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  The reason 作者:Liah
最終章 1  涙の結末



私が探偵事務所へ降りていったとき、窓の向こうにはまだ夜と同じ闇があった。
外灯が(とも)り、車や自転車はライトをつけて走っている。
渋滞はまだ始まってはいなくて、バス停に向かい歩く人の姿もまばらだ。
冷え切った部屋で私は一度ぶるっと身震いしてから、リモコンを手に取りエアコンに向けてスイッチを入れる。

昨日もう寝ようかという頃になって、新一からメールが届いていた。朝私が出かける前に話がしたいという内容だった。
新一が指定してきたのは早朝だったけれど、毎朝の慌ただしい日課の中で私が僅かに息をつける時間帯だった。特にコナン君がいない今日は。

明後日(あさって)からはコナン君も私も新学期だ。

新一からメールがくる直前に、明日の昼頃までには東京に戻るとコナン君からも連絡があったのだった。

部屋もいくらか温まり、コーヒーメーカーのサーバーにちょうどコーヒーが溜まったのを見計らったように新一は現れた。

新一はいつか会った時のように帽子を目深(まぶか)にかぶっていた。

「悪いな、こんな早い時間に」
「平気平気。今日はコナン君もいないから朝ご飯も簡単にすませちゃうの。
そういえば新一、ごはんまだじゃない?私もこれからだけど一緒に食べてく?」
「いや、いいんだ、すぐ戻らなくちゃいけないし。それに、今おふくろが帰ってきてるからメシもあるし」
「そうなの?」

私はコーヒーを注いでいた手を止めて新一に顔を向けた。

「じゃあ、沖矢さんは?」
「えーっと、確か今帰省中……だったかな」
「ふーん、そうなんだ。実家どこなの?」
「さ、さあ……どこだったかな……」
「そういえば、新一のお母さんにはもう随分会ってないよね」
「そうか……?」

新一は返事をしながらもどこか上の空に見えた。入ってきてからずっとドアの前に立ったままで、事務所の中をゆっくりと首を巡らせ見渡していた。

「なんか違って見えんだよな……」

確かそう聞こえた気がしたのだが「え?何?」と聞くと「なんでもねーよ」と顔の前で手を振ってごまかすような笑顔を見せる。

いつからだろう。新一にはこんなふうに笑ってごまかされてばかりいる気がする。

ようやく新一がソファに腰を下ろすと、私はテーブルにコーヒーカップを二つ置いて向かい側のソファに座った。

新一の顔からは既に曖昧な笑みは消えていて、むしろすっきりとした表情だった。

「新一……」
「あ、あのさ……」

二人で同時に口を開いてしまった。

「あ……新一から言って」
「いや……蘭から言えよ」

私は深く息をしてから頭を下げた。

「昨日はごめんね」

そのまま顔を上げられなかった。「ひどい事言っちゃって。私、なんにも事情知らないのにエラそうなこと……」
「待てよ、悪かったのは俺の方だし。いきなりあんな事言われたって、蘭には意味不明だよな」

私は首を横に振った。

「わかってたよ……私。ほんとは、ちゃんとわかってた」

新一は、何も告げずにいる事がかえって私を傷つけると思ったのだと。
そして少しでも私が受ける傷を小さくしようと、ああいう言い方をしたのだと。

息苦しい沈黙の後、私は俯いたままさらに顔を横に向けた。

「それから私……なんか変なことも言っちゃったみたいだけど……。その、別に……そういう意味じゃないからね。幼馴染としてっていうか。だから新一は気にしないで」
「わかってるよ」

ちらっと横目で見ると、笑顔で頷く新一はとても落ち着いて見えた。

「でも、俺は幼馴染としてってわけじゃなかったぜ?
ガキの頃からずっと蘭のことが好きだった。何度も言おうと思って……結局言えなかったけどな」

ずっと私が待っていた言葉。
こんな形で聞くことになるなんて。

朝早く新一を訪ねて行ったあの日には、自分でも気づいていたはずだった。私のささやかな抵抗など何にもならなかった。
違う。初めてあのひとに会った時にはもうそんな予感があったのだ。

「でも……もう違うんだね、新一」

私は顔を上げて新一の眼をまっすぐに見た。ちゃんと自分の目で確かめたかった。

「……今は違うんだね」新一は何も言わずに、でも確かにこくりと頷いた。

「そっか、やっぱりね。新一の話ってその事だったんだよね」

私は笑顔を作ってみせた。そうしなければ泣いてしまいそうだった。

「あのひと、新一に合ってると思うよ。最初に会った時から、なんかそんな感じしてた」
「蘭……」

新一はどう答えていいのかわからないのだろう。口をつけてないコーヒーカップへ視線を落とす。私は窓の外へ目をやった。

今日は天気がよくなりそうだ。
ビルの向こうの東の空が帯状に光を放っていた。空全体がついさっきよりも青みがかっている。

新一も窓の外を見て「ああ……もう行かないと」と立ち上がる。私は振り向いて新一を見上げた。

「今新一が抱えてる厄介な事件とか、私が聞いちゃいけない事なんだよね。だから……よくわかんないけど……。必ず解決して帰ってきてよ」

新一は黙って私の顔を見つめる。

「あ、ごめん。私のところにとか、そういう意味じゃないの。ちゃんと無事に戻ってきて。絶対だよ?」

ここ数日新一を見ていて思った。
昨日あのひとがいなくなった時の様子といい、新一の言葉以上に大変な事件に関わっているんじゃないかと、そんな気がするのだ。
いったいそれがどんな事件なのか、私には全然わからないけど。
だから心配で心配でたまらないけど。

「これまで通りいられるよね?」
「もちろん。蘭がそうさせてくれるなら」

新一の心がもう私を見ていない事は、悲しくてたまらないけど。
私は新一を笑って見送らなくては。
そうでなければきっと、大きな荷物を抱えている新一の悩み事をまた一つ増やしてしまう。

新一は「じゃあ、悪いけど急ぐから」と片手を挙げて笑顔を見せると、私が立ち上がる間にもう外へ出て行ってしまった。
「あっ、新一……」私は慌てて後を追いドアを開けたが、もう新一の姿はなかった。
すぐに窓に駆け寄って歩道を見下ろした。両手をジャケットのポケットに入れて、足早に行く新一の後ろ姿が見える。

トロピカルランドで見送った新一の背中とはもう別人のように思えた。

あの時妙な胸騒ぎがしたのだった。そして本当にあの日以来何もかもが変わってしまった。
そして今は、遠ざかる新一が涙で(かす)む。

こんなことはきっと誰にだってあること。
初恋が破れるなんてありふれたことのはずだ。
ただお互いの気持ちをぶつけあわずにきたから、今まで傷つかなかっただけなのだ。

そうは思ってみても涙は止まらない。
新一が角を曲がり見えなくなっても、やっぱり涙は止まらない。

空はさらに白み、行き交う人や車の数も増えてきた。

夜が明ける。

朝の光がビルの谷間から射し込んでいた。
私には眩しくて、涙をぬぐってから窓に背を向けると、部屋の中がオレンジ色に染まっている。
その中に伸びる私の影はいつまでも震えていた。


ここまで読んで下さった皆さん、ありがとうございますm(__)m
また遅くなってしまってスミマセン。
このあとも春休みに入って忙しくなるので、かなり更新が遅れるものと思われます。
でもがんばります。

なんか今ものすごく眠くて…。
すごいポカをやってしまうんじゃないかと思いつつの更新です。

いつもお立ち寄りの方々、評価を下さった方、お気に入りに登録下さってる方々、ありがとうございます。


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