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第9話 覚…醒?
挿絵(By みてみん)

夏祭りがあった神社は今日が最終日ってコトで、深夜まで多くの人で賑わっていた。
 
来るのが遅かったから、残念ながら花火はもうトックに終わっていた。
 
時刻が十一時を過ぎていたので、夏休みに入っているとは言え、お子様連中の姿はまば)らだ。
 
代わって目に付いたのがカップルや、女の居ない野郎共ばっかりでツルンでいる学生連中だった。
 
……って、傍目はためから見れば俺と課長もカップル? 

……多分そう……なんだろうな?
 
へへ、チョット……照れるな?
 
浴衣の裾を思いっきりミニにしていた女の子達も結構居て、俺は十分に眼の保養をさせて貰った。
 
社会人になったんだから、もうガキの祭りなんか卒業だ……なんて思っていたけど、やっぱり俺ってまだガキなんだろうな?
 
もお、ウキウキしてるし。
 
浴衣姿の女の子は結構居たが、その中でも課長の浴衣姿はダンゼン群を抜いてイケていた。
 
別に超ミニの浴衣だったワケじゃない。浴衣は裾がちゃんと足首まであるオーソドックスなタイプだった。
 
だけど、なんか品がある……ってか……なんて言えば良いんだろ?

 
カップルと擦れ違う度に、男の方がずっと課長を見詰めて、それに気付いた女が足早に男を引っ張って行く……ってカンジ。
 
何人かの男からも課長は声を掛けられていたが、そこは俺がきっちりとガードしていた。
 
トーゼン、悪い気はしなかった。
 
さすがに『ナンであんなヤツと一緒に居るんだ?』ってぇ野郎の声を、擦れ違いざまに聞いてしまった時の俺としては、ちと複雑な心境になったが……
 
課長はと言うと、俺の……つか、周りのそんな声なんか全く気になってないみたいだった。
 
幾つもの軒を連ねている夜店に、まるで子供みたいに猫のような瞳をキラキラさせて見入っている。
 
射的に金魚すくい、焼きそば、チョコバナナ、わたあめ……
 
興味がある屋台を見付ける度に、課長は嬉しそうに俺の腕を引っ張った。
 
……もしかして、こんなトコロ来たコトがなかったり……して……?
 
……まさか……ね?

 
午前零時を過ぎると、夜店も殆んどが店じまいを終え、帰り支度を始めている。
 
俺と課長は一通りの祭りの雰囲気を満喫して、帰ろうとしていた。
 
俺の右手にはたこ焼きが、課長の手にはヨーヨー釣りの水風船と金魚すくいで採った二匹の金魚。そして射的で課長が捕った、六十センチものキティちゃんのぬいぐるみを得意顔で抱えている。
 
……やっぱ、俺よりもコドモだな?
 
神社の境内から少し離れた人気ひとけの無いトコロに駐車場がある。

俺は駐車場の隅っこにあった公衆トイレで用を足そうと、課長にたこ焼きを渡して離れていた。

 

「か〜の女?」

「コンバンワ〜」

「……」

「独り? 寂しくね?」
 
課長が二人のオトコから声を掛けられていたのが聞えて来る。
 
けど、この流れはヤバイ。

「ナニすんのよッツ!」
 
やっぱり!
 
課長のタダならぬ声と乱れた足音に、俺は慌てて手を洗う。
 
……課長の身に、ナニが起こったのかは、おおよその察しは付いている。


「恵理!」
 
さすがに『課長!』とは言えなかった。
 
俺は猛ダッシュで課長の元に駆け付ける。
 
……
 
そこに、野郎二人が地べたにうずくまっていた。
 
二人共、急所の鳩尾みぞおちを痛そうに押さえている。
 
俺なんかの出番……ナシかよ?
 
