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恋はいつでもゴッドパンチ! 作者:一路マヤ
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第四話


 三日間ほど寝ていて気づいたことがある。
 もしかしたら人は狩猟民族と農耕民族に分けることができるんじゃないか、と。
 欧米人がなぜ恋愛に対してあれだけオープンになれるのか。それはつまるところ、肉ばっかり食べているせいだ。うん。だから獲物を刈ることに彼らは全く躊躇しない。
 その一方で、日本人は農作物を多く取り入れ、四季と共に生きてきた。恋とは奥ゆかしきもの。でも、そんな古典で習うような“いとをかし”といったふうな思慕は、アメリカナイズされてすでに半世紀とちょっと……日本人をずいぶんと変えてしまった。
 その典型が、今、僕の眼前にいるプロテイン岩男なのだと思う。
 金剛拳四郎。
 この学園最大最凶最悪の野獣ビースト
 三日前と同じく、人気のない校舎の裏側で金剛先輩は立ち尽くす。しばし無言。なのに、広くて硬そうな背中が不気味な威圧感をこれでもかと放っている。
「で、先輩、すももさんはどこにいるんですか?」
「悪いが……ここにはいない」
「どういうことです?」
「別のところにいる。もっとも、気を失ってはいるがな」
「まさか! すももさんに何かしたんですか?」
「俺が手を出すわけなどなかろう。階段のところに突っ立っていたので、少しばかり利用させてもらっただけだ」
「利用?」
 フン、とものすごい鼻息一つ。
 それから、わざとらしく肩の僧帽筋をぴくぴくと揺らして、
「そうだ。荒野翔くん。お前をおびき出すためにな」
 金剛先輩はそう言って、ゆっくりと振り向き、がっしりと両腕を組んだ。
「先ほど、ご令嬢が面白いことを言っていた。恋とはエゴイスティックであると。だから恋敵は排除しても構わないと」
「金剛先輩も同じ考えなんですか?」
「いや、それは違うな」
 今度は胸筋がもそりと動く。
 というか、この先輩はなんでいちいち筋肉を動かすんだろうか……
「そもそも、男と女では、根本的に考え方が違うのかもしれん。恋敵を排除するような女々しいやり方を俺は決して好かん。だから、ご令嬢の考えには全くもって共感ができない!」
「へえ、珍しく気が合うじゃないですか。僕もですよ」
「ふむ……つまりだな」
 そこで両腕をほどくと、金剛先輩はふんばるようなポーズを取って腰に力を入れた。外腹斜筋がもこもこと異常に盛り上がる。
「俺はだな! すももという娘を除こうなどとは思わない。その娘がいようがいまいが、関係ないということだ」
「関係がない?」
「イエス。俺はただ、お前にぶつかるだけだッ!」
 さっきより二倍増しぐらいの声量で、金剛先輩は腹の底からバリトンボイスを響かせた。
 校舎の窓がぴしぴしぴしと共感する。
 不思議なことに地すら揺れる。
「もう一度言おう!」
 そんな中で金剛先輩は応援団のように背を反らし、息をじっと吸い込み、ほんのわずかだけ作った間隙をにやりと楽しむと――

