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第22話 成和会
挿絵(By みてみん)

フィットが乱暴に向きを変えた途端、ルームミラーが後続車のハイビームをモロに映した。
 
連中が呼び出したヤツの車だ。

「あっ!」
 
眼がくらんで、一瞬視界を奪われる。
 
それでも俺は眼に焼き付いていた残像と勘を頼りに車道に飛び出し、アクセルを踏み込んで逃走した。
 
俺の一瞬のスキを衝き、ハイビームの車がフィットとの距離を縮めて来る。

「くっそおおお!!!」
 
俺もライトをハイに切り替え、視界を確保するとスピードを上げた。
 
片側一車線の深夜の車道には、対向車も他の後続車も見当たらない。
 
俺達の貸切状態だった。
 
二台のエンジン音が、コウの住むマンションをまたたく間に後にした――

 
暫らくの間、追いかけっこが続いた。
 
追って来るヤツは、俺を追い越して停める様子も無ければ、諦めて見逃してくれる様子も無さそうだ。
 
ずっとケツに貼り付いて来やがる。
 
キショイじゃねーかよ。
 
どーゆーツモリだ?

 
俺が向かっている方向は、高速へと続く、緩いカーブが連続してる山道だ。

まだ当分の間、見通しのいい一本道が続いている。
 
逆方向の市内へ向かえば入り組んだ宅地道路がイッパイあるし、地の利を活かして逃走するにはモッテコイだ。
 
追われているフィットで、このままの一本道はマズイだろ?
 
つか、高速行けば高速機動隊の白バイが多分居るし。
 
あああ〜〜〜ッツ!!!
 
片手で頭をクシャクシャと掻いた。

成和会にも、警察にも……
 
俺はドッチにも捕まりたくはねェ〜〜〜!!!
 
追って来るコイツが一体ナニを考えてンだか知らねーが、ココは一刻でも早く消えた方がイイ。

 
ハンドルを素早く左右に振り、俺はフィットを蛇行させた。
 
俺がシカケて来たと思ってか、ソイツのブレーキランプがともって車間距離が開く。

「よっつ!」
 
カウンタをカマシてフィットのケツが右に振れた瞬間、俺はハンドルを逆に切ってリアスライドさせ、直線ドリフトに持ち込んだ。
 
恵理のフィットが悲鳴を上げる。
 
フロント左がスッとインに沈み込み、車体がブレて微妙にローリングしながらフィットは進路を反転させた。
 
ヤツと向き合った状態の俺は、ギリギリのトコロで追って来たヤツの車を遣り過ごす。

「!」
 
擦れ違いザマ……一瞬の間だったが、ドライバーと眼が合った。
 
俺にカワサレタってぇのに、俺よりも少しばかり年上のドライバーが、余裕をコイテ口元をゆるめたのが見えた。
 
……俺よりもイケメン???
 
バカにしてンのか? 

それとも参りましたってか?
 
前後のライト形状と、街路灯の明かりに浮かんだオオヨソの車体シルエットから推測して、黒いレクサスLS600?
 
とてもじゃねーけど、お互いの車はバトル仕様じゃナイ。
 
ナンだよ。

驚かしやがってぇ……
 
コレなら道幅のナイ狭い場所を走りまくれば振り切れる。
 
俺はそのレクサスを甘く見下していた。
 
だけどもう一台、駐車場に残していた奴等の車があったのを、俺はスッカリ忘れていたんだ……


 
そのこぶしが深々と俺のミゾオチにめり込んだ。
 
苦い胃液がこみ上げて、堪らずに吐き戻す。

「ぐはぁあっ! ……う、う……」
 
俺はミゾオチを両手で抱えるようにガードしながら、大きく身体を曲げてよろめいた。
 
涙眼になりながらウシロへ後退る。

「オラオラァ! 退いてンじゃねーよ!」

「あうっ!」
 
後から両肩を掴まれ、無理矢理引き起こされた。
 
バカ力にモノを言わせて、俺の両腕をウシロで逆手にねじり上げる。
 
締め上げられた左右の肩関節が、ミシミシと厭な音をたてて軋んだ。
 
激痛に顎が仰け反る。

「シッカリしろよぉー。キゼツするにはまだまだ早えーぞ?」
 
俺にパンチをメリコマセたヤツが、嬉しそうに近付き、今度は顔面を何度も殴った。
 
チクショウ! 人間サンドバッグかよ?
 
