第四章 10 帰ってきたひと
「……車の事はよくわからないけど……ポルシェかって聞かれると違う気がする」
「何時頃だ?」
「たぶんここを通ったのは……九時前ぐらいだと思う」
博士の家のインターホンを続けざまに押したが応答がない。
門の中へ入り玄関のドアをがちゃがちゃとやってみても、いつも通り鍵がかかっている。
彼女と博士が自分の意思で留守にしたのなら当然のことであるし、奴らがそう見せかけたとも考えられる。
携帯のメールの受信箱を開きながら家の周りを歩きカーテンの隙間から中を覗いていく。
中に人の気配は感じられず、帰った様子はない。
彼女から朝食を誘うメールがきたのが八時五十分。
それから蘭が通りかかる九時前までの数分間に事情が変わったという事か。
あれほど俺にも外へ出るなと言っていたのに、出かけなければならない急用などあるだろうか。
彼女に電話をしても出ないので今度は博士にかけてみる。
「博士は一緒じゃなかったのか」
「ごめん……車の窓はスモークがかかってて、他に誰か乗ってたかどうかはわからなかった。
でも新一、博士って今北海道にいるんだよね?」
「ああ、そうだったな」
うっかり博士の名前を出したことも今はどうでもよかった。それに蘭はこういう状況でそんなことを追及してくるタイプの人間ではなかった。
博士の電話もつながらない。
そういえば裏口の鍵をまだ返していないはずだ。
しかし万が一にも奴らが絡んでいるかもしれないとすれば、蘭をこの場所から遠ざけなければ。
「新一、何か私にできることある?」
蘭はただならぬ気配を感じたらしく、固い表情で聞いてきた。
「いや、蘭はうちへ帰ってろ」
だがもしも奴らなら、博士と一度目をつけた事のあるおっちゃんが知り合いだとわかり、そっちへ向かう可能性も否定できない。
「今日はおじさんは?」
「朝から仕事でいないけど」
「やっぱり園子の家の方がいい」
もう何時間も経った場所を奴らがうろついているとも思えないが、念のため辺りを確認する。
園子の家ならばある程度のセキュリティは期待できる。
俺は蘭の手を引いて足早に大通りへ向かう。
不審な車はないか通りを見渡してから、手を挙げてタクシーをとめた。
訳がわからず躊躇う蘭の背中を押して乗り込ませる。
「すみません、米花町の鈴木史郎さんのお宅へお願いします」
開いたままの後部座席のドアから、屈んで運転手に声をかけた。
「ああ、あのお屋敷ね」
運転手は頷く。
「でも……歩いて行ける距離だし、園子の都合も聞いてないのに」
蘭は戸惑った顔で俺を見上げた。
「留守なら待たせてもらえ。じゃあお願いします」
バックミラーの中の運転手に目配せをして車を離れるとドアが閉まった。
タクシーが走り出しても蘭は不安げに振り返りいつまでも俺を見ていた。
付近に不審な車は見当たらないので、俺は急いで鍵を取りに戻る。博士の家の裏口へまわり、鍵を差し込むのももどかしく中へ入った。
何度か博士と彼女のことを呼んでみたが、中はしんとしていてやはり誰もいないようだ。
コーヒーメーカーのサーバーは三杯分のコーヒーが溜まっていたが、電源は切られていて触ってみるとすっかり冷たくなっている。
シンクの横には朝食用の皿とマグカップが出されたままだが、水きりかごに置かれたまな板と包丁は洗ってある。
テーブルの上にはランチョンマットが三枚重ねられ、ナイフとフォークも三人分まとめてその上に置かれていた。
朝食の準備の途中で慌ただしく片付けたらしい様子が窺えた。
無理やり連れ出されたという感じではない。
そう思い始めると俺は次第に冷静さを取り戻してきた。
第一彼女は元の姿に戻ってから一歩も外へ出ていないのだ。
このタイミングで奴らに発見されたとは考えにくい。
どのぐらいの時間考えこんでいたのか。
家の前から車の音や話し声が聞こえてきた。
慌てて玄関へ走り、ドアスコープから外を覗いた。
鍵を取り出そうとバッグの中を探っているらしい彼女の姿が見えた。
ドアを開けると驚いて後ずさる彼女、その隣に博士。
そしてその後ろには「わあ新ちゃん、久しぶり」とこれ以上ない笑顔を見せる俺の母親の姿があった。
こんにちは。
ここまで読んでくださってる皆さん、本当にありがとうございます<m(__)m>
新一は蘭の前で小五郎のことを「おじさん」と呼んでいいのか、園子の自宅は本当に米花町なのか、よくわからないままの更新です。どうかお許しください。
今のペースで最後までいけるといいのにな―、と思っています。
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