「よう!
司!」
走り仲間のコウ(松永)と向井が俺の見舞いに遣って来た。
俺はあの後、社長から直々に丁寧に
侘びを貰い、自分の葬式でも絶対にお目にかかれそうもない豪華なカゴ盛りを受け取って、ひたすら恐縮しまくっていた。
あの馬鹿女は別だったが……
「ナンだよー、こんな凄ぇー見舞い相手が居るんだったら、ショボイのなんかするんじゃ無かったなー」
コウはテーブルに でぇ〜ん! と置かれたカゴ盛りを見比べて、貧相な自分のカゴ盛りをカルク持ち上げて見せた。
「いーよ。それで」
豪華なカゴ盛りよりも、ソッチのほうが俺らしい。
悪友の気持ちだけで嬉しかった。
「で、慰謝料貰ったのか?」
「はぁ?」
短刀直入に聴いて来た。
ナンだよ、それが目当てかよ?
「慰謝料だよ。い・しゃ・りょ・う」
ン、な事何回も言わなくっても判ってるって。
「何で?」
「え?」
俺の反応に、コウと向井が不思議がった。
「ん、なモン、貰ってねーよ」
「はあ? 何で?」
俺はこのカゴ盛りを持って来た人物が誰なのか、何で事故ったのかを二人に説明してやった。
二人は俺がこんな目に遭ったのが自分のミスだったと聞いて、ショックだったらしい。
暫らくは言葉を失くしていた。
ある程度自由に走行ラインが採れる峠とは、状況がマッタク違うんだ。
しゃーねーだろ?
「まぁ……オマエも災難だったよな?」
コウは所在無く頭を掻き、向井は黙って頷いた。
二人は馬鹿女に関わってしまった俺に、同情してくれたみたいだった。
「けどよ、これがキッカケであわよくば社長令嬢と結婚……なあ〜んてな?」
向井が面白がってニヤケる。
「馬鹿言ってンじゃねーぞ!」
俺はマジ顔で否定した。
「冗談じゃねーよ! ダレがあんな性悪女……」
断じて関わり合いにはなりたくねー。
俺は吐き棄てる様に言い放つ。
「あーら、性悪女でスミマセンでしたわね?」
凛とした声がした。
その喋り方には、言葉通りの謝罪など一切含まれてはいない。
「はいぃ?」
俺達三人はお互いに顔を見合わせて
訝った。
徐に視線をドアに向ける――
社長の取り
計らいで個室に迎えられていた俺に、あの『馬鹿女』が遣って来た。
仕事の途中を抜け出したのか、ユルフワの髪はアップに
纏められ、上下の紺色パンツスーツ。
足元はオープントゥタイプの黒い七センチヒールだった。
カゴ盛りと同じく、俺には一生お目にかかれそうもない黄色のバラと白い小花のカスミソウを散らした大きな花束を抱えて。
百本以上はあるだろうバラの花束だなんて、俺はこんなの見たコトなんてなかったし。
コウと向井が、花束を抱えた馬鹿女を見て「おお〜っ」と声を上げてどよめいた。
ナニが「おお〜っ」だよッ!
……確かに美人だけどな?
俺は心の中で毒づいた。
「お父様からの
言伝がなかったら、アタシだってこんな所来たりはしないわ」
猫の瞳がキッと俺を睨んだ。
何が『お父様』だよ。
オマエには似合わねーって。
他人の事をどうこう言えるほど偉くはないが、俺だって少しは違いの判るドライバーだ。
自分のコトは別にしておくとして、運転の仕方である程度の人柄なり、性格なりが見えてくるんだ。
馬鹿女の本性なんか、俺はトックにお見通しだってーの。
あの時、左側を走行していたカローラを
退がらせたのはこの俺だ。
俺は他の車をビビらせたりしないよう、普段以上に気を配り、十分な車間距離を取って車線変更しようとしていたんだ。
ソレをこの馬鹿女が無理な追い越し掛けて来やがって……
法的には罪が問えねーかも知れねーが、俺が事故るキッカケ作ったのはオマエなんだからなっつ!!!
今だって……
高ビーで、金さえ払えば努力せずともナンでも自分の思い通りに出来る……ってぇ態度がオマエにゃミエ×2なんだよ。
俺の悪友が見舞いに来てるってーのに、馬鹿女は二人……いや、俺さえをもカンペキに無視して室内にずかずかと入って来たし。
「……」
俺は馬鹿女の気迫に気圧されて思わずたじろぐ。
って、この俺が退いている?
……ウソだろ?
馬鹿女は間抜けヅラした俺達三人を完璧にシカトして、持って来た花束をゴミ箱代わりにしていたバケツに、いきなりゴソッと投げ込んだ。
……マジ?
