第二章 14 知りたかったコト
「怒ってたね、哀ちゃんのお姉さん」
新一の家のリビングで落ち着いてから私は口を開いた。どうしてなの、とは聞けなかった。
あのひとがあれほどはっきりと不機嫌な態度をみせたことは、正直驚いた。ああいう言い方をされてショックだった。
新一は私が止めるのも聞かずに、視線はあのひとを追ったまま、ちょっと待ってろと言い残して家の中へ入っていったのだ。そして戻ってきてからはほとんどずっと黙りこくっている。
「昨日は私まるで不法侵入だったから。しょうがないよね」
そうは言ったが、本当はそのことで怒っているとは思えなかった。昨日は全然そんな素振りはなかったのだ。
「不法侵入……」
新一はその言葉だけを繰り返した。
「何?どうかした?」
「いや」
新一はかぶりを振ってまたそのまま考え込んでしまった。
私はやはりそれ以上は訊けなくてお茶を淹れに立つ。
私がバカだった、と思った。謝りになど行かなければよかった。
朝、最初に新一を見た時はいつもと違う雰囲気に不安でたまらなかったけれど、いつの間にか私たちの間には以前と同じ空気が流れていて、全部私の思い過ごしだったのだと思い始めていたのに。
すべてがぶち壊しになった気がした。
お茶を持って行くと新一はソファのひじ掛けに頬杖をついてあらぬ方を見ている。
何を考えているのか想像したくはなかった。
気分を変えたくて、私は新一の様子には気付かないふりで精一杯明るい声で提案する。
「新一、風邪もう大丈夫なの?具合悪くないんなら、お昼駅前の方に食べに行かない?あと、晩ごはんの買い物もしたいし」
新一にはまだ話してなかったが、父は今夜ポアロで新年会なので、夕食も済ませて行くつもりだった。途中で買い物に出て夜は二人で鍋でもつつこうと思っていたのだ。
でも今は新一一人を残して買い物になど行きたくなかった。私が出掛ければ途端に新一はあのひとを訪ねて行くような気がした。
新一が私に顔を向けて何か言おうとした時、突然電子音が鳴り響いた。
新一の携帯らしい。音量が最大かと思うほど大きくてびっくりする。
同じように驚いた様子の新一は携帯を手に取ると、今度は忌々しげな顔をしてボタンを操作している。電話でもメールでもなさそうだ。
「どうしたの」
ムスッとして立ち上がったのを見ておずおず尋ねる。
「なんでもねーよ」
新一はキッチンへ行って冷蔵庫からペットボトルの水を出し、シンクの横に伏せてあったグラスに注いでいる。
薬を飲んでいるようだった。飲み忘れないためのアラームらしい。
戻ってくると、悪いが外出はできないと言う。
「蘭、あいつの事なら気にすんな」
「え?」
新一は私の隣にどかっと背もたれに寄りかかるように座り、リモコンでビデオの電源を入れている。
「灰原だよ。あいつ機嫌悪いといつもああいう感じだし。口で言うほど腹ん中じゃ思ってねーからさ」
「へえー、そうなんだ」
あのひとの事よくわかるんだね、という言葉を飲み込む。
「それよりビデオ見ようぜ。昨日夜中にやってたミステリー、念のため録画しといて助かった」
新一が何度もCMをスキップさせ、やっとドラマが始まる。
前に一度見たものだとすぐに気がついたが、今はそんなことはどうでもよかった。
そういえば、あのときはコナン君が見逃してとても悔しがっていたのだった。今はよほど博士や哀ちゃんと北海道を満喫しているのかメールすら届かない。
「さっきのおせち昼に食っていい?」
またCMが始まると、リモコンを操作しながら新一は聞いてくる。
「もちろんいいけど、新一の分も別に持って来たよ」
「じゃあ、ちょうどいいじゃん、二人分で。すげーうまそうだったからさ」
私は自然に顔がほころぶのを感じ頷いた。新一が気遣ってくれた事が素直に嬉しかった。
私たちはそのままビデオを見た。
新一は早い段階で犯人が分かったと、ラストで明かされる動機やアリバイトリックを事細かに話し続けた。
きっと私も初めて見るドラマなら、私だって考えてるのに勝手に言わないでよ、と怒っていたに違いない。
でも新一は、私が何一つ文句を言わなくても、このドラマを見たことがあるのだとは気付かないようだった。
ドラマが終わっても新一はまだ、ヒントの見せ方が露骨すぎるだの、視聴者が動機にたどりつく伏線がほとんどなくてフェアじゃないなど、推理オタクらしい御託を並べている。
いつもの新一に戻ってくれた感じがしてホッとしながらも、私は相槌を打ちつつ別の事を考えていた。
話が途切れたのを見計らって、私は尋ねた。
「いつまでこっちにいられるの」
新一は虚を衝かれた顔をして目を逸らす。
「明日はたぶんいないと思う」
予想はしていたけれど嬉しくない答えだった。
「昨日、今関わってる事件の関係者から連絡があって…。またそっちに戻らなくちゃいけなくなった」
「新一が関わってる事件て、ものすごく大変な事件なんだね。
だって、普通お正月にわざわざ打ち合わせとかしないよね。
前から言ってる厄介な事件て、哀ちゃんのお姉さんも関係者なんでしょ」
昨日あのひとと会っていたのは本当に打ち合わせだったのかは疑わしかったが、帰ってきてもいつもすぐにいなくなってしまうのは、相応の事情があるように思えた。
「今は話せねーんだ」
新一は前を向いたまま絞り出すように言った。私は少し驚いて次の言葉を待つ。
すると新一はすぐに取り繕うかのように続けた。
「あ、でも、別にそんな大層な事件てわけでもないし。まだ警察も発表してない事、俺がペラペラ喋るわけにいかねーからな。あ、それから灰原は関係ねーよ」
「そうなんだ…心配して損しちゃった」
新一は私を真相から遠ざけたいのだと、なんとなくそんな感じがした。
きっとそれは大層な事件であのひとも関わっている。
根拠はないけれど、久しぶりに新一とゆったりとした時間を過ごして、その様子から何かを隠しているのは確かな気がした。
でも新一がそうしたいと思っているのなら、何を聞いても無駄だと思った。だから信じたふりをする。
それに私にはもう一つ大きな気がかりがある。
そう思っただけでカーッと熱くなり、ヒーターが効きすぎだと思うほどだ。
明日になればまた新一はいなくなってしまう。今度はいつ会えるのかわからない。
だとすれば…。
「あのさ、新一。私聞きたいことが一つあったんだけど」
新一の顔をまともに見られない。
「このまえ帰って来た時言ってたよね。あとで新一の推理聞かせてくれるって」
心臓がドキドキしすぎて自分の鼓動が聞こるような気までしてくる。ずっと俯いて目を逸らしていたけれど、思い切って顔を上げた。新一も私を見ている。
「それ、どんな推理だったの?」
私の声は自分の意思に反して震えていた。
こんにちは。
ここまでお読みの皆さんありがとうございますm(__)m
ちょっと長くなりました。
削ってもう少しすっきりさせたいとも思いましたが、余力がありません。すみません。
次もがんばりますので、よろしくお願いします。
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