でも、課長も……普通じゃ居られなかった。
 
父親である社長からのプレゼントで、お気に入りだと言っていた浴衣は着崩されて乱れ、右の袖が無惨に引き裂かれ、細い肩が剥き出しになっていた。
 
俺が渡していたたこ焼きは、周りに撒き散らされ、踏みにじられていた。
 
夜店で採った水風船ヨーヨーと金魚は駐車場の砂利の上に落され、水風船は割れ、金魚が水を求めて暴れている。

キティちゃんも汚れて落ちていた。

「課長……?」

「……」
 
両手で襟を掻き合わせて押さえ付け、肩で荒い息を吐いて震えていた課長に、俺はそっと声を掛けた。
 
薄暗い外灯に照らされた課長の顔は、柳眉を寄せ、顔をしかめて……今にも泣き出しそうだった。

「ダイジョウブ……?」

「う……う……」
 
俺はそっと、震えている課長の細い肩を抱き寄せた。
 
課長の身体がフワリと擦り寄った。
 
俺の動悸が早くなる。
 
自然、俺は課長が普段愛用している甘い香水を堪能するコトが出来た。


「あっつ……」

「痛ってぇ……」
 
課長に絡んだ奴等が起き上がって来る。
 
護身術なんてそんなもの、俺は全く知らない。
 
だけど、喧嘩ならガキの頃からショッチュウやっていたし、課長に一度は伸されているコイツ等だ。

二対一でも勝てる気はしていた。

「駄目よ、司!」
 
二人に向かって行こうとした俺の腕を、課長はぐっと強く掴んだ。
 
なんでだ? 課長をコイツ等……
 
俺の問い掛ける視線に、課長は黙って首を横に振る。

「逃げよ?」

「……」
 
有段者の課長がそう言ってるんだ。コイツ等マジでヤバイのか?
 
俺は課長の視線に説得されて、即座に反応した。
 
リモートロック(イモビライザー)でフィットのドアを開けた。
 
課長が先に助手席に乗り込む。
 
俺は素早く死に掛けている金魚二匹を袋に戻し、ぬいぐるみを拾うと運転席に滑り込んだ。

「……!!!」
 
起き上がった奴等が、それぞれナニか喚きながら、追い掛けて来るのがサイドミラーで確認出来た。
 
俺はソレを無視してアクセルを踏み込む――

フィットは砂利を捲き上げて、急発進した。


 
奴等は意外とシツコかった。
 
今度は車で追い掛けて来たんだ。
 
車種は新型のGT−R。

クソ〜ッツ、羨ましい!!!

……モチロン改造しているのは一目で判った。

コッチがフィットだと、舐めて来やがったんだ。
 
ヤバイな……
 
コッチはミッション車だとは言え、超ド純正標準仕様車。

課長には面目ねーけど、マトモに遣り合っても絶対に勝ち目は無い。
 
声を掛けた女に伸されて、しかもフィットで逃げられたんだ。

よっぽどアタマに来たんだろうな? 
 
けど、ホンの少しだけ奴等の気持ちが判る。
 
……俺もそうだったコトがあったから。

イバッて言えね〜な。

 
ウサギと狼以上もの圧倒的な性能の差があったが、俺は『軽』並みの(HONDAの皆さんゴメンナサイ)フィットの俊敏性と機動力をフルに生かし、敢えて道幅の狭い住宅街を選んで、チョコマカとコーナーを曲がって逃走した。
 
直線コースに持ち込んだりすれば、一気に加速して追い付かれてしまうからだ。
 
俺はソコまで馬鹿じゃねー。
 
だけど、コーナーを曲がる度に多少の距離を稼げても、ここいらの地理にうとい俺が地元連中を引き離せるハズもなかった。
 
奴等の腕もソコソコで、フィットのケツにピッタリと付いて来やがる……
 
ちきしょ〜〜〜! 

同じGT−Rなら絶対負けねー自信があるのにっつ!


「二つ目の角を左!」
 
課長が見兼ねてカーナビを読み取った。
 
俺は課長の声に瞬時に反応して、何度も乱暴にハンドルを切った。
 
タイヤが白煙を曳き、車体と課長が悲鳴を上げる。
 
……静かに出来ね?
 
ナンとかコイツラを引き離せる手立てはナイモノカ……
 
住宅街のその向こう……顔を上げた俺の視界に、街路灯で浮かび上がった高速道路の高架が映った。
 
あの辺りは海だったか、川だったか……
 
峠専門だった俺はまだ行った事が無かったが、確かそのたもとに地元の走り屋連中でも怯む、魔の鋭角クランクがあるとウワサで聞いた事があったのを思い出した。
 
だけど、そこへはドウ行けばイイんだ???