俺は何度もアスファルトにたたき付けられ、モンドリウッた。
 
体中、痛くないトコロがナイ。

「車見捨てて逃げてりゃ助かったかもしんねーのにな? バカかテメェはよ?」
 
ソイツの言った通りだった。
 
俺は進路方向をコイツラの車に塞がれ、こうしてアッケなく捕まっていたんだ。

「……逃げられねー」
 
ハンドルを握った俺の全身が戦慄わなないた。

『アタシのフィット……』
 
恵理の言葉が脳裏を過る。
 
家一軒が買えるBMWより、恵理はマイカーとしてフィットを選んでいた。

粗い運転だが、どれだけ恵理が大切に乗っているかは、消耗部分を見れば判る。
 
恵理のフィットを見捨てては……逃げ出せなかった。
 
コイツラにフィットを潰されるくらいなら……
 
俺は逃げ出すのを『諦める』方を選んでいたんだ。


「オラオラ、もっと遊ばせろや!」

罵声を浴びせられて路上に叩き付けられた俺は、起き上がる気力も失くしていた。

身体を深く折り曲げて両腕で顔と頭をガードしたが、連中は革靴で容赦なく蹴りを叩き込んで来る。

俺、このまま殺されるのか……?


俺が締め上げられているすぐ傍で、一台の車が停まり、中から男がゆっくりと降りて来た。

俺をボコっていた連中は、その男に気付いて俺への制裁をぴたりと止めた。

「み……水守みかみさん、じ、直々にいらしたんですか?」

声の慌てようから、俺は連中が呼びもしなかった大物が出て来たのだと知った。

そして、俺はもうこれまでだ……と諦め掛けていた。



「そのくらいで止めておけ」

俺の意識が消えかかっていた時、頭上から降って来たその声が、まるで神様の声のように聞こえた。

助かった?

だが、ソレは俺の気休めでしか無かった。

凄い力で胸倉を掴まれ、俺は後から遣って来たレクサスの男に引き擦り起こされた。
 
このクソ暑い夜中でも、薄い色の高そうなブランドスーツを着たまんまだ。
 
連中が『みかみ』と言っていたが、一体コイツはダレなんだよ?

「うう……」
 
俺は殴られた痛みを堪え、顔をしかめながらソイツと視線を合わせた。

「……ほう」
 
俺の視線を受けたソイツが微かに笑った――

「いい面構えだな?」

「いえ、視力がチョット悪いモンで……」
 
俺はへへッと笑って軽口を叩き、強がって見せた。
 
あああ〜〜〜俺のバカッツ!!! 

ナニこんな時にコイてンだよおおお!!!
 
機嫌損ねたら殺されるゾ!

 
ソイツは俺のコトバを、鼻で笑った。
 
身長は俺よりも少し高い。百八十五前後。

均整の取れた身体つきに、俺が睨んだ通りホストでも遣っていそうな甘い顔立ちのイケメンだった。
 
つか、モノホンのホスト?
 
ただ、ソイツには、右顎から首を伝ってその下へ……シャツの襟に隠れてその先は見えなかったが、大きな古い刃物傷が続いていた。
 
……ホスト……にしては致命的だな。
 
やっぱし……ヤクザさんですかぁあ???

