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恋はいつでもゴッドパンチ! 作者:一路マヤ
5/5

最終話


 あのときと同じく夕暮れ。
 僕は再び全速力でダッシュをしていた。
 今から何を伝えるべきか。そもそも、一度はふられた身なんだ。負け犬みたいな顔をして、好きな子の前に出たとしても、憐れみを乞うぐらいしかできないんじゃないか……
 超空手部の道場へと続く渡り廊下のところで、僕はふと足を止める。
 本当にいいのか……
 このまま前に進んで大丈夫なのか……
 だって、すももさんは鳳会長のことが好き。今さらその事実を覆すことなんかできやしない。たとえ、どんなに強引に言い寄ったとしても。それに僕が鳳会長を破っていたとしても。結局、僕はふられに行くだけだ。昨日と同じく。いや、昨夕よりも、もっときっぱりとこの気持ちを断つ為に。
 これから僕はわがままをぶつける為にすももさんに会いに行くんだ。
 そんな自分勝手な想いがすももさんに届くはずもない。
 たとえば、鳳会長が金剛先輩の心を動かさなかったように。
 あるいは、金剛先輩の告白が僕にさっぱり届かなかったように――

 ドクン、と。

 心音が微かに高鳴る。
 本当に、届いていなかった……のか?
 それは違うんじゃないか。僕は拳をギュッと握りしめる。
 そして、スッと。それを前に突き出してみる。

「ゴッドパンチ」

 ふと、苦笑を浮かべる。
 ちくしょう。金剛先輩め。僕に熱い思いを刻みやがって……
 僕はゆっくりと歩を進めた。
 高揚というよりは、不思議と達観したような気持ちだった。
 そう。魔法の言葉――ゴッドパンチ。
 力が少しだけ湧いてきた。鳳会長の最期の笑みと、金剛先輩の末期の台詞が、ぽんと僕の背中を押してくれる。そのまま、超空手部の道場脇まで来てみると、すももさんはベンチにもたれて気持ち良さそうに眠っていた。
「ねえ、すももさん、起きて」
 ぺしぺし、と紅い頬を軽く……
「ん、んん?」
「大丈夫、すももさん? どこか気分とか悪くない?」
 すももさんは一瞬だけきょとんとした。
 それから、すぐに驚きの表情を浮かべる。まるで僕がここにいるのが信じられないといったふうに。さながら宇宙人でも見るかのように目を丸くしてる。
「目覚めの気分はどうだい?」
「私……どうしてここに?」
 僕はわざと首を横に振った。
 説明するのは何かと難しかったから。それに色々とあったけど、とにもかくにも、あんなふうに僕を嵌めたことについては怒ってないよ、と優しく笑みを浮かべて。
「ねえ、すももさん。聞いてほしいんだ。僕は君のことが――」
 好き。
 そう。そのたった二文字が…・・
 やはり、言えない。今も言葉が口からついて出てくれない。
 結局はそういうことなのか……僕は何も変わっていないし、状況も何一つとして打開することなどできやしないのか。
 胸が苦しい。
 すももさんの視線も痛い。
 前に進まなきゃ。せめて想いを断ちきる為にも。
 何とか……しなきゃ……
 と。
 そのときだった。
 すももさんが急に僕の腰から拳銃を奪ったのだ。
「ごめんね。荒野くん」
「やっぱり……すももさんは鳳会長のことを?」
 僕がそう尋ねると、すももさんはギュッと口もとを引き締めた。
 僕はゆっくりと目を閉じた。このまま撃たれるのも本望だ。そう思い込んだ。
 でも、そのくせ……なぜだか、ふいに鳳会長や金剛先輩の笑みがまた瞼の裏に浮かんできた。愚直なまでに自分の思いにストレートで、失神してまで笑っていた鳳会長。思いのたけをすべてぶつけ、血の涙を流し、漢ぶりのいい笑顔を見せてくれた金剛先輩。
 どうして、あの二人は自分の思いにあれだけ強くいられたんだろう?
 どうして、そこまで自分をしっかりと信じ切れたんだろう?
 もし、大切な言葉や思いが好きな人の心を素通りして行ってしまったら、全てを失ってしまうかもしれないのに……
 冷たい銃口が僕の額にぴたりとつく。
 僕たち二人の距離はわずかに五十センチ。
 こんなにもすももさんに近づいたことがこれまであっただろうか。
 もし、このままずっと遠くに離れて行ってしまうというならば……せめて、ぶつけてみたい。思いを全部、ゴッドパンチに乗せて。
 そう。だからこそだ――
「好きだ」
「え?」
「僕は……、すももさんのことが好きだ」
 まるで堰を切ったかのように。
 言葉と感情が濁流となって一気呵成に。
「子供の頃から、すももさんのことだけを見てきた。伝えたいと思った言葉を幾つもノートに書きとめてきた。いつか伝えられればいいなと思って。でも、結局のところ、大事なときにいつもひとつとして思い出せなくて……だから、言えない自分が情けなくて。切なくて。何から話せばいいのか、さっぱり分からなくなってしまった」
 僕は目を閉じたまま、ごくりと唾を飲み込んだ。
「でも、今ならそんな飾りつけた言葉なんかより、もっと大切なことが言える」
「ええと、荒野くん?」
「好きだ。すももさん、大好きだッ!」
 その二文字が喉から過ぎてしまってからというもの。
 世界中が無音の状態になったような気がした。しばらくの間、静寂だけが過ぎていく。
 しだいに僕の心音が再度、ドクン、ドクン、と激しく波打ちはじめる。数十秒、それから数分……どれくらいの時間が経ったのだろうか。ずっと遠くのグラウンドから、「バチ来―い」という野球部のかけ声がふいに聞こえてきた。
 目をゆっくりと開けてみると――
 瞼の裏が焼けるように熱かった。
 いや、違う。泣いているんだ。知らなかった。涙がこんなに熱いものだなんて。
 霞んでいく景色。でも、はっきりと分かる。三日前と同じくらい、真っ赤な夕日。そして、同じくらいに頬を紅く染めるすももさん……
 その淡い唇が開いたとき。
 あまりにも、意外な言葉が漏れてきた。
「わたしも、好きです」
「え?」
「その言葉。ずっと待ってた」
「何で?」
 そう応じてしまい、自分の軽率さに呆れた。何で、ってそれこそ何だよバカ!
 でも、すももさんは「ううん」と首を横にゆっくりと振ると、
「だって、私も好きだったから」
「でも、すももさんは――」
 すると、すももさんが僕の方にゆっくりと崩れてくる。
 その小さな頭がゆらりと僕の胸もとに入ってきて、甘い香りが鼻をくすぐった。
 すももさんの華奢な肩に両手が触れると、僕は思わず、ギュッと強く、強く、抱きしめていた。
 そして、二人が目を合わせたとき――

