考え込んでいた俺は、視線を肌で感じて我に返った。
俺は恵理から黙って見詰められている?
ってゆーより、今、俺は恵理から勘繰られて……いる?
「たぶん、召集されたメンバー全員がガッチリ叱られるのよね〜〜〜あ〜あ、行きたくナイなぁ〜。残念だけど、デートじゃないわ」
俺には、明るく喋っている声とは裏腹に、恵理の表情が暗く翳っているように思えてならなかった。
見えるハズナイのに、どうしてそう思ったのだか、自分でもよく判らない。
『婚約者殿』が居るのに恵理は俺に『会社』だとウソを吐いた。
タブン、恵理には『居る』ハズなんだ。
ほら、ゲームでもあるだろ?
『お嬢様』には必需品……つか、必須アイテムみたいな『王子様的婚約者殿』が……
で、それが『会社絡みの婚約者殿』若しくは、『社内に居る婚約者殿』じゃないのかって、俺はそう睨んでいる……
「ど〜お? アタシがデートじゃなくって安心した?」
「その言い方、俺キライ」
俺はぷいとソッポを向いた。
つか、余りにも恵理が意地悪そうに言うから。
「夕ご飯、ホンッとにゴメン。今度、埋め合わせ……ネッ? いつ終わるか判らないから、先に休んでて」
恵理はそう言って爪先立って背伸びをすると、素早く俺の顎に唇を軽く押し当てた。
「ぉあ?」
な、な、な……ナニ???
俺は驚いて、殆んど反射的に上体を退いた。
シットリとして柔らかい恵理の唇が、無精髭ヅラの俺の顎にフニュッと当たる。
恵理との身長差ではそれが精一杯だったらしい。
「じゃ」
スリッパがパタパタと軽い音を立てて走り去って行った。
がちゃ……
重々しく玄関のドアが閉まり、俺の居る室内から恵理の気配が消える。
「……」
無言で立ち尽くしたまま、独り取り残された俺は、恵理にキスされた余韻の残っている顎へと片手をそっと伸ばした。
コレって……
別れ間際のキス?
こっつ、このシチュエーションって……
自分の顔が異様に熱くなって来るのを感じてドン退きする。
つか、ドラマとか漫画で見る男女の別れのシチュエーションが、俺達逆じゃね?
出て行かなきゃなんねーのは、恵理だし、俺は眼が見えないから仕方ねーんだけど。
「恥ズイ……」
俺は自分の状況に照れて、思わずボソリと呟いた。
そして、益々頬が熱くなって来るのを感じていた。
パリッ……
恵理が出て行った後、俺はリビングのソファに立て膝をして行儀悪くもたれ掛かり、手探りで探し出して来た缶ビールとツマミのポテチに手を伸ばしながらテレビを見ていた。
ああ、見えてねーからこの場合『聴いていた』……なんだよな?
恵理の言った通り、木村工業は個人情報漏洩事件として、ニュースで大きく取沙汰されていた。
リモコンのスイッチを切り替えても、どの局のニュースでも恵理の父親である木村社長が、出演しているコトから、ソレがライヴ(生の実況放送)だと判る。
残念ながら、包帯の取れていない俺には、何台ものカメラのフラッシュの音と、社長の謝罪する声しか聞こえなかったが、声を聴いただけでも、社長がかなり
憔悴し切っている様子が窺えた。
スゲーや……
恵理の父親が、何千人もの社員を抱えている大企業のトップなんだな〜〜〜と、今更ながら改めて思う。
この人(社長)が、俺の入社式に起こした事故の見舞いに来てくれた人と同一人物なんだと思うと、正直、嬉しくなってしまった。
つか、俺からすれば、社長は文字通り『有名人』なんだよな〜。
暢気に社長の謝罪の言葉を聴いていた時だった――
=「社長、流出の媒体はネット上でのスキミングでしょうか? それとも、内部か外部からの人為的な、SD等データ持ち出しに因るものでしょうか?」
何人もの記者が詰め寄っているのか、それとも本人が単独で興奮しているのか判らなかったが、一人の記者が声を張り上げて質問した。
=「その件につきましても、未だ真相を調査中ですので、この席での即答は……」
フラッシュの音が一層激しくなった。
恐らく社長自らが取材陣に向って深々と頭を下げているんだろう。
記者の質問に、社長は苦々しく言葉を濁した。
どの道、木村工業に於ける情報セキュリティの甘さが、盲点として全国放送で真っ
裸にされちまった。
今後の会社経営上、少なからず何らかの影響が出るだろうと予測されるが、一平社員のこの俺がどうこう出来る次元の話じゃナイ。
SD? 外部媒体……?
