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  The reason 作者:Liah
第二章 9  朝になっても


ずっと遠くでインターホンの音がしている。いつまでも鳴りやまない。

俺は今夢を見ているのだ、とたぶん夢の中で思っている。
しかしその音は現実のものであろうと認識している。

誰だ。朝っぱらから。

時計を見なくとも、まだ早い時間に違いないと勝手な推測をする。
少なくとも俺はまだ寝ていたい。昨夜もそのまえの夜もろくに寝ていないのだ。


昨日、いや今日というべきか。彼女との諸々の打ち合わせが終わって俺がうちへ帰ってきたのは、三度目の解毒剤を飲んだあとだった。
とりあえず風呂に入り蘭にメールをいれ、薬のアラームをセットし終わった頃にはもう三時近くになっていた。


一日であまりにたくさんのことが起きた。俺は疲れきっていたはずなのになかなか寝付けず、繰り返しそれらの出来事を思い出していたのだ。


彼女がいきなりあんな恰好で現われて。
彼女を追っ払って解毒剤をくすねて元の身体に戻って。
彼女が急に包丁を持っていた俺の手を握ったから危なくて。氷がダーッと大量にはいっちまって、
彼女に何度も溜息をつかれて、玉葱の皮を剥いて。


一度薬のアラームに無理やり起こされた時には、それまで延々と一日を反芻(はんすう)していたのか、実は眠っていて夢を見ていたのか自分でも区別がつかなかった。
彼女のアドバイス通り、あらかじめベッドの脇に置いておいたグラスの水で、カプセルをひとつだけ飲んだ。
その時は実はもう朝だったのだが、ほどなくまた夢か(うつつ)かわからぬ世界へ戻っていった。


現実を呼び戻すけたたましい音から逃れるため、俺は頭から布団をかぶる。
いったい俺は何処へ戻りたいのか。


昨日博士との電話を切った後、彼女と俺はふたりで食器をシンクへ運び、彼女が洗ったものを俺がタオルで拭いていった。
それを俺がカップボードへ片付ける間に、彼女はテーブルを拭きレンジまわりとシンクまわりを掃除していた。

俺たちは何も話す気になれなかった。
キッチンの電気を消しリビングへ移動したときも、そのあと彼女が両手にコーヒーを持って来たときも何も話さなかった。
そうしながらも時折彼女の顔を見てみたが、いつもどおり無表情で何を考えているのか(うかが)い知ることは出来なかった。

夕食時までのどこかはしゃいだような雰囲気は消し飛んでしまい、ふたりとも黙り込んでいた。
彼女は俺が事態を厄介なものにしてしまったことをまだ怒っていたのかもしれず、俺は自分が招いたことなのでもちろん愚痴をこぼすことは出来なかった。

しかし、いつまでもそうしているわけにもいかなかった。俺たちには早急に対策を練らねばならない問題が、いくつかあったのだ。

まず、この姿のままで決して外出しないよう彼女は俺に言い渡した。
ここへ来る時は必ず人通りがないことを確認してお互いの家の裏口から出入りすること。
真面目な顔をして抑揚のない声で彼女は言った。

そんなおおげさな。

「現にあなたは鈴木さんに見られたのに気付かなかったのよ」

確かにそうだ。

「あなたは有名人だし、もし組織の中でジンがあなたを始末したという話が知れ渡っていたとしたら、たとえあなたを見たのが末端の人間だったとしても、話はすぐにジンに伝わってしまうわ。
そうなればあなたもあなたの大事な人たちも、すべて抹殺されてしまうでしょうね」

これまでにも何度も聞いた話ではあるが、確かに万一のことを考えれば彼女の言うことは正しい。
だがもう蘭と会う約束をしてしまったのだ。

「家に来てもらいなさい。風邪でもひいたことにして、外出できないから一緒にビデオでも見ようとかゲームでもしようとかなんとか言えば済むことでしょ」



インターホンの音が止んだ。
俺はほっとしながら既に再び眠りに落ちつつ記憶を(さかのぼ)る。


昨夜帰る直前に俺は、博士の家のドアと窓の鍵がかかっているか全て確認した。

彼女とまた議論するのは面倒だったので、人目があるとは思えなかったがおとなしく裏口から出ることにした。
リビングの奥の廊下を行くと、浴室へ続くドアと向かい合うようにして裏口のドアはある。白くて丸いノブがついただけの昔ながらのドアだ。

俺はその重いドアを押し開け、玄関から持ってきたスニーカーを外へ投げ出すように置いて履いた。
息が白くなる。知らず首を(すく)めるが震え上がるほど寒い。

彼女はドアを少し開けたまま俺を見送ろうとしているようだった。

「鍵かけるの確認するから、ドア閉めろよ」
「そう?じゃあ、おやすみ」
「おう。もしなんかあったら電話しろよな」
「あなたこそ体調がおかしくなったらすぐに知らせなさい」

俺の目を見て言う彼女の大きな瞳に、一瞬心細げな光が宿った気がして、俺はおどけてみせた。

「何?俺が帰ると寂しい?」
「バ…バカね。なんで私がそんなふうに思わなくちゃいけないのよ」

意外にも彼女はびっくりした様子で律儀に言い返してきた。

「じゃあね」

今度はそっけなく言って彼女はドアを閉めたが、鍵をかける音がしない。

「灰原、鍵かけろ」

俺がドアを軽く何度か叩いて言うと、彼女は俺に聞かせるためか乱暴に大きな音をたててロックする。
しかし彼女が立ち去る気配がない。俺もなんとなく去り難くなって、冷えきったドアにもたれて空を仰いだ。
円い月が雲間から(のぞ)き、驚くほど明るかった。



今度は携帯が鳴った。
俺は毛布の下から片手だけを伸ばし携帯を探り当てる。薬のアラームではなく電話が着信している。
着信画面を見ると蘭からだ。ついでに時間を確認するとまだ8時にもなっていない。

とにかく少しも眠った気がしなかったが、電話にでないわけにもいかなかった。



こんにちは。
ここまで読んで下さりありがとうございますm(__)m

1話を少し書き直しましたが、以前にお知らせしたとおりストーリーは変わってませんので。

今回は現在と回想が入り乱れていまして、しかも新一は半分寝ぼけているので、意味不明でないかが一番気になっています。

灰原さんの本音が初めて垣間見えましたが…。
次回はもう少し見えるかもしれません。


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