息を飲んで唖然とする俺達。
あの、そン中にまだゴミあるし、水なんか入ってねーんだけど……?
男だってそんな雑イ遣り方やらねーぞ?
「じゃ、サヨナラ。これでアタシ、お見舞いに来たって事よね?」
馬鹿女は高慢ちきにデカイ胸をツンと反らせると、俺達の視線を『ウザイ』ってぇ素振りで払い除け、さっさと病室を出て行こうとした。
はあぁ?
それだけで見舞いに来たって言うのかよ?
な……
な……
ナンだよ! その態度!!!
こンのぉ〜〜〜馬鹿女!
ぶちっ!
頭の中で、何かがキレる。
「おい!」
俺は強い口調で馬鹿女を引き留めた。
「何よ?」
猫の瞳が物凄い殺気を放って俺を睨み付けて来た。
う……コワ……
傍でコウ達が思いっきり退くのが判るし、俺だって怖え〜ぞ?
けど、ココで退き下がれるかってーの!
「……つか、コレはゴミ箱だっつ! 見りゃ判るだろっ? 花瓶なら、言えば看護婦さんが貸してくれる」
「だから?」
『文句あんの?』ってぇ顔をして、ジロリと俺達三人を睨んだ。
う……
ドン退きする俺達。
だけど、こんな所で引き退がれるかよっ!
「ち、ちゃんと花瓶に飾ってから帰れよ!」
俺はラッピングされたままの状態で、水さえも無いバケツに投げ込まれた花束に向かって顎を
杓った。
偉そうに見えるが、術後の傷の腫れと筋肉痛のお陰で、俺の身体は頭しか動かせない状態だ。
一瞬、馬鹿女が鼻白んだ。
どうやら今までコイツに楯突いた男は、俺が初めてだったみたいだ。
「言うわね? 勝手に自分ですれば? アタシは貴方と違って忙しいの」
『誰に向かって言っているのよ?』馬鹿女の視線は、手厳しくそう俺に言っていた。
端整な顔をツンとして、馬鹿女は俺のコトバには耳を貸さずに
踵を返す。
「ン、だとぉ!」
木村工業の令嬢だかナンだか知らねーが、コイツ〜〜〜!
俺はカッとなってベッドから跳ね起きた。
「わ? 止せ! 司」
慌てたコウ達に、俺は肩を掴まれて引き戻される。
あっつ、そ、ソコは内出血の痣が……
超ー強烈な激痛が
奔った。
「だあぁああ!っつ!いっつてーだろッツ!!!」
涙眼になって俺は二人に振り返った。
=「止すんだ。相手が悪い」
=「ココはガマンだ。ガマンしろ」
それぞれが小声で口を
揃えて俺を押し留める。
俺達の遣り取りに、馬鹿女はくるりと振り返り、軽蔑の視線を投げ付けた。
「それだけ元気があれば、サッサと退院すれば? アタシがお見舞いに来る必要なんてないでしょ?」
馬鹿女がココに来たのは、父親である社長から言われて仕方なく……?
しかも……
キツイ視線を投掛けて……
喧嘩売ってンのか? この女ァ!
「何ィ?」
カチンと来た。
コイツが男だったら、俺は間違いなくブッ飛ばす!
「フン!」
馬鹿女は鼻を鳴らしてサッサとその場を立ち去った。
「〜〜〜っきしょぉおお! お前等、何で止めたんだよ?」
馬鹿女が去った後、俺は顔を真っ赤にして二人を睨んだ。
「けどよぉ、司……」
馬鹿女の後姿を、ナゼか嬉しそうに眼で追っているコウがボソッと呟いた。
コイツ……あの馬鹿女の後姿を今夜のオカズにするツモリかぁ?