記者の言葉に引っ掛った俺は、妙な焦燥感を覚えて首を傾げた。
何かを思い出せそうな……いや、思い出さなくっちゃイケないような……
SD……データ持ち出し……SD……???
俺の頭の中で、バラバラになったジグゾーパズルが散乱している。で、それぞれのピースには『SD』だの、『USB』だのの記憶媒体の文字が写されていた。
「……」
う〜〜〜ん、ダメだ。
ハッキリ思い出せねぇ〜〜〜!!!
もうチョットで思い出せそうなのに〜〜〜!
俺はリビングのソファから身を乗り出し、目の前にあるガラステーブルへ覆い被さるようにして、ぐてぇ〜〜〜っと伸びをした。
コツン☆
「イテ!」
丁度、頭のテッペン辺りで、何かが当たった。
いつものテーブルの上には、リモコンくらいしか置いてないんだけどな?
不審に思いながら手探りすると、そこには俺の携帯が……
ナンだよ。こんな所にホッポッちゃってたのか?
あ、でも見付かってヨカッタァ〜〜〜。
ピッ☆
「あ、やべ……」
俺は無意識に短縮を押していた。
このボタンの指位置からして、相手先は多分有紀。
――
三浦有紀
見掛け恵理をダサくしたカンジの、同じ会社の広報部社員兼、俺のセフレちゃん……
あ、俺だけのセフレちゃんじゃないのかも。
有紀はいつも他のオトコのニオイをさせていた。
つっても、実際に匂っていたワケじゃない。
有紀には不特定多数のオトコの影が付き
纏っている……そんな雰囲気のするオンナだった。
恵理よりも若いのに、オトコと遊び慣れしてるせいか、俺の『そんな所』を微妙に感じ取って、ヤリたくなったらいつでもヤラセテくれていた。
ココ最近、連絡しても捕まらなかったんだよな?
つか、もう番号変えちまったのかも知れない。
自宅に行っても居ないし……俺、振られちゃったのかなぁ?
つか、振られた原因なんか思いつかね〜ぞ?
ナニかシャクに触るコト、知らないうちに言っちゃったのかなぁ〜???
……今更掛けたってムダか。
はあぁ〜あ……セッカクのセフレちゃんだったのに……モッタイね〜〜〜。
俺は未練タラタラ。
溜め息を一つ吐いた。
いつまでも女々しーぞ、俺。
もうこの辺がシオドキだったんだよ。
諦めて携帯を切ろうと握っていた俺の左手親指に力を込めた時だった――
―「……はい?」
「うわ、出た!」
俺は自分で掛けておきながら、出て来た有紀にビビってしまった。
拍子に携帯を落っことしそうになる。
「ゆ、有紀?」
―「うん?」
「……居たんだ」
有紀が『はあ???』って案の定、突っ込んで来た。
―「ちょうど良かった。司、今から……その……会えない?」
「え?」
妙に媚びる言い回し。
珍しいな? 有紀の方から『会いたい』だなんて。
いつもは俺から会いたがっていたのを、有紀が自分の都合の折り合いをつけてくれていたってゆーパターンだったのに。
よっしゃあああ!!!
