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第6話 計略?
挿絵(By みてみん)

俺は殴られた左頬を手で押さえ、背中から壁にモタレ掛かると片膝を立てて座り込んでいた。

頬がチリチリとうずき、ショッパくって生臭い血の味が口中に拡がっている。

「う……そ」
 
両肩から力が萎えた。

 
……そうなんだ。
 
課長は俺とは違う――
 
三人姉妹の末娘で、二人の姉とは違ってただ独り『白石』という母方の姓を名乗っている。
 
『社長の娘……そんな目で見られるのはイヤ』
 
そう言って『木村』の姓を名乗るのを嫌ってはいたが、課長は正真正銘の大企業、木村工業株式会社のご令嬢――
 
本来なら、SPセキュリティが傍に控えてたっておかしくは無い。
 
ダラシナイ本能に任せている俺とは全く違う。
 
別の世界の女なんだ……と、この時にハッキリと思い知らされた。 
 
今までの俺なら、そんなヤバイ……っつか、面倒な女はコッチから願い下げだった。

『ウゼ〜ンだよッツ!』
 
その一言であっさりとカタを着けられるホド。
 
なのに俺は……課長を意識して……いる?
 
……ナンでだ?


「も……う。や……止めてよね? い、いきなりこんなコト……するの……」
 
終わりの方は、声が震えて涙声だった。

課長は床にペタンと座り込み、両手で口元を覆った。

キッツ! と刺す様な視線を俺に投掛けてはいるが、いつもの獲物を追うキツイ目付きに迫力が無い。

大きな瞳に生気は感じられず、寧ろくすんで見えるような気がする。

俺には課長が必死に強がっているのがモロ判りだった。

 
あれ? 

……課長って、コンナに女っぽかったっけ?

「……ごめ……」
 
顔を伏せた俺は、それだけ言うのが精一杯だった。
 
居心地が悪ィ……
 
普段のチャラチャラしていた俺はどこかに消え去っている。

今更謝っても……きっと課長は俺の事、許してはくれねーんだろうな……?

「あ? う、ううん……び、びっくりした……だけ……」
 
覇気のナイ俺の声に慌てたのか、課長は取りつくろうようにそう言った。

俺が顔を上げると、課長は俺と視線が合わせられないのか、合わすのがイヤなのか、気まずそうに視線を逸らせて俯いてしまった。

……ナニか……

ナニか言えよ?

頭の中で、この気まずい空気をナンとかしたい俺が居るが、こんなの俺の予想外。

フリーズしちまった課長を前に、俺、どうすりゃいいんだよ?

課長だって……『いやぁ〜ん! 司のえっちぃ〜!』……くらい、言えよ?

無理かな?

だけど黙って俯かれちゃあ、息詰まって仕方ねーだろっつ???

「……」

お互いがダンマリになっちまった。

修復するのには、もう手遅れ……か?
 

 
暫らくして、俺はオモムロに立ち上がった。
 
そしてハンガーに掛けてあったヨレヨレの俺のスーツを手に取った。

次いで、俺の気配に気付いて顔を上げた課長が、息を飲んだ気配がした。

「どこに行くの?」
 
俺は背中に課長のすがるような視線を感じていた。

「帰ります」
 
サラリとカッコ良く言ったつもりだった。
 
……だけど、その言葉を口にした俺の今の格好は、白のドライメッシュ・ランニングに黒のショートボクサーパンツ。

そして足元は、ナゼだか履いたまんまの黒のビジネスソックス。

下着姿のままでカッコもナニも……ねーよな?

「……」
 
振り返った俺と、このチョッと情けナイ俺の姿をじぃ〜〜〜っと見上げている課長との視線がガチで合う。

「……ふっ……」
 
課長のベソを掻いていた顔が、徐々に緩んで来る。

「はぃい?」
 
ひょっとして、俺のこの格好でウケてるのか?
 
「ぷぷっ……」
 
遂に課長が吹き出した。
 
オイオイ、勘弁してくれよなー?

いつまでもメソメソされるのは困るが、俺の格好をサカナにして吹き出されるってぇのもなんだかな?

「くすくす……帰るの? でもどうやって? ここって、会社から二十キロ以上も離れているわよ?」
 
課長の言葉に、シャツに片袖を通していた俺の動きが停まった。

「……ウソ? マジで?」
 
二十キロ……かぁ……
 
途端にドンヨリと憂鬱になる。
 
車が無い俺に残されているのは自分の足だけだ。 

やっと空腹が満たされたとは言っても、徒歩での二十キロはチト辛過ぎるし。

「また仮眠室? 今頃行っても正門は閉鎖されているし、守衛さんが居る裏門だって正式な上司からの承認許可の提示が無いと開かないわよ?」

「今ここで、課長が承認を俺にくれれば良い事じゃないっスか?」
 
俺は不満げに口を尖らせる。

目の前に居る、課長の許可があればいいじゃん?

