第四章 14 有希子の告白
「俺が身体を小さくされて博士に最初に話した時、博士はこう言ったんだ。
決してこのことを人に言ってはならない。
また命を狙われるし周りの人間にも危害が及ぶ、ってな。
すっげー恐い顔で」
新一は私の説明を待てないらしく、そう言いながらスツールを下りる。そしてこちらへ歩み寄って来て博士の隣りに腰をおろした。
不貞腐れている場合ではないとでも思ったのか。
けれども哀ちゃんがずっと新一を目で追っていた事には気がついていない。
おそらく遠慮して私たちの傍へはやって来ないあの子の気持ちにまで、気を配る余裕などないように見える。
自分の推理に集中すると他のことが見えなくなってしまうことが、新一には時々ある。
「哀ちゃんもこっちへいらっしゃいよ」
声をかけてみたが、あの子は控えめに微笑んでかぶりをふっただけだった。
「その時は動転していたけど、あとで考えてみると不自然なんだ。
今聞いたばかりの話なのに、まるでとんでもない恐ろしい組織だと前から知ってたみたいだった。
なあ、博士は宮野博士のことだけじゃなくて、組織の事も知ってたってことなんだろ。
俺が身体を小さくされる前から」
新一が博士の方に顔を向けると、博士は目を閉じてゆっくりと頷いた。
「ああ。あの時はわしも動転しておったよ」博士が顔をあげて目を開く。
「君の身に起こったことや、優作君と有希子さんの気持ちを思ってな……」
私も博士から新一が大変なことになったと連絡を受けた時のことを思い出し、胸の奥がギュッと痛んだ。
「優作と私が新ちゃんを残してアメリカへ行ったのには理由があるの。
優作の仕事のためなんかじゃないのよ」
新一は今度はその端正な顔を私に向けた。
この子の顔をこんなにまじまじと眺めるのは、いったいどれぐらいぶりだろう。
「新ちゃんはその時小学校何年生だったかしら……。
私たちは大切なひとを一人失くしてしまったの。そのひとは優作の古い友人で、私の恩師ともいえる人だった……。
有名なマジシャンだったそのひとは、ショーの途中事故で亡くなってしまったのよ」
「それってまさか、かあさんがベルモット……いや、シャロン・ヴィンヤードといっしょに変装の技術を教わったっていう……」
新一は身を乗り出して尋ねてくる。
「そうよ。私たちにはとても信じられなかった。そのひとが命を落とすようなミスをするなんて。
それで優作は警察にいる知り合いに頼んで現場を見せてもらったりして、いろいろ調べたんだけど結局何も不審な点は見つからなかったわ」
私は既にぬるくなっているコーヒーを一口飲んで大きく息をついた。
「でも事故じゃなかったんだな……。どうしてわかったんだ?」
「優作に匿名の手紙が届いたのよ。これは事故ではなくて、国際的なある犯罪組織が絡んだ殺人だってね」
新一はゴクリと唾を飲み込むと矢継ぎ早に質問してくる。
「手紙は誰からだったんだ?調べたんだろ?指紋は?過去の犯罪者リストに該当するものはなかったのか?」
「そういえば……調べなかったわね。手紙のことは警察には知らせなかったから」
「知らせなかった?なんで?」
「優作がね、指紋なんか残してるはずがないって。
だけどICPOの知り合いには事故のことを話して、国際的な犯罪組織っていうのに心当たりがないか訊いてみたの」
「そこで浮かんできたのが奴らだったんだな……」
「ICPOも彼らの情報は持ってたんだけど、一網打尽にするためにチャンスをうかがっている状態だった。だから彼らに気取られるような動きはとれなかったの。
それで、優作は自分で探るって言い出した……」
「なんて危険なこと……」
哀ちゃんが聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いた。
「優作はアメリカへ渡ろうと言ったわ。
当時組織の拠点はアメリカだと思われていたし、ICPOの知り合いというのもアメリカのNCBの人だったから。日本にいても組織の情報が入るルートもなかったしね。
私も尊敬していたそのひとが本当に誰かに命を奪われたのなら、真相を知りたかった。
でも渡米には反対だったわ。危険すぎるもの。
新ちゃんのことを考えたら、そんなことは絶対できないと思った」
私は冷たくなったコーヒーをもう一口啜った。喉がからからに渇いていた。
「でもあのひと、一度言い出したらきかないでしょ?