……ヤレル。
俺は手を握って、ガッツポーズを取った。
ツイデに俺の相棒もヤル気満々に、パンツの下でガッツポーズ。
けど、何にも見えないこの状態じゃあなぁ……車の運転ドコロか外出だって出来ねーぞ?
しまったぁあああ〜ザンネン。
―「どしたの?」
俺が気落ちして失速してしまったコトを、有紀は素早く察知した。
「やっぱダメだ……俺、動けねーもん」
自分の置かれた状況に、俺は泣く々有紀とのえっちを断念する。
―「出かけられないの? なら、コッチから行こうか?」
恵理とは違う、吐息のような甘い天使の囁きが耳の奥に残った。
―「今ね? 司のマンションの下に来て居るの」
「あ、そう?」
明るくハシャグ有紀に、釣られて俺までノーテンキに返事をした。
……?
いや、チョット……待て。
――有紀がナンでココを知ってンだ?
セフレちゃんの有紀には、俺が住んでいるマンション名とか場所とかを教えてなかったハズなのに、ナンでココが判ったんだ???
―「ね〜え、何号室のボタン押せばいいの?」
携帯からの有紀は、えっちの時みたいな鼻に掛かった甘い声でオネダリしてくる。
サスガに番号までは知らなかったらしい。
教えてナイんだから、コレが当たり前だ。
訪問者は、下のエントランスで訪問する部屋の番号を押さないといけないし、更にコッチからも玄関の入り口にセットしているセキュリティ確認の承認ボタンを押さなければ、もう一つの自動ドアは開かない仕組みだ。
ドウスルか……?
偶然かも知れないが、有紀とのお膳立てされたような出逢いに、俺は退いた。
―「ちょっとぉ〜、聴いてンのぉ〜〜〜?」
焦らされたとでも思っているのか、有紀の声が少しスネている。
怒らせるってーのも、アトで機嫌取ったりするのが面倒だし……
「あ? ああ悪い。1201」
俺は馬鹿正直にココの番号を伝えた。
―「1201? チョットぉ、司って最上階に住んでるのぉ? アンタって、ココの大家? そんな風には見えないわよ?」
「……放っとけ」
有紀のズバリな言い様に、ムッとする俺。
つか、やっぱし会って直接有紀に訊きたい……
誰から訊いたんだろう?
けど、『訊く』つったって……誰に訊くんだ?
俺がココで恵理と一緒に生活してんの、知ってるのは当の本人である恵理と俺。
で、俺の本当の素性を知らないココのマンションの、極僅かな住人だけだ。
――どうやって知ったんだ?
この素朴な疑問が俺の好奇心を掻き立てて、タダでさえ薄い警戒心を解きほぐしていた。
―「ま、いっか。サンキュ〜、今ソッチに行くからねぇ〜」
有紀の声はいつも以上に弾んでいる。
ナニかイイコトがあったのか???
だけど、ナンかヘンだ……
俺は納得出来ないまま、有紀を玄関先で出迎えるハメになった。
* *
「ちょ、おっ? おいっつ! 誰が入れって言っ……もがっつ?」
玄関で有紀を出迎えた俺は、野郎のデカイ手で突然口を塞がれて、室内へと強引に押し戻されていた。
有紀一人を出迎えたツモリだったのに、有紀は一緒に誰かを連れて来ていたんだ。
しかも俺の横幅の倍以上もある、加齢臭のするゴツイおっさん!!!
「ごめんねぇ〜、司ぁ、『アトもう少し』の辛抱だからぁ……」
有紀は意味深にそう言ってフフッと笑った。
「んん〜〜〜!!!」
有紀の連れて来たオトコに、俺は乱暴に羽交い絞めにされ、口にサルグツワを噛まされた。
俺は驚いて暴れ出すが、眼が見えない俺がどーやって抵抗出来んだよ?
