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  The reason 作者:Liah
二話同時に更新されています。
第三章4をご覧になっていない方は、先にそちらを読まれることをお薦めします。
第三章 5  抱擁
「なんだよ、カーテンぐらい開けろよ」

吹き抜けの壁に貼りめぐらされた窓から入る光だけで十分明るかったので、朝起きてからついそのままにしていた。身体がだるく面倒だったせいもある。

彼が一つ一つカーテンを開けていくと、部屋は目も眩むほどの光に包まれる。すぐに昨夜降った雪が反射しているせいだとわかり、二度目のメールに返信しなかった事を思い出した。

目が慣れてくると、あたたかい陽射しが既にあちらこちらで雪を解かし始めているのがわかった。
窓の外側は上からぽたぽたと絶え間なく水滴が落ちてきている。庭の木の枝葉にこんもりと積もっていた雪は、がさっと音をたてて滑り落ち、その反動で枝も葉も上下に揺れる。

私がコーヒーの準備をする手を休めてその光景に見とれていると、彼はいつのまにか窓の横で、まるでこの景色を創り出したのが自分だとでも言いたげな顔で私の方を見ている。

私は水と粉をコーヒーメーカーにセットし終えてから、彼に歩み寄り窓際に立った。

「見たわよ、昨日」
「え?」
「雪」
「ああ」

彼は思い出したように頷くと私の横に並んで眩しげに外を向いた。

「不思議ね。昨夜(ゆうべ)と同じものを見ているのに、こんなにも違って見えるなんて」

眩しすぎて長くは見ていられず、私は窓の横の壁に寄り掛かった。

「そうだな」

少し間があってから彼は答えた。
彼もくるりと向きを変え、同じように壁にもたれる。

昨日彼はもう一度彼女に会ったのか、気にはなったが知るのが怖くもあった。
実際それは彼と彼女の問題で、私が気にかけるべきことでもない。
そう思うことで、早く自分の気持ちに区切りをつけなければ、と考える。

「ありがとう」
「え?」
「メール。とってもきれいだったから、昨日の雪も」

私は首を(かし)げて彼の顔を見る。今日はなぜかありのままの気持ちを言えた。彼が先に電話で詫びてきたせいかもしれない。

「い……いや、別に改めて……礼を言われるほどのことでもない……って言うか」

彼は照れているのか顔を逸らして言い淀んだが、すぐにはっと何かに気づいたような顔をする。

「おまえ、またそんな事言っといて、なーんてね、そんな事思ってるわけないでしょ、とかなんとか言うんじゃ……」

彼が私の口調をまねるので吹き出しそうになる。

「あら、私だってこの人の前では素直でいたいって思うことぐらいあるのよ」

彼の顔を窺いながらそう言うと、呆然として頬を紅潮させている。

「なーんてね」

彼が赤くなったまま膨れるので私はくすくす笑った。
しばらくすると彼はふと真顔になって俯いた。

「それより昨日はゴメン」

今日の彼はどうしたというのだろう。妙にしおらしい。

「朝飯のことも悪かったけど、薬の事も言いすぎた」
「フサエブランドこの冬新作のポーチ」
「はあ?」
「それがあれば、なんだか許してあげられるような気がするの」

片手を頬にやって真剣に考え込むふりをすると、おまえなー、そんなの博士に言えばいくらでも、と返してくる。じゃあムリね、と窓から離れて歩き出した時、不意に身体がよろけるのを感じた。

咄嗟に彼が私の肩を掴んで支えてくれる。

「何やってんだよ」

眩暈(めまい)のような浮遊感はすぐに治まった。ごめんなさいと顔を上げると、彼と目が合う。
なんとなく見つめあってしまい、互いに視線を逸らすことができない。

「もう、コーヒーができたんじゃないかしら」

視線は外せぬまま、彼は静かに私の肩から手を離した。
キッチンへ戻ろうと、一度目を伏せてから彼に背を向けた。

「灰原」

彼の声はかすれていた。振り返ってみると、顔も強張らせている。
何かいつもとは違う気配を感じた。
どうしたの、と聞こうとすると彼はいきなり私の手首をつかんで引き寄せた。そのまま抱き締められる。
何が起こったのか理解するのに数秒かかる。私は驚いて身じろぎもできないでいた。

彼と電話で話した時から、予感がなかったといえば嘘になる。
会いたいと言われた時、胸が高鳴ったのを私ははっきりと感じていた。

彼はそういう意味で言ったのではないのだ、と自分に言い聞かせていたけれど。彼の言葉の端々から期待してしまう自分を必死に打ち消そうとしていたけれど。

しかし彼は少しもわかっていない。
私が何度自分の気持ちを封印してきたか、気づいてなどいないのだ。

いつだって心に蓋をしてきた。そうしなければ自分を保てなかったからだ。

彼は本当に何もわかっていないのだと思った。
だから気持ちに素直に行動できるのだ。
しかもそれはおそらく一時(いっとき)の気の迷いでしかないというのに。

彼の息が髪にかかる。
こうしていると彼が今どんな表情をしているのか見えなかったが、ひたむきな思いだけは速すぎる鼓動とともに伝わってくるように思えてきた。

私に選択肢などあるはずがなかった。
たとえこの瞬間だけのことだとしても、それが彼自身の気持ちであれば。

私は躊躇(ためら)いながら、両手で彼のシャツの後ろを掴んだ。
彼は一層私を包み込むようにして私の髪にも手をやる。

今だけは正直になっても許されるだろうか。

このままじっとしてさえいれば時間が止まってくれる気がして、私も更に身体を寄せた。



さあ更新しよう、と思ってから、半日以上。
読み返すたび書き直してしまい時間がかかりました^^;
そのうちまた修正するかもしれません。
ここまで読んで下さりありがとうございます<m(__)m>
忙しくしておりまして、次回も少し遅くなりそうです。ごめんなさい。


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