「手間は取らせない。来て貰おうか?」

「う……」
 
たった今、俺に殴り掛かって罵倒していたヤツラより、ソイツのフツーに話した言葉の方が、もっと俺を震え上がらせた。



水守みかみさん、ソイツ汚いですよ?」
 
それぞれが勝手な方向を向いて停まっている三台のライトが、俺達を暗闇から浮かび上がらせていた。
 
刃物傷の男は、俺の胸倉を鷲掴みにして引き摺ったまま、自分が乗っていたレクサスの後部座席に乗せようとしてK−1なヤツラに止められた。

 
俺はK−1なヤツラに、全身の激痛に殆んど反応出来なくなるまでボコられていた。

時間が経てば経つホド、意識がモーローとなって来る。
 
眼を開けても、左のマブタを切ったのか、視界が真っ赤になって全く見えない。
 
でも、自分の体が汗と血で濡れて汚れているコトぐらいは理解出来た。
 
レクサスのイケメン兄ちゃん、来るんなら、モット早く来てくれよ〜。
 
来るのが遅せーって。
 
恵理に平手で殴られただけでも軽くメマイがしていたのに、コイツラ、トーシロの俺相手に……手加減ナシかよ?


「ソイツの汚ねェ血で、シートが汚れちまいますよ?」

『水守』と呼ばれた男は、俺を押し込める手を止めた。
 
そして俺の胸倉を掴み上げたままで、K−1なヤツラに向き直る。
 
頼んますから、この手ェ離せ。
 
ナイキのTシャツの襟が伸びちまうじゃねーかよ。
 
俺は、そう言いたかったけど……サスガにそれは言えねーだろ?


「怪我させたのは誰だ?」
 
水守は、ヤレヤレといった感じで、困ったように訊ねる。
 
K−1なヤツラ二人は全く悪びれた様子も無く、肩を揺すってへへっと笑った。


 
結局、俺はレクサスには乗せて貰えたが、後部シートじゃなかった。
 
俺は両手を後ろ手にガムテープで拘束され、レクサスのトランクに軽々と投げ込まれる。
 
三人とも俺よりもガタイがデカイし、体重なんかに至っては全くの論外だった。
 
まあ、俺はあの事故後の劣悪生活環境以来、短期間でスデに十キロのダイエットを余儀無くさせられている。

以来、若干の体重増はあっても、ほぼ固定されて停まってしまっていた。

「事務所に着くまでソコデ大人しくしていろ」
 
K−1の一人が大きな前歯を剥き出して笑った。
 
ばん!
 
トランクが閉められ、視界が真っ暗になった。


  *  *

 
何かの冗談であって欲しかった願いもムナシク、俺は本当に成和会の事務所ビルに連行されてしまった。
 
そこはドデカイ二十五階立て事務所の四階だった……


「もう一度、聞く……お前が乗っていた車は盗んだ物か?」
 
刃物傷の水守は、俺の目の前にある高級革張りソファに深々と身を預けて脚を組み、静かに俺を見下ろしていた。

「ちっ、違〜〜〜ううう!!!」
 
俺はと言うと、水守の前にある大理石仕様のゴーカなテーブルの上に、さっきのK−1なヤツラ二人がかりで貼り付けられていた。
 
俺は移動前と同じく両手を後ろ手に拘束されたまんま、顔を横向きにして、上から体重ごと加えて押え付けられていた。

耳元で、メリメリと音がして、目の前で星がチカチカする。

荒い息を吐きながら、俺は苦痛で顔が歪んだ。
 
あううう〜〜〜頭蓋骨がカンボツするう〜〜〜!!!

「お前が乗っていた車は、誰のものか知っているのか?」

「いい〜〜〜っづででで! しっ、知ってるってぇええ〜〜〜あだだだ!!!」
 
俺は苦痛に悲鳴を上げながら正直に話す。

「コキやがれ! このクソ……」

「テメェのオカゲで、田口さんと宮原さんが病院送りだ!」

「そんな……いいっつ! だああああ!!! 止めろおおお!!!」
 
K−1なヤツラが更に力を加えて俺の頭を押さえ付ける。
 
俺は堪らずに、悲鳴を上げた。
 
GT−Rに乗っていたヤツラ、入院中なのか……
 
つか、マジで骨砕けるうぅ〜〜〜!

