チクショウ、偉そうに……何だって俺がメシ作んなきゃなんねーんだよッツ。
しかも自分の分まで作れって?
俺は理不尽な境遇に対して不機嫌になりながら、馬鹿女が案内するキッチンへと足を運んだ。
ぐううう……きゅううう……☆
うぉあああ〜〜〜っつ!!!
腹の虫が盛大に喚いてくれるぜ。
あああ〜〜〜もぉおおお!
ハラ減ったぁあ〜〜〜☆
「この中から何か出来る?」
馬鹿女は、俺よりも背丈が高くってでっかい冷蔵庫の扉を開けた。
俺は首を伸ばして庫内を覗き込むと、ゴクリと喉を鳴らした。
「うわ……」
肉類に、魚介類、野菜にチョットした惣菜ナドナド……中にはあらゆる食材がぎっしりと詰まっていた。
庫内奥の壁が、詰め込み過ぎで見えねーよ?
これじゃ、多過ぎて逆にメニューが決まらねーぞ?
「あの……」
「何?」
俺は冷蔵庫のドアを押さえている馬鹿女を振り返る。
「こんなに入っているのに、作らないんですか?」
俺は無意識に社内での喋り方をしていた。
ヘンか? とも思ったが、取り敢えず俺を助けてくれたらしいのは事実だし、一応俺の上司だものな?
敬語ぐらいは使わねーと。
「作らない……じゃないの」
馬鹿女は小声でそう言うと、キマリが悪そうにそっぽを向いた。
俺は
訝って首を
傾げる。
「ああ……」
……ナットク。
作れねーんだ……よな?
でもそンならどーして、こんなに食材が入ってんだ?
俺の素朴なギモンを感じ取ったのか、馬鹿女はテレながらも「自分で買ってきたの」と俺に言った。
ああ、買い物くらいは出来るんだ……
って、買い過ぎるだろッツ!
しかも、どれもがデパ地下ご用達の、俺に言わせると目を
剥くホドの値段が付いているものばかりだ。
ヤレヤレ……こりゃ普段の食事、マジで作ってねーな?
「どお? 出来そう?」
不安そうに俺の顔を覗き込んできた。
どき!
思わぬ至近距離に、俺の心臓が跳ね上がる。
あ、あの……そ、そんなスガルような眼で見ないでくれる?
しかも接近して。
「ち、チョッと待ってください……」
ってえ、コメどこだ?
俺はキッチンのあらゆる扉を開けて、キョロキョロと捜索中。
「なに?」
「あのぉ〜、コメはドコですか?」
「あ……?」
サスガは自炊しないお嬢様。
肝心の米を買ってなかったらしい。
……って、毎晩ドコでメシ食ってンだよっつ???
* *
結局、俺は生のタラコでササッとパスタを作り、トマトとレタスその他諸々の野菜でサラダを作った。
キュウリを薄切りにするタタタタ……という小気味良い包丁の音に、馬鹿女は妙に感動していて、その姿が俺に取っちゃあ異様? それとも新鮮???
コンナノ練習すれば誰だってスグに出来るって。
後は久し振りに飲みたくなった、豆腐とワカメの味噌汁を作る。
自炊は久し振りだったが、我ながら結構イケてる味付けになった。
何日振りの食事だろ?
くう〜〜〜っつ!!!
目の前がうるうるして来たし。
「いっただきまぁ〜すっつ!」
俺は文字通りガッツいて
貪り喰った。
テーブルに向かい合って座った馬鹿女は、俺のゴーカイな喰いぷりに怯んだのか、大きな眼をパチパチとシバツカセてフリーズしてる。
いや? 俺をじぃ〜〜〜っと……観てるのか?
微妙なその表情は、微笑んでるのか、泣きそうなのか……?
「どう?」
「はひ、うはひへふ(はい、美味いです)」
……ってぇ、作ったの俺だぞ?
まあ、食材も高級品ばっかだし、そのせいもあるのかな?
「課長?」
「うン?」
俺はある程度まで腹を満たすと、食べるペースを落した。
馬鹿女は俺の五分の一も食ってねー。
「あの……不味い? それとも苦手だったッスか?」
食が細いのか、それとも俺の味付けが不味かったのか?