……二十キロはコタエルが。

「それは上司として出来ないわ!」
 
課長は毅然とした態度でぴしゃりと撥ね付ける。
 
おっ? 元の課長に戻ったのかぁ?

「ナンで?」

「理由が無いもの」
 
……おっしゃる通り。

「理由……ですか? それなら、どうして俺をココに連れて来たんです? 部署内でひっくり返ったから? メシ喰って、もう元気になったんだから、自由にしてやっても良いようなものでしょう?」
 
ってぇ、俺って犬・猫と同レベルかぁ? 

……チョット我ながら悲惨だなぁー。 

自分で言ってるその理屈に、ナンだかおかしくなって笑いそう。
 
今度は俺が吹き出しそうだ。

「……出来ないわよ……そんな……」
 
課長は小声でそう言った。
 
そして少し困った顔をして、視線を俺から逸らせる。

「課長が自宅に俺を連れて来たってぇコト自体、俺は未だにナットク出来ていませんが?」
 
ま〜だ言ってら……俺ってシツコイ?
 
実を言うと、俺はトック。

おおよその察しは付いていた。

課長が俺のコトを……その……まあ、雰囲気で判るだろ?
 
だけど、敢えて俺は課長の口からソレを言わせようとしているんだ。
 
……意地悪かな?

「あ……だからそれは……」
 
答えに困りながらも、課長は俺に向き直った。
 
暫しの沈黙。
 
二人の視線が絡み合う……
 
おっつ? ナンだか良いカンジ?

俺は課長からの返事を、ワクワクして待ち受けた。

「その……」
 
ピンポーン☆
 
言い掛けた課長の言葉を遮る形でチャイムが鳴った。
 
二人の良いカンジの『間』が寸断されて、ムッとする俺。

チクショウ! ドコのどいつだオジャマ虫めっつ!!!


−『ちわーっ、宅配便でぇーっす』
 
課長は『助かった』とばかりに玄関へと急いだ。

「ちえっ」
 
インターフォンから聞えた明るい声が、恨めしく思えた。

 
大きなダンボールを抱えて、課長はリビングへと遣って来た。
 
見た目のワリには軽そうに抱えているが……何だろう?

「良かったぁ。今日中には届かないのかと思っちゃったぁ」

サッキまでの課長の様子は一転して、妙に明るい。

……ワザと話をハグラカシテいやがるのか?
 
カッターでガムテープを切り、ガサガサと中を開ける。

俺は話をブチ切られて、ムッとする。

そして胡散臭そうに、嬉々として箱を開封している課長の手元を見守った。

「ほらっ!」
 
中から取り出したのは、男物の衣類ばかりだった。
 
その一つを取り出して、得意そうに俺に見せる。

「なかなかの見立てでしょ?」
 
デザイナーズブランドの薄いグレーのスーツ。
 
へぇ……携帯の彼氏へのプレゼント……か?

ソレを俺に見せたって……嫌がらせか?

俺にはムナシイだけなんですが???  

……それにしても、まだ一杯中にあるみたいだが……?
 
俺は携帯の彼氏がチョット羨ましくなった。

一つくらい俺にくれっつ!


「サイズ、大丈夫だよね?」
 
課長が嬉しそうに言った。

「は?」

……サイズ? って、ダレの???

「横幅は無いから、Lで大丈夫でしょ?」

「? んな……何のコトっスか?」
 
一瞬、俺は話が見えなくてポカンとする。
 
課長は黙って下着姿の俺を見詰めた。
 
眼が覚めた時から、ずっと俺はこのランニングにパンツでソックスってゆ〜、妙な格好で居る。
 
……チョット情けない格好だよな?

「その格好でウロウロされると困るわ」
 
課長は今更だが、目のやり場に困った素振りを見せた。
 
ナンだよぉ〜、俺が(未遂で)襲うまで平気だったクセに……

「……だから、ナニ?」
 
話が読めねぇ〜?

「これ、着換え」
 
課長は手にしたスーツを俺に押し付けた。

「はあ?」
 
ひょっとして、俺の???
 
ウソ……マジで?

