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恋はいつでもゴッドパンチ! 作者:一路マヤ
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第一話

 恋はいつでもマッハパンチ。
 あのとき僕は、そう信じてダッシュしていた。
 アタッシュケース二つ分ぐらいの言葉を胸の中に詰め込んで。それを全て伝えようと舞い上がっていた。溢れる気持ちで張り裂けそうだった。
 その結果は――まあ、すぐに話すけど。
 だからこそ、僕は一番大切なことを学ぶことができたんだと思う。
 そう。この物語は、僕こと、荒野翔が高校一年生の頃、マッハパンチなんかじゃ恋はノックダウンできないことを知るに至ったドロ臭い青春の数十ページ。
 隠しごとは一切なし。すべてを語るから、最後までついてきてほしい。

   ☆

「涼果すももさんッ!」
 十五年の人生にして、この告白の瞬間を短距離走で例えるなら――
 それはまさにゴール直前。ゴールラインに少しでも近づこうと思いきり胸を張り、テープをからませながらのウイニングランまでイメージした、といったところ。
 ダッシュしてきたせいか、呼吸はひどく乱れていて、胸のあたりが灼けるように熱い。
「僕はすももさんのこと、ずっと――」
 と、そこまでは勢いだけで言ったんだけど、つい口ごもってしまう。
 まるでタイムを確認するかのように、ちらりとすももさんの方へと目をやる。空が夕日に染まっていき、人気のない校庭にはしだいに影が下りていく。
 そんな暗がりの中で見えた彼女の表情は恥じらいなんだろうか。それとも照れ隠しなんだろうか――すももという名前の通り、いつもはほんのり紅い頬。それが今は二倍増しぐらいに真っ赤になっていた。
 もう後戻りなんか出来ない。
 勇気を出すんだ。あと一歩でゴールなんだから。
「僕は! 小さな頃から、すももさんのことだけを――」
 でも、そこから先がうまく言い出せない。何だかすごく情けなくて、切なくて。
 一番大切なはずの思いがプレッシャーとなって圧し掛かってくる。蝉が催促するようにさっきからみんみんみんみんとうるさく鳴き散らし、初夏のじんわりとした暑さのせいで白シャツの襟が首筋にやけにからみついてくる。
「すももさんのことを、す――」
 言え。
 言ってしまえ。好き、だと。
 たった二文字じゃないか。それでゴールだ。
「ずっと、す、スス……スッ――」
 そして、キ、と僕が言いかけたとき――
 いきなり、耳をつんざくような絶叫が校庭全体に響いた。

