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第24話 失明?
挿絵(By みてみん)

成和会の連中にボコられて網膜剥離を起こしてしまった俺は、その足で明け方の救急病院へと運ばれていた。
 
網膜剥離の症状は、水守みかみが「軽い」と言ってたハズなのに……

俺を診るなり、医者は緊急手術を敢行しやがった。
 
……しかも両目。
 
俺の場合その方法でなかったら、間に合わなかったらしい。
 
もしかして、かなりヤバかった……?


 
術後の経過は順調……だったらしい。
 
って言うのも、実は極度の緊張と暴行された傷の痛みで、俺は術前麻酔を処置されるよりも先に寝てしまい、そのまま何日も意識不明の爆睡をカマシていたからだ。

術後の麻酔が切れて苦痛を訴えるでもなく、不安に駆られて騒ぎ出すようなコトも皆無の理想的な患者だったらしい。

爆睡して意識が無いんだから当たり前だが……
 
丁度病院内のベッド数が不足していたコトもあって、結局俺は元の鞘……恵理のマンションへと強制送還で連れ戻されていたんだ。
 
あんな酷いコト言って、恵理を泣かせてしまった俺なのに。

恵理は俺のコト……嫌いにはならなかったのか?

 
恵理は目が覚めない俺の為に、ワザワザ担当医を自宅まで呼び出して往診させていたらしい。
 
俺としては、この包帯が取れるまで入院して、その後はドコかの仲介業者ネギって安い賃貸へ引っ越そうと思っていた。
 
そうすれば恵理と顔を合わせるのは、社内だけで済む。
 
しかも、恵理は管理職だから頻繁に会議に出席していて、部署内に居る時間の方が少ない。
 
それに周囲の目もあるから、お互いに手が出せない。
 
つか、俺からはもう手を出すツモリ……ないし。
 
なのに……



「はい、あ〜んして?」

「……」
 
恵理のコトバに、俺は気恥ずかしくなって口を開けられなくなった。
 
頬から目尻の辺りが熱くなってジインと痺れてる。

自分の顔が真っ赤になっているコトを知って、更に羞恥心のボルテージが上がった。

「どーしたの?」
 
恵理が小首を傾げる気配がした。
 
俺、まだ包帯が取れてないから自分で『物を食う』コトが上手く出来ないでいる。

「……ナンか、コドモ……つか、幼児になったみたいだ」
 
俺はベッドの上で、所在無く頭を掻いた。

「仕方ないでしょ? ホラ」
 
恵理が何かをスプーンですくい、俺の口元に持って来る。
 
加熱処理されている『何か』の湯気とそのほてりが、俺の肌を通して感じられた。
 
ひょっとして、コレって恵理の手作り?
 
立ち昇る湯気に混じるそのニオイは……

「う……げほっ……」
 
俺は軽くムセてしまった。
 
……コレって、モロ醤油のニオイだ。
 
せっかく作ってくれた恵理にはホンットーに悪いが……ぶっちゃけ……食いたくナイ。
 
つか、イヤな予感がするぅ〜〜〜。

「課長?」

「うん?」

「俺にナニ食わせてくれんの?」
 
取り敢えず、冷静に聞いてみた。

「うん。先生がね『ずはおかゆからがいいですよ』って言うものだから……」

「え?」
 
……『お粥』? 

そもそも、お粥ってこんなにキツイ醤油の匂いがするものなのか?
 
俺はその場で固まった。

「あ? お粥は大丈夫よ。コンビニのレトルトだもの」
 
いちおー、恵理の言葉にホッとする。
 
けど、『レトルト』のコトバに安心するのって、ナンダかな……???

「でね、それをアレンジしてアタシが作ったの。サツマイモ入れて」
 
俺には、恵理が嬉しそうに『どうだぁ〜〜〜、アタシだってやれば出来るのよッ』って、自慢したように聞えていた。
 
……アレンジ……しないで下さい。

そのまんまでイイです。
 
更にイヤな予感が……
 
……醤油に芋まで入れてるのか……幾ら何でも切らずに丸ごとってぇーのはナシにしてくれよ?

俺は目の前にあるお粥に、芋が丸ごとゴロン☆ と椀の中にある絵を想像してしまった。

幾らなんでもそりゃナイか?

「もうチョット冷まそうか」
 
そう言って恵理が器に盛ったお粥を二、三回掻き混ぜた時だった。
 
カチャ!

「あ!」
 
器の中で、硬そうなモノが跳ねた。
 
掻き混ぜていた恵理のスプーンが器に当たって、音を立てる。

「……」
 
ひょっとして、今の硬そうなモノが芋……なのかなぁ〜?
 
……って、ナマの芋?
 