「えっ? こ、これ……俺のなんスか?」
 
俺は箱にまだ入っている衣類の山を見て嬉しくなった。
 
おおっつ、下着から着換え一式揃ってら。

「ええ。全部」

「え〜、マジで?」
 
俺は手放しで喜んだ。
 
さすがは一流企業のご令嬢。

どれもが一流ブランドだ。

品揃えが違っているのは俺だって判る。

これだけでもかなりな金額になるハズだ。

「気に入って貰えた?」

「いや〜、気に入るもナニもナイッショ。助かります」

「そう、良かった」

「結構な金額だったでしょ?」

俺はガサガサと箱の中身を物色中。

「まあね?」
 
課長は軽く顎を引いた。

 
そして、俺には思いも寄らない冷酷なコトバを、課長は平然と言ってのけた。

「全部、貴方の今月以降の給与振り替えだから」

「は?」

嬉しそうに言った課長の言葉がイマイチ理解出来なくって、俺は思わず訊き返す。

「やーね? だから、給与振り替えになるの」

「えッツ?」
 
手に持っていた新品のスーツが、バサリと床に落ちた。


「な……何ですかあぁあ?」

「これ、全部今月以降の貴方の給与からの引き落とし。天引きするようにって、経理には言ってあるから。自分の給与だから、気兼ねする事ないでしょ?」
 
課長は全く悪意のナイ笑顔でにっこりと笑った。

「……」
 
一瞬で、俺の頭が白髪になった気がした。
 
ちょっと……待て。

今月からの給料って……俺、車の修理代にと思って、アテにしていたんだぞーっつ!

 

実は俺、もう一台、旧式なのだが※蒼いランエボを持っている。
 
学生時、いつも入り浸っていた修理屋のオヤジに『邪魔だ』とか『さっさと廃車にしろ』とか言われているのにオヤジん所のガレージに勝手に置きっ放しにしている。
 
燃費の超〜悪い、しかも故障しているランエボが。
 
コイツを真っ先に修理してやろうと思っていた。

車さえあれば、車内で生活出来るかなと思って。

なのに……

「……」
 
俺はガックリと肩を落とした。
 
……せっかく初任給で修理しようと思っていたのに、当面は先送りかぁ……

お陰で俺の予定が狂っちまったぞ?


「あら、ナニ落ち込んでるの?」

「……」
 
小首をかしげて不思議そうに、課長は落ち込んでしまった俺を見た。

「……」
 
ワザとじゃないんだ……ワザとじゃ……
 
課長は良かれと思ってのコトだろうし……俺だってこの状態のままだと困っていたハズだ。
 
……何かウラがあるのか? 

スンナリと納得出来ねぇ〜〜〜
 
いつもなら、ヤバイと勘ぐってサッサと「逃げ」にはしるのが俺のモットーだ。 

なのにこの課長ときたら、俺の勘を妙〜に狂わせちまう……


「どうしたの? 不満そうね?」
 
課長は腕組みをして俺を見上げた。
 
さっきのシオラシかった課長は、ドコに行っちゃったんだあ? 

しかも、その視線はなんだか俺の様子を見て面白がっているような……

「こんなに要らないですけど……?」

「あら、必要でしょ? だって……日高クン、ココで暮らすもの」

「え……???」
 
はいい?  

今、なんて……?

「行く当ても無いのでしょ? アタシは日高クンが家事をしてくれる条件でなら構わないけど?」

課長はそう言うと、これ見よがしにフィットのキーを俺に見せ、自分の顔の横で軽く鈴を鳴らすように振った。

「運転手さんもヨロシクねぇ〜」
 
言ってやったとばかり。

課長は堪え切れなくなったのか、くすっと笑った。

「……」
 
俺は絶句してフリーズした。

こっ、ココで……暮らす? 

同居っつ???

……それって課長と同棲かっつ……???

「言っておくけど、さっきみたいにヘンな気は起こさないでね。手加減しないわ」

「……」
 
既に頭ン中が真っ白になってしまった俺は、後から言った課長の言葉は全く耳には届いていなかった。

 
……ひょっとして……俺は課長に……拉致らちられたのかっつ???

※ランエボ : 三菱ランサーエボリューション
※ご訪問、ありがとうございます。 数少ないありがたいコメントから、作品で「っつ」の書き方に疑問やご不快を感じられていらっしゃる読者様の報告を頂いております。 小説作法を無視しているのかとお叱り、ご尤もでございます。 ですが、誠に以って申し訳ございません。 作者独自の強調方法としての「一種の仕様」 (=個性)だとご理解して頂き、お見捨て置きくださいますようお願い申し上げます。
※年齢制限作在り。作品閲覧はご自分の責任にてお願いします。
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