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第3章 - 2 魔導国――クィーンズ――
「情けないな、我が親愛なる後輩、真道翼よ。頭をペコペコ上下させて」
「……誰のせいでああしたんだと思ってるんですか?」
「うむ。翼がおれより先に問題を起こしていたとは……意外とトラブルメーカーなのだな、おまえは。よって頭を下げたのはおまえの責任だ」

 無茶苦茶な事実歪曲をした天真。

「貴女のせいですってッ!!」
「あまり騒がないでください、兄上。廊下に響きます」

 つっけんどんな緋睡の言葉。もう少し兄に対する(いたわ)りがあってもいいのではないだろうか。だが妹の言うことは事実なので、翼はしぶしぶながらそれ以上、先輩と言い争うのを止めた。
 城の中は太陽がまだ高いところにあるということもあって、陽が差し込んでいて明るい。そのため、廊下に等間隔で燭台が設置されていたが、火が灯っていなかった。
 廊下を行き来する人は、城を警備する人や侍女であり、移動しながらその人たちに軽く礼をする。すると向こうも同様の行為をした。
 中にはやや怪訝な視線を翼たちに向ける者もいたが、その中にミントがいることを知ると、そそくさと礼をした。
 そういう人たちの挙動を見て、どうやらミントが実はすごい人なのかもしれない、という予測が徐々に確定付けられていた。
 やがて、ひと際大きな扉の前で、ミントは停止する。
 扉を、ミントは軽くノックをする。
 すると見た目通りの重い音を立てながら、扉がゆっくりと両側に開いた。
 まず目に入ったのは、長く紅いカーペットだ。
 見るからに高級感を醸し出しているそれは、部屋の出入り口から一直線に敷かれており、到着点には椅子があった。ごってりと装飾された、はっきりいって座りにくそうな高級感漂う椅子だ。
 そこには今、ひとりの男性がどっかりと座っていた。
 ワックスか何か付けているような、尖がった金髪。目つきは良し悪しで決めるなら悪いほうで、ギラリとした輝きをしている。さらに、服装はだらしなく胸元辺りを開かせており、真夏のビーチで健康に焼けたような褐色肌と鍛えられた筋骨隆々の身体がそこから見えていた。
 そしてその隣には側近と思われる男が立っていた。
 セミショートの白髪、穏やかさがにじみ出ている容姿。淡青色のローブを着、右手には先端に無色透明の水晶玉のようなものがはめ込まれている杖を持っているという、世間で流布されているような魔術師の典型的な恰好をしていた。

「国王様、先ほど申し上げました三人を連れて参りました」

 椅子に深々と腰を下ろしている男に、ミントは深々と頭を下げ、慇懃に言葉を並べる。
 国王様!? この人が?
 唖然をもって、翼は口を開かせる。緋睡も目をキョトンとさせており、唯一天真だけがほぅ、と違ったリアクションをした。言っては悪いが、国ひとつを統一している人物とは到底思えない。むしろ、世界中に蔓延(はびこ)っている暴走族を束ねているように思えてしまう。

「おう。御苦労さん、ミント」

 左手で頬杖をつき、右手をひらひらと振り、ミントを(ねぎら)う国王。翼が抱いている王様像が、豪快な音を立てて崩れていく。
 隣で穏やかな表情をして立っている側近の人のほうがよほど上に立つ者らしいように思える。本人には悪いが。
 すると、そんな翼の視線に気づいた国王は、翼を指差し、

「おまえ、オレを不良の王者のようだって思っただろ」

 図星だったため、翼はビクリと肩を動かした。

「失礼なやつだなぁ、おまえ。オレは愛国者だぜ? 不良のような真似はしねぇって。安心しろ」

 ……なんだろう。誰かに似ている。
 その誰かに、翼はつい視線をやると、

「なんだ? 翼よ。おれがあいつに似ているとでも言いたいのか?」

 ずばり指摘され、翼は再びビクリと肩を動かした。

「失礼なやつだ、後輩は。おれは常にオンリーワンを目指している存在だぞ。ゆえに世界におれという存在は二人といないのだ」

 ……やっぱり似ている。
 そう思った翼だが、ここは頷いておくことにした。

「王様。そろそろ本題へと移ったほうがよろしいかと」
「わかったよ、シャル」

 翼と天真のやり取りを見学していた国王は、シャルとかいう側近に促された。

「それじゃ、小僧と小娘ども。まずはかる〜く自己紹介をさせてもらうぞ。もうわかってるとは思うが、オレがこの国を統べている王であるガルディオスだ。ちなみに先代の国王と女王はもういないから、この国はオレの独壇場になっているから、オレのやりたい放題だ」