俺は、そっと訊いてみる。
馬鹿女は、口角を少しだけ上げて笑った。
でも、ナンだかいつもの元気が無いぞ?
どうした?
「ううん、そんなコト……無い……」
「自炊……しないんだ」
俺は馬鹿女の様子を
窺った。
「……ん」
馬鹿女はほんの少しだけ反応して
顎を引く。
「だって、忙しいもの……」
その言葉に、俺は若干イラッと来た。
管理職がナニ言ってンだよ?
シケた返事すんなよな?
独り暮らししてンだろ?
家事一切が『出来ない』じゃあ、生活出来ねーだろーが?
メイドさんでも雇っているンなら、ハナシは別だが……
「そうじゃないだろ? 課長って、いつもソレだよな?」
「え?」
馬鹿女が不意を喰らったように顔を上げて俺を見詰めた。
「仕事だってそうだ。いつも『忙しいから』とか『そんな余裕ナイ』とかって、課長は俺の改善案を却下するよな?」
「……」
「今置かれている環境をもっと効率の良い方へ持っていく為の改善案だろ? その為の準備にある程度の手間隙が掛かって面倒でも仕方がない。先の為の『投資』だと考えては頂けませんかね? ……って思いますが?」
ふっふっふっ……言ってやったぞ。
今更仕事のコトを持ち込むなよな? と、自分に突っ込みを入れてしまう俺。
「……」
馬鹿女は黙って視線を落して俯いた。
黙っているのは肯定している証拠じゃねーのか?
「自炊のコトだって同じだ。『出来ない』じゃない。『遣ろうとしない』だけだ。面倒がって努力もしない。自分にも他人にも納得出来る理由を見付けて、逃げてるだけだろ?」
俺は言いたいコトだけ言うと、逃げの態勢で構えていた。
「……」
……あれ?
全然言い返して……来ない?
ひょっとして……図星?
* *
あれから馬鹿女は俺に文句を……全く言わずに黙って完食した。
気が付けば、俺はナゼだか食後のコーヒーまで淹れていた。
ナンでって?
……気が付いたら二人分淹れてたんだよッツ。
「美味しかったわ」
コーヒーで一息ついて、馬鹿女はにっこりと俺に微笑んだ。
「う……」
その微笑に、何かとんでもないコトを言い付けられそうで、在りもしない恐怖に俺はビクッて構えてしまう。
「課長?」
「なに?」
「ココ課長ン家ですよね?」
「そうだけど?」
馬鹿女はそれがどうかしたのって顔をした。
「俺、何でココに運ばれて来たのか、本当のコト、まだ訊いてないッスよ?」
「あ、洗いモノ宜しくね?」
「はい」
……って、俺がかよ?
社内みたく、いつもの調子で言われて、いつもの調子で返事してしまった……
俺ってバカ……?
上手い具合に質問を、
煙に巻かれてしまったし……
だけど、洗いモノまでナンで俺???
納得いかねーンだけど?
って疑問を感じつつ、後片付け遣ってる俺ってどうよ???
「……」
リビングから携帯の着信音が聞えた。
会話の中身までは聞えねーが、妙にしおらしい声で受け答えしている馬鹿女。
察するトコロ、男だな?
……まあ、居ても不思議じゃねー……か。
「……?」
ナンだか胃の辺りが重くなった……?
急に食い過ぎたから……かな?
「終わりましたよ?」
コレも『業務』の一つなのか?
ナンだか良いように操られているが……
「ああ、アリガト。座って? チョコ食べる?」
馬鹿女は『ゴディバ』と書かれた箱(モチロン日本語じゃねーぞ)のチョコを頬張りながら、食後の優雅なひと時をPCのネット検索に宛てていた。
「はぁ……」
促されて、すとんと
傍にアグラをかいて座り込む。
「はい、あーん」
「はあ、あー……」
言われるままに口を開けたら、すんなりした細い指でチョコを入れてもらった。
指ごと食っちまおうかと思った。
ン? うめぇ!
チョコを舌先で転がし、ヨダレが溢れそうになるのを注意しながら味わった。
口中でとろける絶品ってのは、こういうモノなのか?
俺は甘いものは基本的には苦手なんだが、コレは中々イケていた。
「ナニしてるんスか?」
口をモゴモゴさせながら、馬鹿女が開いているノートPCのディスプレイを何気に覗き込んだ。
画面には、旨そうな果実の『壁紙』の前にビッシリと文字が並んでる。
うわ。
画像じゃなくって、文章かよ?
