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恋はいつでもゴッドパンチ! 作者:一路マヤ
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第二話

 あの人が僕を愛してくれたから。
 自分が価値あるものだと、初めて気がついたんだ。

 誰の言葉かなんてもう忘れてしまったけど。
 これは中学生の頃、僕が一番気に入っていたフレーズ。
 実はすももさんとは幼馴染で、どういうわけか小中高とずっと同じクラス。
 何度か隣同士の席になったし、教科書を忘れたときなんか机をくっつけて、すももさんの吐息を間近に感じたこともあった。それなのに情けないぐらい、いつもきちんと話しかけることができなくて、ちらちらと横顔を盗み見てはため息ばかりついていた。
 そんな日常が何とはなしにずっと続いていって、いつの間にか、すももさんへの思いがあまりに大きく、東京ドーム四個分ぐらいは満杯になった頃、人生の転機ってやつはしごく平然とやって来た。
 二人とも同じ高校に入り、初めての期末テストを終え、僕がいつものように学校近くのコンビニで雑誌なんかを立ち読みしていたら……その占いのページ、十二星座ごとにコメントされたごくごくありきたりなものの中に、いつもならさっと目を通して、ふーん、で終わってしまうはずだったのに……たった一行、こんなことが書いてあったんだ――

【恋愛運】恋はいつでもマッハパンチ! 今すぐ思いを叩きつけなきゃ、後悔するゾッ♪

 瞠目。
 そして、僕はグロッキー状態になった。
 笑ってくれたって構わない。でも、そのとき、僕は気がついたんだ。
 人生は何がどう転ぶか分かったもんじゃない。ニュートンが木から落ちるリンゴを見て万有引力を発見したように。アムロ・レイがたまたま寝転がっていたガンダムに乗ってしまったように。
 ならば、いずくんぞ僕の場合を哉!
 バサリッと僕は雑誌を閉じて、一目散にダッシュした。
 鉄は熱いうちに打て! 嬌めるなら若木のうち! 当たって砕けろ、カミカゼ特攻、生まれて初めての告白万歳!
 で。
 結局のところ、話は最初に戻るわけだ。
 そう。結果はもうご存知の通り。たしかに恋はマッハパンチだったさ。僕のが不発弾に終わっただけで、すももさんのカウンターは目が覚めるほど強烈だった。もっとも、余計なおまけもついてきたけど。
 でも、ここで僕の人生の物語が終わってしまうのならば、単なるシャイボーイの失恋話になってしまうから。何より、まだマッハパンチの話しか出ていないしね。
 だから、もう少しだけ、この青臭い話につきあってほしい。

