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  The reason 作者:Liah
第四章 7  タイムリミット
目を覚ますとそこは狭くてほの暗い無機質な部屋だった。

薄汚れた壁と天井に囲まれたその部屋は、はめ殺しの小窓から(わず)かな明かりが差し込んでくるだけだ。

俺は床にうつ伏せに横たわっていた。

窓の正面の壁には書類入れのようなグレーの棚があった。部屋の中央には小さなテーブルと会議室にあるような折り畳みの椅子が一対(いっつい)無造作に置かれている。

俺は片頬を床につけたまま、椅子の脚の向こうに見える人物を見て愕然(がくぜん)とする。白衣を着た彼女がドアハンドルに手錠で繋がれていた。

俺は彼女の名前を呼ぼうとして、声が出ないことに気付いた。金縛りにあったように口を動かすことすらできない。


やがて彼女は白衣のポケットから小さなカプセルを取り出す。
例の薬に違いない。

それを飲むつもりなのか。
以前飲んだ時はたまたま幼児化したが、今度こそきっと死んでしまう。

彼女は俺の存在にはまるで気付いていないようだった。必死に声を出そうとしても、やはりほんの少し息が洩れるだけだ。

ついに彼女はカプセルを口にした。ダメだ。飲んではダメだ。

まもなく彼女は苦しみ始め大声を上げて身体をくの字にした。彼女の身体からは白い湯気が上がり、苦悶の表情のまま小さくなっていく。
奇跡は再び起きたのだ。

しかしいつも見慣れた幼児の姿になった彼女は更に小さくなる。

全身が白衣に包まれたようになってもう見えないはずなのに、不思議な事に彼女がどんどん縮んでいくのがわかる。
彼女はますます小さくなり身体中白い胎脂でおおわれ始める。

あれではもう空気中で呼吸できない。
俺はなんとか彼女のもとへ行きたいのだが、身体はぴくりとも動かない。
彼女は人間とは思えぬ程小さくなり、更に人類の進化の過程を猛スピードで(さかのぼ)って行く。

誰か止めてくれ。彼女が死んでしまう。

俺はもう一度全身に力を込めて声を出してみる。腹の底からしぼるような呻き声がした。
言葉にはならなかったがその声で俺は覚醒した。


博士のリビングのソファで、身体はすっぽりと毛布にくるまれていた。その上から布団も掛けられ、足先には湯たんぽが触れた。
彼女がソファの横に膝をついて俺の脈をとっているのが目に入り、今見たのは夢だったのだとようやく気がついた。

深い安堵感が胸の中に広がった。よかった、彼女は生きているのだ。

同時に意識を失う前の事も思い出した。自分の視界に入った俺自身の腕を見る限り、どうやらまだコナンには戻らずにすんだらしい。

俺は彼女が掴んでいる方の手で彼女の細い手首を握った。

彼女はやっと俺が目覚めたことに気がついて「随分うなされてたみたいだけど」と言いながらもう片方の手で俺の手を離そうとする。
ふと夢の中の恐怖が蘇り俺はその手を放すまいと力を込める。

「凍死していたかもしれないわよ、発見が遅れていたら。
幸い体温の低下はそれほどひどくなかったから救急車も呼ばずにすんだけど」

(あきら)めたように彼女はため息をついて見せてから、俺が握りしめた手はそのままにソファの端に座った。

「血液検査の結果は今朝とはかなり数値が違ってるわ。せいぜいあと三十六時間から四十八時間てところかしら。
始業式には間に合いそうよ。冬休みの宿題は終わってるの?」

俺は憮然として身体を起こしながら言った。

「小学一年生の宿題なんてやってられるかよ」

そんな事はそもそもどうでもいい事なのだ。俺の苛立った声に彼女は反応した。

「大丈夫?」

珍しく心配げな表情を浮かべ俺の顔を覗きこんでくる。

「灰原、おまえも発作起きたのか?」
「いいえ、起きてないわ一度も。飲んだ薬の量もまるで違うし。
どうやら私の身体で実験しても、あなたにぴったりの薬を作るには参考にならないのかもしれないわね」
「俺にぴったり?おまえも同じ薬を飲むんだろ」
「さあね」

