第四章 6 扉のむこう
彼はつくづく正直な男だと思う。電話の主が彼女だということは一目瞭然だった。
事件であれば決して相手に手の内を見せず、何手も先を読んで犯罪者を追いつめる事が出来るというのに。恋愛に関してはまるでその才能を発揮出来ないらしい。
けれども私はそんなところにも惹かれたのかもしれない、と思う。
もしも彼が彼女と私の間をうまく渡り歩くようなひとだったならば、こんな気持ちになどならなかった気がする。
でも、と私は自問自答する。それでもやはり心はとめられなかったかもしれない。
もしそうであれば、今とどちらが苦しいだろう。
求められながら身を退かねばならぬ事と届かぬ想いに身を焦がす事と。
地下室へ入りドアを後ろ手に閉めてからそこにもたれるように座り込んだ。握り締めていた手を開いてみる。自然が創り出した美しく規則性のないその模様は、確かに長年馴染んできたものだった。
戻ってきてよかったと思った。
だが懐しさと同時にそのペンダントは、私の胸の中に苦い思いをも呼び覚ました。
これを日に何度も眺めていた日々が蘇ってきたのだ。
それを胸に押し当てると様々な思いが通り過ぎる。
私にとってひとつしかない親の形見ではある。だがこれをつけていた頃は、逃げ出す術はなかったとはいえ私は罪を犯し続けていた。記憶を抹消してしまいたいほどに。
お姉ちゃんが持っていたはずのペアのタイピンの行方はわからなかった。
組織に処分されたのか、警察に保管されているのか。
私を組織から開放するため最初で最後の大仕事に挑み、裏切られ、命を絶たれた私の最後の肉親。
私にはその理不尽な死の真相を告げられることもなかった。
お姉ちゃんは本当に私を組織から救い出してくれた。自らの命と引き換えに。
今までそれを思って何度こうして一人泣いたろう。
堪えていた涙は一度零れ落ちると、あとからあとから溢れて頬を伝い私の膝を濡らしていった。
そして私を守ってくれたのはお姉ちゃんだけではなかったのだと思った。両親とは触れ合った記憶もないが、確かに私を今いる場所へ導いてくれたのだ。
私はとりとめもなく考え続ける。
博士の告白は突然過ぎて衝撃的ではあったが、決して信じられないとか受け入れられないとかいう気持ちはなかった。
むしろしっくりときた。博士がなぜ私を躊躇う事なく拾ってくれたのか、なぜこんなに私を大切にしてくれるのか。ちゃんと理由があったのだ。
博士は私に負い目があるようだが、それは博士が背負うべき罪ではない。組織に手を染めたのは父自身で、それは博士が何ら知らないところで起きていた事なのだから。
そろそろ博士が心配しているかもしれない。
私は涙を拭い立ち上がった。
階段を上って行くと博士が惚けたようにソファに腰をおろしていた。
「アルバム、見せてくれない?さっき博士が言ってた……」
精一杯何気なく言うと博士も、おおそうじゃな、とぎこちない笑顔をつくりソファを立つ。
既に準備してあったらしく博士は色褪せた分厚いアルバムを何冊か手にしてすぐに戻って来た。
彼の姿が見あたらなかった。
彼女との電話が長引いているらしい。
自分の家に帰ったのか。そのまま戻らないつもりなら一言あって然るべきである。
「それにしても遅いわね、工藤君」
なぜか胸騒ぎがした。自分で頼んでおきながらアルバムを開く気にならない。
ちょっと見て来るわ、と博士に言い残して裏口へ行った。足早になっていた。
裏口のドアの向こう側からはかすかに何か音が聞こえる。
マナーモードにされた携帯の振動音だった。
ノブを回すとドアには鍵がかかっておらず、身体ごと押すとほんの少し開いた隙間からひんやりとした空気が入って来た。
だが何か重いものにあたり、それ以上押し開けようとしてもドアは動かなかった。
ご無沙汰してしまいました。
前回はあとがきに泣き言を書いてしまいごめんなさい。
御不快に思われた方もたくさんいらっしゃったと思います。今はもう気持ちも落ち着きました。
あたたかいメッセージや感想などくださった方々、ありがとうございました<m(__)m>
このまま何とか最後まで頑張りたいです。
このたび『小説家になろう』様が大幅にリニューアルをされました。
作者のページ(タイトルの下の作者名から行けます)に『活動報告』というものがあり、いつでも皆さんに作者からお知らせができるようになりました。需要はわからないですが、そこで更新の見通しなどお知らせできたら、と思っています。
≪10/3修正≫
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。