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  The reason 作者:Liah
第三章 1  苛立ち
彼からこちらへ来ると再び連絡があったのは、昼食の片づけのあとコーヒーを飲み終えた頃だった。彼が置いていった血液サンプルの検査結果はもう出ていた。

また彼女を連れてくるつもりだろうか。
だいたいやっとの思いで叶ったデートだというのに(出かけられないとはしても)何をそんなに落ち着きのないことをしているのか。

迷った末裏口の鍵を開けてきた。

今、彼とは顔を合わせたくなかった。
しかしまた無視をすれば玄関からやって来るかも知れず、誰に見られないとも限らない。

そのまま地下へ下りようと思っていると裏口の重いドアが開く音がした。
その気配から、彼ひとりらしかった。
電話を寄越して直ぐにこちらへ来たらしい。あるいはドアの外で鍵が開くのを待っていたのかもしれなかった。

構わず階段を下りて行こうとすると、背中から声がかかる。

「人が来てんのに逃げることないだろ」
「だって私は用がないもの。
何をしに来たのか知らないけど早く帰りなさい。彼女が待ってるんでしょう」

振り返って彼を見るといつになく硬い表情だが、気にしないで続ける。

「そういえばさっきの検査結果出てるわよ。
彼女の前で子供の姿に戻ってしまう心配はなさそうね。今日は時間を気にしなくていいんじゃない。
まあ、私には関係ないことだけどね」

最後に両手を拡げて首をすくめてみせてから、私は再び階段を下りようとする。

「蘭なら帰ったよ」
「え?もう?」

私は驚いてまた振り返った。それからやっとのことで笑顔を張り付ける。

「おめでとう」
「おめでとうって何が?あけまして?今更?」

彼はきょとんとした顔で聞き返してくる。

「デートが無事終了したってことは、彼女への告白も終わったってことでしょう。
これで晴れて恋人同士ってわけね。ああ、それをわざわざ報告に来たの。
別に聞かなくてもわかっていたし、私にはどうでもいいことだから知らせてくれなくてよかったのに」
「バーロ、んなんじゃねーよ。誰もんなこと言ってねーだろ」

私は彼の意味するところがわかり呆気にとられた。

「あなたまさか…また何も伝えなかったの」

彼は肯定するかわりに不貞腐れたように横を向く。

「呆れたひとね。優柔不断もいい加減にしなさい。
何のためにリスクのある連続投与を許可したと思っているのよ」

どうでもいいことと言っておきながら思わず彼をなじっていた。
しかし言葉とは裏腹に安堵感が胸に広がるのを自覚する。

そのとき白衣のポケットで携帯が着信音を鳴らし始めた。私の携帯の番号を知っている人間などそう何人もいない。
彼に視線を向けたまま電話に出ると、哀ちゃんあけましておめでとう、と吉田歩美の弾んだ声が聞こえてきた。
自身は家族でスキー旅行に来ており、見渡す限りの雪景色に圧倒されたらしい。そこで同じく寒い場所へ旅しているはずの私もまた楽しんでいるだろうかと、思いついてかけてきたということだった。

無邪気な、あまりにも無邪気な幼い友人の優しさは、しかし今の私には場違いすぎた。

始めは転んでばかりだったけれど、ほんの少し滑れたらとても気持ち良かったとか、ホテルのバイキングがおいしくてちょっと食べ過ぎてしまったなどと話したあと、哀ちゃんはどう?北海道ってやっぱり広いの?と子供らしい発想で尋ねてくる。
適当に相槌を打っていた私も、それらしい作り話ができる気分では到底なかった。

「別にどうってことないけど。悪いけど私今忙しいから。電話、切るわよ」

うん、ごめんね、と答えた声が寂しげだったと電話を切ってから思う。意識はしていなかったが、彼の顔を見ながら話しているとつい声が刺々しくなっていたのかもしれない、と思った。

予想通り彼は顔をしかめて私を(とが)めてきた。

「今の電話、歩美じゃないのか」
「そうだけど。」
「なんであんな言い方すんだよ。あいつ今家族旅行中だろ。
せっかくの楽しい気分が、お前に冷たくされたら台無しになっちまうだろうが」

自分でもわかっていたことをわざわざ指摘されむっとした。

「あなたには関係ないことでしょ。
それにそんなに心配しなくたって大丈夫よ。
吉田さんには慰めてくれる家族がついているんだもの。私のことなんてすぐに忘れて存分に楽しめるはずよ」

彼は何も言わなかった。それが決して何も思っていないのではない、という事に気づかぬふりをして、さらりと話題を変える。

「それより検査結果よ。
どんな素因が作用したのかわからないけれど、予想をはるかに上回って効果が持続しているの。今薬をやめても、もしかしたらあと2、3日ぐらいはもつかもしれないわ。
もう少し研究を続けて…うまくいけばこのまま完成するかもしれない」
「どういうことだ。完全な解毒剤ができるってことなのか」

彼はいまひとつ納得できないような顔つきだ。

「確かに最初にイメージしていた投与法とは違うけど。
あなただって知っているでしょう。
世の中には様々な感染症や慢性疾患などで、薬を服用し続ける(わずら)わしさと引き換えに、普通かそれに近い日常生活を手に入れている人たちは大勢いるわ。
だから、あなたが言ったように風邪薬か何か飲むみたいにこの薬をずっと……」
「ふざけんなよ」

彼は私に全部を言わせず、吐き捨てるように言った。

「一生5時間おきに薬飲めってか。アラーム必ず持ち歩けって?
俺は探偵だぞ。そんなことできるわけねーだろ」

彼の突然の烈しい言葉に心臓が早鐘を打ち始めた。そのリズムに合わせるように頭もガンガンしてくる。
それを悟られないよう私は口元をわずかに緩める。

「別に5時間って決まったわけじゃないわよ。言ったでしょう、予想以上の効果だって。」
「そういう問題じゃねーだろ。俺が言いたいのは……」

わかったわ、もう終わりにしましょう。今度は私が彼に最後まで言わせなかった。
あなたの言うとおりだわ。私もどうかしてたのね。

「薬はやめてもらって結構よ。十分データはとれたし」

もともとこういう方法で投与を続けるとなると、未解決の問題はいくつかあったのだ。

長期間、それも何年も服用し続けるとなると老化現象はどうなるのか。
万一薬の効果が切れた場合幼児化するのか、それとも年齢に応じ若返るのか。
年齢に関わらず幼児化してしまうなら、何十年分も若返ったとき果たして体は耐え得るのか。
耐性ができてきた時にはすぐに投与できる別の成分の薬が準備できていなければ、まともな社会生活を送ることはできない。

はじめからムリな試みだったのだ。こんな薬はうまくいったところで実用などできはしない。
やはり一度の投与で完全に元に戻る、二度と幼児化しない、そんな解毒剤が必要なのだ。

「2、3日もつって言ったのは単なる私の予測だから、彼女に告白するなら早い方がいいわよ。今からでもまた来てもらうのね」

私は今度こそ階段を下り始める。
一秒でも早く逃げ出したいのをこらえて、自然な歩調で下りていく。

吉田歩美はどこのスキー場へ行ったのだったか、懸命に記憶の糸を手繰りよせようとした。
しかし彼の言葉はいつまでも私の心に居座り、他のことは何も考えさせてくれなかった。








ここまでお読みの皆さん、本当にありがとうございます。
次話はちょっと遅くなってしまってしまう可能性が高いです^^;
もちろんなるべく早く更新できるよう頑張りますが、ちょっと実生活がバタバタしております。おゆるし下さい。


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