     ☆

 あれから三日間ほど、僕はすっかり寝込んでしまった。
 もちろん、教育テレビを見ていたわけでも、やりかけのロープレをクリアしていたわけでもなく、ただ呆然としたままベッドで横になり、ぐるんぐるんと寝返りを打ちまくっていただけ。眠れない夜に頭上を過ぎて行った羊の数はおよそ一万二千匹。ギネスブックに申請したいぐらいだ。
 でも、三日もかけて、燻ぶる気持ちをやっと整理整頓して、久しぶりに部屋の窓を開けてみると――
 初夏のからりとした風が頬を過っていった。
 とてもまぶしい日の光。どこまでも澄み深まった海のような色の空。リスタートをきるには最良のはじまりじゃないか。
 今日はちょっとだけ早めに出て、チャリをかっ飛ばして学校へ行こう。
 と、僕がそう思ったときだった。
 ふいに違和感を覚えたのだ。
 それはいつもと変わらないはずの日常風景……
 郊外の閑静な住宅街で、長閑な朝のひとときのはずなんだけど……
 よくよく目を凝らして見ると、トラ猫が家の前の坂道をてくてくと上がり、ランドセルを背負った子供たちが猫を後追いしてはしゃいでいる。うん。それはごくごくいつもの景色で何もおかしいところはない……はずなのに。
 気のせいかなと首を傾げ、大きな欠伸をひとつだけ。
 たぶん、ずっと気鬱にしていたから、まだぼうっとしているのかもしれない。
 さあ、もうヤメヤメ。気持ちをしっかりと入れ替えて、学校へ行く支度でもそろそろ始めようか。
 と、僕が窓から離れた瞬間だった。
 いきなり「フギャニャニャニャ」と猫の悲鳴が上がった。
 そして、「わーッ」、「きゃあ」と子供たちの泣き叫ぶような喚声も。
 そんな一瞬の騒ぎの後、再び静寂がやってきた。というか、あまりに不自然な静けさだ。むしろ、その無音状態が威圧感をもって、僕の背中にひしひしと迫ってくるのは気のせいだろうか。
「お、落ち着け……この三日間、眠りすぎて、脳みそがミソになっちゃったんだよ、きっと」
 そんな下らないダジャレでごまかしつつも……
 僕はぶんぶんと頭を横に振って、思い過ごしだと否定する。
 でも、歯磨きをしているときも、家族と食事をするときも、あるいは制服に着替えているときも、どうにも粘りつくような視線を受けているような気がしてたまらない。
 そんな妙なプレッシャーを振り払うかのように、僕はチャリンコにまたがり、猛烈にこぎまくって、学校へと三日ぶりに到着した。自転車置き場にチャリを並べてまだ人気の少ない校舎裏を歩いていると、再度、背中を刺すような妙な視線を感じる。
「ん?」
 すぐに振り向いてみると――
 そこにはなぜか、大きな麻の袋が口を開けて浮いていた。
 というか、超生徒会の取り巻きと一緒になって、鳳会長がそれを持ち上げていただけなんだけど。
「あら、なかなかに鋭いじゃありませんか」
「ええと、何をやっているんですか?」
「ふふん。ちょっとしたラジオ体操のエクササイズですわ。ほら、一、二、三、死、二、二、三、死――」
 何だか、四の文字が違う気がするんですが……
 しかも、絶対にその麻の袋で僕を拉致ろうとしていたでしょ。
 と、僕が疑わしそうな視線を投げかけると、鳳会長はそんな疑念を爽やかにスルーして、雅やかに肩をすくめてみせた。もし高飛車な態度のワールドカップがあったなら、この人は間違いなく日本代表として決勝トーナメントまで余裕で進めるに違いない。
「全くやれやれですわ。お家でずっと寝ていればよかったものを。わざわざ終業式の前日に、我が愛すべきこの学び舎に浸入するなんて校則違反もいいところです」
「あのう、僕はふつーに学校へ来ただけなんですけど」
「普通にですって?」
 そのとたん、なぜか取り巻きからもくすくすと笑い声が漏れる。
「これをよくご覧なさい」
 いきなり目の前に出されたのは一枚のわら半紙だった。
 そこにプリントされていたのは『健全な男子生徒を育成するための規則(仮第)』と題された議事録。その内容はといえば、「俺のモノになりたんだろ」という発言の禁止とか、上級生が下級生の制服のタイを握ってはいけないとか、何だかどこかの美少年ラブ小説から抜き取ってきたかのようなことがつらつらとあった。
「って、何ですか、これは!?」
「座して感謝しなさい。夏休み前に制定されたその校則の栄えある適用者第一号こそ――」
 そして、細くてつやつやな指がスッと僕を差し示す。
「貴方になるのですわ!」
「んなッ! 何故に、僕?」
「先日の件を鑑みるに当然のことです。この学校では、私こそが校則なのですから」
 そんなことを堂々と言いながら、鳳会長は胸に手を当てて悦に入った。
 というか、この人が生徒会長になれたのはそのあまりにも手段を選ばない直情径行に全校生徒が恐れをなしたからなんじゃなかろうか。大人しくしていれば誰もが認める美人のはずなのに。
「とまれ、私もそこまで厳しくはありません。何と言いましても、超生徒会長たる私に求められるものは、全校生徒に対する寛大な御心」
 うわー、自分で御心とか言っちゃっているよ。
 という僕のしごくまっとうな心のツッコミなんか知らずに、何人かの取り巻きたちが一斉にハンカチを片手に涙をすすった。うーん、わざとらしい。
「そこで一つ、貴方に条件がありますの」
「また条件ですか……」
「ええ、そうですわ。貴方、金剛さんから手をお引きなさい。そして、二度と会わないと誓約書をここで一筆、認めるのです」
「だから、僕はそもそも金剛さんとは何の関係もありません」
「よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんなことを言えたものですわね」
 とたんにきれいな顔が怒気に染まっていく。何も悪いことをしていないのに、僕の胃はチリチリと焼けそうな感じだ。
「私が何も知らないと思っていますの!」
「いや、だからですね、わら半紙に書いてあるようなことなんて、そもそもひとつもありえないんですけど」