 
刃物傷の水守が俺を捕まえた本当の目的は、どうやら仲間の病院送りと、GT−Rを潰されたコトへのお礼じゃなかった……らしい。
 
K−1なヤツラは……お礼、スコシはあったみたいだけど……?
 
マジ、助かったぁ……
 
つか、冷静に考えれば、勝手に俺を追い掛けて、勝手に事故ったんだよな?
 
俺がその一切の責任を背負しょい込む義務なんて……ナイんだ。
 
なのに、ナニ? この待遇は……?
 
俺は苦悶の表情を浮べながら、横目でちらりとソファに座っている男の様子を窺った。

「……」
 
『水守さん』と呼ばれているイケメンの男は、両腕を組み、片手を口元に持って行って、何かを考え込んでいるようだった。

「も……イイでしょ? 俺を逃がしてくださいよ」
 
俺は半ベソをカキながら、その男に許しを請う。
 
K−1なヤツラにはナニを言ってもムダだが、水守は少しは話が判りそうだ。

「……」
 
水守は目の前でギャクタイされている俺を完全にシカトして、じっと宙を見ていたが……
 
……その視線がやっと俺を捉えた。
 
どーでもイイケド、早くコイツラから俺を放してくれ!
 
一般のか弱い少年(?)がK−1モドキのオッサン達にボコられてたってぇのに、コイツは全く顔色一つ変えたりしねぇー。
 
今もそうだ。
 
感情を表に出さないその表情に、俺はソイツがどれだけヤバイ奴かを暗に読み取っていた。
 
コイツ……多分、幹部クラスの人物だ。


「ま、ウソか本当か……もうすぐ判る。お前達、手を放せ」

「はあ……」
 
K−1なヤツラが渋々と俺を解放した。
 
な、ナニキザったらしくコイてンだよ?
 
俺はソイツの仕草に一々ムカついたが、一応解放してくれたコトに対しては感謝していた。

「ウソだったら承知しねぇ」

「覚悟しとけや!」
 
K−1なヤツラソレゾレが、俺に凄みを効かせてコイた。
 
フン! ウソなんか言ってねーし。
 
俺はつい、いつものクセが出てしまった。
 
口を尖らせ、ナナメ下から見上げるようにしてK−1達を睨んでしまったんだ。
 
バカッ!

「あう!」

「調子コイてンじゃねえ!」
 
デカイ拳骨げんこつが俺のノーテンを直撃した。
 
目の前で火花が散って、鼻の奥がキナ臭くなった。
 
鼻水がツツッと垂れて来る。
 
慌てて手の甲で拭った。
 
……? 
 
ヌルリとしたその感覚に驚く俺。
 
ア、アレ? こっつ、コレ、鼻血じゃん?


 
キイイイッ! バタン!

「……」
 
派手にタイヤを鳴らしながら車が乱暴に停まり、ドライバーが慌ててドアを閉めた音が、ここにまで聞えて来た。
 
にわかに階下が騒がしくなる。

「……どうやら、お出ましのようだ」
 
ソファに座って何かをジッと待っていた水守は、そう言って俺を見るなりニヤリと口元をほころばせた。
 
ナンだよッ?
 
水守は俺の問い掛けるような視線をスルリとかわして立ち上がると、ドアの向こうに消えて行った。


「ナンやァ? テメェは?」

「ザケンナァ!」
 
何人もの、いかにもソレらしい連中が、階段を駆け上がって来る『誰か』を引き留めようと、口々に怒声を浴びせる――
 
多分、その人物はさっき乱暴に車を停めた人物だ。
 
一体、ナニが起こったんだ?
 
カッカッカッ……
 
ハイヒールの音?
 
……まさか……?
 
聞き覚えのあるヒールの音が、何人ものココの連中と遣り合いながら階段に反響し、乱れながら近付いて来る――


「退いてッツ!」
 
凛とした女の声が通路に響いた。
 
……恵理!!!
 
ウ……ウソだろう? ココ、成和会の事務所だぞ?
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