アタマ痛くなりそーだな?
もしかして、小説か???
「うふふ、ネット小説よ。今お気に入りの小説があるの」
馬鹿女は少し恥ずかしそうに言って微笑んだ。
「ふーん」
俺は別に興味は無かった。
あるとすれば、貰ったチョコのおかわりと、テーブルのPCに向かって横座りをしている馬鹿女の
肢体ぐらいか?
俺の視線が舐めるように馬鹿女の身体を
這う。
「どんなの?」
一応、訊いてみる。
「ハーレクイン風のラブロマンスなの」
「ふーん」
ハーレクインのロマンス……ねぇ。
ハーレーダビッドソンなら得意分野だけどな。
ガサツな俺には縁がねーよ。
「オフィス・ラブのこの作品も素敵なの」
俺は内容まで聞いていないのに、馬鹿女――課長は十代の女の子みたいに、とても嬉しそうな顔をして説明して来た。
よっぽど好きなんだな?
俺はそこでまたしても課長の無防備な『素』の笑顔を見た。
何だ……笑顔もやっぱカワイイじゃん?
ドキン!
……ナンだ? この動悸は……?
「その小説、何て言うの?」
調子に乗って、聴いてみた。
俺の質問に課長が一瞬戸惑う。
「あ……あの……り……『略奪の……キ……』」
「え? ナニ?」
『略奪のキ』?
終りが聴き取れなかった。それだけ課長は小声で言ったのだ。
「キス……『略奪のキス』」
遠慮がちにもう一度課長はそう言って、少し頬を赤らめた。
課長が何に対して赤くなったのかは俺には判らなかったが、それとは多分別の次元……それも超低次元で、作品タイトルの『キス』って言う言葉が、俺の頭の中を駆け巡る。
俺って『野獣』?
「ね、ね?」
俺は既に邪心の塊になって、課長の視線を強引に向けさせた。
「え?」
「ご飯作ったの俺でしょ? お礼のキスは?」
そう言って、左利きの俺はその手で頬を指差した。
「う……」
一瞬、課長が退いたのが判った。
「別にコッチじゃないスよ? 課長がいいのならコッチでも、俺はゼンゼン構いませんが?」
俺はニコニコしながら、今度は自分の唇を指さす。
「……」
タチマチ課長の頬が赤く染まった。
はにかんで、頬を紅くさせている課長がナゼだか初々しく見える。
「ほら、ほらっつ♪」
俺は軽く眼を閉じ、左頬を突き出すようにして課長に催促する。
実際、外見上では無防備に見えるが、俺の意識下ではすでに警戒網が張巡らされ、臨戦態勢になっている状態だった。
峠を攻めている時のように、チョットした空気の流れでさえ、今の俺なら簡単に読み取れそうなほど全神経を頬に集中させて、課長の接近を待ち受けている。
「……」
課長の顔が近付いて来た――
チャンス!
「うんっ?」
課長の唇が俺の頬に触れそうになった一瞬の隙を突いて、俺はサッと顔を向けた。
そのまま左手で課長の後頭部を抑え、右腕で細い身体を抱き締める。
「んん〜〜〜っ! ウン!」
唇を奪われて、驚いた課長が俺の腕の中で暴れた。
俺は唇を塞いだままでニヤッと笑うと、自分の体重にモノを言わせて、課長をその場に押し倒す。
細い両肩を掴んで、力任せに組み敷いた。
「!」
痛ッツ!
下唇に焼け付くような鋭い痛みを感じた。
課長に噛み付かれ、慌てて覆い被さっていた身体を離す。
暴れた課長から強烈な平手を喰らい、怯んだ俺の腹に蹴りが入った。
「あっ?」
体格でもハナシにならないはずの、俺の身体が宙を舞った。
巴投げをされた俺は無様に背中から落ちる。
護身術? 強ぇー。
「……馬鹿ッツ!」
課長は赤面し、肩で息を整えながら、ほんの少しだけ涙眼になって俺を睨んだ。
「……課……長?」
……ウ……ソだろう?
俺は、課長のその強張った表情から、課長がまだ……なのだと知ってしまった。