第5章 - 5 強襲
全身が悲鳴を上げている。
縦横から圧迫され、身体のあちこちからは身が焼けんばかりの激痛がした。
視界は真っ暗。
どこが上なのか下なのか、それすらも曖昧になるほどの、漆黒。
痛む身体を鼓舞させて動こうとすると、パラッとどこかの一角が崩れそうな音がする。
しかし、全身が軋む。
頭の中が自転しているように目が回る感覚すらしていた。
加えて全方向からの圧迫が強烈だ。
魔力で身体を防護しているから辛うじてもっているという具合だ。魔力を解けば瓦礫たちにプレスされることは間違いない。押し花ならぬ押し人間なんてなりたくないし、他者も見たいとは思わない。
意識を失いかけながらも、翼はわずかな瓦礫と瓦礫の隙間を見つけては、身体をくねらせ、外に出ようとする。その度にパラパラと今にも崩れそうな音がどこからともなくする。
このままではこの瓦礫が墓石になると踏んだ翼は、おもむろに自分の眼前にある瓦礫を力の限り押した。
ガラリと、一角が崩れ、光が見えた。
夜の光だが、それでも瓦礫の中よりはずっと明るい。
幸運なことに、翼が埋もれていた場所は、比較的浅いところだったようだ。
翼は身体を無理やりこじらせ、くねらせ、必死に出ることだけに気を集中させる。
く……、と声が漏れる。先ほどまでは声を出すことさえもできなかったというのに、それだけ余裕ができたということだろうか。
動くごとに全身に電気と熱が走った感覚を受け、身体が苦痛を訴える。
頭が常時シャッフルされているように、目が回る。それでも、必死に出ることだけを考える。
「くっ……こっの……ぉぉ……っっ……!」
歯を食いしばり、翼はガラリという音とともに外に脱出できた。
立ち上がる力も、踏ん張る力もないため、瓦礫の山をゴロゴロと転がり、平坦な廊下で停止する。
翼の身体はボロボロだ。ボロ雑巾、といっても差支えないくらいに。
着ている衣服はもちろんのこと、全身に大小の傷があり、ポタポタと血を滴らせている。
先ほどまで暗闇だったからよくわからなかったが、視界が霞む。霧がかかっているように、あるいは壊れかけのテレビのように、視界がブラつく。
手や腕は大丈夫のようだが、足の骨が折れているようだ。
どうりで立てないわけだ、と翼は思う。
「……そうだ……。ミン、トは……」
言葉に出すのも疲れるというのに、ついとばかりに翼は言う。
ミントも瓦礫の中か? と思うが、それはない。なぜならあのとき、ヴァルファムルクと対峙しているミントの姿を見かけたからだ。
まさか……、と翼の脳裏に嫌な予感が駆け巡った。
「……ミントッ……!」
喉奥で血が粘つくが、翼は彼女の名を叫んだ。可能な限り、必死で。
コツ、コツ、と足音が聞こえ始めた。
数は二人分。
地面に這いつくばる格好の翼は、首を持ち上げ、正面を見る。
揺れる視界。そこに、翼は確かに見た。
悠然とこちらを見下ろして佇むヴァルファムルクと、その後ろに、
「……ミン、ト……」
今にも泣きそうな、仲間の姿を。
「……生きていたのか」
半ば驚きの色を交えた口調のヴァルファムルク。しかしその形相は仮面を被っているように変化がない。
「……ミントに……なにを……した…………」
「何もしていない。ただ、決断してもらっただけだ」
決断? と今にも消えてしまいそうな意識の中で思った。
どういう意味だ、と問いただしたかったが、口は動いても息がハァハァと漏れるだけ。意識を保つために、必死に脳に酸素を供給するだけで精一杯の状態となっていた。
しかし、翼のそんな質問を察したのか、ヴァルファムルクは答える。
「わたしたちの仲間になる決断をだ」
…………。
思考が、止まった。
息をすることさえも忘れてしまったよう。
目は驚きに見開き、隠れるようにしてヴァルファムルクの背後にいる少女に、翼は視線がいく。
「……ミン、ト……?」
どうして? という疑問が、それには含まれていた。
全身の痛みは衝撃でどこかに飛んでいったかのようだ。
ただ、それでも身体は限界を感じているため動かすことができず、彼女に歩み寄ることができない。
ミントは翼に歩み寄ろうともしない。まるで、もう近づいてはいけないみたいに……。
近づいては、自分が保てなくなるかのように……。
しばらくの間。その間、外からは剣戟をし合う音や、爆音や衝撃音が聞こえてくる。
身体に蓄えられている疲労も相俟って一秒が非常に長く感じられる中、
「……ごめん、なさい……」
消え入るような声で、確かにミントはそう詫びた。
それが何を意味しているのか、翼はわからなかった。しかし、深層意識では理解したのか、現実を拒絶しようと、翼の視界は闇で埋めようとする……。
「……そ……んな…………」
それは蚊の鳴くような声。
声にならない声で、翼は口を動かし、現実から意識を断絶させた。
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