第四章 12 冬の嵐
彼女がいなくなった時脳裏を駆け巡った様々なことが、すべて思い過ごしで本当によかった。
帰って行く彼女の後ろ姿を窓越しに見送りながらそう思った。
ざっくりとした黒のロングニットに白っぽいスリムなパンツ姿の彼女は、寒いのか両腕を抱えるようにして歩いていた。か細い彼女の身体は風に飛ばされまいと堪えているように見えた。
それは彼女が背負う運命そのものに思えて苦しくなる。
博士の家でおふくろの顔を見た時は、怒りを通り越して頭がどうにかなりそうだった。
俺は彼女を失ったかもしれないと本気で思ったのだ。
彼女の温もりとか俺の頬に触れた手のやわらかさとかそういうことで、彼女は確かに無事だったのだと実感した。
彼女が生きていることが何より重要だった。
一方で彼女との距離がまた遠くなってしまった気がして歯がゆくもある。
門を閉める彼女の顔がちらりと見えたが、その憂いを帯びた目を俺に向けることはなかった。
結局博士の家へ行くしかないだろうが、その前に蘭に彼女の事を知らせなくては。
電話をかけてみると待っていたらしく蘭はすぐに出た。
「新一?見つかったの?哀ちゃんのお姉さん」
「ああ、さっきはゴメン。なんでもなかった」
「そう……よかった」
蘭は大きく息を吐き、安堵した様子が窺えた。
「何かすごく大変な事件なのかと思ってたの」
「ああ、悪かったな。今、園子んちか?」
「そうだよ。新一がわけわかんないこと言うから」
「ゴメン」
俺はひたすら謝り、園子にも詫びを伝えてほしいと言った。
「いいよ、そんなに何回も謝らなくても。昨日のコナン君みたいだよ?」
その言葉で彼女が電話で変声機を使い蘭と話したらしいことを思い出した。
彼女がどんな気持ちで何度もゴメンと繰り返したのか、そこにどういう意味が込められていたのか今の俺には想像できた。
「蘭……今話せるか?」
俺の言葉を受けて蘭は園子と何か話していたが、園子の方が部屋を出たらしくやがて電話の向こうは静かになった。
「いいよ。今一人だから」と、おそらくはわざと明るい声で蘭は答える。
「蘭、俺は……どうしてもあいつのことを放っておけない」
「あのひとのこと……好きってこと?」
蘭の声からは動揺は感じられず、俺がこんな話をするのを予期していたかのようだった。
「彼女は……なんていうか、特別なんだ。俺たちとは違う」
「どういう事?」
「特殊な環境で育って、今も特別な事情を抱えてる。だから……俺があいつのことを守ってやらないと……」
「がっかりだよ、新一」
俺の言葉を遮った蘭の声は震えていた。
「新一の口からそんな言葉を聞くなんて……」
俺がもう一度ごめんと言いかけたとき蘭は続けて言った。
「私はそれ、ちょっと違うんじゃないかと思う」
意味がわからず俺は言葉に詰まる。
「新一はあのひとには特別な事情があるから傍にいてあげるの?守ってあげたいの?」
外は雨が降り出してきていた。
強い風のせいで雨は音をたてて窓に降り注いだ。窓ガラスの外側を雨が流れ続け、あっという間に外の景色は歪む。
もうそこにはない彼女の後ろ姿さえ歪んだ気がした。
「そんなの……そんなの哀ちゃんのお姉さんに失礼だと思う」
蘭の言葉は俺の胸にずしりと響いた。
「私……私ね、ずっと新一のこと好きだったよ。だけど今の新一は……」
蘭はその先は言わなかった。
気まずい沈黙がどのぐらい続いていたのか、俺には全くわからなくなっていた。
「話が終わったのなら、電話、切るね?」
蘭の口調はコナンに話しかける時のように優しかった。
「哀ちゃんのお姉さん、なんともなくてよかったね」
それだけ言うと呆然としている俺を置き去りにするように、電話はぷつりと切れた。
いつしか雨は霰に変わっていた。
無数の白い粒が屋根や壁や窓を激しく叩き、バチバチと音をたて始める。
それは空気の振動を感じられるほどに凄まじく鳴り響き、電話が切れてからずっと耳元で聞こえていた電子音をかき消していった。
ここまで読んでくださっているみなさん、本当にありがとうございます<m(__)m>
年内完結を目指してきましたが、やはり難しそうです^^;
次話はまだ半分ぐらいしかできてないので時間かかりそうかな…。
あたたかい目で見て下さると嬉しいです。
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