「その告白、ちょっと待ったああああ!」

 それは校舎の影から聞こえてきた。
 やけに図太くて、まるで地響きのような低い声だ。
「待ちたまえ! 荒野翔くん」
「だ、誰だよ、こんなときにッ!」
「誰かと聞かれたならば、名乗らずにおくのは無礼と言うもの!」
 いや、名乗らなくていいから! そう言いかけて、僕は思わず息を飲んだ。
 というのも、校舎からズンズンと歩いてきたのは、同じ高校生かと疑いたくなるほどゴツゴツとした巨体の男だったから。
「俺の名前は――」
 そこで言葉を切って、その男はいきなり着ていた白い道着をはだけた。
「金剛拳士郎! 二年にして超空手部主将、世界最古の七つの秘奥義を託された漢だ!!」
「は?」
「申し訳ないのだが、君とケリをつけたいことがある」
「い、いったい、何のことです……」
 とはいえ、そう言ったまま、金剛とかいう二年の先輩は微動だにしない。
 いや、わずかに動いた――分厚い胸板がひくひくと。それからぱっくりと六つに割れた腹直筋がもそもそと。どこか挙動不審で、気味悪くモジモジしているように映るのは、決して気のせいじゃないと思う。うん。
「俺は、つまりだな、漢ぶりがいい! いや、この場合それは違うな」
「はあ…………」
 というか、この先輩、脳細胞まで筋肉で出来ているんじゃなかろうか?
「ええと、金剛、先輩ですか……こっちは今、ちょうど大切なとこだったんですけど」
 僕がツンと唇を立てて抗議すると、金剛先輩は「フムウ!」と鼻息荒く、空手の雲手の型を構えてみせた。何だかいきなり臨戦体制だ。しかも、「ずーはーずーはー」とえらく激しい深呼吸をして、僕をぎろりと睨みつけると、今度は一気呵成にこう叫んだのだ。
「俺はだな、荒野くん! 耳の穴をかっぽじってよく聞くんだ! 実は! お前のことが! 好きなのだあああああああああああーッ!!」
「はいはい――」
 と、手であっちへ行けの仕草をしながら聞き流したのがまずかった。
 え? 今、この先輩、何て言った? 日本語がおかしくなかったか? というか、まるで外国語を聞いたような感じだ。
 何より、僕が言うべき大切な二文字が、目の前を素通りしていったような気もするんだけど。実際に、すももさんを見てみると、さっきから両手で口を覆いながら三倍ぐらい紅くなって、ふるふると震えているし。金剛先輩はといえば、職務に忠実な軍曹のような直立姿勢で、僕のことを穴の空くほどじっーと真っ直ぐに見つめているし。
「あのう……もちろん、ジョーク、ですよね?」
「断じてそれは違うぞ! あれは忘れることもできない春先のことだ。俺はお前を一目見ただけで、心臓部位に正拳突きと正面蹴りを喰らい、さらにチョークスリーパーホールドで絞め落とされたようになってしまったのだ。そう、まさに恋に落ちたとは、きっとこういうことを言うのだろうな、はははは!」
 そしてビシッと、四角張った親指を突き立てると、
「当然、お前も漢なら分かってくれるだろ?」
 いや、全く分かんないですからッ!
 僕は校庭の隅っこで悲鳴を上げそうになるのをグッと堪えながら、すももさんへとすがるような視線を向けた。
「あのね。荒野くん。わたしはわたしは――」
 頬を真っ赤にして、小動物みたいにあたふたするすももさん。
 そんな健気な仕草に、僕のハートも思わずショルダータックルからパワーボムの連続コンボをもらいそうになったけど……って、うわ、危ない。これじゃ、金剛先輩の口ぶりそっくりじゃないか。
「そのそのね。ええと――」
「落ち着いて、すももさん」
 すると、すももさんはちょっとうつむき加減で「うんうん」と頷いた。
「わたしは思うの」
「何をだい?」
「恋愛は自由でいい、って」
「へ?」
 ど、どういう意味ですか、それは……
 というか、全くもってフォローになってないんですけど。
 むしろ容認ですか。岩男みたいなこの先輩とのボーイズラブに突入しちゃえってことですか。あるいは、婉曲に僕をふろうとしているわけですか。
 そんなふうにして、僕が呆然自失しかけていると、今度は、どこからか爽やかな風が吹き抜けてきた。何だか、ちょっとだけ気持ちのいい涼風だなと思った矢先――
「お待ちなさい! そこの方々!」
 いきなり鋭利なかん高い声が、その風に乗って校庭に響き渡った。
