この物語のCPは新志です。
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第三章 2 彼女の気持ち
明らかに言いすぎたと思った。
俺はすぐに後悔したくせに、自分の部屋へ戻っていく彼女に何の言葉もかけなかった。
胸がざわざわする。
とてもこのまま帰る気にはなれず、ソファに座ると両手を拡げてもたれ天井を仰いだ。
今日の彼女は終始ひねくれた物言いだった。
その態度にむかついていたとはいえ、もともと自分で勝手に飲んだ薬のことで逆上してしまった。実際5時間毎のアラームも俺を苛立たせていた。
しかし、そもそも彼女の怒りの原因は自分にあったのだ。不可抗力ではあったが、朝食に来られなかったことなど、彼女に会うまで俺はさほど気にしていなかった。だが昨夜とは態度が一変した事を思えば、今はそれが発端なのは間違いないように思われた。
歩美への冷ややかな口調も、俺への腹立ちがさせたのだろう。
それに俺をイラつかせた諸々の言葉は、彼女にとってある意味本音だったのではないか。彼女の生立ちや今も抱える特殊な事情を考えれば、そう感じたとしても無理のないことではないか。
俺はふと思い当たることがあり、ポケットから携帯を取り出した。
コール音を聞きながら考える。これまで彼女の過去だとか、心情だとか深く考えたことなど一度もなかったのだと。
彼女自身が心を開くことを嫌い、持っている情報を全ては明らかにしないせいもあったのだが。
そうするにはそうするだけの彼女なりの考えがあるのではないか。そんな事すら今まで思ってもみなかったのだ。
コール音が途切れ電話がつながった。俺は変声機を口元に持っていく。
「おお、新一君か。一体どうしたんじゃ。蘭君と喧嘩でもしたのかね。たまには一人になりたいから、わしと一緒にいることにしておいてくれとは。今どこにおるんじゃ」
博士の言葉で否応なく蘭との会話を思い出す。
「推理?そういえばそんな話してたな」
眉を寄せて思い出そうとするふりをすると、蘭は一瞬息を呑んだようだった。
しかしすぐに顔の前で手を振って見せて、なんでもない、たいした話じゃなかったから、と言いながら立ち上がりキッチンへ消えた。
淹れなおしたばかりのお茶にまだ口を付けてさえいないのに、ほどなくコーヒーの香りがたちこめてきた。
キッチンを覗くと、テーブルに両腕をついて座っている蘭の後姿が目に入った。
テーブルの横のワゴンにあるコーヒーメーカーからは湯気が上がっているが、ガラスのポットにぽたぽたと落ちてくる茶色い液体はほんの少し溜っているだけだ。
蘭の肩と背中はわずかに揺れていて、いつもよりも細く見えた。
「やっべー、そういえば、事件の資料まだ完成してねーんだった」
そんな言葉を吐きながら今日ほど自分を最低と思ったことはない。蘭ははじかれたように席を立ち、両手で頬を包むようにした。
涙を拭ったのかもしれないと思った。
それを見られまいとしてか、蘭は振り向こうとしない。
「じゃあ私もそろそろ帰るよ。お父さんの晩御飯とかあるし」
まだそんな時間ではないのに、蘭は俺の言葉を待っていたかのようにエプロンを外し帰り支度を始める。俺のためだったはずのコーヒーもそのままに、ついに俺の顔は見ようとしなかった。
「もしもし、新一君、聞こえるか」
いつの間にか博士は声を張り上げていて俺は我に返る。
それでも博士の声は今の俺にはどこかのんびりと聞こえ、実際の距離と同じように遠い世界の人に感じられた。
「あ、ああ。自分ちに潜伏してるよ」
「そうか。なら哀君の様子をみてやってくれ」
「潜伏してるって言ってんだろ」
俺はとりあえずもう一度口裏合わせを頼み、メールで知らせたのと同じ嘘の話を繰り返した。蘭からはまだ連絡はないらしい。
今は一時的な事とはいえ念願の元の身体でいるというのに、博士に聞かせた作り話の方が余程マシな状況に思われた。
「ちょっと灰原のことで訊きたいことがあってよ。
ほら、昨日博士言ってただろ。最近アイツの様子がおかしかったから心配だって」
昨夜夕食を終えた頃に博士がかけてきた電話で俺に言った事だった。
もちろん彼女には話していないし、昨日聞いた時には気にもとめていなかった。
博士は、本来電話で話すことではない、と前置きしてから話し始めた。
「新一君には言いにくいことなんじゃがの、哀君の解毒剤の研究が一時期うまくいっとらんことがあったようなんじゃ。哀君はわしには何も言わんがの」
ひとくちに解毒剤の開発といっても、当の毒薬が手に入らないとなればそれは非常に困難で、実際雲をつかむような話なのだと博士は説明した。
「マウスを使うと言ってもAPTX4869自体は投与できんわけじゃから、仮定の上の仮定に基づく実験でな。なかなか思うようにはならず、苛立っているようじゃった」
それが先月頃から彼女の様子が変わり始めたのだという。
「何か新しい糸口をつかんだようじゃった。目に見えて明るくなっての。
しかし毎晩遅くまで研究に没頭しとるようで心配じゃった。
わしのおらん間にも、不眠不休で研究しとるんじゃないかと思って気にしておったんじゃ」
俺はその彼女がやっとつかんだ糸口を思いきり罵倒したというわけだ。
「そんなに心配なら行かなきゃいいのによ」
俺は無意識に博士に矛先を向けていた。
「わしが行かんと哀君が気にするじゃろ。自分のせいじゃと思って。
フサエさんはもちろん大事な人じゃが、哀君もわしにとっては最初から大切な子なんじゃ」
博士は自分に子供がいないせいか相当彼女に情が移っているらしい。
しかし今はそんなことよりも、俺は自分の情けなさに腹が立つだけだった。
「哀君に何かあったのかね」
博士には、彼女が寝不足に見えたから聞いただけだと答え、根を詰めないよう言っておくと付け加えた。
電話を切ってからも俺は考え続ける。
蘭への告白は今の俺にはあり得ないのだと言えなかった。彼女にも蘭にも。
俺だって蘭が言わんとしている事ぐらいもちろんわかっていた。薬を飲む時から頭にあった事だ。
しかし、忘れたふりをする以外俺はどうすればよかったのだろう。本当のことを言えばよかったのか。
それともこんな気持ちのままで、好きだと言えばよかったのか。
彼女の事に気を取られ、蘭が彼女の態度に傷ついている事さえしばらく気がつかなかったというのに。
あのとき蘭に帰る口実を与える以外何かできた事があったろうか。
日が暮れるまではまだ間があるのに、妙に部屋の中が暗い気がして外を見る。レースのカーテンの向こうはいつの間にか灰色の雲がひろがり日差しが遮られている。
上空は風が強いらしく、見ているうちに雲はどんどん流れていくが、いつまでも青い空は見えそうにない。
それどころかますます雲はその色を濃くして、どんよりと空を低くしていくようだった。
お久しぶりです。更新が大変遅れ本当にすみません<m(__)m>
もう忘れられてるかなーと、ちょっといつもより緊張しています^_^;
4/7にメッセージを下さった方へ
ありがとうございます。更新もお返事も遅くなってしまってごめんなさい。頑張ります!
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