 ある出来事が起こったんだ。





     ☆





「もう支えきれん! 落ちるぞ」
「ちょっと金剛さん。貴方、それでも漢ですの?」
 ごそごそ、とベンチの後ろにある樹々から何か物音がしたと思ったら、
「そもそも、ご令嬢一人だけを支えるはずだったろう?」
「そんな弱音を言っている力があるのでしたら、しっかりとロープをお持ちなさい。ほら、もうちょっとでいいところですのに」
「ふぬおおお! もういかん!」
 ドドドドドッ、と茂みへと落ちてきたのは――
「あのう……例によって、またですか?」
 僕は呆れを通り越して、絶対零度の冷たさでもってその人たちを見つめた。金剛先輩、鳳会長、そして取り巻きたちまでたくさんいるのはなぜだろうか……
 僕は、すももさんが手放した拳銃を手に取ると、
「いや、待つんだ、荒野くん。これはだな。何かと深い事情があってだな」
「そうそう、そうですわ。込み入ったお話なのですわ」
「ええと、どこらへんが込み入っているんです?」
 冷徹な表情で、僕は銃口を二人へと交互に向けた。
「そもそも、荒野さん。貴方がいけないのですわ。すももさんのことを子供の頃から好きだというのに、いつまでもウジウジとそのことを言えないのですから!」
 うッ。何でそのことを知っているんだ、この人は……
「で、でも! 僕はあのとき、ちょうど告白するところだったんですよ。何より、今、この瞬間だって――」
「いや、それはだな……」
 そこで言葉を切って、ぽりぽりと頭を掻いたのは金剛先輩。
 血の涙を拭き取っていないので、もうほとんど化け物にしか見えないのは気にしないでおきたい。
「すまん! 前回も、今回も、とりあえず面白そうだったから、つい特攻してしまった!」
 やっぱり、あんたがすべての元凶かいッ!
 そして、僕は「ん?」と眉間に皺をよせる。
 すももさんの方へと振り向くと、
「まさか……じゃあ、これはドッキリみたいなものなの?」
 でも、すももさんはしっかりと僕の手を握ってくれた。
「本当に好きだよ、荒野くん」
「すももさん……じゃあ、これはいったいどういうことなの?」
「ごめんなさい。実は私も……なかなか伝えられなくて」
 てへ、と。
 舌を出すすももさん。うーん、こんな可愛らしい表情を見せられたら、何だかどんなことだって許してしまえるぞ。うん。
「だから、お姉さんが色々と試そうとするのを止められなかったの」
「お姉さん? 試すって、どういうこと……?」
 つまるところ、これまでの乱痴気騒ぎは全て、僕がきちんと告白するように仕向ける芝居だったらしい。実は、鳳会長はすももさんの親戚で、だからお姉さんというのはあながち間違いじゃない。そして、その婚約者が金剛先輩。これは本人たちがこれまでにも語っていた通り。
 で、いつまでたっても従姉妹のすももさんへ好きだと伝えられない僕に業を煮やした鳳会長が、僕の真意を確かめる為に一芝居を打とうとしたところ、いきなり金剛先輩がアドリブで特攻。すももさんも仕方なくシナリオを変更して乗じてしまったというわけ。
「って、ちょっと待ってください」
 僕は三日前のコンビニに置いてあった雑誌を思い出した。
「もしかして、マッハパンチまでも仕込み?」
 けど、すももさんと鳳会長は不思議そうに首を傾げる。
 ただ一人だけ。そう。金剛先輩だけがピューとわざとらしく口笛を吹いていた。よくよく考えてみれば、フォトショップなどであれだけ高度な画像処理ができるなら、雑誌の占い欄をいじって、僕に隠れてそっと置いておくことぐらい、この人ならやりかねない。
「しかし、荒野くん。お前は学んだのだろう?」
 僕が相変わらず眉間に皺を寄せて、先輩をじっと睨んでいると、何だかからかうようなバリトンボイスで先輩はこう聞いてきた――
「恋はいつでも?」
「ゴッドパンチ……です」
 渋々といったふうに、僕はその言葉を返した。
「聞こえないな。そんなことでは今後、同じような苦境を乗り越えられないぞ!」
「そうですわよ。またすももさんに煮え切らない態度で接するようでしたら、本当に超生徒会を代表して、貴方を除籍処分にいたしますわ!」
 また邪魔するつもりですか、この人たちはッ!
 すると、金剛先輩や鳳会長たちに面白半分に加わるようにして、すももさんまでもが一緒になってからんできた。
「ね、荒野くん。恋はいつでも?」
 あー、はいはい。
 分かりました、言いますよ。ちゃんと大声で――