 独裁者の言いそうな台詞である。……いや、すでにもう独裁者ではないのか、という疑いが生じてくる。

「んで? おまえらは?」

 自分は終わった、とばかりに尋ねてきたので、翼たちは順に自己紹介を済ませた。といっても、名前を言っただけなのだが。
 なので国王――ガルディオスの感想は、

「つまらん自己紹介だな」

 というものだった。自己紹介に面白さを要求されても困るな、と思う。
 その後、まあいい、とガルディオスは本題へと移った。

「さてと……おまえらの話はミントからダイジェストである程度聞いている。その上で、オレはおまえらに頼みたいことがあるんだが……」

 一息。

「まず、訊きたいことがあるのなら遠慮なく言え。ミントからだいだいは聞いているだろうが、それでもわからんことはあるだろうしな」

 なるほど、と翼は悟った。
 要するに、おまえたちの知りたい情報を教えてやるから、代わりにオレの要求に従え、ということなのだろう。
 だが、要求がいったい何なのかはっきりしてもらわないと、こちらとしても質問ができない。その頼みとやらが無理難題であった場合、取り返しがつかないからだ。

「あの……、王様。先に王様の頼みたいことというのを言ってくれませんか?」
「どうしてだ?」

 と問いをした直後、翼の考えを察したのか、ははぁ、と声を発した。

「安心しろ。別にオレの頼みというのは絶対にやれってわけじゃねぇから。おまえたちが良いと言ったらそれはそれでオレとしちゃ万々歳だし、嫌だと言ったら仕方ねぇなってことで諦めるからよ」

 ですが……、と翼は渋ってしまう。ギブアンドテイクの精神が翼にはあるのだ。
 そんな様子の翼に、ガルディオスは軽い調子で手首をヒラヒラさせる。

「気にすんなって。気軽に質問してみろよ。王様の歳いくつ、とか、クィーンズはだいたい通常空間のどこらへんにあるんだ、とか、ミントのスリーサイズを教えてくれ、とかな」
「国王様ッ!」

 ミントが顔をトマトのように紅潮させながら、声を荒げて抗議した。

「冗談だって、冗談」

 と、ガルディオスはハッハッハッ、と哄笑(こうしょう)した。国王としての威厳が皆無と言ってもいい。どこにでもいそうなおっさんみたいである。
 翼の中の国王のイメージがさらに粉微塵に砕かれ、目の前の国王に対して、敬う気持ちが薄れつつあった。

「まあ、とにかく。質問のひとつしてみろよ。だいたいは答えられると思うからよ」

 口調が軽い国王なため、信用が今ひとつできない翼。
 だが、物は試しという言葉があるので、一応問いを放つことにした。

「それじゃあ訊きますけど、『大いなる災い』って何ですか?」

 すると、ガルディオスの顔が曇った。先ほどまで豪放(ごうほう)磊落(らいらく)な雰囲気が一転したことに気づくことはそう難くないことだった。
 隣にいた側近のシャルと呼ばれていた人の穏やかだった顔も、どこか深刻そうな表情になっている。
 天真には、そこまでのことはまだ話していなかったので、彼女は翼へ視線をやって小首を傾げていた。
 ミントの表情も緊張に締まっており、ノーリアクションなのは真道兄妹くらいだった。何も知らないのだから当然の反応ではあるのだが、如何せん場の雰囲気が全体的に重くなっているので浮いてしまっていた。

「……いきなりそれか……」

 呟き、ガルディオスは両手を組み、瞳を閉じる。

「翼……とか言ったな。おまえ、『ゴスペル』や『使者(アンゲリオン)』、それと『福音従者(セラフィム)』をミントから教えられてるか?」

 へ? とつい間の抜けた声を出してしまう。
 『使者』のことは聞いたが、『ゴスペル』や『福音従者』なんて単語は初めて聞いたからだ。

「えっと……『使者』のことはミントから聞きましたけど……他の二つは……」
「聞いていないと、そういうわけだな?」

 素直に頷き、肯定する。
 ガルディオスは、う〜む、と顎に手を当てて唸る。顔は思案の色に染まっている。

「そうだなぁ……。わかりやすく説明するためにも、まずは『ゴスペル』のことから話すことにするが……かまわんな?」

 はい、と翼は一同の代表として返事をした。
 やがて、一息の間を置いた後、ガルディオスは語りはじめた。

「『ゴスペル』は、言ってしまえば世界の裏側で暗躍している組織の名前だ。規模はわからんが、オレが予測するに相当大きいと考えられるな。その上、戦闘能力も(こぞ)って高い。組織を束ねているやつがいることはまず間違いないが、『使者』と『福音従者』を自分の手足として活動をしているから、誰なのかわからん。まあ、あとわかるとすれば、『福音従者』のほうが『使者』よりも階級が上ってことくらいか……と、こんな感じでいいか?」

