序章 1 はじまり
今年は寝正月か。
午後から茶の間の炬燵でごろりと横になった。年末に買った新明香保里の新刊を読み返すうち、俺は猛烈な睡魔に襲われてしまった。
昨夜は、紅白を途中から見た後遅くに三人で近所の神社へ初詣に出かけ、今朝は雑煮とおせちを食べた。彩りよく二段の重箱に盛り付けられたおせちは半分以上手作りで、昨今のおせち事情を考えれば蘭は主婦としては優秀だ。
考えてみれば両親と離れて年を越すのは初めてだ。二人がロスへ行ってから、突然戻ってくるのはよくあることだが、去年までは学校が冬休みに入る頃には必ず二人揃って帰国して一月近くはこっちにいたのだった。
向こうのクリスマスは日本とはくらべものにならないほど派手と聞いていたので、毎年俺の方がロスへ行くことを提案していたのだが、なぜかいつもうやむやになり、気がつくと勝手に帰国してきているのだ。
蘭は昼ごろ妃弁護士を訪ねて出かけ、一緒に行くはずだったおっちゃんは朝から(というよりは昨夜から)酔いつぶれてしまい同じ炬燵で高いびきである。
テレビは昨夜からバラエティー番組を生放送して、バカ騒ぎを流し続けている。おっちゃんのいびき同様耳障りに思いながら、目を閉じたまま手でリモコンを探ってみるが、どこにあるのかわからない。
夢と現実の世界を行き来するうち、不意に耳元で携帯が振動した。一瞬身体が震えるほど驚き、その不快な音を止めるため渋々電話に出る。
「新一君か。阿笠じゃがあけましておめでとう。
哀君の様子は見に行ってくれたかのう」
ああそうか、博士は札幌か。ぼんやり思い出す。新年の挨拶もそこそこにアイツのことを訊いてくる。そんなに心配なら行かなければいいではないかと思いつつ答える。
「あけましておめでとう。
灰原ならまだ見に行ってねーけど。なんかあったのか」
「さっきから電話しておるんじゃがでないんじゃ」
どうせゆうべも夜更かしでもして寝ているのだろうと思うが。博士は悪いが様子を見てきてほしいと言う。
「はあ?」
面倒だなと思いつつ後ろめたくもあった。
クリスマスから年明けまでと招かれていた博士だったが、残ると言い張った灰原を気遣い出発を年末まで遅らせた。一日一回は顔をだしてくれと『何かあった時のために』鍵まで預かっているというのに、博士が出発してから三日。訪ねて行くどころか電話もメールもしていない。年末でバタバタしていたせいもあるとはいえ。
「わかったよ。すぐ連絡するから」
完全に目が覚めてしまった。電話を切ると自然に大きな溜息が出る。俺は起き上がり、とりあえず灰原に電話をしてみることにする。万一これでつかまればまた惰眠が貪れるというものだ。実際もう一度眠れるかどうかは微妙だが、少なくともこのうえなく心地よい炬燵から今出なくてもすむ。
携帯を耳に当てながら、炬燵に上にあったテレビのリモコンにもう片方の手を伸ばし電源を切る。お笑い芸人らの過剰なまでの笑い声がぷつりと消えほっとする。おっちゃんは相変わらずでかいいびきで、起きる気配はまったくない。
非常に遺憾なことに、灰原は電話に出なかった。固定電話も携帯もだ。一応メールも送ってみたがおそらく返事はこないだろう。
「めんどくせーな」
思わず声が出た。俺は行き先とすぐ帰る旨を書いたメモを炬燵の上に残し、また溜息をつきながら立ち上がった。
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