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第29話 恵理…1
挿絵(By みてみん)

俺は洗面台の前に立っていた。
 
すぐ隣の浴室では、浴槽にイキオイよく湯が入り、賑やかな水音を立てている。

自動注水だから、もうじきウルサイ水音もしなくなるだろう。

 
おもむろに両手を上げて、包帯を留めているハシの部分を手で探る。
 
……あった。
 
医療用テープを引き剥がし、留められていた包帯をスルスルとほどいた。
 
そして左右の眼を押さえていたガーゼを除けると、一呼吸於く。
 
このクソ暑いのに、包帯で保温状態にされていた左右のマブタが、気持ち程度の涼しい外気に晒された。
 
久し振りの何とも言えない開放感だが、本当に眼を開けても大丈夫……なのか?
 
ダイジョウブ……
 
俺は少しだけ強く自分に言い聞かせると、静かにマブタを開いた――

「……」
 
ぼやけて見えた視界が、カメラのピントを合わせるようにゆっくりと映像を映し出しす。

「……」
 
正面の鏡に、痩せた無精髭面のオトコが映っていた。
 
そっと自分の眼の周りを触れてみる。
 
カルクうずきはしたが、強い痛みは消えていた。
 
よっしゃあー! 治った!!!
 
って、俺的には完治したツモリ。
 
さっき、恵理から包帯が取れるのは二日後だって聴いてたけど、今だってダイジョウブだったじゃん? 
 
ったく、みんな大袈裟過ぎンだよ。

「ふふん♪」
 
俺は調子をコイテ、鼻歌交じりに衣服を脱ぐと浴室へ……
 
 
浴びせ湯をしてから、浴槽に沈んだ。
 
俺は頭を浴槽の縁に乗せて手足をカルク拡げ、全身の力を抜いた。
 
揺らめく水面にもてあそばれながら、浮力で俺の身体がプカプカと浮かんだ。

今まで住んでいたマンションの狭い浴槽ではゼッタイに出来なかったコトだ。

「う―――っつ、気持ちイイ〜〜〜」
 
思わず声が漏れた。
 
って、オヤジかよ?
 
コレって何日振りの風呂だろ?
 
まあ、あのままキゼツして爆睡カマシテいたもんな? 

お陰でまた体重が落ちたケド。
 
俺は、痩せて肋骨あばらぼねが浮き出している脇腹を、情けなく撫でさすった。
 
オトコは自分の体重ウエイトが軽いのを嫌うのに、オンナは重いと嫌がるんだよな?  

俺みたいに何日か絶食すればすぐに痩せられるのによ。

ダイエットの食品業界なんかスゴイよな? 

一社員の年収が何千万の世界だもんな〜。
 
自分に余裕が出て来ると、普段頭にナイコトさえ浮かんで来るから不思議だ。
 
そうだ。

体重増やそ。
 
つっても、脂肪じゃねーぞ? 

体重=筋肉だからな。

まあ、脂肪が付かなけりゃ筋肉も付かねーけど。
 
恵理には悪いが、チョイカロリーの高そうなメニューを考えてみるか。

……待てよ? 『そんなの要らない』って食ってくれなくなるのもマズイよな? 

……やっぱ別々のメニューで考えるか。
 
メインよりも先に、デザートの杏仁豆腐が頭に浮かんだ。
 
このマンションを出て行く前まで、恵理のお気に入りだったデザートだ。
 
また作ったら食ってくれるかな……?
 
今のトコロ、俺が作った食事を恵理が食わなかったのは、食事中に喧嘩した※−1)朝食のあの時と、※−2)悪戯で作った激辛カレーだけだ。

 
いつの間にか、俺は自分のコトじゃなくって、恵理のコトばかりを考えていた。
 
頭の中で、スレンダーだけど胸はデカイ恵理のナイスバディが浮かぶ。

しかも、※−3)この前に見た全裸の妄想付きだ。
 
あの時はバスローブのヒモでチョウチョ結びにしていたが……

別の縛り方とか……
 
今度、チャンスがあれば水着なんかに着替えさせちゃったりして……モチロンビキニ。

黒もイイケド色モノもイイよな〜、何色が似合うんだろ……?
 