 はい、と翼は頷いた。他の一行も理解できたようで、各々の納得のリアクションを取っている。
 だが正直な話、そんな組織がいるなんてこと、翼は全く知らなかった。
 世界の水面下で活動をしている組織『ゴスペル』。とんでもないやつらであることは想像がつく。

「あの……。王様はどうしてそんなやつらのことを知っているのですか?」

 話を聞いている内に、浮上してきた疑点。それを翼は口にした。

「……実は半年前に、自分は『ゴスペル』の『福音従者』だ、と名乗る野郎がこの城にやってきてな。そいつが城の警備をすべてすり抜けて、オレの前に姿を現しやがった。そのときにクィーンズに宣戦布告してきたんだよ。唐突にな。その際に、ついでとばかりに向こうが勝手にベラベラとさっきオレが言ったようなことをしゃべったんだよ」
「どうしてそんなことを?」
「さあな。ハンデのつもりなのかもしれねぇなぁ。オレたちは何も知らないから、情けのつもりでしゃべったとしか考えられん。……ったく、ムカつくやつだぜ」

 苦々しくガルディオスは言葉を吐く。
 不審者をまんまと侵入させ、挙句そいつが敵を名乗る輩なのだからそう思うのも無理はない。

「それ以来、こっちを試しているのか、度々やつらの手先が襲撃してきたりしてな。時には『使者』のやつも一緒に襲ってきたりする。オレが知っているのはヴァルファムルクとかいうやつだったが、ミントの報告を聞くと、もう二人ほど追加されたみたいだな」

 アルフォートとゲイルのことだな、と翼は容易に察しがついた。
 圧倒的な戦闘力を持っている『使者』。
 まだ会ったことのない、その上を行く実力者であろう『福音従者』。
 そしてそれらを束ねる組織の総帥。
 ほかにも戦闘員はいるだろうが、能力はそれなりにあるだろう。

「……もしかして、『大いなる災い』って、クィーンズが……?」

 言葉が出てくるが、それは途中で止まってしまう。
 それに、こうして問うものの、翼はある程度わかっていた。
 しばらくの間をおいて、案の定というべきか、ガルディオスは翼が考えていた言葉と同じものを発した。
 ああ、そうだ、と。
 その後にはさらに言葉が続いていた。

「そいつらに対抗するための兵器を起動させるために、ソーサリー・クリスタルが必要なんだ。それも膨大な量のな」

 兵器と聞いて、翼は窓から飛び出していた砲身のことが頭に浮かんだ。
 それを翼が訊くと、ガルディオスは、

「ああ。おまえの思っている通り、あれがやつらに対抗するための兵器だ。トールハンマーとかいう代物でな、使ったことは一度もない。少なくとも、オレのこれまでの人生であれをぶっ放した光景を見たことがない」

 だが、と逆説が入る。

「先代の国王……まあつまり、オレの親父が言うには、国ひとつくらいは灰燼(かいじん)にできるほどの破壊力があるんだとさ」

 現代兵器でいうところの核爆弾のようだな、と翼は思った。
 それだけの破壊力が出せる兵器なら、莫大な量の水晶が必要なのも頷けるというものだった。
 ソーサリー・クリスタルが持っている未知の力。それをエネルギー源にしようと考えているのだろう。

「それで、おまえらに頼みたいこととは……まあ、察しがついているかも知れんが、言わせてもらう」

 数秒の間を置き、

「オレたちに協力してくれないか?」

 協力。
 その単語が意味しているのはつまり、一緒に『ゴスペル』と戦ってくれ、ということだ。
 未知の組織。どれだけの規模があるのかすらわからない謎の組織と。
 重苦しい空気が、場を満たす。
 翼は周囲をチラッと視線だけで確認する。
 壁際に国王の護衛の兵士がずらりと並んでおり、その者たちの視線がこちらに集中しているのがわかる。それらの視線は期待と興味に満ちていた。
 ミントの眼差し、もそれと同じ色に染まっている。
 間違った判断は決して許されない。
 天真、緋睡に視線を向けるが、二人もどうするか悩んでいるようで思案の色に顔を染めていた。
 そんな翼一行の様子を見ていたガルディオスは、ふぅ、と息を吐く。

「……まあ、さすがに今すぐに返答をくれとは言わん。仲間と相談して、明日にはおまえたちの答えを聞かせてくれ」

 そんな国王の一言で、その場は一旦お開きとなった。
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