第四章 13 大人たちの思惑
部屋に灯りが必要なほど外は暗くなり、霰は恐ろしいほどの音をたてて見る見るうちに辺りを白くしていった。
私は窓辺に立ち、芝生や木の葉に次々と小さな粒が落ちてきて跳ね返るさまを眺めていた。
しかし霰はまたすぐに雨になり、瞬く間に溶けていったのだった。
強い雨と風はすぐには止みそうにない。
彼が現れたのは、私たちが簡単なランチを済ませたあとだった。
彼は髪についた雨粒を手でぬぐいながら無言でリビングへ入ってきた。博士が「おお、やっと来たか」と言うと手を挙げて頷いてみせる。
しかし自分の母親が「新ちゃん、遅かったじゃない」と声をかけたのには、知らぬ顔をしていた。
まだ腹立ちが治まらないのかもしれないが、私には肉親だからこその甘えのように思えた。もちろんこんなことを彼に言えば怒るだろうが。
彼はそのまま大人二人がいるソファの後ろを通り過ぎ、カウンターのスツールに座る。
「さっきはごめんね。新ちゃん、あんなに怒ってるなんて思わなくて」
「もういいから黙ってろよ」
それにしても彼の雰囲気が、明らかに彼の家で会った時とは違い表情が硬い。
私は先に博士たちにコーヒーを運んだ。
「ありがとう」
彼の母はこぼれるような笑みを浮かべる。
笑顔が素敵な女性だと思った。
きっと女優だった頃もこの微笑みで多くの人たちを魅了し、その後は彼の家庭を明るく照らし続けてきたのではないだろうか。
私はキッチンへ戻り彼と私のコーヒーを淹れながら、博士たちには聞こえないよう声をひそめた。
彼の沈んだ様子が気になった。
「まるで彼女にフラれたって顔してるわよ」
彼の口の端が一瞬ゆがんだように見えた。
「あら、……図星?」
冗談のつもりだったのに。
「何があったか知らないけどとりあえず謝るのね。泣いてるわよ、彼女もきっと。あなたが泣いているなら」
「うっせーな。俺は別に泣いてねーし、だいたいおまえには関係ない……」
不意に彼は言い淀む。
「……こともないか」
「えっ」と私はコーヒーを注ぐ手を止めて顔を上げる。
「彼女に何か言ったの?」
彼は曖昧に頷いた。
「どうしてそんなことしたの?彼女はずっとあなたの帰りを待って……」
「んなこと言われなくたってわかってるよ」
彼は苛立たしげに声を荒げる。
「おまえだって、なんで俺がそんなこと言ったかぐらいわかってるだろ」
「はいはい、おふたりさん、そこまでにしてね」
彼の母は心もち身を乗り出すようにしてソファから声をかけてきた。
「今日は大事な話があって帰ってきたんだから」
ひとまず今はこれ以上追及するのはやめにして、コーヒーを二つカウンターに置く。
彼の横を通りすぎる時「そういえばあの二人ずっと密談してたわよ」と囁いた。彼から席を一つ空けて座り、カウンターが背中にくるようにスツールごと向きを変えた。
「フン、そういうことか」
見ると彼は私の一言でまるで何もかもわかったような顔をしている。
「てことは?博士の電話の相手は母さんだったってことか」
彼はカウンターで頬杖をついて博士たちに話を振った。
「やっぱりわかっておったか」
「俺にうちへ解熱剤を取りに行かせてる間にだろ?俺が戻ってきた時、電話の子機には充電中のランプがついていた。てことは電話を使ったってことだ。
まあ博士が誰に電話しようと俺が口出すことじゃねーし、相手はてっきりフサエさんだと思って黙ってたけどな」
博士は彼の背中に呼び掛けるように答えた。
「有希子さんからは、時期が来たと思ったらわしから話していい、と言われておったんじゃがな。やっぱり親子の問題でもあるし、直接話してもらった方がいいと思ってのう」
彼は項垂れて、はあ、と大きくため息をついた。
「やっぱり二人はグルだったってことか?いや……父さんを入れたら三人か……」
私には彼が言ったことの意味が全く見えない。
「ねえ、ちょっと、工藤君。どういうことなの?私にもわかるように説明してくれない?」
「それは私から話すわ、哀ちゃん」
彼の母は微笑みを湛えたままだった。
「ごめんね、新ちゃん。私たちはただ新ちゃんを危険な目にあわせたくなかっただけなの。
まさかこっちで新ちゃんが一人で巻き込まれる事になるなんて……ほんとに想定外だったわ」
こうして工藤有希子の告白は始まった。
こんにちは。
ここまで読んでくださっているみなさん、ありがとうございます。
もう皆さんご存知かと思いますが、文章を簡潔にまとめることが苦手で…。
一話の話が二話に分かれてしまいました^^;
次回の有希子さんの告白、そんな大層な告白ではないです。
でも私がこの物語の中で、絶対書きたいと思っていたことの一つではあります。
以前博士の告白の時もストーリーのはじめの方で布石を打っておいたのですが、今回もそんな感じです。かなり前に提示した疑問符への答えになります。
(でも大した話ではないです^^;)
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