「俺は! お前のことが好きだあああああ!!!」

 ピューと初夏なのにやけに寒々しい風が吹きつける。
「ええと、僕は、嫌いです」
「にべもないな……」
「まあそりゃ」
 僕は肩をすくめて、そっぽを向いた。
「ならば、一つだけ君に聞きたい。後学のためだ」
「今度は何ですか?」
「お前にとって、『好き』とはどういうことだ?」
 その一言に、僕はつい視線を落とした。
 結局はそこに行き着くわけだ。この乱痴気騒ぎのような出来事も、僕がそのたった二文字をあのときすぐに言えなかったからこそはじまった。
 もし僕に覚悟があれば……
 もし僕に自信があったなら……
 今からでも僕は変わり、今からでも状況が少しは良くなっていくんだろうか……
「俺にとってお前を好きだということは、いわば、お前を独占することだ」
 そう言うと、金剛先輩は近くの草むらからボストンバッグを取り出してきた。
 バッグの口を開け、その中身を校庭にぼとぼと落とす。そこから出てきたのは、僕にまつわる大量の変なグッズだった――僕のあられもない姿が印刷されたブックカバー、クリアファイル、クオカードとエクセトラ。というか、本当にあったのかこんなもん。かなりブルーなんですけど。
 でも、金剛先輩はそんな僕の精神的外傷なんかには全くお構いなく、どこか誇らしげに上腕二等筋にもっこりとした力拳を作ってみせると、
「武の道における勝利とは、完膚なきまでに相手の全てを奪うことを言う。心も、技も、身も、何もかもだ。だからこそ、恋敵の存在など関係ない。俺はどんな手段を使ってでも、お前を俺のものにする。俺だけのものにする。そのすべてを独占する!」
「最悪ですね」
「フン、俺にとっては最良なのだがな。それで、お前の答えはどうなのだね?」
 中学の頃から考えていたことがある。
 もし、すももさんと付き合えたなら――、色んなところに二人で行ってみたい。
 三回目ぐらいのデートでキスをして、色んな本や音楽、映画なんかを楽しんで、二人きりの思い出をたくさん作りたい。そして、いつしか二人は結ばれて……
 うん、もちろん、分かっているさ。
 今となっては、それが単なるチェリーな妄想だってことぐらい。
 でも、だからこそだ。
「その人を好きだということは、上手くは言えないんですけど。つまり、色んなことを共有することなんだと思います。思いや時間、記憶、たくさんの物事を、その時間、その空間、二人だけのものにしたいと願うことなんだと思います」
 好きな人と一緒にいて、初めて自分に価値を見出せる。
 きっと、それが好きになるということだから。そのために僕はここにいるんだ。すももさんに、この思いを伝えるためだけに。
 僕は金剛先輩へとしっかり向き直り、背中に隠してある拳銃に手を伸ばした。
 行かなきゃいけない。すももさんのもとへ。たとえ、その結果がすでに分かっていようとも。せめてこの思いに区切りをつけるためにも……
「お前も戦う準備ができたということだな」
「はい。そういうことです」
 ニヤリと微笑む金剛先輩。
 どういうわけか、その笑みはさっきまでの気色悪い表情と違って、鳳会長の最期にも似た、とても気持ちのいい笑みに映った。
「恋とはいつでも、拳でどつきあう真剣勝負そのものだ。ケリはつけなくてはいかん」
「武器は使わないんですか? 悪いですけど、殴り合いじゃどう考えても勝ち目がないので、僕はこいつを使わせてもらいますよ」
「構わんさ。それでもハンデにすらならんだろう。もっとも、その差を埋めてやることなどしてやらんがな」
 そう言って、金剛先輩は五十四歩大の型に構えた。
 猫足のようにつま先で立つと、地流がドクンドクンと息づきはじめて、風が先輩の拳に集まっていく。ありえないッ、何なんだ、この異様な雰囲気は――
「悪いが一発で決めさせてもらう。秘奥義開放!」
 金剛先輩はボディビルダーのようにむきむきのポーズで一本貫手を決めると、溜めていた気を解き放った。驚くことに拳のわずかな隙間から雲が流れていく。
「何が……起きているんだ」
 僕は唖然となった。
 すると、その蒸気がやっと霧散し、突き出した拳がわずかに光輝いたかと思ったとき――
 ほんの一瞬で、拳圧が僕の頬を掠めていった。
 つう、と血が一筋、頬から滴り落ちる。
「え?」
 バスコンッと破砕音が背後で聞こえたのでちらりと振り向いてみると、二十メートルほど後方の校舎が抉れていた……というか、何ですかこれ。本当にありえないんですけど。
「よそ見などしていていいのか? 次々にいくぞ!」
 すぐにハッと我に帰り、僕は拳銃を構えた。
 腕を真っ直ぐに伸ばし、先輩に向けてがむしゃらに発砲する。しかし、先輩はまるで蚊を叩き落とすかのようにあしらい、豪快にこう言い放った。
「一昔前のコンバットコマンダーカスタムか。六ミリのプラスチック弾、装弾数は十六発でタンク容量は十六グラム。初速七十ミリパーセコンド。集弾性能はそれほど高くはないな。この程度の攻撃など、俺の目を撃つか、もしくは近距離射撃で急所を狙うでもしない限り、無力!」
 そうだった。
 この先輩は空手家でもあると同時に、ミリタリマニアだったんだ。
 こっちのスペックなんかとっくにお見通しってわけか。
「こんちくしょうッ」
 僕はグリップをしっかり持ち、腕を伸ばしたまま前進をした。
 でも、金剛先輩が熊のような掌を広げて空を切ると、いきなり鋭い空気圧のようなものが容赦なく襲ってきた。僕のシャツの袖が破れ、上半身に切り傷ができてしまう。これじゃあ空手なんかじゃなくて、まるで北斗神拳だよ……
 そこで僕がローリングをして、風圧をかわそうとすると――
 金剛先輩は前足をフンッと地面に踏み出し、地流を意のままにした。
 校庭が局所的に揺れたせいで、僕はバランスを崩してその場に跪く。その瞬間を見逃さず、先輩は左拳を僕に向け、空圧で僕の周囲を抉った。
 胸もとがはだけ、白シャツがボロボロになる。
 と、そのときだった――
 金剛先輩の鼻息がやけに荒くなった。
 ほんの一瞬の油断。にんまりと歪んだ、すごく気持ち悪い赤ら顔。
 僕はためらわず、先輩の顔へ向けて何発も撃ち込んだ。それが目もとにでも当たったのだろうか。先輩は両手で顔を覆うと、「ふぬおおおッ」と苦しそうに地団太を踏んだ。ひどい気もしたけど、勝負を決めるなら今しかない!
 僕は残弾を気にせずに、撃ち込みながらダッシュした。
 近距離に入り、がら空きの股間を目がけて。これまでの怨念のすべてを叩きつけようかというぐらいの勢いでトリガーを引こうとすると、金剛先輩は目を真っ赤に充血させ、涙目になりながらも大きな拳を振りかざした。
「何を! ちょこざいな。恋はいつでもマッハパンチだあああ!」
 なぜその言葉を?
 ふいに疑問はよぎったけど、
「違う。恋はそんなもんじゃない」
 僕は拳銃を左手に持ち替えて、先輩のパンチに合わせるようにカウンターを一閃。
 そのまま気合いの咆哮を上げた。

