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第3話 最悪の事態
挿絵(By みてみん)

「あのっつ……ひ、日高さん、さ、さっきは本当にごめんなさいっつ!!!」

里佳子ちゃんは俺と視線を合わさないまま、ペコリと頭を下げた。

あれから、婦長にこっぴどく叱られたらしい。

しゅ〜んとなって俺のトコロに謝りに遣って来た。

「もうイイですよ? 俺もチョッと問題ありでしたし、気にしないでください」

サスガにクーラーボックスは死にそうだったが……

俺は乾いたアイソ笑いをする。

そもそも俺が里佳子ちゃんに勝手に妄想しちゃっただけで、彼女は全く悪くナイ。

加害者は寧ろ俺だったりするし。

だけど、視線を合わせてくれない里佳子ちゃんの様子に、これからお世話になる俺は一抹の不安を抱いてしまった。

ナンとか打ち解けておかないと、この先暫らくは里佳子ちゃんがメインでお世話してくれるんだし、俺としてもシカトされたくはナイもんな?

俺は何気にベッドの隣にある、冷蔵庫を見詰めた。

「あ、そーだ。チロルの夏限定出たの、知ってます? その冷蔵庫に入ってるんですけど……取って貰えますか?」

俺は首を廻らせてベッドの隣にある冷蔵庫に向って視線を送った。

「はい?」

シュンとして俯いていた里佳子ちゃんが『チロル』と言う言葉に反応して顔を上げた。

そして、冷蔵庫からよく冷えたカップ入りの新作チョコを取り出してくれる。


俺はまだ外出の許可を貰ってないクセに、勝手にリハビリと称して病院の外にあるコンビニに夜な々出没していた。

それも結構頻繁に。

別に『チロル』を買うためにワザワザ痛い身体を引き摺ってコンビニに行ってるワケじゃない。

俺はエロ本目当てに行ってただけで、『チロル』はツイデだ。

パジャマ姿の怪我人ってだけで目立つのに、立ち読みばっか遣ってたらヤバくね?

そいでもって、帰りにお菓子の新作チェックをしたりなんかする。

ナゼかって? そりゃ、女の子にはスィーツ系の話だろっつ? 

決め付けるのもナンだが……俺が知ってるオンナ達は、みぃ〜んな甘党だったしよ?

俺的には甘いモノ苦手なんだけど、病院で毎日顔を合わしてお世話になってるのは圧倒的に女の子だし。

……元女の子も結構いるが……


「え〜、こんなのもあるんですね?」

里佳子ちゃんはカップに入った『チロルチョコ』を手にして、珍しそうに眺めた。

さっきまでシュンって落ち込んでいたのに、もう復活して嬉しそう。

俺も女の子が落ち込んでるの見たくねーし、ニコニコしてくれてる方がイイ。

うっしゃ! 掴みはOK。

俺は動けねーから、脳内だけでガッツポーズ。

「良かったら皆さんでどうぞ?」

俺の言葉に、里佳子ちゃんは意外だったみたいだ。

俺は里佳子ちゃんが受け取り易くなるように、里佳子ちゃんに対してじゃなく、ワザと『皆さんで』と言ってやった。

後は里佳子ちゃんが独りで食べようが、気の合う友達だけで食べようが、律儀に病棟詰所の看護師達と食べようが、それは彼女の自由にお任せだ。

サイアク、『要らない』って他の人にあげちゃうって場合もあるかな〜?

ま、いいや。

「あ、ありがとう、日高さん」

俺は里佳子ちゃんと10ポイント仲良くなった……って、ゲームかよ?



馬鹿女はあれ以来さっぱり来なくなった。

ま、俺だってあんな態度取られてまで見舞いに来て貰っても迷惑だ。

二日と空けずに熱心に遣って来るコウ達の本当の目的は、里佳子ちゃんと馬鹿女だった。

里佳子ちゃんは別だが……性格ブスの馬鹿女にご執心だなんて……趣味悪ィぞ?

俺は優しいナースちゃん達に手を握って貰いながら、鼻の下を伸ばしてリハビリにいそしんだ。

特に里佳子ちゃんはあの日以来、俺のコト気に入ってくれていたのか、ちょこちょこ俺の様子を見に、病室に顔を出してくれた。

俺の担当ってコトもあるんだろうが……

あのまま嫌われてたら、俺、どうしようもなかったし。


モトが元気な俺が、『入院』だなんてなー。

病院なんか、健康診断するトコロだとしか思っていなかった。

まさか俺がこんな事になるとはね……


俺は里佳子ちゃんにヨロシク遣って貰って順調に回復し、外傷だけのとっても元気な入院患者はスンナリと退院のメドを付けた。


「日高さん、そろそろお会計いいですか?」

「あ、はい」

呼ばれて一階のフロントに出向く。

そして俺は事の重大さに気付かされた。

先月まで、俺の治療代は木村工業が支払っていてくれていた。

俺は院内の会計の人に呼び出され、金の掛かる個室から大部屋に移る気は無いかと訊ねられていた。

今思えば、確か、会社からの支給はココまでだと説明を聞いていたような……???