「次の交差点を右! どうしたの? 右だって」

「ムリです」
 
言われるままにハンドルを切っていたが、今度はソレが出来なかった。
 
夜間工事で通行止めだ。

まだ作業は始まっていないみたいで、路上封鎖の為の標識が出されたばかりだった。
 
幾らカーナビでも、そこまでリアルタイムに表示出来ないだろ?

「そんな……」

「コッチに入ります」
 
俺は、まだシツコク追い掛けて来る奴等に舌打ちしてハンドルを切った。
 
こりゃ、奴等本気で俺と課長をドウニカするツモリだな? 

タチ悪ぅ〜。
 
フィットの車体が悲鳴を上げて軋む。

「駄目よ! こっちの先には行けない!」

「なんで?」
 
そう、叫ばれても遅いって。
 
もう侵入しちまってるし、奴等も追い掛けて来てるんだ。

「この先の突き当たりクランクよ!それも鋭角にしか曲がれないわ。軽だってムリよ!」

「!?」
 
そこだ!
 
よっしゃあ!
 
俺の眼が輝く。
 
キタ〜〜〜!!! ってカンジだった。

俺ってツイテル?

「回転場所くらいはあるでしょ?」

「あるけど、切り返さなきゃそんなに広くは……」

「……」
 
俺の口元が笑った。
 
上等じゃねーか! 
 
GT−Rに見せて遣るよ!
 
俺は不敵に鼻でフンと笑うと、シフトを落し、アクセルをぐっと踏み込んで奴等を煽った。
 
ルームミラーにGT−Rが一瞬引き離され、慌てて加速して追い掛けて来るのが映った。
 
そーそー、この俺にツイテ来いってーの!

「んなっつ、ナニ遣ってるのよッツ! 聞えなかったの?」
 
加速した俺に、課長は鼻白んで怒鳴った。

「向こう側は河口なのよッツ? アタシのフィットを傷付けたら、タダじゃ済まさないからッツ!」

「じゃ、無傷で車返したら、俺に何かしてくれる?」
 
俺はハンドルを握りながら余裕をカマシた。

「……う」
 
課長が言葉に詰まって俺を見た。
 
正気マジ?』って言われた気がした。
 
 
モンダイのクランク鋭角コーナーがあっという間に近付いた。
 
荒い運転は久し振りだったが、頭の中が妙に鋭く冴えていた。
 
『峠』を卒業したハズの俺だったけど、やっぱりその感覚が堪らなく心地好く感じられる。
 
ハイビームで照らし上げられた正面のガードレールには、幾つもの事故の生々しい傷痕と、多くの車体の塗料が刻まれていた。
 
カーナビを一瞥すると、素早く正面に向き直り、目測でコーナーの『アール』を読み取る。
 
確かにソクッたらフェンス越えして川だか海だかにドボン……だよ。
 
……約百十〜二十度の回転角度。四、五メートル空けて切り替え……だな?
 
俺は速度を落すべく、シフトダウンさせた。
 
エンジンブレーキが掛かり、身体が後方に引っ張られる……
 
サイド(ブレーキ)でロックさせ、後輪を滑らせながら、アクセルとブレーキを片足で同時に強く踏み込み、ハンドルを切った。
 
フィットの車体が回転方向のインに軽く沈み込む。
 
ケツが遠心力で振り回される寸前、瞬時にサイドを解除して、アクセルを踏み込みパワーを加えて立ち上がらせると、再びサイドを引いた―― 
 
その間、ホンの数秒……

「きゃあああー」
 
ギリギリのコーナーを、フィットは課長の女らしい悲鳴を引きながら、見事に鋭角クランクをクリアした。
 
そしてその直後、後方で何かがガードレールにぶつかる大きな音がした。
 
ミラーで後方を確認する。
 
制御し切れなかったGT−Rが、ガードレールの隙間から飛び出し、スクラップになりながらフェンスを突き破って川へとダイブする瞬間が見えた――
 
……モッタイナイ!