「恋はいつでもゴッドパンチだあッ!」

 マッハの上はゴッドだろうという安直な発想はあえて不問にしたい。
 しかし、このとき、僕の右拳には確かに神が宿っていたんだ。ギュッと握った拳の中でマグマが灼けるように煮え立ち、指と指の隙間からその蒸気が溢れ、炎の拳となって先輩の下顎に突進した。
 そして、信じられないことに、金剛先輩を宙で一回転させて地面に叩きつけていた。
 先輩は吐血しつつもすぐに起き上がったけど、もう立っているのがやっとという状態だった。
 僕はその額に、左手で持っていた拳銃の銃口を冷静に当てる。
「こ、ここで撃てば……すももという娘の居場所が分からなくなるぞ」
「構いませんよ。自分で探しますから。それに、先輩はそんな小賢しい駆け引きをするようなタイプには見えませんし」
「言ってくれるじゃないか」
「で、どうなんです?」
「負けたよ。あの娘は、超空手部の道場脇にあるベンチで眠っている」
 よろよろになりながら、金剛先輩は道場の方向を指差した。
「最後まで冷静だったな、クールガイ。この俺が見込んだだけのことはあった。いい漢ぶりじゃないか。さあ、早く撃てよ」
「じゃあ、遠慮なく――」
 しかし、撃つまでもなく、金剛先輩はすでに息切れていた。
 目からは血の涙を流し、口から泡を吹いて立ったまま気を失っている。そのあまりに壮絶な姿に、僕もわずかに心打たれたけど。
「グッバイ。ヒートガイ、金剛」
 ところでこの物語。
 本当に恋の話なんだろうか……


(最終回に続く)
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