「ゴッドパンチッ!」

 夕日はいい具合に赤々と僕たちを照らしていた。
 きっと、これからどんなことがあろうとも、僕はもう決して怖気づいたり、躊躇ったり、惑ったりすることなんかない。だって、僕にはこの拳があるんだから。
 ああ、かなり恥ずかしいことぐらい分かってるさ。
 でも、僕にとっては、とても大切なものだから。
 だから、みんなにも届いてほしいんだ。

 そう。これがゴッドパンチにまつわる話の全て。
 いや、全てというか、何というか――





     ☆





 それから、だいたい三十分ぐらい経ってからだったかな……
 学校からの帰りの路地で、僕とすももさんが仲良く肩を並べて、その後ろ、十メートルほどのところに金剛先輩と鳳会長(とその取り巻きたち)が並んで歩いている。まあ、そんな一コマ――
「ねえ、金剛さん。ちょっといいかしら」
「何だ、ご令嬢?」
「貴方、なぜいまだに携帯電話の待ち受けを荒野さんの画像にしていらっしゃるの?」
「ああ、これは気づかなんだ。忘れていたな。ははは」
「なら、なぜいまだに荒野さんのプリントされたシャツを着ているのかしら?」
「ああ、これは仕方あるまい。脱いで裸で帰るわけにもいかぬだろう。ふははは」
「なら、なぜ学生鞄に荒野さんの顔のリアルな刺繍がありますの?」
「いや、まあ、色々とな。作ってしまったのだよ。すぐに取るわけにもいくまい」
「貴方……もしかして、本当に?」
「待て、待つんだ、ご令嬢。落ち着きたまえ。それから何だね、その対戦車軽装甲火器のような仰々しいものは……いや、まったくもって誤解なのだ。ああ、いかん。ダメだ。やめたまえ。や、やめろおおおおお!」
 もちろん、この後すぐ。
 僕たちの後方でドンパチが始まったのは言うまでもない。
 金剛先輩対鳳会長とその取り巻きたち。すももさんによると、「いつものことだよ」なんだそうだ。
 ああ、なるほど。それで皆、やけに銃火器に詳しかったわけか。まあ、戦争ごっこはご近所迷惑にならない程度に。どうぞご勝手に。
 と、まあ、そんな硝煙の上がる後方戦線は置いといてだ。
「ねえ、すももさん」
「何? 荒野くん」
「好きだよ」
「うん。知ってる」
 違う。全然違うんだよ。同じ意味なんかじゃないんだ。
 確かに言葉はたった二文字。でも、それは時と場所、それに隣にすももさんがいるかいないかで、幾千もの色取りに変わっていくんだ。
「だから、すももさん。好きだ」
 一緒に幾つもの思い出を作っていこう。
 そして、いつか二人できっと笑うんだ。僕たちの恋の最初の一ページにゴッドパンチが記されることに。
 そう。恋はいつでもゴッドパンチ!
 だから届け。この思い。熱い拳に乗せて。
 大好きな人のもとへ。そして、この物語を読んだあなたのもとへも。

(了)

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