聞きたかったけど、今の俺の状況から判断してスルーした方が無難に思えた。

で、俺は気付かないフリをする。

 
お粥を掻き混ぜていた恵理の手が止まってしまう。

「……」
 
恵理はそのまま押し黙ってしまった。
 
目の前で起こった出来事が、信じられなかったのかも知れない。
 
自分独りの食事さえ『作らない』のだと、意地を張って豪語していた恵理。
 
仕事も趣味も……(テニスやゴルフ、スキーなら判るが、護身術や抜刀術が趣味だとは思えねー)免許皆伝。指導出来る立場にまで上り詰め、極めていながらも、家事一切が全くダメ……だなんて……

アリかよ? そんなの。
 
『本当はそんなんじゃダメなの、判ってるわよ!』
 
恵理が落ち込んでいるのが手に取るように判った。
 
俺の胸がチクリと痛む。
 
……ダメってのは……ナイと思うけど?
 
俺は恵理のそういったトコロ、まだ否定なんかしてませんが?


「……課長?」
 
俺の利き手がスプーンを持っている恵理の右手をまさぐり、探し当てた。
 
俺に勘付かれたコトを覚ってか、恵理のてのひらはスコシ緊張して冷たく湿っている。

「ぅ……んあ?」

恵理が俺に『なに?』って問い掛けて来たのだと思った。

そして、俺は……

「はい、あーん」
 
俺は恵理に向かって口を開けた。


  *  *


俺は恵理の作った、醤油味の半煮はんにえ芋粥を残さずに食べた。
 
その後で俺が水分をイッパイ摂ったのは、言うまでもナイ。


「今、何時ですか?」
 
壁伝いにリビングへ移動し、ソファに寄り掛かった俺は、テーブルの上に置いてあるTVのリモコンを捜して手を這わせた。
 
寝過ぎのせいか、とにかく全身が気怠だるかった。
 
でも、寝直す気にはなれないし。

「ぅ……んと……夕方の六時過ぎ」
 
恵理が先にリモコンを取って、俺に手渡してくれる。

「六時? ……夕方の部会(部内会議)はどーしたんですか? 確か、来月アタマに新製品の各社合同展示発表会があるって言ってましたよね?」
 
俺は、来月に東京で開催される合同展示会のコトに触れた。
 
先週末もその準備とかの大まかな打ち合わせで、恵理は午後から会議召集ばかりを受けていたのを思い出した。

「……サボった」
 
はいぃ?
 
俺のとがめるコトバに、消え入りそうな声で恵理が答えた。

「って……どーしちゃったんスか? 課長がそんなでどーすんです?」
 
どうしたんだよ? 

仕事一筋……だったんじゃないのか?

「……」
 
恵理は答えに迷っているみたいだった。

何かを俺に、言おうか、言うまいかと悩んでいるような気配を感じる。

俺は息詰まりそうになった。

大体の察しは付いている。

「サボった理由は俺ですか? 今は見えなくて不便だケド、俺ならもうダイジョウブだって……」

「う……」

「ねえ、課長? 課長は俺みたいな平(社員)とは違うんです。今更そのことを云々(うんぬん)言うツモリはありませんし、そのコトは課長が十分過ぎるホド判っていますよね? 課長独りの業務じゃないでしょう? 第三設計課の代表がそんなのでどーすんです?」
 
あ〜あ、どうこう言うツモリ無かったのに……ヤッパリお説教しちまったし……

「でもアタシは……」

「『でも』じゃないでしょ? ……うあ?」
 
不意に恵理が、俺の首に腕を絡めて縋り付いて来た。
 
恵理の豊かなバストが、俺のパジャマと恵理の服越しから、ふにゅっ☆と押し付けられて来て、ダラシナク俺の顔が緩んだ。

「……馬鹿!」

「……か、課長?」
 
え? 今『馬鹿』って言った???

「司……失明していたかも知れなかったのに……」

「え?」
 
俺が?
 
確かにあの時、病院へ向かっている途中の車内で、どんどん視界が絞られて、真っ暗になって行ったけど……

ホントーにマジでヤバかったのか?

「手遅れかも知れないって先生から……司は意識無かったから知らないでしょうけど、あの後、司のご両親やお兄さん、お姉さん呼んで……タイヘンだった……だからぁ……うっつ……」
 
恵理はそこまで言って泣き出した。

「……」

「失明って……判る? 今まで見えていた物が見えなくなるのよ? 仕事どころか車の運転や……モノのカタチとか、色とか……みんな判らなくなっちゃう。普段の生活だって……アタシ、司がそんななのに……仕事なんて……出来ると思う? 思ってるの?」

「課長……」

水守みもりんは、司を捕まえろって言っただけだって……まさか司がこんな眼に遭わせられていたなんて知らなかったって……」

「……」
 
いや、水守アイツは暗黙の了解で、俺が連中にボコられていたのを黙って見ていたぞ?
 
