第四章 11 すれ違う想い
「か、かあさん……」
「お邪魔しまーす」
工藤有希子は唖然としている彼の前を横切り、悠々と博士に続いて中へ入っていく。
「何やってんだよ……」
目の前にいた私には聞き取れた彼の呟きも届かなかったらしく、彼の母親はリビングの手前で「え?何か言った?」と振り向いた。
「勝手なことしてんじゃねーよ。俺がどれだけ心配したと思ってんだ」
彼がいきなり怒鳴り声を上げたので場の空気は張りつめた。
「あら、心配って……」
かつての名女優は、そんな雰囲気にはまるで気がつかないかのように、悪びれずににんまりとする。
「博士を?哀ちゃんを?」
彼は怒りを湛えた表情で私には一瞥もくれず、ドアと私の間をすり抜けて出ていった。
出入りは裏口からというルールも馬鹿らしくなったのだろう。
私は買い物を終えたばかりの紙袋数個をシューズボックスの脇に置くと彼を追った。
「工藤君?」
彼の家の玄関は鍵がかかっていなかった。
ここへは彼に出会う前も含めて何度か来たことがある。
広々とした玄関を上がると、正面にたっぷりと幅をとった階段が弧を描き二階へ続いている。
階段の左右や奥にいくつかドアがあり、私はその中でわずかに開いていた一つを覗いてみる。
そこはリビングらしく、クラシカルで高価そうな家具や調度品には微かに見覚えがあった。
彼は一番大きなビロード張りのソファに座り、両膝に肘をつき腕をだらりとたらし俯いていた。
私は部屋へ入り背中でもたれるようにしてドアを閉めた。
「不用心ね。鍵もかけないで」
一瞬顔をあげて私を見たが、すぐに彼は視線をそらした。
「私が服をほとんど持っていないのを知って、買い物に連れて行ってくれたのよ。
どうせすぐに子供に戻ってしまうから、もちろん初めは辞退したんだけど。
知り合いがブティックをやってて、開店前なら誰にも見られなくていいでしょうって。
実際には思ってたより時間がかかってしまったけどね」
彼の母親が流行りの服だけではなくコートやブーツ、手袋まで、心底楽しそうに選んでくれた光景を思い出す。
彼は返事をしなかった。
「ごめんなさい」
滅多に言わない言葉が自然に口から出た。
「あなたには一言言っておくべきだったわね」
それでも彼は押し黙っているのでもう帰るしかなかった。伝えるべきことは伝えた。
「じゃあ、とりあえず向こうで待ってるから」
私がドアを開けると背後で彼が立ち上がり近づいてくる気配があった。
後ろからふわりと肩を包みこむようにして抱きしめられた。
あたたかそうに見えた彼のセーターはひんやりとしていてはっとなる。
彼の手に触れてみると氷のように冷たかった。
彼の方へ向き直りその片頬に手をあてると、私の手まで冷たくなってしまいそうだった。
「捜してくれたの?」
彼は何かを言いかけてやめた。どう答えたものか迷っているように見える。
迷いの中に見て取れたものが別の事を思い出させた。
「昨日彼女と話したわ」
「ああ、蘭から聞いた」
「責めないのね、勝手に電話に出たこと」
「むしろ感謝してる。蘭のやつ相当コナンのこと心配してたみたいだからな」
「当然でしょ」
私は彼の頬から手を離した。
「あなたのことなんだから」
彼は絶句して私のことを見つめている。
「心配しないで。別にあなたに不都合なことは何も話してないから」
「俺は……何も」
「先に行ってるわ」
私はドアの外へ出て彼に背を向けたままで言った。
「余計なお世話かもしれないけど、なるべくお母さんの傍にいてあげた方がいいんじゃない。
今度はいつこの姿で会えるかわからないんだから」
家を出てから今日はこんなに風が冷たかったのだと気がついた。
突然強い風が吹いてよろけそうになる。
私は彼の態度に苛立つ自分を封じ込めたかった。
風に逆らい歩きながら、彼の心が離れていけばこの痛みから解放されるはずだ、と自分に言い聞かせ続けていた。
こんにちは。
突然ですがペンネームを変更しました。
あまりにもいいかげんにつけた名前だったので以前から変えたいと思っていまして…^^;
あれ?間違えた?と、一瞬思われた方はごめんなさい。
今回次の話も同時に更新しますので、よろしかったらどうぞ。
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