  *  *


「もぉー、司ってば……何て無茶すんのよ?」
 
ブランコに座って自分の両腕を抱きながら、課長は弱々しくそう言った。
 
……サスガに課長でもさっきのは怖かったらしい。
 
真夜中、人気の無い公園の水飲み場で、俺は死に掛けの金魚に水を入れてやった。
 
もう手遅れか? とも思ったが、袋の中に少し水が残っていたせいで、意外と大丈夫だったらしい。
 
金魚はたちまち元気に袋の中で泳ぎ始める。

「大丈夫でしたよ?」

「ナニが?」

「金魚」

「……」
 
俺の言葉に、課長は白い目で俺を見上げた。

「そんな事、言ってるんじゃないわよ」
 
言いたいコトは、判ってるって。

「はい」

「?」

俺は水の入った袋を、課長の目の前に差し出した。

中で赤と白の更紗模様のヒラヒラ金魚が泳いでいる。

「課長の金魚」

「あのね……」
 
文句の一つでも言おうかという素振りで呆れながら、課長は俺から素直に金魚の袋を受け取った。

「帰りませんか?」

「ん……」
 
帰ろうと、右手に金魚袋を持ったまま課長は両腕を伸ばし、ブランコの左右の鎖に掴まった。
 
その瞬間、俺の胸が波打つ。
 
浴衣なんて着物は元々、脇が大きく開けられている。

しかも、課長の右袖は破かれて無くなったままだ。
 
腕を上げた事で、課長の豊かな胸の丸いふくらみが引き裂かれた浴衣からはみ出し、モロに俺の目の前に曝け出されていたんだ。
 
しかも……下着、つっ、着けて……ナイ!!!
 
……ってコトは、ひょっとして、下……もかっつ???
 
うおおお〜〜〜!!!
 
俺の中に潜んでいる野獣の本能が覚醒した。
 
俺は両膝を折って、突然課長の眼の前に(ひざまずく。

「?」
 
俺の行動に、課長が『なんで?』って顔をした。

「無傷でフィット、返しましたよ?」
 
俺はニヤリと笑うと、両手を上げてバンザイの格好になったままでいる課長の細い胴体に腕を廻し、有無を言わさずに唇を奪った。

「きゃ? あ、う……ん」
 
腕を廻した俺の右手がするりと着物の脇に滑り込み、てのひら一杯に拡がる柔らかいナマの胸に触れる。

「あッツ!」
 
課長の身体がびくりと反応した。
 
「へぇ……感じ易いんだ……」
 
胸が大きいと意外と感じにくいらしいし、俺も何人かそういった女を知っているけど、課長は違うんだな?

「あぁ……ん」
 
重ね合わさった唇の隙間から、甘い声が漏れる。
 
一瞬、俺は課長が抵抗するかと身構えたが、ホンの数回だけど俺とのキスに課長の身体が少しずつ順応して来ているみたいだった。
 
つか、全然抵抗して来ない……し?
 
鎖を握っていた手が緩んで、今にもほどけてしまいそうだ。
 
俺、まだ本気モードになってません……が?

「ほら、しっかり持っていないと、金魚、落ちて死んじゃいますよ?」
 
俺の眼が笑った。
 
調子に乗った俺は、左手で課長のフトモモを浴衣の上から撫でさする。

「……んっつ」
 
課長の細い身体がった。
 
『司のペッティングがイイのぉ……もお、イッツちゃうよぉ〜〜〜』って、よく言われていた。

俺の愛撫がナゼだか好評なのはずっと前から心得ている。
 
指先が特別器用だから……とも言われていた。
 
だけど、本人(俺)は未だにソレが全くもって判らねぇ〜〜〜
 
本当……なのか?

「うん……つ、司……」

「ナニ?」
 
俺は課長の唇に深く、浅く応じている。

「ココ……は、い、嫌……」

「え? もっと、ハッキリ言ってくれないと?」
 
俺は課長が言いたいコトを判っていたのに、ワザと意地悪くそう言った。
 
少しだけ課長の肩が震えている。
 
幾ら深夜の公園だからって、何人かがすぐ傍の通りを歩いているんだ。
 
もう既に、誰かに見られていたっておかしくはナイ。
 
さすがに通報されるとマズイ……よな?

「じゃ、車に乗る?」

「……」
 
俺の言葉に、課長は恥ずかしそうに頬を上気させ、俯いたままうなずいた。
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