序章 6 彼女の計画
促してみても彼は曖昧に頷くだけで、すぐには口を開こうとしなかった。どうやら怒っているわけではなさそうなのだが。
この部屋はしっかりと暖房が効いていて相当暖かいはずだが、彼はジャケットを脱ぐことすら忘れているようだった。
エアコンと加湿器から噴き出す空気の音に、キーボードを叩くそれが重なる。データの比較もほぼ終えた頃、ようやく彼は聞いてきた。
「解毒剤完成したのか」
「いいえ。これも試作品よ。このまえあなたが勝手に飲んだあれを改良したって感じかしら」
「勝手にって…俺は何も知らなくてひどいめにあったんだぞ。だいたいおまえが風邪薬の瓶なんかに入れとくから博士が勘違いして…ってあーっ!」
「何よ、また大きな声出して」
彼はパソコンの横にある薬の瓶を指さしている。中にはカプセルが詰まっている。
「まさかそれか」
「そうだけど」
「紛らわしいだろ。ちゃんと解毒剤って書いとけよ」
「はいはい」
案の定面倒なことを言い始めた。しかしそれほど腹はたたない。まだ心が浮き立っているせいかもしれなかった。
風邪薬の薬品名の文字の上に二重に線を引き、余白に『解毒剤(試作品)』と書き込んでやった。ラベルを彼の方にむける。
「これでいい?」
「お…おう」
自分でも大人げないと思ったのか、彼はあやふやな返事をするとまた黙り込んでしまった。
沈黙は言葉を選んでいるせいなのだろうか。
「なんでそんなもの飲んだんだよ」
そうでもないようだ、と思うと笑いが込みあげてきた。
「何が可笑しいんだ。笑うところじゃねーだろ」
「ごめんなさい」
彼の態度がいちいち可笑しくて、いつもは絶対言わないセリフもすらりと出てくる。
そろそろまじめに相手をしないと彼も怒り出すだろう。とりあえずさわりだけ話すことにする。
「データが足りないの」
身体ごと椅子を回して彼の方に向き直る。
「完全な解毒剤を作るには、いろいろと実験が必要なのよ。予想外のことが起こるのはよくあることだから」
でも被験者はあなたと私しかいない。そしてあなたは既に解毒剤に対する耐性ができつつある。今後繰り返し投与を続ければいずれ効かなくなる可能性もある。しかし薬の開発には実験が不可欠なので、耐性ができていない自分の身体を使ったのだと、そんな意味のことを話した。
探偵団の子達と顔を合わせると厄介なことになるので、皆旅行に出ているこの時期を選んだこと、博士には心配をかけたくないので何も話していないことも。
「だって、苦しいでしょう、とても。元に戻るとき」
「そうだな」
「博士、きっとおろおろするでしょう」
「だろうな」
なんとか彼は納得してくれたようだった。
ここまで読んで下さっている皆さまありがとうございます。年内にあと三話ほど、と思っていましたがちょっと難しい感じになってきました。そこまでいけばもう少し展開もはやくなる(たぶん)と思うのですが…。
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