彼女はどうでもいい事といったふうに微笑んだ。

「さあねってどういうことだよ。まさか俺にだけ飲ませるつもりなんじゃ……」
「そういう意味じゃないわよ。耐性がついてきてるのはあなたなんだから、あなたに合わせなくちゃ仕方ないでしょ」

彼女はさらりと否定したが、俺は呆然とした。

自分で言うまで気がつかなかった。
彼女は半分は自分のために解毒剤の開発をしているのだと思い込んでいたのだ。

果たしてそうだろうか。
本当に自分も飲む気はあるのか。
俺が元の生活に戻りさえすればいいと思っているのでは。

「あなたにはわからないでしょうね」

彼女は目を伏せて俺の心を見透かしているかのように呟いた。

「何が」
「私の気持ち」

彼女は俺の手を離して立ち上がった。「もう大丈夫だと思うけど」と体温計を俺に手渡しキッチンへ向かう。

「何か温かい飲み物でもつくるわ」
「気持ちなんて言わなきゃわかんないだろ」
「いいの」

彼女は立ち止まってわずかに顔を横に向けた。

「別にわかってほしいとか思ってないから」

キッチンへ入っていった彼女と入れ違いに、博士がリビングの奥から現れた。

「おお、新一君気がついたのかね。二人して随分心配したんじゃぞ」

博士はほっとした顔でやってきた。

「は…灰原も?」
「あたりまえじゃ。すっかり身体が冷え切っておったからな。
ヒーターを運んできたり毛布や布団を出してきたり。すぐに血中成分を調べたりして。
その後はずっと君のそばを離れんかったんじゃから」
「そ……そうか」

彼女が俺のためにテキパキと動いてくれたことは、嬉しくも照れくさくもあり、また意外でもあった。

「ほら、風呂へ入ったらどうじゃ。身体をあっためた方がいいんじゃろ」

博士はまくり上げた服の袖を戻しながら言った。
どうやら俺のために風呂の準備をしてくれたらしい。

「おう、サンキュ。今灰原があったかいもの作ってくれてるらしいから。それ飲んでからにするよ」

博士は(うなず)くと俺の向かいのソファに腰を下ろした。
そしてキッチンの方を窺いながら、俺の方に身体を乗り出して声をひそめた。

「なあ、新一君」

博士は至極真顔で言った。

「もっと早く話すべきだったんじゃろうか」

宮野博士のことか。

「信頼関係がなきゃできない話だったろ。
会って一週間や十日で打ち明けられる事でもなかったろうし。
博士が話す気になった今がちょうどいい時期だった、ってことじゃねーのか」
「では、これでよかったのかの」
「ほんとに博士は灰原のことばっかだよな。俺だって結構ショック受けてんのによ」

俺は頭の後ろで手を組んでソファにもたれた。

「俺の方がずっとつきあい長いっていうのに。ったく人間不信になりそうだぜ」
「おお、そうじゃったか。すまんのう」

博士は俺から視線を外すと不意に立上がり、「哀君わしの分もあるかね」とそわそわとキッチンへ向かった。
俺は黙ってその後ろ姿を眺める。

いつのまにかキッチンからは甘いココアの香りが立ち込めてきていた。






ここまで読んで下さりありがとうございます。

相変わらず更新が遅れ気味でスミマセン。
どうしてもうまくまとめることができず、ばっさりカットしました^^;
あとで使える時がきたらいいな…。

次回は今回言えなかった志保さんの気持ちも書けたら…と思っています。


※『胎脂』とは…
 胎児の体の表面を包んでいる白いクリーム状のもので、羊水の刺激から体を守るためにあるらしいです。だから赤ちゃんの肌はずっと羊水につかっていてもふやけないんですね。
 ちょっと正確な説明ではありませんが…。


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