ってコトは、やっぱ身内とGT−Rの『お礼』も兼ねて……ってか?
 
まあ……恵理の幼馴染だと言ったって、ショセンは成和会の幹部だろ?
 
俺は水守のしたたかさを覚って、ソレナリに喰えねーヤツなんだと思った。
 
でも、アイツが『病院に行け』と言わなかったら……俺、失明確定だったよな?
 
水守――ナニ考えてンだか読めねーし。


「ぐすっ、ホント……ホントに……心配……したんだからぁっつ!!!」

「課長……」
 
元々がスリムなのに、心労(?)のせいかまた少し細くなった恵理の身体を、俺はそっと抱き締めていた。


恵理のふんわりとした柔らかな髪が俺の頬をクスグる。

 
今回ほどのスゲー修羅場を踏んだコトは無かったが、走り屋同士での喧嘩やモメゴトはそんなに珍しいコトじゃなかった。
 
バトルする相手の車の趣味から始まって、そんなのアリかよ? ってな改造。

ひいては連れているギャラリーやオンナまでもが、インネンや厭味の対象になった。
 
そう言やぁ、今まで付き合っていた何人かのオンナで、恵理みたいにこうしてずっと俺の傍に居てくれたオンナは居なかったよなぁ……
 
俺はシミジミと過去を振り返っていた。
 
自分の都合が悪ければ、喩え自分が原因であっても、いつの間にかトンズラコイて後始末は俺達ヤロー共にお任せぇ〜〜〜ってゆー、計算高い超軽オンナとしか付き合ったコト無かったし。
 
『車の運転が上手いから』とか、『見た目自分とつりあうから?(ホントーにそう思っていられるツラかよ?) ナントナク……』ってぇ、ソモソモ動機が不純なんだよ。
 
まぁ、それにホイホイ乗ってた俺にもモンダイ……ありだけどよ。
 
……あれ?
 
俺、ナンか大事なコトを忘れているヨウナ……?

「課長?」

「ナニ?」
 
恵理が俺の胸から顔を上げた。

「俺の家族呼んだんですか?」
 
いや、確かに『呼んだ』って言ってたよな?

「当たり前でしょう? お家の方に来て貰わないと……先生からも身内の方を呼んでくれって言われてたし……」

「なら俺の両親に会ったんッスよね?」

「ええ」
 
恵理は『それがどうかしたの?』ってぇ雰囲気。
 
つか、俺が恵理と同棲してんのバレバレじゃん!!!

「もの凄く恐縮されちゃった」
 
へ?
 
俺は意表を突かれた。

「……って言いますと?」

「え? ちゃあんと『日高君の上司です』って挨拶したわよ?」

「……会社の……上……司」

はぁ……

『上司』……ね?
 
一気に気が抜けた。

「でもね? すぐその後で刑事さん達が遣って来て……ご両親、その刑事さん達と知り合いだったのね? すごーい」
 
恵理は感心していたみたいだった。
 
いや、『知り合い』っつっても、何度も俺が遣らかした事故モンダイ後始末かたづけとかで、仕方なく知り合いになっちゃってただけなんですが???
 
恵理のピント、ボケてるぞ。
 
コレのドコが凄いんだ? 

褒められたコトじゃねーだろよ?

「あの刑事さん……長谷部さんって言ったかしら? 司のコトをよ〜っくご存知なのね?」
 
恵理はそう言ってふふっと笑った。
 
アイツかよ〜〜〜
 
久し振りにその名を聞いてウンザリする。
 
融通の利かねー性格と同じく、四角顔にフトイ眉。

いつも『情熱』の言葉を背負っているよ〜な熱いヤツ……長谷部の下駄ヅラが脳裏に浮かんだ。
 
峠を卒業するまで引っ切り無しに問題を起こしていた俺の、殆んど専属指導員になっていた刑事オヤジだ。

「で、ナンで笑うんスか?」
 
俺はムッとなる。
 
恵理に俺の過去を知られてしまったか???
 
俺にとっては不本意以外のナニモノでもないぞ?

「ん〜? ナンでもないよ?」
 
恵理はまた思わせ振りにくすすと笑った。

「気味悪いっす」
 
俺は機嫌を損ねて仏頂面になる。

コレのドコが笑えるトコロなんだか。

「ああ、ゴメン。でね、実は司のご両親から、『司を宜しくお願いします』って、頼まれちゃったの」

「それ、社交辞令のお約束っしょ?」
 
よく言われる決まり文句じゃねーか。

「違うわよ?」
 
恵理は俺の否定を、自信を持って打ち消した。
 
はいぃ?
 