「いったい何だよッ」と僕。
「ムウ、その声は」とは金剛先輩。
「え、ええ? ももも、もしかして!」と、驚いた声を上げたのがすももさん。
 そんなふうに、三人の声が微妙なアンバランスさ具合でハモると、校舎の一角から煌びやかな集団が一斉に前進してきた。女子ばかりだいたい十人くらい。みんな制服のブレザーに六枝星のバッチを付けていて、歩くたびにそれがキラキラと光りまくる。あれは間違いない、生徒会の連中だ。揃いもそろって、人が告白しているときに邪魔ばかりしやがって……くそう。
 と、僕が苦渋を浮かべていたら、その中の一人が颯爽と前に進み出てきた。
「そこのお三方。頭が高いですわ! こちらにいらっしゃる方は、本校の生徒代表超会長であらせられる鳳栄華様ですのよ!」
 そう言うと、取り巻き連中は真ん中にいた超絶美形の鳳会長を敬ってから、マイナス十度ぐらいの冷たい視線を僕たちへと一斉に浴びせてかけてきた。鳳会長からも圧するようなオーラが発せられている。
 そのせいなのか、まずはすももさんが弱々しく頭を垂れ、僕も渋々ぺこりとおじぎ、それからどういうわけか、あの金剛先輩までもが膝を屈した。そんな中で、鳳会長は僕たちの前にすらりと立ち尽くすと、長い黒髪をかきやって華々しい笑みを浮かべた。
「金剛さん。お戯れに過ぎますわ」
 それはまるで何もかもを見下すかのような優雅かつ傲岸な美声だった。
 ん? でも、待てよ。戯れってどういうことだろう。つまり、金剛先輩は僕をからかったということなんだろうか。
 だとしたらすごい腹が立つ……いやいや、よくよく考えれば、腹立たしいどころか、ある意味で全くオッケー、無問題。あんな話は金輪際なかったことにして、さっさとどこかに行ってほしいぐらいだ。
 けど、金剛先輩は海苔のような太い眉毛をわずかにピクリと動かしただけで、
「ご令嬢。戯れなどではありません」
 と、大胆不敵にニヤリと笑ってみせた。
「まあ、では、まさか!」
「ええ。俺の心は一心不乱、玉砕覚悟。何と言っても一球入魂の覚悟で、荒野翔くんにこの思いのたけを伝えたのです。それをいくらご令嬢とはいえ、戯れなどという言葉で汚すのは無礼千万!」
「その言葉に嘘偽りはないのですね?」
「ありません! この落日の紅い輝きに誓って」
 そう言うと、金剛先輩は夕空の斜陽に向けて高々と指差した。
 数秒間ほどの静寂。アホーアホー、と遠くからカラスの鳴き声。
 そして、誰もが首を傾げて、三日前に食べたものをいまいち思い出せないといったふうな表情になったとき、鳳会長だけが整った顔を歪め、ヒステリックにこう言い放った。
「金剛さん! このことは単なる恋煩いでは済まされませんのよ!」
「分かっています、ご令嬢。確かに、鳳と金剛の両家によって定められし俺たちの婚約を覆す事態になることでしょう」
 うそッ、今どき高校生同士が婚約だって!?
 そういえば、この高校に入ったとき、美女と野獣の噂を耳にしたようなしなかったような。どうでもいいことだったから今の今まですっかり忘れていたけど。
「そこまでの覚悟をお持ちということなのね。なぜなのですか?」
「俺は金剛家を背負う漢であると同時に、一人の人間、いや本能に忠実な獸でもあるからです!」
 ええと、まあ、言ってることはカッコいいのかもしれないけどさ。というか、何なんだろう、この展開は。僕の告白はいったいどこへ行ってしまったんだ?
「あのあのあの。そのう……」
 そんな理不尽な状況で、今度はとても可憐な声が上がった。
 言うまでもないだろう。僕の最愛の人、すももさんだ。でも、二人の先輩から、すももさんはキッと睨まれてしまう。ところが、すももさんは怯むことなく、ちょこちょこと少しずつ前に出ると、
「わたし。じじじ、実は――」
 ちらっと僕を見て、はかなげな笑みを浮かべると、すももさんは、淡い唇を震わせながらこう言い切ったのだ。
「鳳様のこと。好きです!」
 今度こそ、しばらくの間、本当の静寂。
 夕日が地平線に隠れて、校庭に灯りが点いてからやっと、ふるふると恥らうような声音で、すももさんはもう一度だけ繰り返した。
「好きなんです。どうか妹のように可愛がってください」
「え――――ッ」
 さすがに誰もがポカンと口を開け、事態を把握するのに苦しんだ。