そうしたら、もうついて行くしかない。優作一人にそんなことをさせられないし。
それに……シャロンも協力してくれるかもしれないと思ったの。
シャロンにとってもそのひとは恩師だったわけだし。もちろんその時はシャロンが組織と関わりがあるなんて情報はなかったから。
だけどあなたまで一緒に連れて行ったら、万一の時に巻き込んでしまうかもしれない。
だから博士に新ちゃんのことをお願いして、私たちだけ行くことにしたのよ。」
新一は博士を見やる。
博士は新一のことを見られないようだった。
「子供の面倒を頼んでいくとなると、ある程度の事情は説明しなくちゃいけないでしょう。
博士にこの話をした時、ビックリしたのは私たちの方だったわ。
だって博士は、不思議なものじゃのう、わしも似たような話を知っておる、なんて言ったんだから。
ICPOの人に宮野博士のことを調べてもらったら、スポンサーだった製薬会社というのがどうやら組織に絡んでいるらしいことがわかって。
それから博士と私たちはずっと情報を共有してきたのよ」
食器を出すような音がしてふと見てみると、いつのまにか哀ちゃんがキッチンに立っている。
冷めてしまったコーヒーのかわりに紅茶を淹れてくれているらしい。ティーポットの蓋に手を添えて並べたカップに紅茶を注いでいるらしい様子が、カウンター越しに窺えた。
アールグレイ特有の柑橘系の香りが漂ってきていた。
その涼やかな顔立ちには何の表情も浮かんでいなかった。
しかし今の話を聞いていて、心穏やかでいられるはずはないのだと私は思う。
私はこの子ほどの過酷な人生を、身近には知らなかった。
まだ新一とそう変わらない年頃だというのに。
まだ親の庇護を受けていておかしくはないのに。
この子には子供の頃から一切そういうことがなかったのだ。
新一の身体をこんな風にしてしまった薬を開発していたのだと聞いた時も、その背景を同時に知って憎しみの気持ちは少しも湧かなかった。
博士から、どうやら二人は想いあっているらしいと聞かされた時も、少しも意外ではなく祝福してやりたいと思った。
これといった苦労はさせず育ててきた新一が、途方もない困難に直面しているからこそ見えるものもあると思うのだ。
「どうぞ」
哀ちゃんがテーブルの上のコーヒーカップを下げて、湯気の上がる紅茶を置いてくれた。
「ありがとう」
私が笑いかけるとはにかんだような笑みを返してくる。
「ほしかったのよねえ、女の子」
私がぽつりと言うと、それまで考え込んでいた新一は「はあ?」と顔をしかめ、「な……何の話してんだ、このおばさん……」と小声で続ける。
哀ちゃんは意味を知ってか知らずか、博士の前にティーカップを置きながらくすりと笑う。
新一はすぐに真顔に戻って、話の続きを促すように私に目を向けた。
「シャロンには結局何も話さずじまいだった……。
シャロンのことを疑問に思い始めたのは、彼女が死んでから。まあ、ほんとは生きてたみたいだけど……。
私は棺の中の遺体を見たから、きっと何か違和感を感じていたのね。
たぶん別人に変装を施してあったんでしょうね。
今から考えると、クリスは私に棺の中を見られたくない素振りだった気がするわ。
もちろん二人が同一人物だなんて思ってもみなかったし、今でも信じられないけど……」
哀ちゃんが紅茶を配り終えて、またカウンターのスツールに腰をかけている。
新一は黙りこくって、おそらく今聞いた話の重みを受け止めようとしている。新一の顔には何も知らされていなかった悔しさが滲み出ていた。
「もしかしたらシャロンは、私に気づかれたくなくて自分が死んだことにしたのかしら。
それともそれが彼女の使命か何かだったのかしら……」
私の問いかけに答えられる者など、もちろんいなかった。
外はまだ横なぐりの雨が降っている。
その風雨の向こうに、懐かしいはずの我が家がぼんやりと霞んで見えた。
※ NCBとはNational Central Bureau(国家中央事務局)のことで、ICPO加盟国に原則一機関ずつあるらしいです。(例外あり)
この場合ICPOのアメリカ支局みたいな感じで思って下さるとよいと思います(たぶん…)。
ちなみに日本のNCBは警察庁だそうです。
おひさしぶりです。Liahです。
一ヶ月以上もご無沙汰してしまいすみません。
どかどかっと何度か雪が降って、それがとけて妙に暖かい日があったりして…。
インフルもピークを過ぎ、もうすぐ春が来るのかと錯覚してしまいそうですが、まだ一月半ば。大寒を過ぎたばかりなんですね。
えーと、今回はなんというか、超説明口調の会話文ばかりで。
こんなんでいいのか?と思いつつ…^^;
でもお話自体は最初から考えていた設定ですし、この物語の大前提となっています。
どうぞ広い心で読んでやって下されば、と思います。
(↑いつもこんなのばっかりですね…)
次話もまだ書けていないので時間がかかると思われます。お許しください<(_ _)>
そういえば!ブログ引っ越しました。
このあと目次のリンクも変更しておきます。
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