ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  The reason 作者:Liah
第三章 3  白い心
パソコンを起動させながら落ち着いて考えてみると、確か長野の白馬と言っていたと思い出した。
ホテルのバイキング云々の話から、ペンションや旅館ではなくそこそこの規模のホテルだと思われた。
ネットで検索してみるとまず、白馬と名のつくスキー場がいくつもあることに気が付き閉口する。
だがいろいろと探すうち、それらのスキー場すべての観光案内ともいうべきサイトが見つかった。そのサイトの中で検索してもヒットしないので、そこから一軒ずつそれらしいホテルのHPへ飛び、食事の形態をチェックする。

バイキングと目についたところから『東京から来た吉田さん』をたずねて電話をかけていった。
ホテルの従業員が調べている間に、私はパソコンで更に次のホテルを呼び出し、電話を切るとすぐに次のホテルにコールする。それをただ繰り返していった。

幸い10軒ほどかけたところで、吉田さまは吉田何さまとおっしゃるのですか、と聞き返された。確認するとそのホテルで間違いなかった。

これも幸いなことに、たまたま部屋にいたらしく、すぐにお繋ぎ致します、との返事だった。
私は礼を述べるとほっとして大きく息をつく。

最初は母親と思しき人が電話口に出て、私が名乗ると、ああ、とすぐに誰だか分かったらしかった。いつも歩美と仲良くしてくれてありがとう、と言われ戸惑う。
私はお礼を言われることなど何もしていない。

「いいえ、こちらこそ歩美さんにはいつもお世話になっています」
「まあ、本当にしっかりしてるのね、歩美の言うとおりだわ。歩美はいつも哀ちゃんの話をしているのよ。
ちょっと待ってね、すぐにかわるから」

母親が話している時から既に電話口の向こうで、えっ、哀ちゃんから、と驚いた様な声が聞こえている。

「もしもし、哀ちゃん?」
「吉田さん?さっきはごめんなさい。私ちょっとイライラしていたものだから。あなた、気にしてるんじゃないかと思って」

イライラの原因についてはまんざらウソではないことを話したが、案の定もう何も気にしていないような口調だった。

「どうしてここがわかったの」
「ネットで調べて順番に電話していっただけよ」
「えーっ、フサエさんちのパソコンで?大変だったでしょ」
「そうでもないわ」
「ほんと?歩美、哀ちゃんが歩美のこと心配して、わざわざホテルとか調べて電話くれたことすっごく嬉しいよ。
ありがとう、哀ちゃん」

また、私は人に礼など言われる人間ではないのだと頭をよぎる。

「お礼を言うのは私の方よ。吉田さんと話ができて元気がでたわ」

本当だった。

「そうなの?でも元気が出たってことは、今まで元気じゃなかったの?」

小学一年生の子供に心配をかけて、いったい私は何をしているのか。
両親の愛情に包まれて何不自由なく育ち、幼くともしっかり人の気持ちを思いやれる、そんな子たちとこんなふうに関わっていていいのだろうか。

やはり私は、いつ彼らをとてつもない危険に晒してしまうかもしれないのだと戦慄する。
しかし不思議に以前のようにこの場所を去ろうとは思わなかった。

いつのまにか彼に感化されたのかもしれないし、あどけない友人たちの影響かもしれない。
けれどもまだ組織を倒すだとか、そんなことが本当にできるとはどうしても考えられなかった。

電話を切ってから、パソコンにいれておいた今回のデータの整理を始める。
もう常用するタイプの薬は作らないと決めたが、今後の解毒剤開発にも役に立つ。
検査自体も子供の身体に戻るまで続けるつもりだ。

しばらくはその作業に没頭することで、私は無意識に心の整理からは逃れようとしていたのかもしれなかった。

気がつくと二時間ほど過ぎていて、リビングへ上がって行くとさすがに彼は帰ったあとだった。鍵はそのまま持ち出したらしい。
もう抗議の電話やメールなどする気にはならなかった。