基本、『連絡がナイのは元気な証拠』ってぇ音信不通を選んでる俺だから、親には事故のコトをナンにも言っていなかった。

見舞い客っても、走り屋仲間のダチばっか。

そんなに卒中来てくれるヤツはいなかったが、里佳子ちゃん達数人の新米ナースちゃんが、交代で様子伺いに来てくれる今の状態が気に入っていたし、別室に引っ越すのもナンだか面倒になってそのまま個室を選んでいた。

その請求が、そっくり俺に廻って来たんだ。


「……マジかよ……?」

俺は請求書の紙切れを前に、その金額に鼻白んだ。

慌てて親にSOSを打診したが、悲しい事に冷たく突き放された。

もっとも、俺の家は何十万の金をポン! と出せれるような家じゃねー。

オヤジからは『ドコにそんな金がある?』ってアッサリと断られてしまった。

−「司、事故ったってぇ〜?」

携帯を握った俺に、梓のマッタク慌ててナイ暢気な声がした。

「うん」

落ち込んでる時にオマエかよ……

俺は二つ年下の大学生、妹の梓の声を聴いてゲンナリする。

−「あっははは……治療費くらい自分でナンとかしろよ? オヤジよりいい会社に入社してんだろ? 甘えんな。バ〜カ!」

Pi☆

「あっつ! クソ! ムカつく……」

一方的に切っちまいやがった……

梓の言ったコトも一理あって、更に落ち込む俺。

コイツ、俺をドン底に突き落とすタメに、ワザと携帯に出やがったのかよ?

まあ、俺って家出同然で出て来たものなぁ。

頼もしい長男と、しっかりした長女の間、二歳ずつ空けて、その真ン中に出来損ないの俺が居るって家族構成だ。

実家は農家で僅かばかりの田畑がある。

オヤジは県庁職員で早朝と休日は野良仕事に精を出す、兼業農家ってぇヤツだ。

兄貴は塾の講師を遣っている。

土地を持っているんだから金持ち……ってゆ〜感覚はウチにはナイ。

むしろ土地の維持費なんかに金が掛かっていたりするし、そんなに広い田畑じゃねーから自分のトコで食える分だけしか作っていない。

自給自足みたいな生活を遣っているようなものだ。

俺は一度二年前に事故を起こし、オヤジには事故の賠償金のタメに田畑の一部を売らせちまった苦い経歴がある。

居た堪れなくなった俺は、実家を飛び出し……ってハナシだ。


泣きっ面にナンとかってぇよく言ったモンだ。

入院する前からの半年以上もの家賃滞納に、シビレを切らせた大家のヤツが、俺の部屋の鍵を、勝手に変えてやがったんだ。

俺は荷物の殆どを大家に差し押さえられ、無一文状態で路頭に迷った。

ただ、木村工業が俺の解雇をしなかったのがせめてもの救いだった……かな?


  *  *


「社長、おはようございます」

「おはようございます」

その人に気付いた社員達が、次々に素早く起立し、姿勢を正して挨拶する。

おおっつ! みんなお辞儀の角度が四十五度だ!

俺は新入社員マニュアルに載っていた記事を思い出して感動した。

『社長』は軽く顎を引いて、社員達に応えている。

流石は大手企業のトップだ。

全身から高貴なオーラが立ち込めていて、俺なんか傍にさえ近寄れねー。

つか、かすんじまう。 

「日高君、今日からここが君の部署だ。遅れて入社した分、頑張ってくれ給え」

「はっ、ハイッツ!」

背筋を伸ばして硬直した。

恐れ多くも社長直々の部署案内に、またしても俺は緊張して恐縮しまくった。

つか……ナンで社長が???