えへへ……
 
脳内で試着している恵理の姿を想像し、俺の顔がダラシナク緩んだ。
 
水着なんて、伸縮する下着と同じだもんな〜。

「……」
 
想像しただけで、ノボセそうになった。

タチマチ俺の相棒が元気になる。
 
お〜、健康バロメータも元通りだ。
 
だけど、ナンだか頭がクラクラして来たぞ?
 
医者から『安静』とのお達しを無視して風呂に入ったからかな?

「……ヤバイ……マジでノボセソウ」
 
俺はシャワーを浴びようと浴槽から出た。


 
がちゃ☆

突然風呂場のドアが開き、湯気の向こうからバスタオルで身体を包んだ恵理が現れた。

「うえっつ?」

「あら?」
 
ドアのトコロで立っている恵理に、振り向いたままフリーズして身動き出来なくなっていた。

中腰でシャワーの切り替え蛇口に左手を伸ばした状態だったから、ナンとも情けねー格好だ。
 
いいい〜〜〜っつ???
 
恵理に奇襲を受けた俺は、この状況にドン退きした。

俺が入浴中だって知っているのに、恵理が入って来るだなんて……誰が想像出来るかよっつ?

し、しかもっつ!
 
「ん、な、ナンてぇカッコで入って来るんですっ?」
 
俺は焦り、慌ててタオルで前を隠す。
 
浮き足立っている俺を見るなり、恵理はカタチのイイ眉を寄せて睨み付けて来た。

「司、包帯は? まだ取っちゃダメだって言われてたでしょ?」
 
いや、そうじゃなくって……

「かっ、課長こそココにナニしに来たんです?」

「包帯が取れるのは明後日あさってだって言ったでしょ? 先生から言われているのに、どうしてあと二日が待てないの?」

ナニ冷静に言ってンの?
 
……つか、会話が噛合ってねーよ???
 
俺は悪戯がバレタ子供みたいな気分になった。


恵理の言ってるコトは尤もだって思うけど、見えねーのはイヤだ。

ソレまで見えるコトが当たり前だと思ってた。

なのにたった数時間の間に、見えていれば回避出来たかも知れない危険に直面して死にそうな眼に遭ったり、部屋の移動でも必要以上の気遣いを要求されたりして、俺の神経はズタボロなんだよ。

つか、こんな包帯邪魔だ。

俺は少しでも早く、見えるようになりたかっただけだ。


「だって、見えねーと不便じゃん?」

俺は独り言みたいに小声でボソリと呟いた。

「……え?」
 
俺と恵理の視線が真っ向から絡み合い、お互いが一瞬黙り込む。
 
恵理は俺に近付くと、そっと俺の右腕に触れた。

「……える?」
 
微かに恵理の艶やかな唇が動いた。

「え?」
 
ナニか言った?

「見える?」
 
ああ、『見えているか?』って言ってるのか?

「見えますよ? 目の前に女神様が居る」
 
俺にとって、恵理はマジで救いの女神様。

成和会の事務所であの時恵理に助けて貰えなかったら、俺は今頃冷たくなってコンクリート詰めにでもなっていたかも知れないし、病院での手術に間に合わなかったら、トックに失明決定だったもんな。
 
俺のコトバに、恵理は「えっ?」と驚いた。

「見えないものが見えてるの?」
 
不安そうに恵理が俺の眼を見詰めて来る。
 
俺はクスクスと笑った。

「イヤだなぁ。課長のコトですよ?」
 
ホントーに助かりました。
 
俺は神妙な面持ちになって、恵理の顔を覗き込んだが……

恵理の顔を見たトコロで停まればヨカッタのに、俺の視線は無意識に恵理の顎のラインからその下……バスタオルでぐっと寄せて上げられている、フクヨカな白い胸の谷間へと無意識に吸い込まれて移動してしまった。
 
お〜〜〜、相変わらず柔らかそォ〜〜〜

「……や!」
 
俺の視線に気付いた恵理が、慌てて両腕を掻き抱くが、それこそ俺にはモッテコイ!!! 