外は厚い雲のせいか、まだ夕方というには早い時間だが薄暗い。
私は部屋中のカーテンを閉めてから灯りをつける。

もう解毒剤を続けて服用する気はない。
私には彼のように耐性が無かったので、最初の服用から24時間後にもう一度飲んだだけだ。だが検査結果に依れば彼と同じくあと2、3日はこのままの姿でいることになる。
なんとか新学期までには間に合うだろう。
とにかく今は早く元の生活に戻りたかった。

薬を飲む前の期待や希望のようなものはもう跡形もなかった。
後悔だけが残る。
薬のことも二人を後押ししてしまったことも。

夜になり軽く食事を済ませたあとも、なかなか重苦しい気持ちから抜け出すことはできなかった。
しかし自分で思うより疲れていたのだろう。テレビをつけたのだが、ほとんど見ないうちにソファでうたた寝してしまったらしい。昨日の寝不足が響いていたのだと思う。

携帯の震動音で目が覚めた。彼からメールが届いている。

見ると時刻は11時を過ぎていた。3時間近くも眠り込んでいたことになる。メールが来なければ朝まで寝ていたかもしれない。

『起きてる?』

メールの本文はそれだけだった。
まるで今の自分を見透かしているかのような文面は、私を落ち着かなくさせる。

つくづく私は自分の馬鹿さ加減が嫌になる。
たったこれだけのことで、昼間のいろいろな出来事が急速に心から遠のいていく。

何の意味もない素っ気ないメールひとつで。

すぐに返事を返すのは癪なので十数分ほど待ってから、寝ている、とだけ返信した。

『外を見て』

彼からは一分も経たずに返事が来る。私はだるい身体を起こして、庭に面したカーテンの一つを少し開けて外を覗いてみた。

外は思いがけず薄明るい。あたりは降り積もった雪ですっかり白くなっていた。
街灯の微妙にピンクがかった光が反射して、全体が、降り続く雪さえもぼんやりと色づいて見える。

思わず窓を開ける。思ったよりずっと冷たい空気が流れ込んできて私を身震いさせた。
庭の芝生も木々も塀も向かいの家の屋根も、ほんの数センチの雪で別世界のように見える。

窓から顔を出して彼の家の方を見てみた。
いつもは夜になるとほとんど輪郭しか見えない彼の家が、雪明りのせいで壁のタイルやその傷までも見えるのが不思議な感覚だった。

二階の窓のうち一つだけ灯りがついている。
彼がそこにいるのだと思った。

ふと、どうしようもない思いがこみあげてきて、胸がしめつけられる。

なぜこんなメールを送ってくるのか、そこにいるであろう彼に問いたかった。
私はこんなにも簡単に、あなたのことで心がいっぱいになってしまうのに。

窓を閉める前に空を見上げた。
白い花びらのような雪は止む気配はなく、空一面からふわりふわりと無数に舞い降りてくる。

このままずっと降り続けばいい。
そして何もかも、私の忘れたいことはすべて、覆い隠してくれればいいのに。

犯した罪も、受けるべき罰も。

私は、雪とは春になれば溶けるものであることを一時(いっとき)忘れ、非現実的な願いをかける。

寒さに両腕をさすりながら、それでも私は降りしきる雪を飽きることなく眺めていた。




こんにちは。
ここまで読んで下さりありがとうございますm(__)m

現実の世界ではもう季節も変わってしまって…。
物語の中ではまだ冬休みなんですね^_^;
初めは別の自然現象を書いていたのですが、せっかく冬なので雪を降らせてみました。

次は少し時間がかかるかもです。でも進展はあります。

毎回大勢の方にお越しいただきありがとうございます。
今これを書いている時点でPVでほぼ88,000アクセス、ユニークでほぼ24,000人になっています。ちょっと中途半端ですが私にとってはものすごい数字です。
本当に皆さまありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。



+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。