俺はオオゲサに首を傾げる。

「だって、病院で入院出来ないってコト、ご両親、説明聞いて知っているもの」
 
ソレを承知しての『お願い』なのかよ。
 
ってぇ、ナンでだ???
 
俺はお願いされたくはねーぞっつ!!!
 
だけど……
 
俺は大きく溜め息を吐いた。
 
入院すれば、両目が不自由になっている俺には介護者が必要だ。

そのための看護師だけど、個人的なコトとなるとど〜しても看護師では限界がある。

「詰まりは、俺の介護放棄をしたってコトですか?」
 
社会人になっても問題児の俺は、ショセン要らない息子かよ。

「……そんなコト無いわよ? だって、お二人共口では一杯司の事悪く言ってたけど……凄く辛そうな顔していたもの」

「『イッパイ』の『悪口』……ですか」

「ご両親が司のお世話をする事になっても……その……司はスナオに喜んでいた?」

「……」
 
はい。おっしゃる通ーりです。
 
俺と家族との不仲を知って、恵理は言いにくそうだった。



「課長?」
 
暫しの沈黙の後、俺はおもむろに切り出した。

「まだナニも食っていませんよね?」

「……」
 
恵理が頷いた気配がする。
 
いや、喋ってくれないと、俺見えねーから判んね〜んですが……?

「手伝ってくれますか?」

「……え?」

「俺、まだ見えませんから。課長、エプロン着けて下さい。俺が汚すとイケないから」

「ナニ?」

「俺の……眼になって貰えますか?」

「……」
 
もう一度、恵理が頷いた気配がした。
 
だから、判んねーから返事しろよ?

「晩飯、リクエストありますか? 俺、こんなだから簡単なモノしか出来ませんが」
 
俺はそう言ってカルク笑った。



「チョイ右、ここだって……」
 
恵理は俺の傍に立って、食材の位置を言葉と手で俺に伝えてくれる。
 
恵理があんまり食欲ナイって言ったから、冷たいソーメンでも作ろうと思った。
 
つっても、ソーメン「だけ」じゃねーからな。
 
カット野菜と金糸タマゴ付。
 
野菜を洗って切るのは恵理に任せて、俺は削り節でダシを取る。
 
見えない分、聴覚に集中出来るけど、やっぱ見えないのは不便だ。

ダシの沸騰する寸前の微妙な音を聞き分けて弱火に切り替え、俺は醤油や調味料を加えた。
 
サジ加減が難しい〜〜〜

 
タン!

「ったっつ!!!」
 
開始早々、恵理が小さく悲鳴を上げた。
 
俺に勘付かれないように声を押し殺して、その場に座り込む気配がする。
 
さては切ったな?
 
俺は包丁を使った後は必ずトイデいる。
 
軽く触れただけで簡単にスッパリと切れるホド、その切れ味はバツグンだ。
 
切れ味の悪い包丁より、切れる包丁の方が傷口も浅くて早く治るハズだが……?

「課長?」

「〜〜〜っ、ん、んっ? な、ナニ?」
 
必死になって平静を保とうとしている。

たぶん恵理にとっては冷や汗モノだろう。

「左手」

「えぁ?」

「左手、出して」
 
ヘンな声出すなよ。

「え? あ、ああ、あのね、その……」
 
俺に気付かれたのを覚って、恵理はシドロモドロになった。

「課長、『お手』」
 
フザケテル場合じゃねーケド。

「……」
 
恵理は気まずそうに、俺の出した左手に(俺の利き手だからしょーがねーだろ?)、切った痛みで震える左手を乗っけた。
 
俺は、恵理が逃げ出せないようにその手首をそっと握ると、血の匂いがしている指先に顔を近づける。
 
切ったとすれば人差し指か。
 
俺は舌先でちろりと舐めた。

「……」
 
ぬるりとした濡れた感覚に、恵理が深めに切ってしまったんだと判る。
 
ぴちゃ……
 
血液独特の味と匂いがした。

「あぅ……痛……」
 
痛みに恵理がうめく。
 
身体を捩らせて手を引こうとするが、俺はそれを許さなかった。
 
俺は舌先の感覚を頼りに、恵理の流した血のアトをそっと辿った。
 
掴んだ手首を緩め、そのまま血痕をなぞるようにして舐め取っていくと、ソレは肘の内側近くにまで及んでいた。

「あん……」
 
恵理の身体が退けている。
 
痛さを堪えて出たのとは違う声に、俺は軽く興奮してソソラレタ。
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