「あ、あら、暗がりで分からなかったけれど、なかなかに見所のある娘ですわ」
 何とか反応したのは鳳会長。さすがに生徒会長だけあって、頭の回転は早いらしい。シャンプーのモデルみたいなさらさらヘアをなびかせて、小悪魔的な笑みを浮かべてみせると、
「いいでしょう、そこの一年生女子」
「すももです」
「そう、すももさんね。覚えて差し上げるわ。それに気の強いところも、よろしいことじゃなくて? 私の妹にして可愛がって上げても構いませんわよ」
「本当ですか?」
「そのかわり、条件があります」
 鳳会長の細長い指がピシッと僕の方を真っ直ぐ差し示す。
「そこにいる一年生男子を亡き者にしなさい! 手段、方法は選ばなくても結構ですわ。どんな形であれ、私が許可いたしますから」
「んな……理不尽なッ!」
「理不尽ですって? 私の愛する金剛さんをこれほど苦しめ、あまつさえ私の心労となり、そのせいできっと私は肩こり、にきび、冷え性や手荒れなどに悩まされ、さらに睡眠不足になったり、栄養バランスを崩したり、最後にはタバコ、アルコールやドラッグに溺れることになってしまうのですわ。ああ、何てことでしょう。まったくもって許すまじき所業!」
 おいおい、どこからそんな未来予想図ができるんですか。というか、全ては鳳会長の勝手な思い込み以外の何物でもないように思うんだけど。
「よろしいですわね、すももさんとやら!」
「はい。鳳様!」
「ええ! 本気なの、すももさん?」
 僕の弱々しい問いかけに、すももさんはギュッと小さな拳を固めた。
 うわ、なぜだか知らないけど、やる気満々だよ。
「書記長、こちらへ」
 すると、鳳会長は取り巻きの一人を呼びつけて、鷹揚にこう言いつけた。
「明後日、臨時の生徒代表会議を開きます。提出する議題は『男子生徒の恋愛について』。今から書類をまとめておきなさい。議案が通過すると同時に、私たち超生徒会は全力をもってこの男子の行動を阻止いたしますわ」
「んな……あまりに身勝手で非常識な」
 僕の悲痛な叫びなんて華麗にスルーして、鳳会長は金剛先輩に向き合った。
「金剛さん。私、貴方のことを諦めたわけではありませんわ。たとえ家によって決められていたとはいえ、私は今でも貴方のことを深く思っているのです。それが叶わぬというのなら、私はどんなことでもする女になりますわ」
「ご令嬢。それでも荒野翔くんに手をかけることなど、俺が断じて許しません!」
「金剛先輩ッ」
 藁にもすがる思いで、僕が先輩の背中に隠れようとすると――
 ぴくぴく、と先輩の三角筋が不気味に上下した。肩で笑うって、きっとこういうことを言うんだろう。先輩は僕にやっと聞こえるぐらいの低い声でこう呟いたのだ。
「護るわけではないぞ。他人にむざむざ殺らせはしないということだ。お前が俺のものにならないというのなら、七つの秘奥義に誓って、俺こそがお前をこの手で殺める。この愛を永遠のものにするためにも!」
 振り向いた金剛先輩は、完全に逝っちゃった目をしていた。
 そのとき、シャツの袖を引かれる感じがして、隣に目をやると、いつの間にか、すももさんがちょこんと立っていた。
「ど、どうしたの、すももさん?」
「ごめんね。荒野くん。どうか、わたしのために――」
 つぶらな瞳がうるうると、僕を切なげに見つめていた。
「お亡くなりください」
「え――――ッ」
 気がつけば、僕は涙目になりながらダッシュで逃げ出していた。
 苦節、十五年。人生で初めての告白は見事に砕け散った。思えば、ゴール直前まで来たはずなのにどこをどう間違えたのだろうか。いつの間にか、僕はトラックを逆走し、ゴールからどんどん遠ざかっていったわけだ。
 でも、あきらめたら、恋はそこでお終いだから。
 せめて、すももさんに『好き』という二文字を伝えるまでは。
 そう、最低でも、この思いを胸に抱えてゴールするまでは頑張ってみたいと、必死に逃げ惑いながらも、そう一途に思っていた自分をちょっとは褒めてやるべきなのかもしれない。
 と、その前に一言だけ。
 見苦しく叫ぶことを許してほしい――

 ごんぢぐじょーッ!(ずずず)



(次回へ続く)
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