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奇妙な生物
作者:GFJ
 ニルゴシズエンは、机の上に奇妙な物体があることに気づいた。ピンポン玉くらいの大きさでプヨプヨしている。それは生きているようにゆっくり膨らんだり縮んだりを繰り返していた。そっと掌に載せて触ってみる。指でこすってみると、ざらざらと細かい砂粒のようなものが指先についた。首をかしげて、ニルゴシズエンは、それを顕微分析器のところへ持っていった。
 分析テーブルの真ん中に謎の物体を置き、セットする。対物レンズの倍率を徐々に上げていく。三次元空間が広がっていて、その中に無数の粒々が浮いている。さらに倍率を上げる。多くの渦巻状のものが見えてきた。何だろう?
 ニルゴシズエンは、一旦観察を止めて、顕微分析器の設定を変更した。原子レベルまで見えるように倍率を極端に上げる。
 再び、彼は顕微分析器の前に座ると、観察を続けた。
 息を呑んだ。初めて見る世界である。原子大の粒々は、彼が知っている原子の構造とは全く異なっていた。多くの渦巻きは、それぞれが細かい粒子の集合体だった。さらに倍率を上げて、渦巻きの中を観察した。
 赤い粒子の周囲をいくつもの粒子が回転している。ニルゴシズエンは、その中の青い美しい粒子に惹かれた。青い粒の周りをさらに小さな粒がくるくる回っている。倍率を上げる。

◇ ◇ ◇ ◇


 顕微鏡をのぞいていた浩輔(こうすけ)が急に背筋を伸ばして後ろを振り返った。その拍子に左手が思わず大きく動いて、研究ノートがバサリと床に落ちた。
「おい、浩輔、どうした?」
 牧は驚いて浩輔の顔を見つめた。浩輔の目は大きく見開かれている。一瞬間があって、浩輔は息を吐いた。
「いや、……疲れてるのかな、オレ。今、誰かに見られている気がしたんだ。後ろから」
 浩輔の後ろには、試薬瓶がずらりと並んだ棚があるだけだ。その上には、天井に設置されたむき出しの蛍光灯が鈍く光っている。
「オイオイ、ヤバイぜ、お前。今日は、もう帰れよ」
 牧は、浩輔の肩を叩いた。

◇ ◇ ◇ ◇

 ニルゴシズエンは、顕微分析器の中で、小さな奇妙な生物が、……そう、確かに生物に違いない、その小さな生物が二匹、白衣を着て動いているのを見つめていた。それにしてもおかしな生物である。手が四本しかない。正確には、四本のうち二本は移動のためだけに存在するようなので、手としての機能を持つのは二本だけということになる。
 ニルゴシズエンは、八本ある腕のうち、一番上の二本で接眼部を支え、二番目の右手で対物レンズの倍率を下げた。三番目の左手は、背中の痒いところを掻きながら、そして三番目の右手はテーブルについて体重を支えている。四番目の二本の手は、今のところ何もすることがないので、腰に回している。
 少し倍率を下げると、二匹の生物がいたのは、四角い建物の中であることがわかった。それは広い土地に建っていて、その周囲には道路や民家、森などが見えた。あれら、二本の手をもつ生物が作った世界なのかも知れない。そうとすると、それなりの知能を持ち合わせた生物ということになる。
 おかしな話である。原子レベルより小さな世界に、小さな小さな星があって、その上に生物らしきものが存在する。ニルゴシズエンは、ぶるぶると頭を振った。夢を見ているのだろうか。
 さらに倍率を下げてみると、弓なりの細長い土地と真っ青な海が見えてきた。ニルゴシズエンは、この星が青いのが「水」の存在のためだと理解した。そうして、この星に生物が誕生した理由をゆっくりと理解していった。この星を含めて多数の星が円周を描いている、その中心にある赤い星、それが生物を育む大切な役割を果たしていることも。