視線が彷徨って落着かない。

怪我が治っての初出社、俺は不安で仕方なかった。


「紹介しよう。彼女が君の直属の上司になる……」

社長の声に、俺は俯いていた顔を上げた。

目の前に、書籍カタログのファイルを捜して俺に背を向けていた、ベージュ色のスーツ姿の女性が居た。

長めの髪をキリッとアップに結い上げている。

髪留めに使われたクリップには、綺麗な光る石で造られた花の細工が施されていた。

俺が見たって、そこら辺の店では売ってなさそうな髪留めだ。

軽くパンプスのかかとを浮かせて、しなやかに伸びをして自分の身長よりも高い場所にあったファイルを取っている優雅な後姿に、俺の心は舞い上がった。

華奢な身体にきゅっとくびれたウェスト、折れそうな細い足首が中々セクシーだ。

へー、なかなかのプロポーション。

俺にはストライクゾーンのド真ん中。

「白石さん、この第三設計部の課長だ」

社長の説明に、俺の顔が緩んだ。

へえ〜『白石課長』……女の上司かぁ〜……すげーよなぁー。

俺はその美しい姿と綺麗な名前の響きに、涙眼になるほど感動していた。

くうぅ〜〜〜っ! 入社出来て、ホント良かったぁあああ〜〜〜!!!

死にモノ狂いで勉強した大学時代は無駄じゃ無かった。

夜間は峠で息抜きしていたけどよ〜。

これから毎日、この美しい姿が拝めるのかと思うと、俺は無性に嬉しくなった。

そして、俺の上司になる彼女が、社長の声に向き直る――


「……えっ?」

一瞬で、俺の笑顔が強張って貼りついた。

「……ん、な……!!!」

声にならない。

全身の血が逆流したのかと思うほど驚いた。

「あら……」

彼女は細いフレームの眼鏡を片手で軽く押し上げると、俺を爪先から舐めるようにして見上げて来た。

「……」

俺は呼吸困難に陥った魚みたいに、口をパクパクさせる。

「……完治、したんだぁ」

挑み掛ける様な視線は相変わらず健在だった。


――馬鹿女!!!


コイツが俺の上司だって???

ウソだろー?

フザケんなッツ!!!

俺は目の前が真っ暗になって、思考回路が遮断された。



マンションを追い出され、あれから悪友共の家を転々としていた無一文の俺だったが、遂には行く宛ても無くなった。

残された手段は、女に貢いで貰う、ヒモの生活。

コレでも俺は何度かそういった生活を体験している。

それも全部が車関係での金銭絡みが原因だ。

有難い事に、親は俺を意外と男前の部類に産んでくれたらしい。

声を掛けて狙っても、ほぼ高確率で命中。ゲット出来る自信はあった。

木村工業の大企業ともなれば、社員は当然男ばかりではない。

PCを取り扱うOAシステム部門や経理課。営業リサーチ部門に受付事務等、綺麗ドコロの女の子の部署には事欠かない。

全く……何てオイシイ会社なんだ?


ところが……

俺は自分の浅はかな短絡思考を、痛い程思い知らされてしまった。

浮かれていたのはホンの数日だった。

大企業の女性社員ともなると、そこいら辺の女達とは出来も違えば身分も違っていた。

関連会社令嬢やら、取引先の令嬢やら……俺に金があればどうにでも……ならないか。

とにかく、セレブなお嬢様方ばっかでやんの。

俺は流石に焦った。

身分の格が、桁違いだ。

価値観、特に金銭感覚が、全く咬み合わねー。

つか、車さえ失くしてしまった俺なんかおかに上がったナントカと同じで、相手にもされなかった。

男共は俺と大して違わない奴等ばっかりだ。まあ、実力さえあればチャンスは望める……ってえ世界だった。


結局俺は、自分が所属している第三設計部のフロアにある仮眠室で寝泊りし、会社が所有しているグラウンド傍の部室に夜な々忍び込んでは、勝手にシャワーを遣って生活するハメになった。

当然、俺は部署内で一番の残業時間になっていた。

帰る家が無いんだから、当たり前だけどな?

悪友から借りていた食費も殆ど底を尽き、明日のメシをどうしようかと悩みながら仮眠室で仰向けに寝そべった。

窓の外を眺める。

……外に美味そうな餃子が浮かんでいた。

「腹……減ったなー」

ぐうううっ……

俺の腹の虫が容赦なく泣き喚く。

水分は部署内に常備してあるコーヒーなんかの嗜好品があったから不自由はしなかった。

部署内の者なら勝手に飲める。

だけど、主食となるとそうはいかない。

最初は奢って貰ったりしていたが、それも長くは続かなかった。

最期にまともに食べたのいつだっけ?

……ああ、木曜日だったから……今日を含めると一週間かぁ。

チクショウ、記憶さえ薄らボンヤリして来やがった。


二日と空けずにあの馬鹿女が、土産だのと言っては菓子折りを全員に振舞ったりしているのが空腹には在り難かった。

けど、それがどこそこの老舗の菓子だのと、同僚から菓子の銘柄なんかのウンチクを聞かされる度に、馬鹿女が自慢しているように思えて、それはそれで鼻持ちならないと感じていた。


給料日まであと半月。

俺、これからどーすんだ?
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