「静かにしやがれ!」
羽交い絞めにされた俺の腕が、ウシロから内側に絞り込むようにして締め上げられる。
「ぐうう……」
ヤット成和会の連中にボコられた怪我が癒え掛けてるってぇトコロだったのに……またしてもピンチかよ?
……にしても、コイツ等いきなりナンナンダよっつ!!!
このオンナ……いつもの『有紀』じゃナイ!
出逢った時の有紀のアカヌケナイ素朴な印象が、カケラも無かった。
自信に満ちた上から目線の言い様に、ドン退きする俺。
それに『あともう少し』って、どう言う意味っつ???
つか、これが本当の有紀なのか?
出逢った……時……???
俺は有紀と初めて会った時のコトを思い出していた……
そうだ、※あの時……恵理に無慈悲にもフィットから放り出されて遅刻させられたあの時だ!
俺は出社を焦って狭い路地を爆走していた。
会社から急いで出て来た有紀と出会い頭にぶつかって、そして……
『ごめんなさい。急いでいたものだから……』
『ああ、コッチこそゴメン』
そう言って俺が手にしていたのは、有紀が落とした数枚のSDやCD!
他にも片手では持ち切れないホドの電子データ。
有紀と出逢ってから数日後に、俺は情報セキュリティの社員教育プログラムを受講していた。
原則として、提示された保管場所でのみ使用・管理をし、情報レベルに応じた情報管理責任者の承認を取得すれば、持ち出しも可能である。
システム部の記憶媒体は、社内指定のSDやUSBメモリにて保存する。
個人の席であっても、なりすましに因る不正のリスクを回避するために、入力したIDを次回から入力しなくてもいいオートコンプリート設定の禁止や、ウィルス感染した時の非常事態マニュアル云々(うんぬん)……といった項目内容だった。
もしかして、有紀とぶつかったあの時のCDやSDに、会社の個人情報が……?
時間的に考えてもおかしくは無いんだ。
しかも、アレだけの枚数量だったんだ。とても個人情報だけで済まされているとは考え
難い。
それが本当だったとして……だけど。
俺の身体にザワザワとトリハダが立った。
ナンデ講習を受けた時、もっと早くに有紀のコトを思い出さなかったんだよ〜〜〜。
コレが本当なら、俺……ヤバイ?
俺は背筋に冷たいモノを感じていた。
「事情があって、ココに来たのだけど……眼を怪我しているだなんて、助かったわぁ〜。なんてタイミングイイのかしら?」
有紀は今にも鼻歌が出そうなくらいに上機嫌だ。
「んんん〜〜〜???」
ど〜ゆ〜イミだよ?
身の危険をカンジて、俺は激しく首を横に振った。
ワケの判らない有紀の事情とやらに付き合わされて、コンナ眼に遭っているって言うのかよ?
チャッツ!
「んん〜〜〜」
チクショウ! ナニすんだ!
俺はオトコから、後ろ手にした手首に手錠みたいなのをハメられ、拘束されてしまった。
「司ぁ? セッカクアンタと仲良くなれたのに、もうお別れだなんて〜残念だわ?」
有紀が俺の顎をカルク片手で持ち上げると、その指先をコチョコチョと動かしてクスグッた。
ネコじゃねーんだけど?
俺の前に居る有紀が、SMの女王様みたいに思えて来たぞ?
つっても、ハードなのは勘弁〜。
ウシロに立っていたオトコの大きな両手が、俺の首を無造作にガシッと掴んだ。
「ぅぐ……が……」
サルグツワをされたまま、俺は大きく口を開けた。
自分の首の骨(
頚椎)がメキメキと音を立てているのが不気味に聞える。
首の
頚動脈はモチロン、強く気道を塞がれて俺の呼吸が出来なくなった。
たちまち耳鳴りがして来て、頭に血が昇った状態になる。
「うぐぅ……」
目の前で俺がこのオトコにナニされていても、有紀は平気なのか?
――殺される……
カンネンした時だった。
「待ちな!」
有紀がハスッパな声でオトコを鋭く制した。