 もう一度、ニルゴシズエンは、倍率を上げていった。あの、奇妙な生き物が気になったのだ。注意深く観察してみると、沢山の同種の生物がこの星には生息していることがわかった。文字を持っていることもわかった。大した生物だ。さて、文字まで読み取ることができるだろうか。ニルゴシズエンは、顕微分析器の倍率を最大限まで上げてみた。かつて、こんな所まで倍率を上げて物を観察したことはなかった。
 はっきりと文字が浮き上がってきた。しばらく見つめているうちに、文字の規則性が解明できた。そして、どんなことが書かれているのかも。
 ニルゴシズエンは、この微小世界にすっかり魅せられていた。何時間も何時間も、いろんな所を拡大しては、観察を続けた。
 驚いたことに、この星では、幾種類もの言語が存在することが分かってきた。そして、様々な学問が存在している。ニルゴシズエン達の頭脳には届かないまでも、それがかなり高い知能を有するということも。
 物理学の世界も彼らは良く理解していた。しかし、ブラックホールの概念を読んで、ニルゴシズエンは大声を上げて笑った。「ホール」だと。彼らは、彼らの存在できる範囲の一番端をホールと勘違いしていた。
 ニルゴシズエンは、観察を一旦中断した。プヨプヨの物体を分析テーブルから取り出し、指でそっとこすってみた。指先についた砂粒を観察皿に落とし、再び、顕微分析器の中に入れた。今度はそれを拡大してみた。
 思ったとおりだった。沢山のゴミが見えた。かろうじて渦巻きの名残を残したままの星雲、もっと倍率を上げると、大小さまざまな星々が見えた。もっと倍率を上げると、不自然な物が見えた。ニルゴシズエンは、驚いた。恐らく、あの、奇妙な生物が作ったものだろう。人工衛星を彼らは作っているのだ。自然界ではありえない物だ。
 ニルゴシズエンは、もどかしかった。青い星に住む、あの奇妙な生物と会話をすることができないことが。教えてあげたいことが沢山あるのに。彼らにニルゴシズエンの存在は絶対に理解できないだろう。しかし、それは仕方のないことだ。
 ブラックホールについても教えてあげたかった。あれはホールではないんだよ。彼らの呼ぶ「宇宙」の果てに到達すると、やがて宇宙の外に出るんだ。ブラックホールはホールじゃなくて、君たちをすっぽりと取り囲んでいるんだよと。


◇ ◇ ◇ ◇

 その日、浩輔は、早めに帰宅した。どうも疲れているみたいだ。昨日から顕微鏡ばかり観察していたからなのだろう。幻覚が生じるようになってしまった。
 しかし……。
 浩輔はどうしても、もう一度確かめたかった。
 研究内容とは全く関係ない突拍子もない世界を感じてしまったのだ。シャーレ上に広がる血管内皮細胞、その中に、宇宙を見てしまったのだ。細胞質内にあるのはどう見ても宇宙だった。こんな話をすれば、牧をはじめ、同僚達は彼を変な目でみるだろう。あの中に無数の星雲があって、その中に銀河系がある、なんて言ったら、おそらく研究を続けることができなくなるばかりか、何かの病名を与えられ、治療が始まるに違いない。何とか確かめたいと思う。しかし、そのためのいいアイデアは思い浮かばなかった。一晩ぐっすり眠って、もう一度考え直すのがいいのかも知れない。

 浩輔は、薄れいく意識の中で不思議な光景を見た。顕微分析器の中に血管内皮細胞の広がったシャーレを入れて、中を観察している。次々に拡大して観察を続ける。細胞質内に無数の粒々があって、さらに拡大して観察する。粒々は渦巻状をしている。一つの渦巻きをさらに拡大して観察をする。その中に赤い粒を見つけた。そして、それを中心に円周運動をしている多くの粒があった。その中に青い粒をみつけた。さらに拡大してみる。美しい星だった。大量の水をたたえた美しい星。
 浩輔は、もっと倍率を上げてみた。その中におかしな生物を発見した。節足動物だろうか。四対の足で立ち、四対の手らしきものがある。何をしているのだろう。倍率を上げて、浩輔は「あっ」と声を上げた。おかしな生物は、顕微分析器を使って何かを観察していた。相当に知能の高い生物に違いなかった。細胞の中に宇宙があって、その中に地球に似た星があり、知能の高い生命体が存在している……。そんな馬鹿なことがあるだろうか。
 次の瞬間、浩輔は分析器から飛びのいた。腰が抜けそうに驚いた。
 奇妙な生物が、後ろを振り返り、浩輔に向かって確かにニッと笑ったのだ。






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