「あンだよ?」
「直接の加害者でも、被害者でもないんだろ? 幾ら自分の社員だからって……チョットおかしくね?」
「知るかよ! ンな事」
俺は聞く耳持たず状態で、コウのギモンを一蹴する。
見上げた視線の先に壁掛け時計があった。
あッツ、もうスグ時間だ。
二日に一度、俺は看護婦さんに身体を拭いて貰っている。
実は今日から俺のお世話係が、ベテランのオバちゃんから新人の里佳子ちゃんに交代することになっていた。
昨日、婦長とアイサツに遣って来た里佳子ちゃんは、可愛くってモロ俺の好み。
チョッと垢抜けた薄付きメイクでヤバイ感じが漂うが、美人には違いないから許しちゃう。
その時間が遣って来る。
途端に俺はソワソワして落着かなくなった。
「あーあ、司ってばお子様状態じゃん」
俺がキョドッているのを見て向井が呆れた。
「うるせー。お、お前等もう用が無いならトットト帰れよ」
俺が二人を追い払おうとしていると、すぐにその子は遣って来た。
個室のドアが開き、見習い看護婦の里佳子ちゃんが、バケツと暖かいクーラーボックスに蒸しタオルを一杯入れて遣って来た。
「日高さーん、お体拭きましょうねー」
「はーい……ってぇ、お前等帰れよ」
俺は、遣って来た里佳子ちゃんに視線を奪われている二人に向かって、薄情にも部屋から追い出そうとする。
「ひょっとして、さっきのイケテル看護婦さん? ……司ぁ〜オマエって……チクショーウラヤマシイぞぉ?」
俺の病室に来る前に、どうやらこいつ等は先に里佳子ちゃんに会ったらしい。
里佳子ちゃんも、コウ達のコトを覚えていたのか、にこっと笑って会釈した。
向井達がまだ何か言っていたが、この際、無視する。
不満タラタラの二人を追い返して、室内は俺と里佳子ちゃんだけになった。
「スミマセン。あいつ等うるさくって……」
「いいのよ? じゃ、始めましょうか?」
里佳子ちゃんは廊下の人目を気にしながら後ろ手にドアを閉じて、俺ににっこりと笑い掛けた。
かっ、カワイイ。
白衣の天使? この無邪気な笑顔が良いんだよな〜〜〜。
ベッドを取囲むカーテンがシャッと音を立てて引かれたから、不意の訪問者が来ても大丈夫。
俺は
邪まな妄想を描いて顔が崩れた。
「日高さぁん、傷の具合はどおぉ?」
「ええ、お蔭様で……調子いいッスよ?」
俺の目線まで腰を屈めて、俺の顔を覗き込む里佳子ちゃんの薄いピンクの制服から、恥ずかしそうに浅い谷間がチラリと見えた。
女性の平均よりも、少し小柄な里佳子ちゃん。
最近蒸し暑いからか、でっかいクチバシクリップで
亜麻色に染めたウエービーヘアを
一纏めにアップにしている。
纏め切れなかったのか、それともワザとなのか、ハラリと
項に落とされた
後れ毛が妙に色っぽい。
院内での化粧が制限されている事への反抗か、彼女はよくカラーコンタクトを愛用しているらしい。
今日は濃いマリンブルーの瞳。
色白の肌に、これが人形みたいにとってもよく似合っている。
俺はその世界はよくは知らないが、これってコスプレ?
向井達に言わせると、萌え々系のお嬢さんナースなのだそうだ。
「検温されましたぁ?」
「は、ハイ」
鼻に掛かった甘ーい声で、俺の体調を確認する。
俺が初めての担当だったらしく、里佳子ちゃんのキアイの入れようが目に見える。
もっと肩の力を落とさないと……
って、新卒の俺が言っても説得力がナイな?
これから行われるであろう事に大いに期待して、俺の胸はドキドキと高鳴った。
固定された身体じゃなかったら、とっくに襲っているかもだ。
「お熱は今日ありませんでしたか?」
「はい」
チョッときんちょー。俺、まだ表情硬いナー。
「じゃあ〜、始めますね?」
里佳子ちゃんは事務的にそう言って、俺の掛け布団をフワッと剥ぎ取り、そして……
「いやぁ〜!」
既に俺の相棒はスタンバイOK状態だった。
里佳子ちゃんは、パジャマにテントを張ってソソリ立つ俺のモノを見るなり、もの凄い形相で俺を睨んで来たし。
「な、な、何ですか? コレ?」
「ナニって、俺の『ナニ』ですが?」
珍しいのか? この状態。
「ど、どうして、こんなになっているんです?」
里佳子ちゃんは肩で激しく息を吐き、震えながら俺の股間を指し示すと、仁王立ちになって固まった。
「どうしてって言われても……」
こうなってンだから仕方ねーだろ?
サスガに俺でも『里佳子ちゃんに欲情してます』って、本人前にして言いにくい。
身体は正直に訴えているけどよ?
「む、無理ですぅ〜! じっ……じ、自分で遣ってくださぁ〜い!」
「ええ〜っつ???」
里佳子ちゃんは乱暴に蒸しタオルの入ったクーラーを、俺に向かって投げ付けた。
タオルだけとは言え、結構重いそのクーラーが、容赦なく俺の骨折している無防備なアバラを直撃する。
「ぎゃあああ〜〜〜っつ!!!」
「いやぁああ!」
俺の悲鳴に驚いた里佳子ちゃんは、病室から一目散に逃げ出した。