深い谷間が一層深くなってしまい、恵理にとっては逆効果だった。

「で、ナニしに来たんスか? もしかして、一緒にお風呂に入りたい?」
 
この状況下では、どう見たってソウだよな?
 
俺の眼が、にへら〜っとイヤラシク笑う。
 
俺は襲ってねーぞ?

襲いに来たのは恵理の方だからな?
 
一応、自分で冷静に状況把握。
 
さ〜て、ドウしちゃおうかな〜〜〜?

「も、も、もしかしてって、な、何よ? ひ、人が心配して……」
 
オイオイ、声がビブラートしてるゾ?
 
俺が一歩踏み出すと、恵理はトトッと小刻みに二、三歩退った。
 
赤面しているその表情からは、『ドウシヨウ?』ってゆー焦りと後悔が読み取れる。

「もー、課長もスナオじゃないッスねー。一言『うん』って言ったら?」
 
俺は利き手で持っていたタオルが落ちるのも気にせず、胸を掻き抱いている恵理の両手首を掴んで引き寄せた。
 
恵理の顔は今にも爆発しそうなくらい、もぉ真っ赤だ。

「〜〜〜!!!」
 
恵理の視線が俺の下半身一点に集中されて固定する。
 
ドコ見てンだよ? 
 
……ったく。
 
まぁ、自分が持ってないモノだからしょーがねーか。
 
だけど、ココまでマジ見されんの、恵理が初めてだぞ? 

……チョット恥ズイ。
 
『ナマで見るのが初めてだから……』

って、今まで俺のを何度か見てるだろっつ???
 
『三姉妹だから、情報不足なの』ってトコロかな?

「課長? あのね……」

俺の声に、恵理は我に返ったみたいだ。

ハッとして俺の顔を見上げると、耳朶みみたぶまで真っ赤になった。

「ち、ちがっ! あ、あ、あ、アタシは司が見えなくて不自由だろうからって、洗うの手伝いに……ぁうん!」
 
言い掛けた恵理のコトバを俺はキスで遮った。
 
あんまり俺の『ソコ』ばっかり見られてンのも恥ズイし。
 
俺はイキナリ、潜水二十メートルばりのディープキスをしてやった。
 
キスに不慣れな恵理は、もうココの時点で息が上がってしまっている。

「俺を洗ってくれるんですか?」
 
俺は嬉しそうにフフッと笑った。

「そ、その心算つもりだったのよ?」
 
恵理は、はあはあと肩で息を整えながら、俺の胸に頭を寄せて来た。

「その格好で? 濡れちゃいますよ?」

「きゃっ?」
 
俺は遠慮なく恵理を包んでいたバスタオルを、「えい」とばかりに剥ぎ取った。

「これで同じ条件に……?」

俺はダラシナク鼻の下を伸ばすと、ウシシと笑った。
 
バスタオルの下から、輝くような恵理のナイスプロポーションが……って、あ、あれ?

「ナニすんのよっつ!」
 
パチン ☆
 
あう〜〜〜っつ、またしても恵理の平手がぁあああ〜〜〜
 
って、コレで恵理からのビンタ何度目だ? 
 
だけど、今回のビンタはそんなに痛くはなかった。恵理も手加減覚えたな?
 
……覚えて欲しくない。

つか、暴力反対っス。
※−1)第17話 お嬢様? 
※−2)第18話 遅い帰宅 
※−3)第15話 ゲーム? 、第16話 イジワル? を参照下さい。
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