をすべて伝え終えると、ちょうど、八時一五分を知らせるチャイムが校内に鳴り響いた。
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