「仕方がありません。不愉快ですが、言って差し上げましょう」
 取り巻きの一人が鳳会長に近づくと、レポートらしき束をそれはもう恐る恐るといった感じで手渡した。
「たとえば、んん、こほん。こんなことが報告されていますわ――金剛さんが貴方への思いをポエムに託して乙女チック通信に毎週送っていること。携帯電話の待ち受けや、パソコンのディスクトップに貴方の画像を使っていること。他にもまだまだありますわ。部屋にたくさん貼ってあるポスター、抱き枕やシーツやタオルに印刷されている等身大の貴方の姿……ん、もう! こんなもの読みたくもない!!」
 びしっと紙束を地面に叩きつけると同時に。
 ヒッ、と取り巻きが貧血気味の短い悲鳴を上げ、バタバタと倒れていく。うーん、やっぱりわざとらしい。
「というか、マジなんですか、それ?」
「マジです……んん、こほんこほん。本当ですわ。それでも白を切るつもりですか?」
 その前にささやかな疑問。この人たちはどうやってそんなもの調べたんだろうか。
「ああ、貴方たち二人が、私の与り知らないところでこんなにも深く愛し合っていたなんて。何とまあ、許すまじき所業!」
「いや、だからさっきのはすべて、金剛先輩が主語だったですよね。僕は一方的に気色悪いことされているだけの立場だったですよね」
 けど、僕の懸命な説得はまったく届かない。
 むしろ、状況はさらに悪化する一方だ。どこぞの独裁国家の主席と同じくらい、この人も聞く耳を持っちゃいない。ある意味、金剛先輩と似た者同士かもしれない。
 そんなふうに僕が呆れかえった表情を浮かべていると、鳳会長はいきなり制服の胸もとから黒光りする拳銃を取り出してきた。スライドを引いてコッキングをし、銃口を僕に向ける。
「えええ! な、何でそんなものを持っているんですか?」
「ささいなことは気にしなくていいのです」
 いやいや、絶対に気にするべきでしょ。
 というか、常識的に考えて銃刀法違反なんじゃ?
「この学校では、私こそが法律なのですから!」
「んなッ!」
 うわ、その一言で正当化するつもりだ、この人!
 美人や天才は狂人と紙一重という言葉があるけど、まさにゴーイングマイウェイ。世界は自分を中心に回っているというのを地で行くタイプだ。それより、どんどん何でもありになっていくのは気のせいだろうか……
「待たれい――――!」
 すると、例によっていつもの図太い声が響いた。
 どこからともなく聞こえてきた重低音ボイスに、僕は思わずキョロキョロと周囲を見回すけど、肝心の声の主が見当たらない。
「ご令嬢! 先ほどの件。多少、情報が古かったようだな」
「どういうことかしら、金剛さん?」
 でも、鳳会長はキッと鋭い視線を校庭の隅っこの花壇へとやった。そこにあるのはごくごく普通の花々と、もそもそと茂った草木なんだけど……、ん? ええと、よくよく見てみると、わずかに異質に映る緑色の物体があるぞ、何だありゃ……
「ええと、その前に金剛先輩、一つお聞きしたいことがあるんですが」
「うむ、何だね。荒野翔くん」
「そんな格好で何をやっているんですか?」
 というのも、草木の中で金剛先輩が着ていたものはいわゆる迷彩服――それも柄だけの安っぽいものじゃなく、本格的なリップストップの野戦服だったのだ。他にも、ブーニーハットやゴーグル、モジュラーベストまで着込んで、顔もしっかりと塗りつぶして校庭の隅っこで寝そべっていた。
「何をと言われても、お前も漢なら見れば分かるだろう?」
「いえ、どう見ても、さっぱり分からないです」
「やれやれ、仕方がないな。説明しよう。これはプローンと言ってだな、地形に擬装しながら寝そべって撃つ射撃体勢だ。姿勢が低いから対象に見つかる可能性が少なくなり、しかも射撃そのものも安定する。まあ、恋のスナイパーにとっては基本的な体勢の一つだな。覚えておきたまえ」
 豪快に笑って、金剛先輩は四角張った親指を突き立てた。
 誰が覚えるか、そんなものッ! と、僕は心の中で毒づきつつ、まさかとは思うけど、今日の朝から感じていた妙な違和感ってもしかして――
「ちなみに、金剛先輩。今朝はどちらにいたんですか?」
 すると、急に顔を赤らめ、モジモジしはじめる金剛先輩。
 げ、ありえねえ。やっぱりいやがったんだ、この人。家の近くに朝早くから。こんなふうにカモフラージュして。あるいは、もしかしてこの三日間ほどずっと? うわあ。
「それより金剛さん、古いとはどういうことなのかしら」
「うむ、そのことなのだがな、ご令嬢……」
 金剛先輩は臆面もなく上半身の迷彩服をたくし上げると、
 その下に着込んでいたシャツにプリントされていたのは、まごうことなき僕の画像。しかも上半身が裸。そしてなぜか下半身に着用しているのは、赤ふんどしッ!
 もしかしたら、春の健康診断のときにでも隠し撮りされていたのかもしれない。というか、下半身はフォトショップで完璧に修正が施されていて、あられもないポーズを取っているように見えるのは今すぐ記憶から速攻削除したいところだ。うう、自分の画像なのにトラウマになりそうだよ。
「ご令嬢、最近になってこういうものを作ったのだ。なかなかに快適だぞ。何なら一枚贈呈してもいいのだが」
 その恥ずかしいシャツを見て、鳳会長はきれいに卒倒した。
 すぐさま僕はその手から拳銃を奪い取り、真鍮製の銃身であることを確認する。
 そして、フロントサイトからしっかりと目標を捕捉。一撃必殺、躊躇することなく、金剛先輩に向けてトリガーを引いた。
「このド変態がッ!」
 プラスチック弾は先輩の眉間にスポンと当たって、「あ、痛ッ」とか何とか言いながら、金剛先輩は茂みの中に隠れるとすでにいなくなっていた。
 ふう、やれやれだ。
 久しぶりの登校早々、最悪の一日のはじまりじゃないか。


(次回へ続く)
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